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異世界リクルーター  作者: 味敦
第二章 ミツイ 異世界に捕らわれる
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28.ミツイ、囚人になる(その3)


 独房の中は、思ったよりも不快ではなかった。臭いは悪いが、下水道ほどではない。

 朝、起きて歯磨きをして食事をする。絨毯は交換されないが、毛布と囚人服は一日に一度新しいものに交換してもらえる。食事は三度、量は少ないが飢えるほどではない。水が自由というのは、トイレについている水洗機能を自由に使っていいという意味だったので、ミツイは看守に無理を言ってタライと小瓶に水をもらった。


 他の部屋の囚人は、日に何人も連れ出される。連れ出された者は戻ってこないので、どこか別の場所に連れられているらしい。やはり囚人なのだ、と実感するのはこんな時だった。


 ミツイの独房から見える、老人の隣の独房。初日には寝ている男がいたと思った。だが、いつの間にか男はいなくなっており、次に気づいたのは金切声を上げるボサボサ髪の男だった。言葉とは思えないような耳障りな声で鳴き、喚き、鉄格子をガシャガシャ蹴りつける男で、ミツイが不眠に悩んでいると、決まって機嫌の悪そうな看守がやってくる。ミツイを見張っている看守とは違うので、どうやら『煩い者を黙らせる』役割を負っている看守のようだ。看守は一言も口を利かず、牢屋越しに鉄格子を蹴りつける。ガシャン、と振動で男をビビらせると、独房内に入ってきて、ひたすら蹴るのだ。金切声男が何を言ってもまったく表情に変化はなく、聞こえている風でもない。ただ、蹴る。見下して蹴る。金切声男が泣いて止めるよう頼んでも、なおも蹴る。恐怖に引きつればさらに蹴る。逃げ出そうとすれば加えて蹴る。金切声男が痛みに呻き、あげく気絶した後も蹴っていた。暴行罪で問われるべきじゃないかと思うほどだった。


 金切声男が連れ出された後、入れられたのは、線の細い少年だった。栄養状態がよくないのか、ガリガリの少年だが、目つきがどうにもよくない。卑屈そうでこちらを見る際に薄笑いを浮かべているのが、居心地を悪くさせるのだ。少年は独房の隅に座り、ただこちらを見ているだけなのだが、どうにもそれが嬉しくない。ミツイがもう少し短気な性格であったなら、「こっち見んな」と騒いで拳を振り上げそうな気がしないでもない。とはいえ、見られているだけなのは分かっているので、仕方なくミツイは彼に背を向けることにした。こちらが見なければ不快には思わないはずで、そうであれば彼を見る時にぎこちなく顔を強張らせることもないだろう。だがそうやって数時間過ごしたミツイは、看守に静かに連れ出された少年を複雑な思いで見送るはめになった。心のどこかで彼がいなくなったことに安堵し、そう感じる自分に自己嫌悪する。


 少年の次は、数人の男が押し込まれた。独房のはずなのだが、あまりに喧嘩を止めないのでまとめて放られたといった様子であった。彼らは牢の中で喧嘩を続行し、数名がダウンしたところで看守に連れ出されていった。何人かは骨も折れているのか、血まみれの傷だらけで正面から見ているのも辛いほどであった。どうやら彼らは酔っていたようで、余計に出血が派手だったようだ。辺りに血と酒と、ついでに 吐瀉物としゃぶつの臭いを撒き散らして去っていった。


 囚人と聞いて、牢屋を見て、最初は刑務作業でもあるのかと思ったのだが、どうやらこの独房自体は仮の牢屋であり、刑が確定している者は別の場所に刑務所があり、そちらで刑務作業をするのだという。

 日本で言うなれば留置所と刑務所が別々にあるというところだろう。エルデンシオ王国の刑務所は、もっと辺鄙なところにあり、首都の中にはないのだという。刑が確定した者は、馬車でそちらに移動になるのだそうだ。鉄格子のはめられた特注の馬車を想像し、ミツイの頭の中にドナドナの音楽が流れた。

 ミツイは一日中独房から出ることはできないらしいと聞き、せっかくなので鍛錬に勤しむことにした。杖がないのが残念だが、体力づくりくらいはできる。基本の型を延々と繰り返し、退屈してきたら筋トレに切り替え、ストレッチをして体を伸ばす。たっぷり汗をかいたらタライの水で体を洗い、着替えるのだ。エル・バランの助手よりもよほど健康的な生活である。何より、向かいの独房を見続けていると精神が病みそうなので、頭をすっきりさせたかった。


「ぷはわぁー……、バテたバテた。もう寝る~……」


 ぐったりと絨毯の上に大の字になる。健康的に汗をかくと、思った以上に気持ちがいい。そのまま睡魔に誘われようとしたミツイは、聞こえてきた声に目を開いた。


「元気じゃのう。捕まっておるという悲壮感がちいともないな」


 向かい側の独房から老人の声がかかり、「おっと」とばかりにミツイは起き上がった。


「あれぇ、爺さん。さっきからいたか?なんか、向かい側の独房ってたまに中がよく見えねえんだけど」

「こっちからも、おまえさんの独房のトイレのところとかは見えんよ。というか、嫌じゃろう?看守はともかく、他の囚人からもジロジロ見られるなんぞ」

「それも、そうか?」

「だいたい、捕まっておるのに居たり居なかったりしては、牢屋の意味がなかろう」

「そうなんだけどなー。……いやあ、しかし。牢屋ってもっと殺伐した雰囲気なのかと思ったけど、そうでもないんだな」

「ほう?どうしてそう思う?」

「いやさあ、不潔にならねえように、毎日毛布とか着替えとか交換してるしさ。おれは魔道具使えねえけど、トイレも水洗だし、食事もついてるし。これって、安いホテルみたいなもんじゃん?」

「ほてるってなんじゃ?」

「宿だよ、宿。安宿だとこんなもんじゃねえか?」

「なるほどのう。おまえさん呑気じゃな」

「ホントはさあ、ゲームとかできたら良かったんだけどな。爺さん、何か持ってねえの?トランプとか将棋とか」

「『とらんぷ』や『しょうぎ』なんちゅうゲームは知らんが、さすがにないのう。というか、おまえさん、ワシが囚人だってこと忘れておるじゃろう」




 件の貴族の男は、約束の翌日にはやって来なかった。

 それなりに『覚悟』とやらを決めておいてやろうと思ったのに肩透かしを食らった気分である。

 早くも約束を反故にされたことで、相手への信頼度がさらに低下するミツイであった。


「なあなあ、看守さん。こないだの貴族、まだ来ねえの?」


 ミツイの方から尋ねたのは、牢に入れられてから三日目の朝である。


「忙しいらしくてな。前回も忙しい中、無理に時間をとったってことらしい」

「会いたいわけじゃねえけど、なんか待機させられてんのも腹立つよなあ。こっちにも都合があるってのに」

「いや、どんな都合があるってんだ、牢の中の囚人に」

「ツッコミするならも少し鋭くいこーぜ看守さん。……いろいろだよ。これでも気を使ってんだぜ?ちょーど貴族さんが来た時に汗だくだと悪ぃかな、とか。後、おれの罪ってどうなの?調査員がくるとか言ってなかった?」

「そちらは今日来る予定だ。おまえさん、ハボック団長が連れてきたことと言い……けっこう大物なんだな。よほど悪いことでもやったのか?」

「?どういう意味だ?」

「いや、気にしなくていいが……。おまえさんの場合、とりあえずの身元確保という意味合いが強かったらしいな」

「……?」

「ええとだな。罪人というのは分かるか?この国じゃ、犯罪者という意味だが。これは、罪が明らかで、その罪に合わせた処遇をする対象だ。捕まればその罪に合わせた刑を執行する。囚人ってのは、その刑が執行される前の段階だな。酔っ払いや暴動の渦中にいた人物など、外にいたら迷惑な連中を一時隔離するのにも使われている。その場合、罪は後で調べて、それに相応しい刑が執行されるわけだ。おまえさんは、この一時隔離中に該当する」

「おれ、別に酔っ払っても暴動起こした覚えもねえんだけど……」

「まあ、そこらへんの思惑については、ハボック団長でもないと分からん。あの人のことだから、そう悪いことにはならんと思うが」

「捕まってるのは十分悪いことなんじゃねえの?」

「捕まってる、だけだろう?紳士的に話を聞きたいって状況だ、別に強制労働になっているわけでもなし」

「おお、あるんだ、強制労働。何やんだ?」

「大方は鉱山の採掘かな?この国だと第二都市の近くに銅山があってな、そこの労働力に借り出されたり、後は第三都市の港作りに借り出されたりだ。肉体労働だから過酷と言えば過酷だが、ちゃんと給金も出る」

「へ~……。……牢屋ってさ、もっとこう、罵声とか暴力とか、なんかこう殺伐したイメージなのに、そんなことないんだな。安ホテル並だけどそれなりに綺麗だし」

「設備のことか?そりゃ、首都は石造りなんだぞ。人が密集してるし、ここで病気でも流行らせたら街一つが酷いことになるじゃないか。地方の刑務所は、けっこうキツイぞ。衛生状態とか、食事とか。殺伐してないのは、おまえさんが暴れてないからだな」

「暴れたらどうなんの?」

「殴る蹴るの暴行を加えて、喋れなくしてから寝かせておく。……ああ、おまえさんは初日に見たっけ?」

「…………」

「死んだら葬式くらいは出してやれるぞ」

「…………やっぱ、待遇いいわけじゃねえのな」

「捕まるようなヤツに、かける温情はないな」


 思わず黙り込んでしまったミツイへ、看守が苦笑いする。

 そう思ってみてみれば、この看守も、腕っ節には自信がありますと宣言しているかのようだった。街中を歩く衛視団で、この看守ほどたくましい体型の者はハボックくらいではないだろうか。ここまでたくましいわけじゃないカークスであれなのだ、その上を行く暴力とはどれほどのものか。


「お話中失礼しますが」


 その声は看守の背後からかけられた。


「看守殿、囚人と仲良くなるのは感心できませんよ。古来、看守と囚人との間には一定の距離が必要です。ある程度の相互理解は必要ですが、それ以上親しくなると脱獄に手を貸したりする例がありますので」


 涼やかで冷静な声だ。どこかで聞いたことのある女性の声に、ミツイは驚いた。

 看守が慌てて振り向き、大げさに頭を下げる。


「申し訳ありません!まだお出でいただく時間には早いかと思っておりまして……」

「別に構いません。私が早く来ましたので。そちらが、ミツイさんの独房ですか?」

「はっ……」


 カツカツと足音を響かせて、その女性はミツイの目の前まで歩を進めた。

 髪を結い上げて制服をきっちりと着込んでいる。その制服は、ミツイが何度か見たことのあるもの、職業紹介所の制服であった。結い上げた髪は金色、瞳は青。美しい顔立ちなのだが、なぜか後から思い出そうとするといつも細部が思い出せない、堅い表情を浮かべていることの多い女性だ。制服の上からもすばらしくスタイルがいいことが伺える。身長は170センチほどだろうか、すらりと細身でありながら自己主張の激しい胸元は、下心がなくても思わず目がいってしまうので、ミツイはつい目をそらしてしまう。


「エレオノーラさんっ!?」

「お久しぶりですね、ミツイさん」


 エレオノーラはにこりともせずに軽く会釈した。


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