まさかの人物
海のバイト6日目。
1週間のバイトも明日までだ。明日で終わりだ。
明日の夜、ついに柚希と……!!!!!!
疲労が溜まってはいるがモチベはかなり高まっている。男としてのアレもどっぷりと溜まっているが、だからこそモチベが高まっている。
今日もバイトを頑張るぞ。明日は決戦日で、記念日だ。
今日も海の監視員のバイトを頑張った。
初日から全部頑張ってきたが、今日は特にベストを尽くして頑張れたような気がする。
もうすぐ柚希とエッチできるというのが最大の理由ではあるが、それ以外にもある。
複数ヒロインのラブコメであるこの世界。
ヒロイン全員のイベントを無事に終わらせることができた。
苺はもう二度と俺とは関わらないだろうし、
梨乃は失恋を受け入れてスッキリしたって言ってたし、
桃香は俺のことは忘れて小説に集中すると言っていた。
今回の海バイト期間中にヒロイン全員のイベントをすべて詰め込んでくるとは思ってなかったが、なんとか決着をつけられた。それにより今、自分の心に余裕が出てきている。
もう俺たちの愛に障害はない。俺がこれからやるべきことは柚希を幸せにすることだけ、それが俺のすべて。
これで柚希ルートクリア、無事にハッピーエンドだ。
―――
夕方、6日目のバイトも終えて、柚希と一緒にホテルに戻ってこれから俺たちの部屋に行く途中のことだった。
俺は疲れ果てていて、これから部屋でのんびりして、柚希に癒してもらおうと思っていたところだった。
「…………」
「…………」
3人のおっさんと会った。3人ともムキムキで存在感がハンパない。
3人とも見たことある。そしてその中の1人は一番会いたくない人だった。
以前俺が出場した草野球の試合。3人とも対戦相手の選手だ。
俺が会いたくなかったおっさんは、草野球の試合でサードを守っていたおっさんだ。
俺はこのサードのおっさんにすげぇ嫌われている。舌打ちされたり睨まれたりしたから間違いない。
今だって現在進行形で睨みつけられている。草野球の試合で対戦しただけだってのに。それ以外は一切関わりはないはずなのに。
たぶん苺に気があるんだよなこいつ。苺のことでまだ俺を憎んでいるのか? 俺はもう苺とは関係を切ったのに。もうあいつとは関係ないのに。
「……チッ」
あ、今も舌打ちしてきやがった。この野郎、ぶん殴りたくなる。
落ち着け、ここはホテル、俺はバイトで来ている。問題を起こすわけにはいかない。隣に柚希もいるし落ち着けるだろ、よし落ち着けた。
「……こんにちは」
無視してやってもいいんだが、一応顔見知りだし遭遇して何も言わないのも失礼な気がして一応挨拶はしておいた。
「…………」
サードのおっさんガン無視。まあ想定内。
「こんにちは、久しぶりだねぇ」
サードのおっさんの右隣にいるおじさんが代わりに挨拶を返してくれた。この人は確か、草野球の試合で梨乃の投球を褒めていたおじさんだったな。見た目は怖いけど3人の中じゃいい人そうだな、この人とちょっとだけ話すか。
「まさかここで会うとは思いませんでしたよ。旅行ですか?」
「うん、今日からこの3人で旅行だよ」
「今日からですか? 祭りは昨日でしたよ?」
「へぇ、昨日お祭りあったんだ。知らなかったよ~」
おじさんはハハハと笑う。サードのおっさんはまた舌打ちする。
「……別に祭りなんか興味ねぇよ」
サードのおっさんはそれだけ言ってスタスタと去っていった。残りの2人もそれについていくように去っていく。
なんなんだよあいつ。空気を悪くする天才かよ。
苺なら昨日の祭りに来てたぞ。教えてやんねぇけど。たぶん苺はもう帰ったと思うけど。
「柊斗……今の人たちどこかで見たことあるような気がするんだけど……いつどこでだったかなぁ……」
唇に人差し指を当ててうーんと考える柚希が可愛すぎる。イライラしてた俺もすぐに機嫌が直る。
「ホラ、この前の草野球の試合の時に対戦した人たちだよ」
「あ、そうだ思い出した! あの試合柊斗がかっこよすぎてそれ以外のことはあまり覚えてなかったよ」
「ッ……」
柚希……すぐそういうこと言うから一瞬も油断できないな。毎回俺の心臓を貫かなければならない義務でもあるのか?
あの日の草野球といえば……チアガール姿の柚希を思い出してしまってまたしても男のアレが溜まるのを実感した。
このまま順調にいけば明日の夜、柚希と大人の階段を登れるんだ。あとほんの少しだ、頑張れ俺。
……それにしても、草野球のおっさんがここに登場するとは夢にも思ってなくてビックリたまげた。
ヒロインたちのイベント全部消化できたと思ってたのに、海バイトもこれで落ち着くと思ってたのに……ここに来てまさかのおっさんかよ。なんだよこの展開誰得だよ。
海のバイトあと1日、いよいよクライマックス。何があろうと柚希が危ないことになるような展開だけは死んでも回避してやるからな。たとえ俺の身がちぎれることになったとしても、だ。
―――
次の日の朝。海のバイト7日目、バイト最終日。
今夜、ついに柚希と……! 前世を合わせても人生で最も刺激的な夜になるであろう。いやなるであろうではなく、なる! 絶対になる!!
今夜が楽しみすぎるが今はバイトのことに集中しなくてはならない。1週間やってきてさすがに慣れてきたが、慣れたからこそ危険なのだ。これで最後だからこそ最後まで浮かれずに集中してちゃんとバイトするのだ。
柚希と朝食を済ませて、バイトの準備をして海に行こうとする。
「おい、ちょっといいか?」
「…………」
ホテルを出ようとした直前に声をかけられて、声をかけてきた主を見て俺はすごくモチベがガタ落ちした。
昨日も会ったサードのおっさんがなぜか声をかけてきた。
いや本当にマジでなんなんだよこいつ。これから仕事に行こうという時に……タイミング最悪すぎる邪魔すぎる。できる限り早くどっかに行ってほしい。
「え、なんですか? 俺に何かご用ですか?」
「お前に用なんかねぇよ」
じゃあなんで話しかけてきたんだよ!!!!!!
今までと同じように人殺しみてぇな目で睨んでくるし、そんなに俺が嫌いなら構わなければいいだけの話だろうが。何がしたいんだこいつ。
「あれ、1人なんですか?」
昨日は3人でいたのに今はこのおっさん1人しかいない。他のおっさんもいてくれればもうちょっと平和な空気になるのになぁ。
「文句あんのか」
ねぇよ。あるわけねぇだろ潰すぞ。お前が何人でいようが死ぬほどどうでもいい。
「俺これからバイトに行かなきゃならないんで」
「ちょっと待て」
「なんですか……!?」
不快感嫌悪感がどうしても表情に滲み出てきてしまう。時間の無駄すぎて今すぐ埋めたいこいつ。
「お前調子に乗んなよ」
「あ……!?」
父さんの時よりも、執事の時よりも殺意が湧き上がったね。
調子に乗るなって言われたら、まあ否定はできない。
こんなに可愛い彼女ができたんだからどうしても浮かれてしまう部分はある。
でもなんでこいつに言われなきゃならないのか。調子に乗ってたとしてもこいつに言われる筋合いはどこにもねぇんだけど。
怒りが爆発しそうになった。その瞬間、柚希が優しく俺の手を握ってくれた。とてつもなく大きな怒りだったはずなのに、柚希の手にかかれば一瞬で鎮まる。
「柊斗……そろそろ行かないとバイトに遅刻しちゃうよ」
「あ、ああ、そうだな。ありがとう」
俺はおっさんなんか無視して、柚希と一緒にホテルを出た。
マジで意味不明なおっさんだ。今すぐ忘れよう。こんなことでイライラするのバカバカしい。あんなおっさん気にしてたって時間の無駄すぎる。




