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異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
30/65

29.ミツイ、囚人になる(その4)


 意外な人選に困惑するミツイへ、エレオノーラは口を開く。


「ミツイさんがこの国にいらしてから、唯一の証明書が、職歴カードでしたので。職業紹介所を代表して私が身元証明人及び調査員を引き受けることになりました。よろしくお願いします」

「え、えと……。ヨロシクオネガイシマス」

「それほど意外でしたか」

「あ、うん。めっちゃ驚いた……。職業紹介所じゃ、そんなこともするのか?」

「通常はいたしませんよ。今回は特例ですね。ミツイさんにかかっている容疑、幼竜誘拐についてを、現在預かっているのが私なので」

「あの丸っこいの、本当に『幼竜』なんだ?」

「ええ。見て分か……そうですね、ミツイさんは魔法が使えないとのことでした。竜を見てもその魔力に驚いたりはしないのでしょうが……」


 少し言葉を選んだのか、エレオノーラは続ける。


「今、問題となっているのは幼竜誘拐の是非では、ないのです」

「は?」


 ミツイは意外すぎて目を丸くした。幼竜誘拐の容疑で捕まっているのではなかったのか。


「ミツイさん、カルシュエル公爵家子息にお会いになりましたよね?」

「……あ?カル……誰?」

「お会いになりませんでしたか?年齢は21歳、男性、独身。髪の色は金色。名前はヘルムントといいます」

「……美形の貴族?」


 ミツイの返しに、エレオノーラは少し首をかしげた。


「一般的にはそうですね。十人に尋ねれば八人はそう答えるでしょう。顔の美醜につきましては個人的な主観が入りますので、必ずしも美しいとは言えませんが、公爵家の跡取りですので、女性人気は高い方かと」

「くそう。やっぱ、そうなのか。イケメンめ」

「婚約者候補は三名ほどいるそうですが、ご当人は父君の意向で王女殿下の婿を狙っているとのことで、当面婚約予定はないようです」

「げ。キープが三人もいて、本命は姫さんって……。え。あれ?王女って、姉姫さんと妹姫さんの、どっち?」

「どちらでも良いらしいです」

「うげげげげげ。妹姫さん、11歳って話じゃなかったか?!一回り!一回り下でもオーケーなのか、範囲広ぇ……」

「まだ未成年ですので意外かもしれませんが、10年経てば31歳と21歳、さほど違和感のある年齢差ではありませんし、おかしなことではありませんよ」

「……うあー。いや、まあ、そうかもしれねえけど。うん、芸能人とか15歳差再婚とかあるもんな。うわー、うわー、うわー……。……とりあえずロリコンへるむんと呼ぶことにしよう」

「話を戻してもよろしいでしょうか」

「あ、うん」


 居住まいを正したミツイへ、エレオノーラは視線を向けてきた。


「カルシュエル公爵家は、ミツイさんを、幼竜誘拐の犯人として仕立て上げたいと考えているようです」

「…………」

「ミツイさんご本人にその能力がないことは、公爵家も承知していますが、『幼竜』は絶滅の危機にさらされた竜の里にとって、非常に貴重な存在でして。それがエルデンシオ王国内で発見されたことに、なんらかの説明をつけたいということだと思われます。幸いと言っては失礼ですが、ミツイさんはエルデンシオの生まれではなく、国外の人間なので、犯人だとしてもエルデンシオ王国には非がないということになりますので」

「……か、勝手な」

「勝手ではありますが、非常に都合が良い存在なのです。私とて、職業紹介所の人間として当初からミツイさんと接触しているのでなければ、ミツイさんははじめから竜の里で犯罪を犯した人間で、旅人と偽りエルデンシオ王国首都に逃げ込んだ、と理解した方が納得がいきます。いえ、はじめから接触していたからこそ、当初のミツイさんの言動を、不審人物として証言するよう求められるかもしれません」


 きっぱりと告げたエレオノーラに、ミツイは今更ながら血の気が引いた。

 海外ボランティア作業中に現地ゲリラに人質にされた日本人のニュースを思い出した。大使館を通じて人質の解放を求め、国が交渉してくれることもあるが、叶わず殺された人質だって少なくはない。しかもここは異世界なのだ。エルデンシオ王国には当然日本大使館はないし、日本政府とのパイプもない。


「……エ、エレオノーラさんは、それについてどうお考えで?っつーか、それさ。……おれ、エルデンシオから、フォローして、もらえんの?こう、法的に守ってもらえる?」

「通常であれば、フォローは期待するだけ無駄ですね。竜の里との関係は、エルデンシオ王国としても悪化させたくありません。それと比較すれば、出自も怪しい人物一人を見捨てるくらいの選択肢は当然です」

「…………」

「ですが」


 エレオノーラは目を細めた。笑った、らしい。


「カルシュエル公爵家の行動に不審なところが見受けられますので、今回についてのみ、ミツイさんには別の証言を行っていただきたく、ここに参りました」

「……そ、それ、今度はエレオノーラさん陣営に利用されるだけ、とかじゃあ……」

「正直は美徳ですが、正直過ぎても馬鹿を見ますよ、ミツイさん」

「……」

「それに、今回に限り、ミツイさんにとって悪いことではありませんし、悪事に加担するなどのことでもありません。ただ、ミツイさんには正直に、証言していただきたいというだけ。カルシュエル公爵家の取引を、引き受けないで欲しいというだけです。……看守に伺いましたが、まだサインはしていないのですよね?」

「サインも何も、へるむんのヤツ、また明日来るーとか言っといて、二日も来てねえし」

「サインはしないでください。推測ですが、カルシュエル公爵家が求めてくる契約書は、あなたを幼竜誘拐の犯人に仕立て上げるための証拠です。あなたが文字を読めないことを利用した犯罪です。この国において契約はとても重要なものでして、仮でもサインをしてしまうと、もはや取り消しができません」

「……エレオノーラさんは、おれの味方なのか?」

「今回に限り」


 ガシャン、と鉄格子が鳴った。ミツイは無意識のままに鉄格子を掴んでいた。

 表情を変えないエレオノーラに、少しでも近づこうとしての行動だったが、慌てた看守が間に入ろうとする。

 エレオノーラは黙ったまま看守を制し、ミツイと顔を突き合わせてから告げる。


「永遠に味方などとは申しません。ミツイさんが今後何をするかも分かりませんから。けれど、今回の『幼竜』誘拐については、あなたの味方であると申しましょう。あなたに罪はない……それは、私が保証します」


 エレオノーラは微笑んだ。今度ははっきりとミツイにも分かった。ふわりと花がほころぶかのように可憐だった。


「エレオノーラさん、笑顔の破壊力すげえ……」

「私は表情で物体を破壊する能力は持っていません」

「そういう意味じゃなく!」

「ああ、そうそう。ヘルムント殿には、今日私に会ったとは言わないことをお薦めします」


 再びいつもの表情に戻り、エレオノーラは淡々と告げる。


「後一週間、こちらにいていただければ、釈放ができると思いますから」




 だが、エレオノーラが釈放を告げた一週間後はやって来なかった。

 その前に事態が動き出したからだ。




  □ ■ □



 ヘルムントがやってきたのは翌日だった。どこまでも待たせる男である。

 今日の衣装は緑色で、やはり金装飾が施されている。反感ばかりが先立った前回と比較して、今のミツイは平静だった。前回は捕まったばかりで動揺していたのだろう。あるいは、ミツイの知らない間にかけられていたという魔法が影響していたのだろうか。

 きちんと向き合ってみると、ヘルムントは美青年であった。すらりと均整のとれた体つき、細身だが貧弱ではない程度に鍛えられてもいる。何よりも服装が板についていて、服に着られていないことがミツイにも分かった。似合いすぎて嫌味だ、とミツイは内心思ったが、同時に感嘆もした。ミツイでは七五三のようになる。

 前回は一人だったが、今日はもう一人後ろに連れていた。従者然として控えているのは女性だった。キリッとした端整な顔立ちの美人だが、油断なくこちらを見てくる様子は冷たい。


「しばらくぶりだな。すぐに来てくれるかと思ったのに」


 切り出したのはミツイの方である。軽く言ってみると、ヘルムントは得意そうな笑みを口元に浮かべた。


「キミのように暇を持て余しているわけではないからね。王宮や取引先に挨拶に行ったりと、名代としてはいろいろと忙しいんだ」

「おれと取引したいんじゃなかったのかよ?」

「それとは別件さ。それに、私がキミに求めているのは取引などではないよ」

「……じゃあ、なんだよ?」

「取引というものは、対等な関係で行われるものだ」


 見下すようにして、ミツイを見下ろすヘルムントの瞳にほのかに白色が混じる。ミツイの体がチリチリと不快を訴える。


(あ。そうか、これか。これが前の違和感だ)


 看守に気づかれず、ヘルムントの瞳の色が変化する。つまり、こうやって魔法を使っていたのだ。この世界における魔法は、魔道具で無い限り光を帯びる。よって、誰にも気づかれずに魔法を使うことなど、できないのだ。


「私はキミを、ここから出すことにした」

「へ?」


 意外な申し出にミツイは目を丸くした。前回のように用紙が取り出され、サインを求められるとばかり思っていた。


「キミの幼竜誘拐という罪は、エルデンシオ王国においては裁くことの出来ない罪だ。竜の里の法律に添わせて執行させるのが筋であるという意見をもらってね。まさしくそのとおりだった。キミをどのように裁くべきかが定まらず、ずっとここに拘留していたわけだが……、キミとて、この中途半端な場所が長く続くのは本意ではあるまい」

「エルデンシオでは裁けない?」

「その通り。エルデンシオには、竜を誘拐した罪、などというものを裁く法律はない。そのような事態は想定されていないからね。一番近いのは他国の貴人を誘拐したケースに該当するのだが、この場合、該当国に突き出して、その先の法律に添って裁いてもらうことが多い。まあ、たいがいは死刑だ。当然だな」

「……」

「しかし、竜の里には明文化された法律はないし、その隣国である竜騎士の国は、大変な国難に見舞われていてね、とても罪人を抱えられるような状態ではないんだ。だが、かの国の国賓が、現在第二都市に避難されている……その方に、キミの処遇について相談してみることにしたわけだ」


 ヘルムントは、いかにも優しげに微笑んだ。だが目がまったく笑っていないため、逆にミツイの不安を煽る。


「もちろん、幼竜の誘拐など、万死に値する、というわけだ」


 ミツイはだんだん状況が飲み込めてきた。

 この男、ヘルムントは、もはやミツイにサインなど求めていないのだ。サインが必要だったのは、あくまで容疑者であるミツイを確定犯にするための証拠作りであった。証拠がなければ言い逃れができる、その行動を封じるための手段。だが姿を見せなかった数日のうちに、その必要がない段階にたどり着いている。


「できれば自分の手で処分したい、とおっしゃるのでね。そのご希望に添うことが我が国としての誠意だろう?」


 楽しげにヘルムントは笑った。


「国賓自らの処刑ショーだ。これほどの見世物はそうそうない。ぜひとも特等席で見学させてくれたまえ」




 ミツイには状況が飲み込めた。そして、今度こそ青ざめた。

 ヘルムントが魔法を使っていようといまいと、心が鳴らす警鐘を止めることなどできはしない。ヘルムントの思惑は明らかだった。罪が不確定のまま、処刑を行って。うやむやのまま事件を解決させるつもりなのである。


 ミツイは今ほど囚人の身の上をもどかしく思ったことはなかった。自分に非がないと訴えようにも、話を聞いてもらう相手がいないのだ。看守に伝えたところで、看守よりも先に話が伝わる可能性がどれほどあるだろう。弁護士制度の必要を訴えたい気分だ。牢屋の中の囚人は、誰かに来てもらわない限り、話をすることも叶わない。捕まった時点で、もはや対抗手段のすべてを奪われてしまっていた。自分は大人しくハボックに捕まっている場合ではなく、その前にハボックに問い詰めるべきだったのだ。ハボックの良心をアテにすること自体が間違っているとは思わない……だが、ハボックが自分を助けてくれないからと、それを恨みに思うのは筋違いだった。捕まったのは自分である。自分の容疑を晴らすため、他者の活躍を祈るしかないとは、なんと歯がゆい立場だろうか。エレオノーラの釈放が間に合っていないからと、彼女を恨むのも間違いなのだ。


 ミツイの表情が変わるのを、ヘルムントは満足げに見返した。




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル3

経験値:32/100(総経験値:232)

職業:無し(囚人)

職歴:衛視、魔法使い、掃除夫、盗賊、風呂焚き、飛脚


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