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お色気要員の負けヒロインを何としても幸せにする話  作者: 湯島二雨
第16章…初体験までがめっちゃ長い

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俺はニセモノの主人公、そして悪者

 聞き間違いじゃなければ、このサードのおっさんは、()()()()と名乗った。


…………


は?



「…………栗田柊斗は俺ですけど」


「……くくっ、ハハハッ……!」


おっさんは腹を抱えて笑い出した。

なんで笑う? バカにしてんのか? 俺の名前をオウム返ししているだけか?



「だから俺が栗田柊斗なんですけど」


「ハハハハハハ!」


「……あ、もしかして同姓同名ですか? 俺とあなた同じ名前なんですか?」


「ぶふぅっ! ハハハハハハ……!!」


おっさんは笑い続ける。なんだよ、何がそんなにおもしろいんだ!?



「あの、笑うのはやめてください」


柚希がそう言うと、おっさんはピタリと笑うのをやめた。


「ああ、すいませんね柚希さん。でもね、これは笑わずにはいられないんですよ。っていうか、笑わないとやってられないんですよ」


……? ? ?

何がどういうことなのか、理解が全然追いつかない。なんか息が苦しくなってくるような感覚があった。


おっさんは心底見下しているような目で俺を見てきた。



「お前ちっともわかってないみたいな顔してんな」


「……わかりませんよ」


「なんでわかんねぇかなぁ、このバカ。

俺は知ってるんだよ、()()()()()()()()()()()だろう」


「……!!!!!!」



知ってる……こいつが。俺が栗田柊斗に転生していることを。魂が別人だということを。

柚希にしか言ってないのに、柚希しか知らない2人だけの秘密なのに、こいつが知っている。



()()()()()()()()()だ。

お前が栗田柊斗になる前、()()()()()()()のはこの俺だ。

栗田柊斗は俺ですけど、じゃねぇんだよ。それはこっちのセリフなんだよ」



「えぇっ!?」


柚希が驚きの声を上げる。俺は言葉が出てこない。



こいつが……サードのおっさんが、()()()栗田柊斗……?


筋肉ムキムキで金髪で日焼けしてて怖いツラしてて、NTR漫画の悪役竿役みたいな見た目してるようなおっさんが、栗田柊斗?

どこからどう見てもラブコメの主人公には見えない、むしろ主人公の対極と言えるルックス。実はこいつが真の主人公なんだって言われても簡単に受け入れられない。



「なんで……なんで栗田柊斗がマッチョのおっさんになってんだ……?」


「知るか、こっちが聞きてぇわボケ。

3ヶ月くらい前、ある日突然土方のおっさんになっててビックリしたぜ。仕方ねぇから土方のおっさんとして生きてきたんだよ」


「3ヶ月くらい前……!? 俺が栗田柊斗になった頃と一致している……

あんた本当に栗田柊斗なのか!?」


「だからそう言ってんだろうが」



……俺は病気で死んで、『ツンデレお嬢様と幸せになる話』の主人公、栗田柊斗に転生した。

ある日突然()()()()()()()()。それじゃあ()()()()()()()は一体どこに行ったのか? 考えたことがなかったわけではなかった。


でも転生モノの物語でそういう細かいことは気にしないものだと思っていた。

気にしたってどうにもならない。なんで俺が栗田柊斗になったのかもわからないっていうのに栗田柊斗がどうなったかなんていくら考えようがわかるわけがない。

その辺は漫画の都合で適当にごまかしているんじゃないかと思っていた。


でも、栗田柊斗を名乗る男が目の前にいる。

つまり……今わかっていることは、俺の魂が栗田柊斗に入った時、栗田柊斗の魂が追い出されてこのおっさんに入ったということだ。

なんでそうなったんだ。意味わかんねぇがこれは事実だ。



言われてみればこいつは身体能力が異常に高かったし、野球の試合で大活躍していた。そして苺に気があるっぽくて苺にチラチラ視線を送っていた。

見た目は1ミリも被ってないけど、確かにこいつは栗田柊斗なのかもしれないと思える部分がいくつかある。



「俺は裕福な家に生まれ容姿にも恵まれ、さらに美少女のお嬢様と婚約してて、とても華やかな人生を送れるはずだった。

なのにいきなり土方のおっさんになって、土方として働くハメになって、暑苦しくて汗臭いおっさんどもに囲まれる人生になってしまった。その苦しさや切なさ、お前にわかるか!?」


俺は土方はやったことないが、夏とか地獄だろうというのはわかる。ラブコメの主人公が土方になっても土方として生きてきたのはすごいと思う。俺だったらすぐに挫けてただろう。



「草野球の試合の時はたまげたぜ。()が試合に出てたんだからな。

知らねぇ奴が俺の肉体を勝手に使ってホームランなんか打っちゃって女の子にキャーキャー言われているのを見て、ガチで殺意が湧いたね」


「…………」


俺がこのおっさんに異常に嫌われてた理由が、よくわかった。まさかあの試合に()()()()がいるとは夢にも思わなかった。

俺だって頭痛がひどくて大変だったとはいえ、柊斗(他人)の身体能力で好きな女の子に褒められて気持ちよくなってたのは事実。こいつが怒るのもわかる、言い訳はできない。



「なぁ、恥ずかしくないのかお前? 人様の能力で女の子にモテモテになっちゃってさぁ。他人のフンドシで相撲を取った気分はどうだった? 気持ちよかったか、ああ!?」


「相撲じゃねぇよ、野球だよ」


「……お前マジで殺すぞ」


おっさんは俺の胸ぐらを掴んだ。



「やめてくださいっ!」


柚希が止めようとするが、俺はそれを手で制する。


「大丈夫だ柚希。これは俺の問題で俺が自分でなんとかする」


「柊斗……」


柚希が心配そうに見つめる中、俺はおっさんを見る。おっさんは少し落ち着きを取り戻し口角を上げた。



「まあ別に、野球の試合とかはどうでもいいんだけどな。もう終わったことだし。

そんなことよりお前、身体を返せ」


「……!」


「その身体はお前のじゃねぇ、俺の身体だ。返せ」


「……返せって、まるで俺がお前の身体を奪ったみたいな言い方するじゃねぇか。俺は望んで栗田柊斗になったわけじゃない、病気で死んだらなっていたんだよ」


「知るか、俺からしてみれば身体を奪われたも同然だ。お前の事情なんか一切関係ない、返せと言ったら返せ」



栗田柊斗を名乗るおっさんに身体を返せと言われた。

体格が良くて顔も怖いおっさんに胸ぐらを掴まれ、俺1人だったら失禁していたであろう。

でも今の俺には柚希がいる。柚希がいるから気持ちが強く持てる。



「断る」


「……なんだと?」


「断ると言ったんだ。栗田柊斗に転生した俺は、最初は不安と混乱が大きかった。

だが、もう()()()()()()()()()()()()を決めたんだ。

俺は転生する前からずっと柚希が好きで、柚希も俺なんかのことを好きになってくれて、柚希とお付き合いをさせていただいている。栗田柊斗として、柚希を一生愛して絶対に幸せにする覚悟を決めた。

だからキミに身体を返すことはできない」


「へぇ、ドクズだなお前。()()()()()()()を前にしてよくそんなこと言えるな。

どう考えてもお前が()()だぜ? ()()()()なんだからよ。ニセモノは本物に駆逐される運命なんだよ、わかるだろ?」


「そうだな」


「あ?」


「確かにキミの言う通り、俺はニセモノで悪者なんだろう。

でも俺は柚希と結婚して絶対に柚希を幸せにするから。キミが正しくても俺が間違っていても、何があってもこれだけは破れないから。だから返せないと言ったら返せない、ごめん」


「……そうかよ。俺の身体だが、一度壊さないとならねぇようだ」


「やめて!!!!!!」



柚希の叫びが海に響く。それでも本物の柊斗は殴りかかる動きを止めようとしなかった。

ラブコメの主人公がヒロインの声を聞かないのはどうかと思うな。俺が言う資格はないだろうけど。



『~~~♪』


なんか着信音が鳴った。

この着信音の曲……俺は知ってる。


アニメ『ツンデレお嬢様と幸せになる話』の、OPだ。

俺も柚希も、着信音はそれじゃない。おそらくおっさんのスマホが鳴っている。

おっさんは舌打ちをして電話に出た。


「ああ、んだよ!? ……ああ、わかったよすぐ行くよ!」


通話はすぐ終わってスマホをポケットにしまったおっさんは俺を睨む。



「仲間から飲みに誘われたから行くわ。ったく、タイミング最悪だぜ」


「仲間……? ああ、そういえば3人で旅行に来てたんだったな」


「ああ、一応上司だし大人の付き合いってもんがあんだよ。俺本当は未成年なんだけどな……ハァ……

というわけで今日のところはここまでにしといてやるけどな、とにかく調子に乗んなってことだ。てめぇはニセモノで悪だってこと、よーく覚えとけよ!!」


俺のことを指差して、おっさんはこの場を去った。



 …………


俺は、主人公じゃなかった。

主人公になれたつもりだったけど、真の主人公は他にいた。

そんなの聞いてねぇよ! なんで今さら出てくるんだよバカヤロー!! と思ったけど出てきたものは仕方ない。


俺はニセモノの主人公、悪役……

しかも主人公の肉体を奪って乗っ取っている、タチの悪い悪役だ。もうこれ寄生虫じゃん。物語の都合上、必ず悲惨な末路を迎えないといけないポジションのヤツじゃん。自分の意志でそうなったわけじゃないけど実際にそうなっている。


今までいろんな覚悟を決めてはいたが、やはりショックは大きい。



「柊斗」


「ん……?」



ぎゅっ


「!」



柚希は俺を優しく抱きしめた。

そしてそのまま唇を重ねた。


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