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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
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15.ミツイ、盗賊になる(その2)

今回は短いです。

 ライルに教わり、赤毛の少女が向かった先へと進む。下水道をしばらく行った先で、赤毛の少女ははしごを上がったらしい。そう言われて向かった先に滝水が流れ出ていない切れ目があった。よくよく見れば人がひとり上がれるほどの隙間がある。

 ミツイとキャシーが二人して隙間を抜けると、そこに広い部屋があった。


 明かりのない部屋である。ミツイは持参したランプに火を灯し周囲を見てギョッとした。

 石の像が並んでいる。もはや見慣れてきたが、精巧すぎるその像は、おそらく石化した人間だった。服装は千差万別だったが、街中にいそうな服装ばかりだ。人間だけではなく、動物らしき姿もある。


「あかん、ミツイ、ここはまずい!」


 キャシーの焦った声に、ミツイは驚いて視線を追った。床に魔方陣が描かれているのが分かる。魔方陣に描かれた文字は、ミツイには読めないが、それは白く光を放っている。

 ミツイの胸のうちから、何かざわめく気配がした。足元から何かが立ち上っていくような気配だ。それが何かは分からないが、不快だということだけは伝わってくる。ミツイは答えを求めてキャシーを見やった。


「魔力を吸い上げとるんや……。たぶん、この石にされた連中もそうや」

「つまり……?イレーヌが人間を石化させてたのは、その目的のためか?なんで?」

「知らんわ!まずい……まずいで。ウチの魔法が使えんくなる」

「げげ。マジか!」


 動きが鈍るキャシーの腕を引き、ミツイは魔方陣の円外に急いだ。陣の外に出たとたん、胸の奥の不快感が抜ける。おそらくそれがキャシーの言う魔力を吸い上げるということなのだろうと思った。


「つまり、おれにも魔力があるわけだ。なんか安心したぞ……」

「安心しとる場合やないで」


 キャシーの声が強張るのを感じ、ミツイはランプを掲げた。

 期待通りと言うべきか、そこには黒ずくめの女の姿がある。今は赤毛を惜しみなく露にし、顔を隠していた布もない。そのため、いつぞや絵で見たままの美しい少女の姿だった。体は緑色の光を発している。


「くっくくく。エル・バランならおそらく、目的もなにもかも分かったような口調で言う。何も知らないくせに」


 少女は楽しげに笑っていた。魔方陣から慌てて抜け出るのも見ていたのだろう。

 余裕のある顔が憎らしい、と思いながら、ミツイは急いで杖を握りしめたが、部屋の狭さに舌打ちを隠せなかった。石像が邪魔で杖を振り回すスペースがない。


「先手必勝や!」


 叫ぶと同時に赤色の光を放ち、キャシーは両手に火の玉を浮かべた。拳ほどのそれは、合計五つ。燃えながら回転するそれを、お手玉のように宙に浮かせ、イレーヌの顔面に向けて放つ。連続して飛んできたそれを、イレーヌは風で叩き落とした。

 火の玉は床を焦がすと消えてしまう。それをわずかに舌打ちしながら、キャシーは再度火の玉を浮かべた。今度は、七つ。後退しながら繰り出した連弾を紙一重で交わし、イレーヌはキャシーへと近づこうとする。


「甘いで!」


 近づいてきたイレーヌの顎を蹴り飛ばし、キャシーはバック転して体勢を整えた。イレーヌの顎に火傷が残る。足元から燃え上がる炎は、どうやら靴状になっているらしい。床をジリジリと焦がしながら、キャシーは踏み込んだ。回し蹴りで胴を狙う。脇腹に向けて放ったそれは、わずかに身をそらしたイレーヌに避けられた。赤く焦げた顎を見て、キャシーは忌々しげに言った。


「マトモに食ろうてそれか。ずいぶん守備を堅うしたもんやな」

「お、おい……」

「下がっときぃ、ミツイ。魔力を食われた……ホンマやったら火の玉20個は軽いっちゅうのに」

「げ。半分以上!?」

「久しぶり、キャサリアテルマ。魔力をどうもご馳走さま」


 にんまりと笑って、イレーヌは言った。


「知り合いだったのかよ……?」

「エル・バランのとこで働いとったんや。助手つーても、いたのは一週間程度やけどな」

「あれはエル・バランが悪い。推薦を断った」


 イレーヌはボス役には向かない性質らしかった。目的をぺらぺら喋るわけではなく、代わりに手のひらに竜巻を乗せる。全身が緑色に光るのを見ながら、ミツイは顔が引くつくのを感じた。ミキサーになるのは遠慮したい。ミツイは胸元の守り袋を握りしめながら、イレーヌをにらんだ。


「エルさんが断った?何を推薦したんだ」


 ミツイの問いを、意外に思ったらしい。竜巻を手のひらに浮かせたまま、口を開く。


「エル・バランは宮廷魔術師。その推薦ならば国に雇われることが可能。それを、『足りない』と言った」

「足りないって、何をさ。魔力?だから、魔力を吸い上げる魔方陣を敷いたのか」

「そう」


 にんまりと笑みながら、イレーヌはキャシーを見やる。


「キャサリアテルマの魔力まで手に入った。国に雇われるなんて小さい夢は要らない。今の自分なら、エルデンシオよりももっと大きなものが手に入る」

「……ハッ」


 ミツイは内心でダラダラと冷や汗をかきながら、笑ってみせた。

 ジリジリと下がる……魔方陣の中へ、戻るようにして。


「そりゃ、『足りない』ってのは魔力のことじゃねえよ。頭だろ」


 挑発に乗るかどうか、ミツイにとっては賭けだった。正直なところやりたくない賭けだ。


「ほう?おまえ、掃除夫だろう、それが魔法使いの何が分かる?」


 楽しげな笑みがイレーヌの口元を彩るのを見て、ミツイは冷や汗をかいた。


(くそ、失敗か!乗ってこいよ、こんちくしょう!)


「ははははっ、掃除夫だけど、今はそのエルさんの助手なんでね。その竜巻についても知ってるぜ?エルさんの隠し部屋を壊していこうとしたんだろうけど、残念だったなあ。おれが止めてやった。知ってたかい、あの部屋にはあんたの魔力を根こそぎ奪うモンがあったんだ。そこにみすみす入り込んじまったおまえは、あの段階から少しずーつ魔力が抜けてる、穴の空いた風船みたいなもんさ」


 ぐっと守り袋を握りしめながら、笑みを浮かべてみせる。


「くっくくく。その青い顔で虚勢を張る?無駄だ、何か隠しているだろう」


 そこに、とイレーヌは左手を動かした。

 とっさにミツイは腰をついて座りこむ。空いた空間を、風の刃が突き抜けていった。


(やべえ、やべえ、やべえ!!杖、杖、どこいった!?座っちまったら、立てねえのに!)


 立ち上がろうとしたミツイは足がガクガク震えているのを感じた。強張った顔が凍りつく。力を入れようとしても足に踏ん張りが効かない。空いた方の手で杖を探るが、手の届く範囲には転がっていない。


(仕方ねえ!)


 ミツイは守り袋の紐を千切り、中を空けようとした。折りたたんだ紙を取り出そうとするが、手が震えて動かない。袋の口が開かず、焦りがつのる。それを、イレーヌは笑った。


「その袋か」


 イレーヌは床に座り込んだミツイを見下ろし、笑みを浮かべた。竜巻がイレーヌの手を離れる。周囲をミキサーに巻きこみながら、ひゅるるんと降りてくる。ミツイの胸元に竜巻の先端が触れる。


「う、うわ、うわあ!!」


 一瞬で服が千切れとんだ。隠し部屋で床に穴を空けた竜巻の先が、ミツイの胸元に降りてくる。ドリルのようなその先端が、高速で体を抉っていく。

 自分が消し飛んでいくのを、ミツイは視た。



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