表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
14/65

13.ミツイ、掃除夫になる(その3)


 深夜。城中が寝静まる時間帯に、見張りがピリピリとしている一角があった。

 金属鎧に身を包んだ騎士姿が、等間隔に立ち、直立不動で警戒に当たっている。兜を被った姿は置物にも似て、微動だにしないが、廊下にわずかに漏れる息遣いが彼らの緊張を伝えていた。

 まっすぐな廊下には、合計14本の柱があり、互いに死角ができないよう、柱を背に立っているのだ。

 廊下全体で動員された見張りは10名。


 やってくるだろう盗賊は、空を飛べるため、窓からの侵入の可能性が高いとされていた。

 廊下の入り口は堅く錠が下りていて、朝まで開く予定がない。


 カツン。


 息を潜めた彼らの耳に、わずかな物音が届いた。

 一斉に振り向きたくなるのをぐっと堪え、自分の持ち場に集中する。


 カツン、カツン。


 またもや聞こえた。今度は確実に聞き間違いではない。

 一番近くにいた騎士が、目線だけをちらりと廊下へ向けた。小さな石ころが転がっているのが見える……。


 なんだ、石か。そう結論づけかけた騎士は、息を飲んだ。

 石ころ一つないよう磨き上げられた廊下に、石が転がるはずがない。

 侵入者の気配を探るべく臨戦態勢に入ろうとした彼は、視界を遮るように吹き付けた風に息を飲んだ。


 窓外から、風が吹き込んでくる。ゴウゴウと風鳴りが耳を打ち、彼の気を散らそうとする。真夜中の風は冷たくなることが多い……周囲が静かなせいだろうか、やけに耳につく。

 風は刃となり、鎧に細かな傷をつけていく。

 騎士は、注意深く窓外をにらんだ。大剣を構え、ゆらりと剣先を持ち上げる。


(この程度の風で揺らぐ我らだと思ったか。なめたまねを)


 がしゃああああん、と金属音が鳴り響き、廊下に余韻を残していった。鎧姿の一人が倒れたのだ。


(なんだと!?)


 盗賊の姿は、見えない。騎士は心に浮かんだ焦りを覆い隠しながら再度気配を探った。

 生き物の気配はどこにも感じない。否、感じにくくなっているのだ。先ほどから聞こえる風鳴りのせいだった。


「向こうだ!」


 仲間の一人が叫んだ。騎士は今度こそ慌てて振り向いた。がしゃんと金属音がするのにも関わらず、大剣を振りかざして構える。不審な姿を見かけ次第斬りつけるつもりで切っ先を向けた先には、やはり誰もいない。


 彼に纏わりつく風だけが、異常を伝えてくる。

 彼は知らなかった。密度の濃い風には重みがあった。たかが風だというのに、前面から吹き付けてくる圧力が、彼の動きを阻害する。前に進むことも、腕を上げることも適わない。全身鎧であることが拍車をかけた。


「天井に!」


 誰かが叫ぶ。知らない声に釣られて顔を上げた騎士は、天井の片隅、暗がりに潜むように張り付いた人影を目にした。全身を黒い衣服で身に包んでいるため、暗がりに慣れた目にかろうじて分かる程度の人影だが、全身を包む緑色の光までは消せていない。


(あれが、盗賊か!魔法を使ったのが命取りだ!)


 剣を振りかぶろうとした騎士は、またもや風に動きを阻害された。目標が見えるのに近づけない。


 盗賊はそのまま、床に降りずに天井を這う。風を纏わりつかせ、宙に浮いているのだ。

 床を歩いてくれれば、風ごときに負けるはずはなかった。騎士の胸に湧き上がるのは焦りだ。盗賊は卑怯にも、騎士たちが太刀打ちできない場所を縫って進む気であるらしい。動きはものすごく『遅』かった。宙に浮くための風は、速度強化はできないらしい。鋭い風を身に纏えば、自ら風で切り刻まれるのだろう。重い風を吹かせている理由を騎士はようやく理解した。


 また、姿が見えたことで騎士はさらに事態が悪化したことを知った。盗賊は小脇に少女を抱えていた。気を失っているのか、眠っているのか、少女はぐったりと弛緩している。暗さで顔がよく分からないが、身に着けたドレスを見れば正体は知れた。


(姫君を……人質だと!?おのれ、おのれ、おのれ!賊が!)


 声が出せない。重い風は圧力でもって騎士の動きを阻害する。

 ハエも止まりそうな緩慢な動きで盗賊が進んでいるというのに、増援を要請する自由さえなかった。


 やがて終点にたどり着こうとした盗賊は、戸惑ったように動きを止めた。宝物庫に続く扉、その目の前に立ちふさがる男の姿を見たのだろう。騎士たちのうち一名は、扉の前に陣取り、最後の砦を担当することにしていた。


(あああああ、しかし!姫君がいては……!)


 騎士は、最後の砦となった男が、姫君の姿に動揺するであろうことが理解できた。剣の腕であれば盗賊などに遅れをとるはずもない。だが、小脇に姫君を抱えた盗賊が、それを盾にするだろうことは想像つく。


 ぐらり、と男が倒れていくのを見て、騎士は絶望の思いがした。


 もはやこれまでか、と騎士が胸のうちで叫んだ、その直後。

 拘束が解けて騎士は床に転がり込んだ。




 ミツイは一か八かの賭けに勝ったと思った。


 扉の前に現れた盗賊……イレーヌのはずだ……は、小脇にドレス姿の少女を抱えていた。

 大きさからして、妹姫だろうと考える。こんな深夜にドレス姿ということに違和感を覚えなくもないが、一度狙われた妹姫だ、王子の妨害は成功しなかったのだろう。

 宝物庫の扉を開けるのには王族の助けが必要だという。ならば、必ずこの扉の前には現れるはず。それがミツイの計算だった。本当はこんな危険なポジションは別の騎士にやってもらいたかったのだが、協力を得られなかったのだから仕方がない。


 扉の前に、ミツイは姿見を設置した。


 エル・バランに与えられた客室から持ち出した全身鏡だ。扉前に設置すると露骨に鏡なのが分かってしまうが、深夜であれば侵入者とて気づかないはずだ。

 後は、風魔法ではなく石化魔法を使ってもらえばいい。風魔法が効かないと思えば石化魔法に切り替えるはず、そう考え、ゴール際に障害を用意した。全身鎧姿の騎士たちを目にしている盗賊は、扉前にいるこの鎧姿も本物だと考えるはずだ。風で吹き飛ばないと思えば石化魔法を取り出すはず。


(名づけて、メドューサ退治作戦!!)


 ギリシャ神話のメドューサ退治のように、鏡の盾を使うようなことは却下した。騎士たちがそこまで技量が高いとは限らなかったのと、急で鏡の盾など用意できなかったのと、騎士が複数いたために、同士討ちになる可能性が否定できなかったためだ。正攻法ならともかく、それ以外の方法で同士討ちになったら、二度と協力は得られまい。

 また、全身鎧というものは、盾装備で戦うものではないらしい。斬撃に耐えられるよう鎧の厚みを増したものが金属鎧で、ついには剣では斬れなくなったことで盾を手放し、両手剣を使うようになったという経緯があるらしい。日常鍛錬をしていない動きに期待するのは怖かった。

 囮役の全身鎧は、中身のないがらんどうだった。さすがに石化魔法にかかる役、なんぞというものを頼むことはミツイにはできなかったし、自分がやるのはもっと嫌だったのだ。


「くっ、くっくくく」


 含み漏れる笑み声に、ミツイはぎょっとした。隠れている従業員通路から思わず顔を出してしまうところだった。ドレス姿の少女を抱えた盗賊は、小脇に抱えた荷物を手放すと、風を自らに纏わせて床を蹴った。

 騎士たちを拘束していた重い風ではない、身軽になるための風魔法だ。全身を緑色に光らせて、そのまま大きく腕を振ると、場に残っていた全身鎧の騎士たちがガラガラと転げていく。


「妙。鎧に隠れているわけではない。だがエル・バランならもう少しマシな案を考える。誰だ?」


 一瞥した盗賊は、魔法文字の紙を取り出してすらいなかった。よくよく考えれば片腕に少女を抱え、もう片腕で風魔法を行使していた盗賊が、紙を取り出すことはできない。

 しかも、この暗がりでは誰も文字が読めない!これは致命的だった。思いつかなかった自分を責めたい。


「出てこないか……、くっくくく。まあ、いい」


 盗賊は楽しげに笑い、ちらりとミツイの方へと視線を投げた。

 隠れている場所がバレたのかとミツイの身が縮こまる。


(さっさと出てけー、出てけー、出……あれ?逃がしていいんだっけ、これ?)


 盗賊の手が床に落とした少女の腕をとった。だらりと力の抜けた腕を無理やり持ち上げ、扉へと近づいていく。

 ズリズリとドレスが床をこする音がする。

 手のひらを扉に向けてかざし、触れさせようとする盗賊の背を見たとたん、ミツイは動いた。


「うりゃあああああああああああああああああ!!!!」


 思い切り、箒を振りかぶったミツイの攻撃は、直前で避けられて少女の頭近くに落下した。


 従業員通路から飛び出したのは完全に予想外だったらしい。盗賊は舌打ちしてミツイをにらみつけた。

 一方のミツイは動揺していた。不意打ちを避けられると、もはや次の攻撃が続かないのだ。

 習い覚えた杖の構えをとると、箒の先端を盗賊に向けて構える。


(まずい、まずい、まずい!!基本の型しか習ってねえよ、こんちくしょう!)


 箒を杖代わりに構えたミツイは、盗賊の隙に突きを入れた。風魔法を纏う盗賊には余裕で避けられてしまうが、勢いのままに突きを繰り返す。


「ハッ!ヤッ!てぃ!」


 一歩踏み出すのに合わせて、突き。二歩目を踏み出すのに、また突き。ひたすら前進する動きだ。

 盗賊はミツイが前進しかしないと見て、わずかに舌打ちしながら床を蹴った。


(いい加減、何度も見たんだよ!)


 柄を左手で押さえ、箒の先を跳ね上げる。追いかけたのは数センチだが、盗賊にとってはそうではない。自分の動きに追いつかれたことに冷静さを取り戻す前に、ミツイは自分を軸に箒を回転させた。そのまま柄の部分で突き上げる。


 ダンッ!


 踏み込んだ足が大きな音を立てた。

 後方ジャンプで天井付近まで飛び上がろうとする盗賊へ、柄の先はわずかに届かない。

 だが盗賊は状況を不利と見たらしい。再度舌打ちすると、窓へと身を翻す。


「くっ、くくく。騎士より掃除夫の方がよほど『らしい』とは」


 小馬鹿にするように笑う声だけを残し、盗賊は窓外へと姿を消した。




  □ ■ □




 結論から言えば盗賊は逃げた。

 床に落とした少女を連れていく余裕はなかったのか、ドレス姿の少女は床に倒れたままだ。

 過程を無視すれば大金星である。

 ……少なくても、その時点ではミツイはそう考えた。


「なかなか無茶をする」


 明け方になり、やってきたエル・バランがそう言った。


「無茶がどうこうじゃねえよ、エルさん!『解呪』があるから平気って、よく考えたら昼間だけじゃねえか!

 夜中じゃ向こうもおれも文字読めないし、ってか、そのおかげで石化作戦は失敗だし!くそうー」

「明かりを所持していれば問題ないだろうに……」

「思いつかなかったんだよ!てか、エルさん知ってたなら教えてくれよ!」

「思いついてないとは思わなかった。やけに自信満々だったからな」


 『メドューサ退治作戦』を思いついたミツイは、エル・バランに協力を要請して部屋の鏡を持ち出した。扉にセッティングした時点で作戦内容を話したが、少しあきれつつも特に問題はないと判断したエル・バランから反対はなかった。


「くそう。かっこ悪ー……」


 状況はさらに悪かった。

 倒れていた少女は救出され、騎士たちによって連れて行かれようとしたが、ここで予定が狂った。

 少女の腕が、半分『無かった』のだ。

 さらに少女はその半身を石化されていた。


「ミツイ、おまえが見た時点で彼女の腕は両方とも『合った』んだな?」

「両方かは、しらねえよ。けど、扉を開けるのに持ち上げてたから、少なくてもこっちの腕は、『合った』よ」

「おまえに反撃を受け、イレーヌは逃亡を選んだ。だが必要となる腕をもぎ取っていったということか。

 むしろ最初から予定通りだった可能性もあるな。狙い通り潜入できれば良し、それが叶わなくてもこの娘の身が手元にあれば騎士たちは足止めを食らってイレーヌを追うことができなくなるだろう。その場合、腕だけを持ち出す気でいたんだ」

「おれの、せいか……?」

「異なる。おまえがいなければ宝物庫の中はすでに荒らされていたろう、最悪の事態にはなっていない。なによりも、イレーヌはまだこの奥を狙うだろうからな」

「あの子……妹姫様なのか?どうなるんだ?」

「違う」

「え、違うのか?」

「王女殿下の侍女だ。イレーヌはやはり侍女に化けていたらしいが、当の本人は浚われていたということだな。彼女は傍系ではあるが、公爵家の娘なので王家の血を継いでいる。おそらくイレーヌも、それに気づいて代用でもかまわないと判断したんだろう」

「こうしゃくけ?」

「その説明は後回しにしよう」


 エル・バランは難しい顔をした。


「ただ石化しているだけなら、知ってのとおり元に戻せる。だが腕を欠損している以上、この状態で戻すと彼女の腕は永遠に戻らない。腕を取り戻し、その上で神官の上位魔法にかけるしかない」

「……」

「ミツイ、助手としてのおまえに命じる。イレーヌを追え」

「……」


 ミツイはぎくりとした。嫌だ、と反射的に抗いたい。そもそもイレーヌに対して何もできなかったから、この事態になっているのだ。エル・バランがやればいいではないか。


「おまえが動けば、まだ時間が稼げる。他の騎士たちが動けば、公爵家が王家に対して管理責任を問うてくるだろう。確実に国が乱れる。そして、何よりも娘の腕が戻らない可能性が高くなる」

「……なんで?」

「王家を弾劾するのに、証拠として腕がない方が都合がいいからだ」

「……」


 嫌だ。抗いたい気持ちがミツイの中で湧き上がる。危険は勘弁だ、こんな、見ず知らずの相手のために、命をかけるようなまねができるほど、聖人君子などではない。


「エルさんは……、動かねえのか?」

「動けない」

「なんで」

「……『エル・バラン』は『エルデンシオ王国に帰属するバラン』……この名前が与えられている間、自分はエルデンシオ王国の不利益になるような行動ができない。そう教えたな?」

「逆だろ!?国を乱さないための……」


 反論しようとしたミツイは、はじめてエル・バランの顔を見上げた。苦痛に歪んだ顔は、彼女が決して本意でないのを示していた。


「イレーヌが盗んだのは、『エル・バラン』が作成したアイテムだ。イレーヌの犯罪は、すべて自分の責となる。イレーヌの行動は契約違反……その咎が自分を縛る。そのため、今の自分はほとんど魔法を使えない」


 エル・バランは泣きはしなかった。頭を下げたりもしない。声に感情をほとんど交えない。男か女かも分からない中性的な顔立ちに、自分の無力を不甲斐なく思っていることをのぞかせるだけだ。


「……ズルイぜ。年端も行かない少年への脅迫って、おとなげねえと思わねえ?」

「期待している」

「ますます、ずりぃ……」


 はぁ、とため息をついたミツイは、せめて武器を、と部屋に置いてきた杖を思い返した。箒よりもあちらの方が、まだ扱いやすい。ミツイの嘆息を承諾と判断したのか、エル・バランが告げた。


「キャサリアテルマをつける。あいつならば、イレーヌのアジトを探せるはずだ」




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル2

経験値:5/100(総経験値:105)

職業:掃除夫(魔法使い(助手)より臨時雇用)

職歴:衛視、魔法使い


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ