27.ミツイ、囚人になる(その2)
最初にミツイが思ったのは、場違いという言葉だった。
仕立ての良さそうな青い服を着た男である。ミツイよりも年上だろう。背の高さは180センチに届かないくらいで、金の髪を後ろで束ねているようだ。青い上着には金の刺繍が丹念に縫いこまれており、高価そうなのは一目で分かった。腰に細い剣を下げている。柄の形がフェンシングの物に似ているとミツイは思った。
いけ好かないことに美形だった。青い瞳と白い肌をした男で、体つきはそれなりに鍛えられているようだが、細身なせいで力強くはない。美しいモデルのようだ。
「……誰?」
首をかしげたミツイへ、看守の男がぎょっとする。場違い男の方は得意そうな笑みを浮かべてミツイを見下ろした。
「キミが、幼竜を誘拐したという極悪人だな。なるほど、貧乏そうでヒョロヒョロした男だ。金のために拐かしを行うなど、教育の足りない庶民とはいえ、頭の悪いことだ」
つらつらと語られる内容に、ミツイは腹が立つより先に唖然とした。
「おや、私の言葉が分かっていないようだな。看守、この男、言葉は話せるのか?」
「え。ああ、会話は問題ありません」
「では、私の言葉は通じていると見てよいね。……看守、この男と二人きりで話がしたい、少し離れていてくれたまえ」
「は?しかし、一応囚人ですからね。面会人と二人きりというわけにはいかないのですが……」
「私の要望でも?」
「武器の持込を許可しただけでも特例なんです。こう申し上げては失礼ですが、囚人は、独房内ではその身の安全を確保されるべき存在です。危害を加える可能性を見逃すわけにはいかないのです。ご理解ください」
「……では、こうしよう」
場違い男は腰の剣を取り外すと、看守に渡した。
「私は武器を手放した。危害を加えるつもりはないとキミに証明したのだ。それを、キミは疑うかね?」
「い、いいえ……」
「ではこれで良いだろう。下がりたまえ」
看守はやや納得いかない表情を浮かべながらも大人しく頭を下げると、再び鉄格子から見えない位置へと移動する。
ミツイは心に平静さを取り戻しながら、どこかで違和感を覚えていた。
「フン、首都の看守は融通が利かなくていけない」
場違い男はミツイの反応を待たず、さらに言葉を連ねた。
「無教養であることは仕方があるまい。庶民というならばそれも大目に見る必要があるだろう。だが幼竜は我が国において国賓に近い存在でね、それを拐かしたキミを無罪放免というわけにはいかない。国賓ということは、単に金銭上の解決ができないということでもある。そこでだ、キミは金が欲しいのだろう?その欲を満たしてやる代わりに、我らのため、一役買ってくれないか」
ミツイは、それが自分に向けて言われていると理解するのに少し時間を必要とした。
「えっと……、先に聞きたいんだが、あんたは誰だ」
場違い男は機嫌を損ねたらしい。鼻を鳴らしてミツイを見下ろした。
「言葉遣いには気をつけた方がいい。私は、キミがそのような無礼な口を利くことが許されないほど高貴な身分だ。それ以上の説明が必要かね」
「つまり、名乗りたくないんだな?なら、最初からそう言えばいいじゃねえか」
「……実に無礼な男だな。このまま一生涯牢に入っていたいのか」
「その権限が、あんたにはあるのか?」
「無ければ、脅しになるまい?」
「ああ、なんだ。やっぱりおれって脅されてるんだ?回りくどいんだよ」
軽く笑いを浮かべながら、ミツイは場違い男を見返した。
「金は欲しいけどさ。そのために悪人の片棒を担ぎたいとは思わねえんだけど。何をさせるつもりだ?」
「悪人とは失礼な。何を根拠に言っているか知らないが、私のしていることはむしろ正義の行いだよ」
「自分の悪人面、鏡見てから言った方がいいぜ」
ふふん、と男の真似をして鼻を鳴らしながらミツイは男を見返した。
ミツイの見る限り、男は美しい顔立ちをしているが、それだけだった。本人の言うように身分の高い男なのだろうが、他者を見下していることを隠そうともしない男が、大物だとは思えない。鼻を鳴らすクセも気に入らない。さらに言えば、名前を名乗らないと言うのが、良からぬことを言い出そうとしているという根拠だった。
「悪人と違うってんだったらさ。違いを説明してくれよ。あんたの正義ってやつを。おれ、頭悪ぃからさあ、説明してくんねえと、分かんないんだわ」
「……低俗な生き物相手に知性を求める方が間違いか」
場違い男はそう言って自分を落ち着かせたらしい。
「キミは自分がどうやってこの国にいるか、理解しているかね」
「……は?」
「異世界の少年よ。キミには我々に協力する義務がある。それが召喚された者の役割と言うものだ。少し頭が働けば分かるはずだろう、キミはこのままでは一生涯、元の場所には戻れない」
「っ……」
ミツイの気を惹いたことを理解したらしい。男の口元に笑みが浮かぶ。
「キミは今、非常に弱い立場にある。召喚されながら召喚者の元を離れ、守る者もいない独房の中だ。生かすも殺すも私次第だということを理解した方がいい」
ミツイは自分を見下す視線を向ける男を見上げた。身長差で劣っている上、ミツイは絨毯の上に座り、男は立っているので、実際以上に見下されているのは間違いなかった。
「すみません、面会時間終了です。申し訳ないですが、さすがにこれ以上の特例は……」
ミツイが返答に迷っている間に、看守が戻ってきた。預かっていた剣を両手で差し出し、躊躇いがちに声をかける。
「仕方が無い。また明日来よう、それまでに覚悟を決めておくように」
聞き分けの無い子供に話すような声音で男は言った。
看守に伴われ、出口に向かう途中振り返る。そして、ミツイがはじめて見る優しい微笑を浮かべて告げた。
「難しいことではない。我らに一役買ってくれれば、その後、元の国に戻すと約束しよう」
一人残されたミツイは、自分がなぜ反抗的な態度をとったのかを思い返していた。
「兄ちゃん、ずいぶんと偉そうじゃのう。怖くはないんかい、お貴族さんが」
声をかけてきたのは向かいの独房にいた老人である。
身に覚えがないでもなかったミツイは、少しばかり恥ずかしそうに頭をかいた。
「なんっかムカついてさあ……。こう、チリチリするっていうか」
「長生きできないタイプじゃのう」
老人は、伸びっぱなしで手入れがされていないヒゲをさすりながら言った。
「……おれの出身地って、身分制度とかなかったんだよ。そのせいでこう、偉いって言われてもピンと来ない」
「そりゃまた珍しいとこの出身じゃな。身分がなくたって目上の人間に敬意とかありゃせんのか」
「たとえば?」
「そうじゃのう。自分よりも年上の人間、自分よりも仕事のできる人間、自分よりも稼げる人間、あたりかのう」
「年が上ってだけで偉そうにするヤツってムカつくだろ。ちょっと先に生まれただけで」
「ははっ、若造じゃのう。自分よりも早く生まれておるということは、自分よりも経験を積んでおるということじゃ。先人の経験は頼みにするべきじゃて。誰のためでもなし、自分が楽するためになあ」
「……そういうもんか?」
「気に入らんのならこう考えるんじゃな。自分よりも先に生まれて、自分の代わりにヘマをしてくれてありがとう、とな」
「……」
「おまえさん、親はいるかね?」
「?いるけど」
「親は大事にした方がええ。おまえさんだって、生まれた瞬間から働けたわけじゃあるまい?食う寝る出すしかできん、社会のゴミ以下みたいな弱いもんを、自分で考えて反抗できるくらいまでに育ててくれたんは親じゃろう。人間の子供は、この世で一番弱い生き物じゃからな。別に血がつながっておらんでも構わん、今のおまえさんがあるのは、いろいろな先人の影響じゃ。そこんとこは素直に受け止めて、感謝して、ついでにもっと賢く生きればええんじゃ」
得意そうに喋る老人へ、ミツイは胡乱げな目を向けた。
「……お説教かよ?」
「いーや、ただのジジイの戯言じゃ。どこかで覚えておくと、今より賢く生きれるってだけのな」
にたりと笑って老人は相好を崩した。ミツイの目には小汚い、人生の落伍者にも見える老人だが、その表情は実に明るい。
「おまえさんが気に入らんかったのは、あやつが美青年だからじゃろ」
「うぐ」
「かっかっかっ、くだらんのう。実にくだらなくてええわい。若造万歳じゃな!」
楽しそうに笑った後、老人は少しだけ緊張感を交えた声で続けた。
「だが……。あまり賢くない態度も、長生きできん。おまえさん、へたを打った自覚はあるかね」
「……いや、まあ、話を冷静に聞けば、もすこし違ったかと思わないでもねえけど」
「あやつは、貴族じゃ。あの態度じゃあ、それなりに高位のな。それが、おまえさんを使って何かロクでもないことをしたいと思うておる、というのは分かるじゃろう」
「まあ、なんとなく」
「幼竜誘拐とか言われておったな。そっちは心当たりがあるのかね?」
「いや、まったく。幼竜ってのは、たぶんちょっと前に石化してた生き物のことだと思うけど。誘拐なんてしてねえよ。だいたい、あれが竜だなんてわかんなかったし」
「かっかっかっ、おまえさん、馬鹿じゃのう」
「うぐぅ……」
腹が立つのだが、今度は反抗する気が起きなかった。
年上の人間に、いかにも見下されて説教をされているというのに、この違いはなんだろうか。あまりに年上だから、反抗する気が起きないのだろうか。
「人を騙そうとする人間は、瞳に本音が出る。騙されていい嘘なのか、そうでないのかを判断できるのは会話をする時のみじゃ。おまえさんが魔法使いなら、嘘看破の魔法なんぞもあるんじゃが、そういうわけではなさそうじゃからの」
「……?どういう意味だ?」
「先ほどの貴族、あやつはずっと魔法を使っておった。おぬしが心に隙を作れば、そのまま言いくるめて何かしようとしておったのじゃ。まあ、もともと手枷をしている囚人には効きにくい魔法じゃし、はじめから警戒ばかりじゃったから、通じなかったようじゃがのう……」
老人の声が段々小さくなる。耳を澄ませようと身を乗り出したミツイは、看守の足音が近づいてくるのに気づいて口をつぐんだ。
「……なあ、爺さん、何者なんだ?」
おそるおそる尋ねたミツイへ、老人は手をひらひら振って笑った。
「老い先短いただのジジイじゃよ」
ミツイはその時になってはじめて気づいた。老人の手には、手枷がついていなかった。




