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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
22/65

21.ミツイ、飛脚になる(その3)


 自分の今の役割は、言うなれば郵便配達人であるという認識が、ミツイにはあった。

 英雄ではなく、冒険者でもない。少々危険だが、別に戦わなくてもいいのである。

 ファンタジー世界の郵便配達人の正義は、目的地に無事に郵便物を届けることにある。その道中何があったのかは語られず、また語る必要もない。もしかしたら郵便物を届けるのを邪魔した魔物を倒した郵便配達人もいたかもしれないが、ミツイはとりあえずそれは置いておくことにした。


 乗り物に乗っていないせいで、ミツイの考える郵便配達人とはちょっとイメージが違う。一番近いのは、時代劇に出てくる飛脚あたりだろうか。野を越え山を越え、時には敵地も越えて情報を届ける飛脚。日本にはモンスターはいなかったはずだが、雨降り風吹き地震だって起きたかもしれないと思うと、今の自分よりもっと酷い気がした。


「さーて、そういうわけで、戻ってきたわけだ」


 行きの1時間よりも早く、ミツイはゴブリンたちがたむろする場所へ戻ってきた。女の子を抱えていない分、格段に時間が早く済んだのだが、そのせいかゴブリンたちがまだ滞留していた。

 改めてゴブリンだと思って見てみる。言語があるのだろう、ギャイギャイと何か言い争いながら、互いに向き合っている。パッと見た印象だけでは個体区別がつかないが、装備品は個人個人で違うようだ。片手剣だったり、短剣と大盾だったり、大剣を二本だったりと、あまり頭のよさそうな装備ではなかった。


(手紙……は、ないか?どこだ?)


 ゴブリンの足元を中心に、手紙を落としていそうな場所がないかと視線を巡らせる。悪路に轍でできた道だ、遠目でも分かるだろうと思ったのだが、見当たらない。すでにゴブリンの手によって拾われていた場合は厄介だ、できればこのまま見つからずに済ませたい。


(そういや、馬車の残骸のところでも、いろいろ見たんだった。あっちか?)


 ミツイはほんの数瞬迷ったが、ゴブリンたちを迂回して馬車の残骸の場所まで戻ることにした。

戦闘になるかもしれない可能性はできるだけ後回しにしたかったのだ。

 だが、迂回をはじめたところで、判断が誤っていたことを知った。


 ゴブリンは鼻が利くらしい。

 馬車の残骸方面は、風下だったようだ。

 ミツイが移動をはじめるのと同時に、ゴブリンはミツイに気づいた。


(げ、げ、げ!?)


 ゴブリンは、ミツイを獲物と判断したらしい。武器を構えて近づいてくる。


(げ、げ、げげげげげげ!!)


 青い肌の醜悪な顔立ちが、口々に耳障りな音を立てながら駆け寄ってくる。

 何を言われてるのか分からず、険悪な表情であること、武器を構えていること、走り寄ってきていること。そのすべてにミツイはただただ恐怖を駆り立てられた。


(だから、おれは丸腰なんだってば!)


 そのまま馬車の残骸方面へと走り出そうとしたミツイは、思い立って方向を変えた。残骸方面が風下ならば、いつまでもついて来られてしまう。

 ミツイは右を向いて走り出した。まずは全力で5分ほど距離をとってみる。チラ、と振り返ってみたところ、残念なことにゴブリンは諦めていなかった。

 さらに5分進むと、ミツイはジグザグに走ることにした。遠目に山裾と土砂崩れ跡が見えたからだ。土砂崩れに向けて走れば、馬車の残骸の場所は把握できる。逆を言えばこれ以上道を外れると、自分が元来た場所を把握できない。


 ゴブリンは持続力もあった。ミツイが魔法をかけてもらってこそなのに対し、ゴブリンはミツイよりも一回り以上背が低いというのに同程度の持続能力があるらしい。速力はさすがに今のミツイには及ばない。だが一向に諦めることもなく、脱落者も出さず、じりじりと距離を開くことしかできないとなると、撒くことができない。


(どうなってんだ!ゴブリンって、雑魚じゃないのかよ!?ゲームじゃあスライムの次あたりに弱そうな連中なのに!魔王軍じゃあ最下級種族だろうがぁ!?ああ、ちくしょう、そうかよ、考えてみりゃあ、最下級だろうと一般人よりは強いよな、そうだよな!今のおれって、ただの一般人だからなあああ!!!)


 誰に八つ当たりしていいのか分からず、ミツイは脳内で叫んだ。声を上げて注意を引いては意味がない。


 前方に土砂崩れが見える。いつのまにか山裾まで近づいてきてしまったらしい。


(そうだ、こいつらは、土に足をとられるんじゃないか?)


 我ながら冷静だ、とミツイは考え、そのまま土砂崩れの一帯へと踏み込んだ。



 土砂崩れの場所から移動したのは、さほど前ではない。時間にしてほんの数時間前だ。

 だがミツイの記憶にあるものと、その場は一変していた。

 ミツイが最後に見たのは土砂崩れの斜面にポコポコと穴が空く様子だ。何かが顔を出そうとしているかのように盛り上がるところは見たが、それ以降は分からない。


 どうやら何かは、立派に顔を出したらしい。

 土砂崩れの場所は、巨大な穴が数箇所に空き、掘り返された土が山になっている。やわらかな土は、どんな大型のトラクターを使用したのかという有様であったが、ミツイは立ち尽くすことしかできなくなった。


 ギャイギャイと騒ぐゴブリンたちが追いついてきた気配があったが、それも気にならない。目の前の光景から目を離したら、どんな目に遭うのか想像できずに恐ろしい。


 そこにあったのは、巨大な生き物の胴体だった。

 太い。そして長い。体表面は分厚い皮膚で覆われていたが、その色は薄桃色で、内側を動く体液の流れが透けて見える。一抱えでは足りない太さは、直径3メートルはあるだろう。

気味が悪いことに、うねうねと身をくねらせながら、地中へと潜っていき、ミツイの目の前で地面の下へと消えていった。後には盛り上がった土の山が残る。どうやらこの生き物は、穴を空けっぱなしにはしないらしい。


 ギャイギャイと騒ぐゴブリンたちが土砂崩れの場所へと足を踏み入れる。


 ももももももももももっっっっ……


 勢いよく土が盛り上がっていくのが、分かった。

 慌てて振り返ったミツイの目の前で、ゴブリンの一体が飲み込まれた。

 巨大な砲台の先を見ているようだった、あるいは地下鉄の線路を、トンネルの入り口を。空洞の中は赤く、そして闇色をしている。歯がびっしりと生えているわけでもないのに、その中に飲み込まれたが最後、助からない。

 飲み込まれたゴブリンは、わずかに「ギャ」という声を漏らしただけで、そのままいなくなった。地中から現れた巨大な長縄は、ぐねんぐねんと身を揺らして、飲み込んだそれを腹部まで運んだ、ようだった。


 ゴキュゴキュと、妙な音が聞こえた。

 飲み込んだ、らしい。


 その生き物には顔がなかった。あるのかもしれないが、ミツイには分からなかった。先端に開いたものは口なのだろうが、巨大な穴が空くという以上には理解できない。

 それが、落とし穴であったなら、ミツイにだって理解できただろう。だがそれは動く。大人しく穴が空いているだけならよいのに、動いて自ら飲み込みにくるのだ。


 一匹飲み込むと、一度地中に潜る。そして、またどこかに顔を出して、同じことを繰り返す。

 ミツイが強張り、動けずにいる間に、その生き物は次々とゴブリンを飲んでいった。慌てて逃げ出すゴブリンたちだが、一箇所に固まっていたために、逃げ場がなかった。

 逃げ出そうとするゴブリンが、背側から開いた巨大な空洞に飲み込まれていく。


「……は、は、ははっ……」


 引きつった声がミツイの喉奥から漏れた。


「冗談じゃねえよぉおおおおおお!!!??」


 ミツイは逃げた。逃げ出した。少なくても土砂崩れのエリアからは逃げなくてはならない。

 背後でゴブリンが飲まれていくのを、次は我が身だと痛感しながら逃げる。




 気づいた時には、自分がどこにいるのか、さっぱり分からなかった。




  □ ■ □




 ミツイが気を取り直して馬車の残骸の場所へと戻ってきたのは、おおよそ1時間後だ。

 馬車の残骸の場所は土砂崩れのエリアではなかった。それがミツイが戻って来れた理由であり、もし土砂崩れのエリアであれば何があっても絶対に戻らなかった自信がある。


 とにかく手紙だ。それがないと村についても説明ができない。

 正直なところ、一晩くらい安全なところで寝てから戻ってこようかと思ったのだが、落し物というものは時間が経つほど見つからないものなのだ。増して野外に落ちたものは、風でも吹こうものならどこへ飛ばされるか分からない。土地勘のない場所であることに加え、交番もないので、誰かが届けてくれることを期待もできない。


「えー……妙なのは、いねえよなぁ……?」


 おそるおそる、声を潜めながらミツイは馬車の残骸に近づいた。

 ちょっとでも物音がしようものならビクッと震え上がってチラ見する、という行動を繰り返すこと数回、ようやく馬車の残骸に触れるところまで来たミツイは、車軸の間に挟まっている手紙を見つけて、ホッと息を吐いた。


 どうやら車軸に挟まったため、風で飛ばされずに済んだのだろう。運のいいことである。

 ミツイには読めない文字で宛先が書いてあるし、これで間違いない、と安心したミツイは、車軸の下に妙なものを見つけた。


「なんだこりゃ」


 それは女性用の髪飾りだった。バレッタと簪の中間のような代物で、髪に挿して使うものだったが、あいにくとミツイには用途が分からなかった。使いづらそうな櫛、と結論づけると、ミツイはほんの少しだけ迷った後、懐に入れた。

 これぞまさしく『落し物』だったからだ。

 この馬車はおそらくミーナが乗っていたものだろう。理由は不明だが、馬車が壊れたことで、乗客は徒歩で移動することになったのだ。ミーナが一人でゴブリンに囲まれていたのは、途中ではぐれて迷子になったとかであろう。

 そうであって欲しい。それであれば落とし主はミーナの知り合いである可能性が高いと思ったのだ。




 ようやく目的のものを取り戻して、ミツイが駆け足で戻る途中、進行方向から歩いてくる人影を見つけた。


 時刻はすでに夕刻である。

 地平線の彼方に太陽が隠れようとしており、空は茜色に染まっている。雲がピンクや紫色に染まっている様は美しかったが、ミツイはそれに見とれるような余裕はなかった。

 やってくる人影は武装していたのである。


 人影はふたつ、どちらも成人男性に見えた。

 抜き身というわけではないが、腰に剣を二本下げ、皮鎧と見受けられる部分鎧を身に着けている。日除けなのか、笠のような帽子をかぶり、旅用のマントを身に着けていることもあり、身に着けているものが仮に着物であれば時代劇の浪人風と言えた。


(……あれ、味方か?盗賊じゃねえだろな……?)


 武装しているというのが、怖い。

 ミツイは距離が離れているうちに逃亡の算段をつけながら二人を観察していた。


 前方の人影はゴブリンのようなあからさまなモンスターではないが、人型の魔物がいないとは限らない。また、人間であったとしても友好的とは限らないのだ。山賊などの物騒な連中だった場合、ミツイは対抗する術がない。逃げ出すには距離のある今のうちに、視界から消えてしまうのがてっとり早かった。


 ミツイは手紙を懐深く隠しながら、相手との距離をとったまま出方を伺った。じりじりと後退しながら、迂回ルートを考える。


「おーい、そこのー!」


 遅かった。向こうから話しかけられてしまったのだ。

 すでに認識されているのであれば、逃げるのは逆効果かもしれない。ミツイは逃げ腰になりながら相手との距離があるうちに返答した。


「なんだー!?」


 こっちに来るな!心の底から唱えながら、テリトリーを護りながら移動をはじめる。目的の村は、道沿いに行った先にあるので、この輩を追い払ったとしても次がくるのである。


 ゆっくりと道を迂回し、武装した二人組との距離を守りながら、道の先へと回り込もうとしたのだが、残念なことにそれは不審に見えたらしい。二人組は速度を上げてミツイへ近づいてくる。

 ミツイはそれ以上近づいてくるのを回避する行動に出た。警戒しているのを示すように手を前に突き出し、手のひらを向けて『ストップ』と願う。善良な者ならばこちらの警戒を分かってくれるだろう。


「……あんたら、何者だ?用があるなら手短に頼むぜ」


 善良でなかった場合、こちらの警戒に気づいてなんらかの反応があるだろう。


「そっちこそ……、いや、この格好じゃ無理もないか。オレたちはこの先のニーグ村に雇われてるもんだ。あんた、向こうから来たんだったら、ゴブリンに遭わなかったか?」

「……」

「そう警戒してくれるな、別にとって食おうとは思ってない。ゴブリンから逃げてきた女の子がいてな、彼女によると数匹のゴブリンがこのあたりにいたらしいんだが……」


 二人組のうち、茶髪の方が話しかけてくる。もう一人は青みがかった色の髪をしており、ミツイへの警戒を解かないままだった。

 ミツイは少しだけ警戒を解いた。その女の子というのはミーナのことだろう。


「悪ぃんだけど、それ以上コッチ来ないでくれ。……ゴブリンなら、見たぜ。土砂崩れのところで、デカイ生き物に飲み込まれた」


 ミツイの言葉に、男たちは言葉を失った。


「……デカイ生き物って、どんなやつだ?村に来る可能性のあるような代物か?」

「そんなの、知らねえよ。ってか、おれも知りてえよ。とりあえず土砂崩れのところから逃げたら、それ以上追っ手は来なかったけど」

「形状を言え。人型か?」

「いや。なんかこう、デッカイ……ものすごくデカイ口をした、胴体は蛇のすっげぇ太いみたいな……」


 ミツイの説明に、青みがかった髪の方がイラついた表情になった。頭の悪い説明だと思っているようだ。ミツイも自分でそう思ったので間違いない。


「分かりにくい。……土砂崩れのところと言ったな、地中から出てきたのか、空を飛んでいたのかどちらだ」

「地中からだ」

「……サンド・ウォームか?」


 青みがかった髪の方が、茶髪に確認するように視線を向ける。


「それ、巨大なミミズみたいなやつだった?」

「ミミズ……?……ああ!そうかもしれない。ミミズがモノを食うとこなんか見たことねえけど、イメージとしてはそんな感じだ。デカくて、目とかなくて、うねうねしてて気味が悪かった。ゴブリンは、たぶん全部食われたと思う」


 恐怖を思い出してブルッと身が震えた。その拍子に胸元からカサリと音がして、ミツイは自分が懐に手紙をしまいこんでいることを思い出した。


「なあ、ニーグ村って、首都から徒歩4日の村、で間違いないか?おれ、そこに手紙を届けに来たんだけど」

「……手紙だと?」

「ああ。ホラこれ……って、言いたいんだけど、悪ぃな、あんたらが本当にニーグ村の人か分かんねえから見せられない」


 話の流れで手紙を取り出そうとしてしまったミツイは、その手を慌てて止めた。


「さっき女の子って言ったよな。その子、無事に村に着いたのか?」

「ああ、先ほど仲間が保護して村に連れて行った」

「そうか」


 今度こそミツイは警戒を解いた。


「つまり、あんたらがミーナの言ってた、村を魔物から守ってくれる傭兵さんか」


 ヨーヘイさんとは人物名ではなかったようだ。




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