夏祭りが近くで行われる
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海のバイト5日目。
今日も水着姿の柚希に癒されながらバイトを頑張った。
桃香は3泊4日と言っていたので今日までで旅行終わりだと思うんだが、今日は桃香に会うことはなかった。
これでよかったんだ、うん。
今日のバイトは平和に無事に終わった。でも疲れた。
「お疲れ様、柊斗」
「ありがとう柚希」
俺は柚希とハイタッチした。これだけで疲れが吹っ飛ぶのを感じる。
「お疲れさん、栗田君」
「お疲れ様です」
店長さんの友人、森山さんもやってきて俺は頭を下げた。
「そういえば今日、この近くで夏祭りがあるらしいよ」
「そうなんですか?」
「ああ、もしよかったら柚希ちゃんと行ってきたらどうだ?」
「……!」
「夏祭り行きたい! 一緒に行こっ柊斗!」
「あ、ああ!」
柚希と夏祭りデートができる……!!
ちょうどよくバイト期間中に夏祭りが重なった。ラブコメの世界はこういう時にバッチリ空気読んでくれて最高だ。
ホテルから徒歩で行ける距離で夏祭りがあるのでバイトが終わってすぐに開催場所に行くことにした。
「行こっか、柊斗」
「あ、ああ、そ、そうだな」
「クスッ、落ち着いて柊斗」
「あ、ああ、落ち着いてるぞ!」
気合いの入った浴衣姿の柚希が可愛すぎて俺の心臓は焼き尽くされた。
ホテルの館内用の浴衣とはまた違うオシャレで可愛い浴衣。花柄も超似合う。
『こんなこともあろうかと浴衣もちゃんと用意してきたんだ!』と言ってた。海のバイトなのに浴衣を着る機会を想定してたとか、とても楽しみにしてくれてたんだなと思って嬉しい。
お祭り会場に到着。
思っていた以上に広くて人も多くて大規模なお祭りになっていた。
俺も柚希も思わずテンションを上げながら、店がズラリと並ぶ道を手を繋いで歩く。
テンションが上がってウキウキではあるが、決して気は抜かない。油断しない。
お祭りはとても楽しいものだが、ナンパとか痴漢とかトラブルが起きる可能性もある。これだけ人が多ければなおさらだ。祭りを楽しみたいけど柚希を守るのが最優先である。
「あの~、キミたちちょっといいかな?」
さっそく2人の男が声をかけてきたよ。早ぇよ。会場に入ってから1分も経ってねぇぞ。もう少し柚希と2人っきりの時間を堪能させてほしいものだ。
2人の男を見て、俺は眼光をできる限り鋭くした。
警戒するなという方が無理な話だ。2人ともお面をつけている。1人は能面をつけてて、もう1人は特撮ヒーローの面をつけている。祭りだからお面つけててもおかしくはないけど、怪しさしかない。
「はい、なんですか?」
柚希は2人組の男に明るく反応した。
「向こうの方にすごくおもしろいイベントがやってるんだけど、よかったら見ていかない?」
「えっ、そうなんですか? それは見てみたいですね」
「ちょっと待て柚希」
おもしろいイベントと聞いて素直に食いつきそうになった柚希を俺が止める。
俺は柚希を守るように前に立ち、男2人を睨みつけた。
「おやおや、怖い目だねぇ。どうしたのかな?」
「……何のマネだ?」
「ん?」
「何のマネだって聞いてんだよ、父さん」
「えぇっ!? 柊斗のお父さん!?」
柚希の驚く声が聞こえる。
能面の男はククッと笑い、能面を外す。
俺が思った通り、能面の男の正体は柊斗の父親だった。
「よくわかったな、柊斗」
「いやわかるわ」
短い間とはいえ家族として一緒に暮らしてたんだから声と体格ですぐわかる。顔を隠しただけで俺の目をごまかせると思ってんのか。
「くくっ」
父さんは口角を上げてはいるが、その目は俺よりも冷たく鋭いものだった。
で、もう片方の特撮ヒーロー面をつけた男……俺はそっちを見る。
「そっちも面を取ったらどうですか? 苺の執事さん」
「…………」
面を外す。オールバックの若い男、やっぱり苺の執事だ。名前なんだっけ? 忘れたけど。
「……会いたかったですよ、栗田柊斗様」
「俺は会いたくなかったですね。死ぬほど」
苺に忠誠を誓う完璧主義者。こいつには散々粘着されてきた。動物園デートの時もよりによって小便中に絡んできたし、今回も夏祭りデートを始めようという時に……毎回タイミング最悪すぎてイライラが止まらない。
「えっと……柊斗のお父さんと、小雀さんの執事さん……?」
「ああ、そうだ」
「……柊斗が小雀さんじゃなく私を選んだことで、家の人から恨まれてるんだよね……それで今も、柊斗は狙われてるってことだね……!」
俺は静かに頷く。さすが柚希、察しが良すぎて助かる。好き。
「お祭り中なら油断してるかなと思って人気のない場所に誘い出して捕まえようと思っていたんですが……失敗しちゃいましたね」
執事は残念そうに頭を掻き毟った。
……こいつらがなぜここに……? と言いたかったが、こいつらの権力と執念を考えればすべて特定追跡されててもおかしくはないか……海でバイトしてること、宿泊してるホテル、全部バレてるだろう。
これじゃたぶん柚希の家に住んでることもバレてるだろうな。柚希の家に直接突撃しないだけまだマシか。
―――バキッ!
父さんが俺の顔面を殴った。
「柊斗! 大丈夫!?」
殴られてふらついた俺を柚希が支えてくれる。柚希がいてくれて俺は本当に救われる。
「ああ、大丈夫だ」
殴られるのは想定内だから平気。避けようと思えば避けられたがわざと避けなかったんだ。俺が裏切るようなことをしたのは事実だし一発殴られるくらいは仕方ないと思っている。
「苺ちゃんを泣かせて私の顔に泥を塗っておいて、のんきに女の子とデートか? いいご身分だなぁ、バカ息子がよ」
父さんの目を見ればわかる。ゴミを見る目だ。前世でこういう目で見られた経験がけっこうあったからわかる。
「……あんたとはもう縁を切ったんだろ? じゃあ俺が何しようと俺の勝手だしあんたには関係ないし、あんたの顔が泥まみれだろうが知ったことじゃない。
まあ悪いとは思ってるし、この一発のパンチでチャラにするということはできないだろうか?」
「ダメだね。お前は徹底的にとっちめると決めた。その女の子と付き合うことも許さん」
「あんたが許さないから何なんだよ! もう勘当したんだからほっといてくれよ!! 俺は柚希と結婚する!!」
「お前は女の子を幸せにすることなんてできないよ。その子を不幸にしないためにも、許さんと言ったら絶対許さん。おい田中君、やってしまえ」
「はい」
田中という執事が俺の前に立ちはだかった。
「くくく……この時を待っていた。大切なお嬢様を傷つけた貴様に天誅を下すこの時を……!」
執事はそう言って拳をポキポキと鳴らした。
おい待て、ここでリンチしようってのか? ここはお祭り会場、周りに人もいっぱいいる、どう考えても迷惑だろうが。そして何より柚希に危害が加わる可能性もあるのが絶対にありえない。ふざけんなこいつら。
この2人は俺が憎すぎて全然周りが見えてないということか。
「柚希、ちょっと失礼するぞ」
「えっ……ひゃぁっ!?」
俺は柚希をお姫様抱っこする。
そして走って逃げる。とにかくできるだけ人がいないところに行きたい。この会場は長い階段があって頂上に神社がある。とりあえず階段を駆け上がっていく。
「また逃げる気か貴様! 待て!!」
当然執事と父さんも追いかけてくる。普通に追いかけっこをしたら絶対に捕まらない自信があるがやはり走って頭痛がガンガンする。だが今の状況でそれは一番どうでもいいこと。
一番大切なのは柚希を守ることだ。
「柊斗……!」
柚希は俺の身体にぎゅっとしがみつく。この状況で一切取り乱したり暴れたりせず、俺に身を預けてくれている。
信頼してくれている。死んでもこの信頼に応えるんだ。




