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異世界リクルーター  作者: 味敦
第一章 ミツイ 異世界に降り立つ
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10.ミツイ、異動を希望する


 私の名前はエレオノーラ。このエルデンシオ王国の首都にある、職業紹介所の職員である。

 もっともフルタイムで職員なのは週に3日のみ。他はパートタイムというか、ハーフタイムというか。開所から閉所までいるのは3日間のみなのだ。

 で、あるからして、私が出所していない日に起きたことまでは把握しきれないのが現状だ。


 開所直後、入り口から入ってきたのはいつも通り常連のライルさんであった。

 焦燥した様子で開口一番、「下水道以外の仕事、ない?」と聞いた。


 ライルさんはここ連日下水道のネズミ退治を請け負っている。ほぼ間違いなく複数体存在するネズミ相手にも相手にも臆することなく向かってくれるため、依頼主は大変感謝しており、はじめて請け負って以来、「ぜひライルさんに!」と名指し依頼が横行しているのだ。


「いやぁな?ありがたくはあるんだぜ、角ウサギより報酬はいいし。しかも名指し依頼になってからは数割報酬増してるし。だがよぉ、おかしいだろ!?おかしいよな?!何で連日殲滅してんのに、数日後には同じだけの数が増殖してんだ!」

「発生原因が排除できていないからだと思われますが」

「そっちの原因追究とか、そういうの依頼にするべきじゃねえのか!?」

「ご依頼元の要望は発生しているネズミの退治ですので。追加依頼をご希望でしたら直接交渉してください」

「おかしいって話題は出ないのかよお!?そりゃあな!?風呂は入ってる、ダメになった服は処分してる、だが、だがしかしだ!剣と鎧に染み付いた臭いの方がいかんともしがたいんだよ!さすがにこれは新調できねえし!手入れしても臭いまでは抜けねえんだ!ううう、このまま『ネズミ狩りのライル』とか呼ばれたら本気で泣けてくるぜ……」


 ライルさんは全力を振り絞って不平を述べると、やがて落ち着いたのか、やはりネズミ退治を請け負って紹介所を後にした。田舎に行くのも旅をするのも嫌がる、毎日働くのも嫌だという困ったライルさんだが、名指しで頼んでくる人間を見捨てるほど冷徹にはなれない。

 先日まで呼ばれていた『ウサギ叩きのライル』と、どちらが格好悪いのかについては言及しないでおこう。おそらく本人は知らないのだろう、知っていたらこんな嘆きでは済むまい。


 さて、ライルさんも言っていたが、下水道のネズミ退治については紹介所の方でも疑問の声が上がっていた。

 ジャイアントラットは大量発生することのある厄介な生き物だ。数が多い上に、毒を持っている。深刻な事態になると下水道から地上に這い上がってきてしまい、街中がパニックになりかねない。下水道は首都全域に広がっているため、まさしくどこにでも現れる、ということになる。こういった場合、首都に住む人間すべてに退去命令が出ることになっており、カラになった首都でネズミを対象とした大規模駆除魔法が駆使される。

 もっとも、まだそこまでの事態ではなく、定期的にライルさん一人が駆除に向かっていれば対処できる段階だが、数日ごとに駆除が必要な数に増殖しているというのは、確かにおかしい。


「エレオノーラ、客が来ているぞ」


 ライルさんの依頼処理を片付けていると、上司から声がかかった。

 職業紹介所の上司、マクスウェルさんである。年齢は42歳、既婚、男性。奥さんと子供が3人というご家庭を持ったナイスミドルだ。髪の色は灰色だが、少々後頭部が危険水域に入っている。奥さんの反応が気になるところだが、今のところ夫婦の危機になるほどではないらしい。こっそり薬師のところに通い、良い薬がないか相談していることを私が知っている、ということまでは知らないに違いないが。

 実は爵位持ちなのだが、この紹介所内ではそのような事実はなんら長所にはなりえない。連日訪れる客と、依頼主との間で折衝する、しがない仲介人である。


「どちらさまでしょうか」

「エル・バラン殿だ。二階の部屋でお待ちいただいている」

「かしこまりました」


 エル・バランさんと言えば、先日ミツイを紹介したばかりだ。何か問題でもあっただろうかと思いながら、私は受付を別の人に代わってもらってから二階へ向かった。




 エル・バランさんは宮廷魔術師である。爵位があるわけではないので貴族とは言えないが、下級貴族よりはよほど信頼も厚く、権限もお持ちだ。有名人であることは間違いないので、紹介所においては二階へ通される。


 応接間に入ると、粗茶を飲みつつ無表情に座っている女性の姿があった。長身美形なので、目立つ。中性的な外見なこともあり、男か女かを一瞥して判断するのは難しいというのが世間様の評価だが、それは彼女の種族を知らないからだとしか言えない。エル・バランさんはエルフなのである。よくよく見れば耳の先が尖っているらしいが、エル・バランさんがそこまで他者に接近を許したという話はあまり聞かない。

 職業紹介所の公平なところは、貴族であっても出てくる茶は粗茶である点だろう。経費の関係で、貴族だからといって高級茶葉が用意されたりはしないのだ。そういったものを希望する客には、「では持参してください、煎れてさしあげますので」と返すことにしている。


「お待たせしました。何か問題でもありましたか」

「いや、手間取らせてすまない。先日紹介してもらった、ミツイの件で相談がある」


 やはりか。私はメモ用紙を取り出して、エル・バランさんの発言を待った。


「ミツイを、一時的に王城勤務に回したい。雇用はあくまで助手のままで」

「王城勤務?理由を聞いてもよいでしょうか」

「先日、自分の屋敷に盗賊が入ったのだ。盗賊が次に狙うのは王城だと思われる。そこで、王城内の警戒に当たりたいのだが……、ミツイは助手身分でしかないのでな、王城に入るとなると問題があるだろう」

「なるほど……」


 私は王城勤務になる職務をいくつか想起しながら、現在募集のある職種があったかどうか思い出そうとした。


「出来れば宝物庫に近づける職種がいい。何か都合のよいものはないか?」


 また、無茶を言うものだ。

 エル・バランさんの期待に答えたいのは山々だが、はてどうしたものか。


「ミツイさんの、助手としての働きぶりはいかがでしたでしょう?それいかんによって、可能な職種が変わってくるかと」

「それもそうか」


 エル・バランさんは納得したように言うと、助手となってからのミツイの働きぶりを語りはじめた。


 端的に言えば、無駄な時間だった。エル・バランさんは気を使ってか10分に渡って彼の働きぶりを評価してみせたが、その内容は10秒で語り終える程度だったのだ。

助手としてのミツイがやったことと言えば、屋敷の掃除と魔法文字の転写、そして屋敷にいるエル・バランさんの仕事仲間、キャサリアテルマの話し相手である。人付き合いを苦手とするエル・バランさんにとっては、最後のものが一番役に立ったらしい。私は会ったことがないが、キャサリアテルマというのは10代前半くらいの外見をした、お喋りな娘だ。放っておくと一人で延々と喋り続けるため、研究に集中したいエル・バランさんにとっては非常に扱いづらいパートナーなのである。


「……分かりました。それでしたら一つ、ご紹介できる職種があります」


 私はしばらく考えた後、一枚の依頼書をエル・バランさんに手渡すことにした。




  □ ■ □




 依頼書を見ながら満足げにするエル・バランさん。早速帰ろうとする彼女を、私は引き止めることにした。

 わざわざ二階に部屋をとったのだ、まだ戻らなくても良いだろう。


「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「自分で答えられることならば」

「下水道のネズミ退治についてです。実は最近、数日ごとに退治依頼が発生しておりまして。その都度駆除を行っているのですが、頻度が少しばかり異常なのです」

「ふむ」

「幸い、今のところお一人で駆除できる程度の数なのですが……」

「なるほどな、職業紹介所としては次の段階になる前に原因を追究しておきたいわけか」

「はい。事態が大きくなると、首都機能に影響してきます。緊急時には首都の人間を全員退去させるという面倒なことになりますし、そうでなくても人の移動にはトラブルがつきものですから。ただ、必要以上に仕事を増やすような真似はしたくありません」

「しかし、なぜそれを自分に尋ねる?」

「エル・バランさんのご担当である可能性があるのではないかと思っております」


 宮廷魔術師であるエル・バランさんに意見を求めるのには、本来はもっと手順が必要だ。なにしろ宮廷、と頭につく以上、エル・バランさんに物を尋ねることができるのは宮廷の人間のみなのである。宮廷魔術師として給与を得ているのに、そこらの一般人の問いかけにいちいち丁寧に対応してしまっては、給与を払う方が馬鹿を見ることになる。誰にでも親切にしたいのであれば、宮廷魔術師などという肩書きを持ってはいけないのだ。

 だが、物事には例外というものがある。依頼主として訪れた宮廷魔術師に、その職分に該当する話を振るのであれば、後は話して良い内容かどうかという問題だ。私の質問は秘匿しなければならないような内容を求めているわけではないから、構わないのだ。


「……誰ぞ、面倒な召喚陣を使っているのかもしれないな」

「召喚ですか?ネズミを?」

「否。ジャイアントラットを狙って召喚するような者はまずいない。強力な魔獣を召喚しようとして、失敗した者がいるのかもしれないということだ。召喚師という連中は度し難い……、何しろ、失敗が前提だからな、曰く『臆してやらずに後悔するよりはやって後悔する』という……、後始末を考えない連中だ」


 よほど嫌な目にあったことがあるのか、エル・バランさんは忌々しげに首を振った。


「ミツイの件もある……。そうだな、仮にジャイアントラットを誤って召喚した者がいたとしよう。狙いが強力な魔獣であれば、制御陣も敷いていたはずだが、その場合、制御できた数が単数だった可能性がある。ジャイアントラットは召喚すると複数体現れる性質があるからな、制御できなかった分がはみ出した……というケースは、かつて存在する」

「ではその場合、召喚者は、制御できなかったネズミに襲われて、もういない?」

「……あくまでただの推測だ。ジャイアントラットは召喚などされずとも生態系が存在する。下水道内に巣を作ってしまっている場合はもっと厄介だ。数日ごとに現れるというその数……、その、数十倍が下水道内に存在するということになる。数日ごとというペースが今後も続くようなら、巣の危険を前提に下水道を探った方がいいだろう」

「どちらにせよ、原因を排除しなければならないという結論に、変わりはないわけですね」


 専門家の意見は、気休めを得たい時にはまったく向かない。基本的に不安を煽る方向でしか喋らないからだ。もっとも、専門家に求めているのは根拠のない気休めではなく、根拠のある対処方法なので、それでいいが。


「久々に骨のある仕事をライルさんにお任せできそうです」


 私が言うと、エル・バランさんはいぶかしげな表情を浮かべた。


「しかし、職業紹介所というのは、紹介をする場所だと思ったが。依頼を自分から出すようなことをするのか?」

「いいえ。あくまで紹介所ですから。依頼を出すのに相応しい団体へ、ご提案させていただくだけですよ」

「仕事を作れ、依頼を出せと?必要性を感じてもいなかったのに、報酬を用意させるとはたいした権限だな」


 私はいつもの表情を浮かべながら答えた。


「職業紹介所には、報酬を出せるほどの資金はありませんからね」




  □ ■ □




ミツイ・アキラ 16歳

レベル1

経験値:85/100

職業:魔法使い(助手)→?

職歴:衛視

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