ニセモノはお前だ
「……はぁ~~~」
おっさんは心底呆れたような顔で盛大にため息をついた。
「あのねぇ柚希さん、いいかげん信じてくださいよ。俺が柊斗なんですって! 勘弁してくださいよ全然話が進まないじゃないですか。
だ・か・ら、俺をニセモノだと疑うなら根拠を示せって言ってるんですけど!?」
「根拠はありません。でもあなたは柊斗くんじゃありません。なぜなら私が柊斗くんじゃないと思ったからです」
「…………」
柚希らしいな。俺ちょっと笑いそうになっちまった。ちっとも論理的ではないけど、俺はすごく納得した。
むぎゅっ
「!!!!!!」
よく知ってる感触が俺の腕に当たった。
「私の彼氏が柊斗です! だからあなたは断じて柊斗くんじゃありません!」
柚希が俺の腕に腕を絡ませてギュッと抱きついてハッキリと言い切った。おっさんに見せつけるように。
柚希の柔らかな胸の感触が、この状況でも強制的に俺を緩ませて行動不能にする。
「……はぁ~、わかったよもういいよ」
おっさんは心底呆れた表情をさっきよりも強めて天を見上げた。
「……もういいってのはどういうことだ」
俺は恐る恐る聞く。そっちから仕掛けてきたくせにもういいって言われても知らねぇよ。
「俺は栗田柊斗じゃねぇよ、ニセモノだって認めるってことだよ。
どうせ苺と結ばれることができねぇんなら栗田柊斗を名乗る意味ねぇしな」
柚希の言う通り、やはりこいつは栗田柊斗じゃなかった。
俺は少なからずこいつに罪悪感を感じていたんだが何だったんだよ。ニセモノならこんな奴に構う必要はないはい終わり解散! って言いたいところなんだが栗田柊斗じゃないならそれはそれで大きな疑問があるんだよ。
「じゃああんたは何者だ? なんで俺たちのことを知っている? なんで俺が転生してて栗田柊斗じゃないことを知ってるんだ?」
「俺が何者か? っていう質問の答えなら、お前と同じだよ」
「……何?」
「俺もお前と同じ、別の世界から転生した者だ。死んだらこの世界の土方のおっさんになっていた」
こいつも転生者……!
この世界に転生したのは俺だけではなく、もう1人いた。
「前世の記憶もほとんど鮮明に残っている。お前もそうなんだろ?」
「ああ、覚えている」
「でも名前は覚えてねぇんだよなぁ……」
「! そうだ、俺も前世の名前は覚えていない」
「たぶん死んだタイミングもほとんど同じなんだろう。それでほぼ同じ時期にこの世界に転生したと思われる」
そうなのか……前世の記憶をよく思い出してみても、俺が死ぬ時とほぼ同時に死んだ奴は俺の周りにはいなかった。つまり前世ではこいつは知り合いではなく赤の他人な可能性は高い。
転生した、前世の記憶がある、前世の名前は覚えていない、死んだ時期が同じくらい、共通点が多い。
こいつ、俺と同じなんだ……正直言うとちょっとイヤだけど、仲間がいた、という気持ちもある。
「で、なんで栗田柊斗と武岡柚希のことを知っているのか? って質問だが、それに関しては柚希さんにもちゃんとわかってもらえるように言いたい。
まず前世の世界とこの世界、関係はある。前世の世界ではこの世界は大人気ラブコメ漫画の世界なんだ」
「へぇ~、そうなんですか」
けっこうとんでもない話だと思うんだが柚希は『へぇ~』だけで済ませやがった。
俺の正体を告白した時もサラッと受け入れてくれたし、あまり深く考えないところが柚希のいいところでもある。好き。
「で、俺はその漫画の大ファンだ。だから当然このラブコメ世界の登場人物のことはよーく知っている。お前もそうなんじゃねぇか?」
「ああ、そうだ。俺も大ファンだ」
好きな漫画までこいつと同じだったよ。
「で、最後の質問はなんでお前が転生者なのを知っているか、ってことだっけか?」
「ああ……」
俺的にはここが一番気になる。俺はこいつを転生者だとはわからなかった。なんでこいつは俺のことが転生者だとわかったんだ?
「俺、前世では普通の人間より霊感が強くてな。転生後もその霊感は引き継がれているみてぇなんだ。で、この世界の住人と転生者の違いはこの目で見れば一発でわかる。
転生者は肉体から赤いオーラみたいなのを常時発しているんだ。これは普通の人間には見えねぇ。だからお前は気づかなくて俺だけ気づいた。この世界でいろんな奴に出会っていろいろ探してみたが、俺の知ってる限りじゃ俺以外の転生者はお前しかいねぇな」
赤いオーラ……!? そんなバトル漫画みてぇな設定あったのか、知らなかった……
でも思い返してみれば心当たりはある。
「そういえば俺、動物や子供にめっちゃ避けられていた……」
「ああ俺もそうだ。動物や子供は人間の大人より霊感が優れてるっていうからな、それで本能的に転生者のオーラを感じ取ったんだろ」
俺はこの世界の人間じゃないから嫌われているのではないか? と思ってはいたが、同じ境遇の人がいて答え合わせできたな。
ところで、赤いオーラが常に垂れ流されているとなると懸念があるんだが。
「なぁ柚希、俺赤いオーラ出てるみたいなんだけどなんか悪影響とかないか?」
「ううん、何もないよ問題なし。オーラとか見えないし変な感じとか一切ないし、むしろ柊斗といるとすごく元気出るから!」
柚希はそう言って満面の笑顔を見せた。
「そうか、よかった」
今まで問題があったわけじゃないから大丈夫だとは思っていたが一応念のために確認しておいた。何もなくてよかった。
「心配しなくても周りの人間に害なんかねぇよ、あったら俺もお前も迫害されてるっての。お前存在してるだけで人に影響与えるような特別な人間だとでも思ってんのか? バトル漫画の読みすぎなんだよ」
「俺はただ柚希が心配なだけだ」
「……あーでもお前一応主人公だったなぁ。主人公なら特別か……
なんでてめぇが主人公で俺が原作に登場すらしてないようなモブなんだ? 同じ転生なのになんだこの格差は? なんでお前だけが女に囲まれてチヤホヤされてんだ? いいなぁ羨ましいなぁおい」
「いやそんなこと言われても困るんだが……」
落ち着いたかと思ったらまたイライラし始めたよこいつ。俺も前世ではモテる男にメチャクチャ嫉妬してたから気持ちはわかる。わかるから複雑な感情だ。
「前世でどんな善行をすれば主人公になれるんだ!? なぁ!?」
「別に前世で人に褒められるようなことは何もしてないが……」
友達も彼女もいなかったし家族にもウザがられてたし漫画やアニメでしか生きる希望を見い出せないようなただの虚無、それが前世の俺。神様に選ばれる存在では断じてないはずなんだが。
「俺だって万引き3回くらいしかしてねぇのになんで主人公になれねぇんだよ! ずりぃよ!!」
万引き3回くらいしかしてねぇってなんだよ十分クズじゃねぇかよ。俺に主人公の資格があるとは思えないけどこいつはさらにねぇだろ。
俺の想像でしかないが俺とこいつがほぼ同時に死んで、神様がどっちかをこの世界の主人公に転生させようとしたとする。
俺とこいつで比べられて俺の方がまだマシかな、って感じで消去法で神様に選ばれただけかもしれない。俺自身魅力ゼロだから俺が主人公になるためには比較対象の男をクソにするしかなかったってことか。主人公以外の男がクソなラブコメあんまり好きじゃねぇんだけどそういう主人公になっちまったよ悲しいな。
同じ境遇の人がいた! 転生仲間だ! って思ったけど万引き3回するような奴だった。それも悲しい。
さらに悲しいことに俺はこいつと共通点がいくつかあって同類みたいになってしまった。同じ時期に死んで、同じ世界に転生し、さらに同じ漫画のファン。
―――だが、こいつと決定的に違う点が二つある。
一つは俺が主人公でこいつがモブに転生したこと。そしてもう一つは……
「なぁ、自称栗田柊斗くんよォ」
「ん?」
「確かに俺は栗田柊斗じゃねぇ、お前らを騙した。
だが心の底からお前が憎いのは本当だ。
草野球の試合で栗田柊斗を見つけ、その栗田柊斗は転生者で、栗田柊斗じゃねぇのに栗田柊斗として女にモテて、苺に惚れられ、苺の想いを切り捨てたお前が憎い」
「…………」
「今さら言うまでもねぇことだが、俺は苺にガチ恋している。前世からずっと苺を推していた」
俺とこいつの決定的な違い、それは……
推しが違うことだ。




