ここの神様が見ているぞ
階段を走ったことで発生する頭痛を抱えながらも、俺は柚希と一緒に階段を上りきって頂上に到達。
そこにあるのは、とても立派な神社であった。
「すごいね、柊斗」
「ああ、すごいな」
この世界に転生してからは神社に来るのは初。この世界の神様が、ラブコメ漫画『ツンデレお嬢様と幸せになる話』の神様が、ここにいるのだろうか。
俺は今までこの世界の神様にいろいろ思うところがあって悪態をつくことも何度かあったが、今こうして柚希がそばにいてくれる。それだけで俺は神様に深く祈りたい気持ちでいっぱいだった。
「あの……柊斗、そろそろ下ろしてくれても大丈夫だよ?」
「あ、ああ、ごめん」
ずっと柚希をお姫様抱っこしたままだった。ゆっくりと柚希を下ろしてあげる。
「ごめんね柊斗、ここまで運んでもらっちゃって」
「気にするな」
「その……重かったよね……?」
「全然重くなかったぞ」
「ウソだぁ……絶対重いよ……」
「重くないって」
自分の体重を気にして恥ずかしそうに俯く柚希が愛おしすぎて、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。
「ハァ、ハァ……逃がさんぞ……栗田柊斗……!」
…………
俺たちが到着してから1分くらい遅れて、執事がボロボロになりながらも頂上にたどり着きやがった。
柚希と2人っきりの時間をもっと大切にしたかったのに……俺は心の中で盛大に悪態をついた。
本当にしつこく、執念が凄まじい執事。ここまでこの執事に苦しめられるとは思わなかった。
もうこれ以上逃げても無駄なようだ。どれだけ逃げてもこいつはどこまでも追いかけてくると確信した。
たぶんもう柚希の家に住んでることも柚希の家の場所もバレている。柚希の家に突撃されるなんて展開は死んでも避けたい。
俺はもう逃げるのをやめる。
「……執事さん、もうこういうことはやめていただけませんか。
婚約の件は本当にすみませんでした。許してくれとは言いませんけど、二度と俺たちに構わないでください」
「ダメですね。苺お嬢様の名誉に傷をつけた貴様には、徹底的に痛い目に遭わせてやらないと気が済まない」
こいつにはイライラさせられっぱなしだし、徹底的に痛い目に遭わせてやりてぇのはこっちの方だ。今すぐそのツラをボッコボコに歪めてやりてぇ。
……と言いたいところだが、それはダメだな。俺が完全に被害者というわけではないし。
こいつの凄まじい執念はすべて苺のため。俺はこいつを否定する気にはなれない。極力戦いたくない、攻撃したくない。
「お願いですからもうやめましょうよ。ホラ、ここは神社ですよ? ここの神様が見ていますよ?」
神様といってもラブコメの神様だけどな。
「ふん、神様に顔向けできないのは貴様の方ではないのか? お嬢様を泣かせるような男に神様が味方するとでも?」
「…………」
そういえばここの神様って苺推しだよな、たぶん……
そうなると神様は敵だな、ほぼ間違いなく……神様をアテにしてるわけではないが敵に回してると思うとちょっと不安だな。神様がその気になって天変地異でも起こされたら俺はひとたまりもない。
「大丈夫だよ柊斗。たとえ神様が敵だとしても、私がついてるからね」
俺の服を掴みながら、柚希は真剣な目で俺を見つめる。
情けない彼氏で申し訳ないと思う気持ちと、柚希がいてくれて超心強いという気持ちが一緒に俺の中に宿る。
俺は赤面を隠せなくなったが、不安は払拭できた。
そうだ、俺には柚希がいる。神様とか知るか。
「さて、そろそろ死ぬ覚悟はできましたか?」
執事はジリジリと近づいてくる。殺意しかない目が俺を貫いても、柚希がいてくれれば俺は動じない。
「できてねぇし、しねぇよそんな覚悟。俺はあんたと戦わないし、あんたにやられるつもりもサラサラない。
俺は柚希を幸せにすると誓った。柚希の笑顔が奪われるようなことがあってはならない。柚希のためにも、死んでたまるか!!」
「ああ、そういうのいいですから。反吐が出る」
執事は変わらない。苺をフった俺に制裁を加えるまでは絶対に止まらない、それはずっと変わらない。
俺だって変わらない。柚希を認めないこの世界に抗う、これだけはずっと変わらない。執事に何を言われても何をされても、俺は折れねぇ。何が起きても動じねぇ。
「あの、執事さん! 私からもお願いします!!
私、柊斗が大好きなんです!! 愛してるんです!!
だから柊斗に何もしないでください、お願いします!!」
柚希は大きな声でハッキリと執事に誠意をぶつけ、深く頭を下げた。
何があっても動じないはずの俺の心は、柚希の言葉だけで心臓が何回転もするくらいドキッと高鳴った。
なんで柚希が頭を下げるんだ……柚希は何も悪くないのに。
俺ももっと深く頭を下げた。執事に通じるわけがないとわかっていても、柚希にだけ頭を下げさせるなんてできるわけがない。
執事は呆れ果てたようにため息をついた。やはり通じない。
『哀れだな、この女……』というような目で、執事は柚希を見る。
「……武岡さん、これは貴女のためでもあるのですよ。
お嬢様を傷つけるような男が女の子を幸せにできるわけがない。貴女は騙されてます、遊ばれてるだけです! このままでは武岡さんも不幸にすると断言する!
そうなる前にそのクズ男に引導を渡してやるのです」
「違います!!!!!! 柊斗はそんな人じゃありません!! 誰よりも柊斗のすべてを知ってる私がそう言ってるんです、間違いありません!!」
「いいんだよ、柚希。そういうのは人に理解させようとするものじゃない」
柚希の言葉一つ一つが俺の心に強く響いて、それ以上言われたら執事の前に柚希に倒されそうになっちまうから。柚希の愛が過剰すぎてもう十分すぎて耐えられないから。
執事はさっきよりも大きなため息をついて表情を歪ませた。
「ハァ……もういい、面倒だ。貴様ら2人まとめてこの私が叩き潰してやる」
「あ!?!?!? なんだとてめぇ!!!!!! それだけは絶対に許さねぇぞ!!!!!! 柚希には指一本触れさせねぇ!!!!!!」
執事とは戦いたくない、攻撃したくないと思っていたが、柚希を巻き込むというのなら話は別だ。
柚希を守るために前言を撤回し、戦うことを決める。
激昂した俺を見て執事は余裕の笑みを浮かべる。
「覚悟は決まったようだな、栗田柊斗」
「ああ、お前をぶっ潰す覚悟がな」
「くくく……死ね」
執事は地面を蹴って、俺たちに襲いかかってくる。
俺も戦闘態勢に入って、素早く動こうとする―――
―――ズルッ!
!?
なぜか俺の足元だけ地面がぬかるんでいた。
俺は足を滑らせて思いっきり転んでしまった。
「柊斗っ!!!!!!」
柚希が叫ぶ。好きな女の子の前で盛大にすっ転ぶとはなんてかっこ悪い。俺は泥まみれになりながらも急いで立ち上がろうとする。
しかし俺が立ち上がるまで待っていてくれる執事ではなかった。
「ハハハ、マヌケめ!!」
転んだ俺に執事は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
ちくしょう、なぜだ……なんで俺の足元だけぬかるんでいたんだ……別に今日は雨とか降ってなかったのになぜだ!? 神様の仕業か? こんな嫌がらせしやがって、やはり神様は執事の味方ということか。
ダメだ、執事のパンチを避けられない間に合わない。万事休すだ。
「やめなさいっ!!!!!!」
「!?」
「!?」
「!?」
神社を切り裂くような大きな声。俺も柚希も、そして執事もピタッと止まった。
声がする方向を見ると、そこには。
鳥居をくぐり、こっちに歩いてくる着物姿の女の子。
苺がいた。




