この世界では最強の存在
大ピンチの場面で苺が現れた。
父さんも執事も使用人たちも来てるし苺も来てるのではないかと予想してたけど本当に来ていた。
これで今回の1週間の海バイト、ヒロイン4人全員登場ということになった。
苺の威圧感がヤバイ。バトル漫画の強キャラみたいな迫力なんで俺と柚希は圧倒されて動けなかった。
「何やってんのよ田中! あんたさぁ、そこの柊斗を殴れなんて言った覚えはないわよ!?」
苺は執事を睨みつけて叱りつける。鬼の形相である。苺の背後に巨大な鬼が具現化しているように見える。執事は蛇に睨まれた蛙のように萎縮していた。
「し、しかしお嬢様……」
「しかしじゃないわよ。やめなさいって言ってんのよ」
「……いくらお嬢様の命令でも、こいつらを放置することだけはできません……!」
「あのねぇ、あたしはもうその柊斗にフラれたのよ!! そこのデカパイ女に負けたの!! あんたが何をしようがそれは変わらないの!!
逆恨みで攻撃するなんてみっともないからやめて!! これ以上あたしを惨めにさせるようなマネはよして!!」
神社のすべてがビリビリと軋むような苺の怒号。その怒りには大きな悲しみも含まれていて、空気を重苦しいものに変えた。
何がデカパイ女だよ、って思ったけど口を挟める空気ではなかった。
苺に怒られた執事はしょんぼりとしたが、それでも彼の心に灯る炎は消えていないように見えた。
「……ッ……お言葉ですがお嬢様! 私はどうしても栗田柊斗を許すことができません!! お嬢様の名誉を傷つけたこの男に何としても制裁を―――」
「あたしの名誉を一番傷つけてるのはあんたよッ!!!!!!」
―――ズンッ!!
「ぐっ……!? がはっ……
っ…………―――」
苺に腹を殴られた執事は、白目を剥いてドサッと倒れた。
苺の暴力が一番痛かったとは思っていたが、やはり苺はこの世界では最強か。神様の推しだしメインヒロインだし神に匹敵……いや神以上の存在なのかもしれない。
神様の推しというのはあくまで俺の推測でしかないけどそうとしか思えねぇんだ。
気絶した執事をズルズルと引きずりながらそのまま去っていく苺。俺たちとは目も合わせようとしない。
苺とは二度と口を利くことはないだろうと予感していたがその通りであった。遭遇することになってももう完全に赤の他人なのだ。名前すら呼ばれず、柊斗と書いてバカと読まれるだけだ。それについてはもちろん俺も異論はない。フラれたヒロインに下手に絡んで死体蹴りなんて絶対にするつもりはない。
俺が柚希を守りたかったが無様にズッコケて何の役にも立たず、結果としては苺が助けてくれたみたいな感じになった。苺はそんなつもりは1ミリもないだろうけど。
「……ありがとう……苺」
苺とは極力関わらないようにするとはいえ、苺のおかげで助かったみたいな状況で何も言わないのも失礼な気がして、一応お礼を言っておいた。
「…………」
苺は振り向くこともせず、返事もなく完全無視でそのまま帰っていく。
これが苺の答えかな。いついかなる時でも徹底的に無視するけど邪魔はしないし迷惑もかけない、みたいな。まあ俺も同じだ。
「柊斗……大丈夫?」
未だにコケたまま無様に倒れている俺に、柚希は優しく手を差しのべてくれた。
「大丈夫だ、ありがとう」
俺は柚希の手を握りゆっくりと立ち上がった。
苺と執事が去って数分くらい経った。俺と柚希はなんとなく神社に居続ける。
柚希の機嫌がちょっと悪くなってるように見えた。柚希はいつも通りでいるつもりなのかもしれんが俺の目はごまかせない。
「柚希……怒ってるのか?」
「……よくわかったね柊斗。ちょっとだけおこです」
「さっきはかっこ悪いところを見せてしまってごめんな。肝心なところであんなに豪快に転ぶとは、本当に恥ずかしい」
「え? いや違うよ。かっこ悪いなんて一切思ってないしそんなことで怒るわけないじゃん」
「違うのか? じゃあ柚希がデカパイ女とか言われたのを俺が何も言い返せなかったことか? 本来なら柚希をバカにするようなことを言う奴は絶対に許せないんだが、あの時だけは苺が恐ろしくて何も言えなかった……ごめん」
「えぇ? いやいや違う違う全然違うって! そんなこと毛ほども気にしてないから!
そうじゃなくてね、柊斗のお父様もさっきの執事さんも、柊斗が私を幸せにできるわけない、って言い切ってたのがどうしても聞き捨てならない! どうしても納得できない! だから怒ってるんだよ!」
少し頬を膨らませた柚希の表情が、夜空と合わさって美しく輝いていた。
怒ってる柚希も可愛さがありえねぇレベルだな。柚希に叱られてみたいというマゾな欲求も芽生えてくるほどだ。
しかも俺のために怒ってくれてるんだぞ。これ以上幸せなことがあるか。
「……ありがとう柚希。そこまで怒ってくれるのすげぇ嬉しい」
「お礼言われるほどのことじゃないよ。私は彼女なんだからこれくらい当然。
柊斗はこんなにも私を大切にしてくれるステキな男の子なのに……」
柚希はそっと寄り添ってくれる。俺たちの距離はゼロになる。俺の肩に、コテンと頭を預けてくれる。
甘々な可愛い声、ふわりと漂ういい匂いが、俺の血流も脈拍もすべて支配して操っているような気がした。昂る、何もかも。
「……俺も、いろんな人たちにいろいろ言われてきたけど、誰に何て言われようと関係ないね。苺がガツンと言ってくれたし、もうあいつらが絡んでくることはないと思うから、忘れよう」
「……うん、そうだね」
「そんなことより、俺は柚希が好きだ」
「うん、私も好き」
邪魔はあったが、ようやく柚希と甘い夏祭りデートな雰囲気が出てきた。
そしてそのちょうどいいタイミングで、花火が打ち上がった。
「花火キレイだね、柊斗」
「ああ、キレイだな。柚希の方がキレイだけどな」
「ふふっ、ありがと」
俺たちはしばらく寄り添い合いながら花火を楽しんだ。




