弱いなら進化すればいい
「てめぇはもう詰みだよ、栗田柊斗(笑)さんよォ」
「やってみなければわからないだろ」
「わかるわボケェ!!」
おっさんの蹴りが飛ぶ。俺は上に飛んで避ける。
「魂と肉体両方優れた俺と! 肉体が恵まれているだけで魂が弱ぇてめぇじゃ全然勝負にならねぇんだよ!!」
このおっさんはパワーがあるだけじゃなく動きも素早い。草野球の試合も大活躍だった。打てて守れて走れる万能選手だった。とにかくクソ強い。一瞬たりとも気が抜けない。
確かに、今は魂が弱い俺は、今のままじゃこいつには勝てん。
それがわかってるなら俺がやるべきことは決まっている。
俺はおっさんの攻撃を躱し続けながら、どんどんスピードを上げていく。それに比例して頭痛も強くなっていく。それがどうした。痛くても関係ない、ブレーキをかけるな。速度を弱めたら死ぬと思え。
落ち着け、焦るな、大丈夫だ。自分の修業の成果と自分の覚悟を信じろ。
「バカが、このままずっと逃げ続ける気か? ずっとそのままのスピードで動き続けられるとでも思ってんのか!? 体力が尽きて疲れて動きが鈍るのは時間の問題だぜ! しかも痛むんだろ? 最後まで身体が持つわけねぇんだよバーカ!!」
おっさんの猛攻は続く。おっさんの高笑いが響く。
「ハハハハハハ!!!!!!」
とにかく続く。
「ハハハ……!!!!!!」
続く。
「ハハ……ハハ……ッ……!」
続く。俺は避け続ける。
最初は完全に劣勢で避けるだけで精一杯だった俺も、少しずつではあるが反撃もできるようになってきた。
「……なんだ……!? ハァ、ハァ……おかしい……なんでてめぇのスピードが落ちねぇ……!! そんなはずはねぇ、これだけ攻めてれば必ずパフォーマンスが落ちるはずだ! てめぇが力尽きるまで待ってボコるだけの簡単な仕事のはずだ!」
「山で修業しまくったからな、それに追いかけ回されるのは慣れてるから鬼ごっこはすごく得意になった。とはいえもちろん体力が無限とかではないからそこは安心してくれ。でも俺はまだまだ疲れないぞ、捕まえてみろよおっさん」
「っ……体力があってもそんなに激しく動いたら痛みが凄まじいはずだ! その痛みに耐えられないはず……!!」
「もちろん痛いよ。でもどんなに痛くても止まるわけにはいかない。俺は柚希を幸せにするんだから!」
「気持ちの強さで耐えきるってか!? そういう問題じゃねぇんだよ! てめぇのカスみてぇな魂で耐えられるわけねぇって言ってんだよ! どんなに強い気持ちを持っても魂が壊れて死ぬだけだ、ざまあみろ!!」
「俺の魂が柊斗の肉体になじんでないって言ったな。だったら話は簡単だろ。
なじんでないならなじませればいいだけの話じゃねぇか」
「あ……!?」
「弱いなら進化すればいい、成長すればいい! お前との戦いで俺は現在進行形で成長している! 時間はかかっているが魂が強化されていく実感がある! その証拠に頭痛はピークを超えてどんどん和らいでいく! 疲れるどころかどんどん肉体にパワーが漲っていく!」
「こんな短時間で俺に勝てるくらい成長してるだと!? そんなバカな話があるかァ!!」
「俺の話は信じられなくてもお前の目なら信じられるだろ」
「……!!!!!!」
少しずつ、本当に少しずつゆっくりではあるが、戦いは俺の方が押してきている。
やっとおっさんの強さに適応できてきた。
こうしてみるとやはり栗田柊斗は主人公なんだなと実感する。
才能と伸びしろがエグすぎる。追い詰められれば追い詰められるほどパワーアップする。ラブコメ主人公のくせにバトル漫画の主人公そのものだ。
こいつの言う通り俺は他人のフンドシで相撲を取っている。だからあまりバトル漫画みたいなムーブはしたくない。
だが柚希が危険に晒されるかもしれない可能性は徹底的に摘んでおかなくてはならない。目の前のバカをぶっ飛ばすくらいは許してくれ。
―――ガッ!!!!!!
おっさんの顎に左アッパーを決めることに成功した。
おっさんの身体がグラつき、腹ががら空きになる。
―――ズドン!!!!!!
そのチャンスを逃さずおっさんの腹に右ストレートをぶち込んだ。
「がはっ……!!」
おっさんは倒れた。
鍛え上げているだけあって分厚いタイヤみたいな腹をしてたが、鍛えたのは俺も同じ。大ダメージを与えることに成功した。
おっさんはピクピクと痙攣していて立ち上がる気配はなし。
勝った……勝ったぞ。
顔もガタイも怖いおっさんに勝ったぞ。
山で修業を積んで本当によかった。修業してなかったら絶対このおっさんに勝てなかった。
そして、運動後の俺を何度も苦しめてきた頭痛も……なくなったとは言わんが格段に緩和されている。少なくとも顔をしかめるレベルの痛みではない。おっさんとの戦いで魂が成長し、確実に魂が肉体に適応し始めているんだ。
山の修業、おっさんとの戦い。これらを乗り越えてパワーアップを果たした。
「柊斗……!」
「柚希……」
柚希が駆け寄ってきて、俺たちは抱きしめ合う。
「柊斗、大丈夫……? ケガはない?」
「ケガはないよ、大丈夫だ」
「柊斗が無事でよかった……」
柚希にぎゅっと抱きしめられる。柔らかい感触といい匂いで心から安心する。
少しでも長く、柚希を抱きしめていたいからしばらく離さない。柚希も同じように抱きしめ続けてくれた。
その後、俺と柚希は公園のベンチで座ってまったりとする。
かなり幅があって広いベンチだが、俺たちはピッタリと寄り添い合った。
「ねぇ、柊斗」
「ん?」
「柊斗って主人公だったんだね」
「あ、ああ、それは前世の世界の話で……それに主人公は柊斗であって俺は違うというか……」
「ううん、キミが主人公だって言われて、私はすごく納得した。
キミはいつだって私の主人公で大切な彼氏で、大好きなヒーローだよ」
満面の笑顔で言ってくれた柚希。俺は顔が最大まで熱くなる。
柚希に大好きなヒーローだって言ってもらえて、今まで頑張ってきてよかったって心から思える。
自分のことをニセモノで悪役だと思い、魂が揺らいだ。
しかし柚希のおかげでまた救われて、魂が強くなった。
もう二度と揺らがない。それを証明するために柚希を優しく抱きしめて唇を塞いだ。夕日が照らす公園のベンチで。




