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お色気要員の負けヒロインを何としても幸せにする話  作者: 湯島二雨
第14章…初体験までが長い

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その語尾はウケないんじゃないか




―――




 海のバイト4日目。

1週間のバイトが折り返しだな。まだまだ気を引き締めて頑張る。


今日の柚希は黄色のビキニだった。はい可愛い。



灼熱の太陽が照りつける中バイトを頑張った俺は、今柚希と一緒にホテルのロビーで休憩している。


すると、俺たちに近づいてくる女の子がいた。

桃香だ。水着を着ている桃香がやってきた。


昨日柚希そっくりに変身しててたまげたが、茶髪に三つ編み、元に戻った桃香の姿がそこにあった。

俺と柚希はお互いの顔を見合わせて安堵の表情をする。本当に元に戻ってくれてよかった。今日も変装してたらどうしようかと不安だったんだ。


桃香は俺たちの前に立つ。そして微笑む。



「あら、栗田先輩に武岡先輩、ごきげんようザマス」



…………


……


はぁ……?

今何つった?


桃香の発言を聞いて、俺は思考回路が停止した。

となりに座る柚希をチラッと見ると、柚希も困惑しかない表情をしていた。



「あの……木虎さん? 今なんて?」


俺は恐る恐る桃香に聞き返してみた。桃香は穏やかな笑顔の表情を崩さない。



「ごきげんようザマス」



ザマス!? え!? 何その喋り方!?

見た目が桃香に戻ったと思ったら、今度はキャラが変わりすぎてるんだが。意味がわからなすぎる。なんだよその口調。なんだよその語尾。


桃香のイベントがまだあるかもしれないとは思っていたが、まさかのザマス……これは予想できなかった。



「木虎さん……ザマスって何?」


「あら、わからないザマスか栗田先輩」


わかるわけねぇだろ。


「ザマスというのは昔遊女が使っていた言葉で『ございます』が変化した言葉ザマス」


「いやそうじゃなくてね。なんでキミが急にザマスって言い出したのかがわからないということなんだけど」


「私が今書いている小説の女主人公がザマスという語尾をつけて話すザマス」


「……えーっと、つまり……キミは自分で書いてる小説のキャラになりきっている、ということでいいのか?」


「そうザマス」


「……なんで……?」


もうなんで? という言葉で俺の頭の中は埋め尽くされている。



「私が武岡先輩になることは諦めたザマス。ならば私が主人公になって、栗田先輩を攻略したいと考えたザマス!」



……え、桃香は主人公になりたいのか……?

一応主人公は柊斗(おれ)のはずなんだが……主役を奪われるのか俺は? 主役じゃなくなったらどうなるんだ俺は? 主人公としてここは戦わざるを得ないじゃねぇか。



「……まあそれで、なんでザマスなんだ……?」


「何か問題でもあるザマスか?」


「……うーん……その語尾はウケないんじゃないかな……」



自作小説の女主人公の前に、桃香はこの作品のヒロインの1人なんだぞ。

申し訳ないがヒロインの語尾がザマスはねぇわ。


ザマスっておばさんのイメージ。あと身分が違うとか性格悪そうなイメージがある。

脇役ならともかく女主人公やヒロインが使う語尾じゃないと思うんだよな。過去に読んだ桃香の小説の主人公は変な語尾とか全然なかったのになんで急にこうなった。



「えっと……柚希はどう思う?」


柚希もいるんだから柚希の意見も聞いてみたい。


「そうだなぁ、お上品な雰囲気が出ててステキだと思うな」


「本当ザマスか」


「うん」



決して人を否定しない柚希、最高に惚れる。

まあ……慣れればアリ……なのかもしれない……のか? ザマス……

インパクトはあるし、良くも悪くも印象に残るキャラにはなれるかもしれない。人気が出るかどうかは知らん。



「でもね、木虎さんが主人公だとしても、柊斗のヒロインは私だよ」



いつもと違うザマス口調の桃香を相手にしても一歩も引かず、柚希はハッキリと言い切った。


柚希……俺も同じだぞ。

俺は主人公の栗田柊斗に転生したが、たとえ主人公じゃなくても誰に転生しようと、柚希を幸せにする覚悟を決めた。

主人公じゃなくてもいい、サブキャラによるサブカップルでもいい、柚希が幸せならそれでいいんだ。



「そうだよ木虎さん。木虎さんが主人公になっても、俺と柚希の関係は変えられないぞ」


「ザマスじゃダメザマスか?」


「ザマスがダメとかじゃなくて、どんなに魅力的なヒロインでも柚希への想いは絶対に変わらないって言ってるんだよ。俺を攻略するのが目的というのなら、意味ないから今すぐやめてくれ。キミがやっていることは昨日と同じ。見た目を変えてもキャラを変えても何も変わらないんだよ」


「主人公でもダメザマスか」


「キミは主人公をなんだと思ってるんだ。主人公は他人の恋愛を邪魔したりしないぞ」


「……栗田先輩は主人公(わたし)のことをわかってないザマス。今書いている小説を読んで理解してほしいザマス」



小説を手渡された。まあ休憩時間内であれば読むのは構わないけどさ。

図書館の時と同じように俺と柚希の2人で読む。




 少し時間はかかったが、休憩時間内になんとか読み終わった。


「す、すごいね、これ……」


柚希は圧倒されたような感想を述べた。俺もなんか打ちのめされた気分だ。気軽には読めない内容だ。



今回も推理小説で、桃香がなりきっている通り主人公は女の子でザマス口調。

恋愛要素が強く、超ドロドロ系。前回読んだ小説と同じように1人の男を複数の女で取り合う展開。

前作と同じように男が俺で、俺を取り合う3人の女が苺、梨乃、柚希をモデルにしたという感じだ。前作と違うのは桃香が探偵で女主人公になっているということ。

前回の小説では俺が殺されていたが、今回は女の方が殺されてしまった。


予想はできていたが殺されてしまった女キャラは明らかに柚希モデルの子で、明確に悪意を持ってわざとそうしたと思われる。

柚希とは別物なのはわかっているが柚希みたいなキャラが殺された時点で俺はこの小説がちょっと気に入らないと感じた。柚希本人は全然気づいてないし気にもしてない様子だけどな。


ザマス口調女主人公の活躍で事件は解決する。犯人は苺と梨乃の共犯だった。そして取り合いしていた男はザマス女主人公が奪ってしまうというとんでもないストーリーだった。柚希が被害者で苺と梨乃が犯人で、桃香だけが完全勝利じゃねぇか。まさか好きな男を探偵に取られるとは思わなかったよな、登場人物の女たちも……


前作よりも残酷な描写がパワーアップし、桃香の心の闇が強くなってて俺は少し疲れた。



「どうザマスか栗田先輩。この主人公にドキッとしてくれたザマスか?」


「えぇ、そんなこと言われてもな……なんか怖いって感想なんだが……」


なんで探偵が男を掻っ攫ってるんだ。そこがよくわからん。男の方もなんでザマス主人公に靡いたのかよくわからないんだが。



「私はこの主人公すごく気合いが入ってるなと思ったよ!」


「武岡先輩には聞いてないザマス」


「えーっ!?」


柚希はガーン! って感じの表情をした。超可愛い。



まあとにかく、桃香の今回の作品は今まで読んだ中で一番ヤバイ。

このままじゃマズイぞ……桃香がどんどん闇を深くしている。今のままいくと小説家になれないような気がする。だって今の桃香は読者を楽しませるためというより、自分が満足するための作品を書いているような気がするから。



「木虎さん……ハッキリ言わせてもらうがいいか?」


「どうぞザマス」


「キミの作品は劣化していると思う。前に読んだ作品の方がおもしろかった」


「なっ……!」



転生直後に最初に読ませてもらった小説が一番おもしろかった。

今の桃香はヤンデレ化して、闇が大きくなりすぎて、読者がついていけない。



「なんか作品から憎悪の感情がすごく感じられるというか……」


「創作において憎悪の感情というのはとても大事ザマス。憎い、妬ましいという気持ちが、創作活動の原動力になるザマス」



……そうだな、確かにそうかもしれない。

俺も転生前は憎悪の感情がとても強かった。推しのヒロインが負けてすごく辛くて作品そのものが憎いと思った。

その憎しみを晴らすため、このラブコメ世界でいろんな逆境を跳ね返して死ぬ気で頑張って柚希と結ばれることができたんだ。

だから今回の小説も共感できるところはある。全否定したいわけではない、ヤンデレ要素も闇部分も彼女の作品の魅力の一つになっている。ただやりすぎという話であって。



「……木虎さん」


「何ザマスか」


「俺はもうキミの小説を読まない」


「!? な、なんで……どういうことですか栗田先輩!?」


瞬時にザマス口調が消えて、彼女の余裕のなさが窺えるのが辛い。



「俺がいない方がキミは良い小説を書けると思うんだ。ドロドロ修羅場系は一旦やめて気持ちをリセットして書いてみてほしい」


この世界に()が転生して桃香の執筆活動に悪影響を与えているのは間違いない。俺が桃香の足枷になっている。柚希ルートだと桃香がダークサイドに堕ちてしまうということなんだろう。



「それに俺は柚希と付き合っていると言ったはずだ。俺のことなんて忘れてくれ」


「納得できません……」


「しつこいぞ。これ以上つきまとうならキミが一番嫌がることをする」



俺は柚希を見た。言葉がなくても柚希は察してくれてコクリと頷いた。



俺はそっと柚希とキスをした。桃香の前で。



「―――ッ……!!!!!!」


唇を離す前に、桃香は走り去っていった。

唇を離して柚希と目を合わせる。



「いきなりごめん柚希、人前で……」


「ううん、柊斗とならいつでも嬉しいよ。もう一回、してほしいな」


「……ああ……」



もう一回どころか柚希がおねだりしてくれるなら何度でもする。俺はまた柚希と唇を重ねた。


桃香には残酷なことをしてしまったが仕方ない。俺は柚希しか見えてないんだから。

柚希の柔らかい唇の感触を堪能しているうちに桃香にわかってもらうという目的を忘れ、ホテルのロビーで人がいるにも関わらず俺と柚希はしばらくキスを繰り返すというバカップルムーブをするのだった。


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