奴は本当に栗田柊斗なのか
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1週間の海のバイトがやっと終わり、久しぶりに柚希の家に帰ってきた。
1週間ぶりのはずなのにものすごく久しぶりな気がした。
メチャクチャ大変だった。灼熱の太陽でバイトがすごくキツかった上にいろんなイベントが詰め込まれすぎて俺1人だったら泣き叫ぶレベルだった。
そんな大変だった出来事たちを軽く吹き飛ばすくらい、柚希とのセックスは気持ちよかった。細胞が溶けるような熱い夜だった。
いや、わかってるんだよ。今は浮かれてる場合じゃないってのは。俺のこの世界での転生生活がひっくり返るかもしれない事態になっているのはわかっている。頭ではわかってるけど、それでも心は浮かれっぱなしだった。
裸の柚希に、潤んだ熱い瞳で見つめられたら、思考能力なんて奪われるに決まっている。
地獄の1週間だったけど、柚希の水着姿を見れて柚希とセックスできたんだから最高の想い出になったんだ。
今でも柚希の裸が脳内に焼きついていて悶えてゴロゴロと転がる。
「柊斗、ごはんできたよ」
「あ、ああ! ありがとう!!」
エプロンを身につけた柚希に呼ばれ、つい全力で返事してしまった。
柚希と向かい合ってテーブルに座り、夕食を食べ始める。言うまでもなく頬が落ちるおいしさだ。
「柊斗、おいしい?」
「おいしい!」
「ふふっ、よかった」
「…………」
「…………」
食べながら目が合って、なんか照れてしまってお互いに視線を落とす。
俺たちはセックスをした。それを強く意識してしまっている。これからも何度もすることになるんだしそのうち慣れるのだろうかと思いつつも、今のこのピュアな気持ちを大切にしたい。
「テ、テレビでも観よっか!」
「そ、そうだな」
俺の近くにリモコンがあったからそれを手に取ってテレビをつける。
『今回はドッペルゲンガーの特集です!』
……!!!!!!
ドッペルゲンガーと聞いて、俺はビシッと反応する。今の俺にはタイムリーな話題だ。
正確には全然ドッペルゲンガーではない。容姿は全然違うし。
しかし栗田柊斗を名乗る男が突然現れた。本来ならこの世界の主人公であるはずの男がNTR竿役みたいな屈強なおっさんになっていた。
俺は栗田柊斗のことは大嫌いだったけど、このままなぁなぁにするわけにはいかない。ほっとくわけにはいかない、また会わなくてはいけない。
でも会ってどうする。向こうからしてみれば俺は悪役である。説得してわかってもらえるようなレベルではない。土下座して謝るか? 肉体を奪ってしまってごめんなさいと許しを乞うか? 謝って許されることではないが、それでももっとちゃんと謝らなくてはいけないんじゃないか。
「……ねぇ、柊斗」
「ん?」
「海のバイトの時に会ったおじ様のことなんだけど」
「あ、ああ」
栗田柊斗を名乗るサードのおっさんのことだよな、間違いなく。
「あの人、本当に柊斗くんなのかな?」
「……!」
確かに、そもそもあいつがニセモノという可能性もある。
理由はわからんが栗田柊斗のフリをして俺を陥れようとしている者なのか。
もしくは自分を栗田柊斗と思い込んでいる別人なのか。
あいつが栗田柊斗ではないとするのであれば可能性はその二つだ。
「根拠とかはなくて、ただの私のカンでしかないんだけど……あの人が柊斗を名乗った時、私はすごく違和感を感じた。
本当に柊斗くん? なんか違くない? って思った」
柚希のカン、か……ならそれはかなり信用できるな。
柚希は俺の正体を見破った。栗田柊斗になろうとする俺を別人だと、『なんとなく』という理由で見抜いていた。あんなの見破れない方がおかしいだろというくらい俺の演技力がガバガバだったというのは否定できないけど、それでも見た目も声も栗田柊斗そのものなのに序盤であっさり見抜いたのはすごい。柚希超すごい。そして可愛い。
そういえば柚希はあの時『たとえあの人が本当に柊斗くんだったとしても』って言った。逆に言えばそれはつまり柚希はあの時点でもうすでにサードのおっさんはニセ柊斗なのではないかと判定していたのではないかと思うんだ。
柚希がそう言うならあいつが柊斗じゃない可能性がかなり高くなった! ならば俺は悪者じゃない! 俺のせいで肉体を取られた被害者はいない! あいつに謝る必要もない!! やったぞ!!
悩んでいたけど柚希のおかげでだいぶ楽になった! ありがとう!!
「いや確かに容姿や声は全然柊斗くんと違ったけどさ、私の違和感はそういうことじゃなくてね!」
「大丈夫、わかってるよ柚希」
「口調も全然違ったし、私が知ってる柊斗くんは人の胸ぐらを掴んだり、殺すぞ、とか言う人じゃない。他の人に身体を取られたとしてもあんなに威圧してくる人じゃない」
確かにな。完全にチンピラだったよなアレ。
あの時は混乱しまくっていたが冷静に考えてみるとあいつの言動にラブコメ主人公の要素は1ミリもなかったな。
俺が原作で知っている柊斗は真面目な好青年キャラだ。この世界の柊斗は原作とはだいぶ異なっているようだが、ヒロインたちの話を聞く限りこの世界の柊斗も好青年キャラと見て間違いないだろう。
そうなるとやはりあいつが柊斗というのはかなり疑わしい。
「とにかくあの人は柊斗くんじゃないと思うよ。だから柊斗が気にすることはないと思う」
「ああ、ありがとう柚希。でもあいつが栗田柊斗じゃないとして、それはそれで別の大きな問題がある」
「なに?」
「あいつが栗田柊斗じゃないのなら……じゃああいつ何なんだよ。
俺が転生したことを知ってる、柚希のことも知ってる……あいつ一体何者なんだ」
「…………わかんないな」
「そうだな、わかんないよな。わかるわけないよな」
俺たち2人、それ以上は何もわからないのであのおっさんの話は終了となった。
俺たち2人じゃこれ以上は話が進まないのだ。
―――
次の日、まだまだ夏休みは続く。
昼過ぎ、柚希と一緒に家でくつろいでいると、インターホンが鳴った。
「はーい」
俺が出る。玄関に行き、ドアを開ける。
「……おう」
「…………」
栗田柊斗を名乗るサードのおっさんが柚希の家にやってきたよ。
また会わなきゃいけないなとは思っていたが、こんなにも早くそっちから来てくれたよ。
「……なぜここがわかった……」
「そりゃ俺は栗田柊斗だからな。柚希さんの家だって行ったことあるよ」
柚希の家の場所まで知っている……栗田柊斗ならそりゃ知ってるだろうが、こいつがニセモノだとしたらなんで知ってるんだ。ホラー展開かよ。
「柊斗、どうしたの? ……あ、あなたは……!」
柚希も玄関にやってきて、3人揃った。緊迫した空気が流れる。




