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お色気要員の負けヒロインを何としても幸せにする話  作者: 湯島二雨
第14章…初体験までが長い

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木虎さん、なんでそうなったんだ




―――




 海のバイト3日目。

バイトが終わったら柚希とエッチできるというご褒美のため、俺は今日も頑張る。



今日の柚希は赤ビキニだった。

初日は白、2日目は黒、そして今日は赤。色違いの水着をたくさん用意してて毎日色が変わるのか。白黒赤、どれも最高に似合っててどれが一番か決められないし、明日はどんな色の水着なんだろうと思うとすごく楽しみである。


柚希はトイレに行って、俺は少し待つ。

待ってる間もそわそわして落ち着かなかった。



「お待たせ、柊斗くん!」



……ん?

今後ろから俺の名前を呼んだ声が聞こえたんだけど、柊斗()()

いつもと呼び方が違う、そして声に違和感がある。柚希の声じゃない。アニメでもこの世界でも耳が擦り切れるほど柚希の声を聞いてきた俺が間違えるはずもない。


俺は振り返った。



「…………何してんの、木虎さん」


「えっ!? なんでわかったんですか!?」


「なんで柚希の変装してんの? 俺が見破れないとでも思ったのか? ずいぶんと甘く見られたものだ」



そう、そこにいたのは()()()()()容姿をしているが、桃香だ。

ピンク色の髪も、サイドテールの髪型も、花の髪飾りも、メイクも、柚希と同じ。


そういえば同じホテルに泊まってるって聞いたのに昨日の夜全く会わなかったなと思ったら、髪を染めたりメイクを変えたりしてたのか。

なぜかはわからんが桃香が柚希そっくりに変装して()()()()と呼んで柚希になりきっている。


だが、悪いけど俺から言わせてもらえば全然柚希ではない。()()()()()()()()()をしているだけであって柚希ではない。


まず声が違う。柚希の声に似せようとしているが俺が聞いたら全く違うと断言できる。呼び方も違う。柚希と付き合い始めてからは()()()()ではなく()()って呼ぶようになったんだよ。


身長だって2人とも低めだけど微妙に違う。髪の長さも柚希の方が少し長い。

水着も昨日の柚希と同じ黒ビキニを着ているが今日の柚希は赤ビキニなので水着の色も違う。

俺の心の中にいるすべての俺が柚希じゃないと明確に否定している。


マジで何をしてるんだ桃香……なんでそうなったんだ。

原作を必死に思い返してみても、桃香が誰かに変装するなんて描写は一切存在しない。この世界が原作と異なる要素が多いとはいえ、いくらなんでもこれは想定外すぎて頭がバグる。



「栗田先輩……」


「わっ!?」



桃香が俺に抱きつこうとしてきたので、俺は慌てて回避して距離を取る。



「はわ……そんなに離れなくてもいいじゃないですか、傷つきますよ」


「ごめん、悪いけどあまり近づかないでくれ」


「どうしてですか?」


「どうしてもだ。俺のそばにいるのは柚希だけじゃないとダメなんだ」



もし桃香に抱きつかれたり押し倒されたりして、それを柚希に見られて修羅場に……なんて展開になったらどうするんだ。それはダメだ、それだけは絶対に回避しなければならない。猛暑の中バイトしなければならないってのに、バイトだけでも大変だというのに修羅場になったりしたら耐えられずに死ぬ。


桃香はジリジリと近づいてくる。俺は捕食者に狙われた獲物みたいになってる。



「逃げないでください栗田先輩」


「いや、ちょっ……」



なんでだよ、桃香は引っ込み思案な子のはずだろう、なんなんだこの行動は、おかしいだろ。そしてなんで真顔なんだ、マジで怖い。どうすればいいんだ。



「お待たせ、柊斗」



! ここで柚希が来てくれた! 救世主だ!

俺は瞬時に柚希のそばに行く。


柚希は、自分とそっくりの姿に変身している桃香を見て美しい瞳を見開いた。



「えっ!? あ、あれはまさか、ドッペルゲンガー!?」


「違うから、落ち着け柚希。木虎さんだ」


「え、木虎さん!? なんで!? なんで木虎さんが私みたいな感じに!?」



俺自身もかなり錯乱していたが、柚希がそれ以上に慌てていてそれを見て俺は少し和んだ。柚希のおかげで落ち着けたありがとう。


柚希がそばにいるおかげで平静を取り戻した俺は落ち着いて話をすることにした。



「なぁ、木虎さん。なんで柚希の変装をしてるんだ? どういうことだ?」


疑問を投げかけると、桃香はクスッと微笑んだ。しかし目は笑ってなくて、目にハイライトがないような気がして、マジで怖いいいいいい。



「栗田先輩が武岡先輩と付き合ってるというのは昨日ハッキリ確認しました。

それで私は思ったんです。栗田先輩が武岡先輩を選んだというのなら、《《私が武岡先輩になればいい》》ということに」



…………

ああ、そうきたか……ヤンデレ化してるのは勘付いてはいたが、まさかサイコパス系の方向に進むとは……


キャラ崩壊にも程がある。内気だけど読書が好きで頭が良くて小説家を目指している文学少女の桃香は一体どこに行ったんだ。

今の桃香に俺が知ってる桃香の面影が見当たらない。推しではないけど熱心に読んでた作品のヒロインがこんなに変わってしまったのが悲しい。



「……木虎さん、柚希に何かしようってんなら俺が絶対に許さねぇぞ」


「さあ、どうですかね?」


「あのさぁ……」


「待って、柊斗」



柚希が俺の肩にポンと手を置いた。



「柊斗が言うべきことはもう昨日言ったよ。柊斗がこれ以上木虎さんと話すことはない。ここは私がなんとかする」


「いや、しかし……」


「大丈夫、私に任せて。柊斗は私が守る」



え、かっこいい。もう一生キミについていきたい。


俺の目には輝いて見える柚希が桃香の前に立った。


かっこいいし惚れ直したけど、柚希VS桃香の展開になるのかこれ。

俺は柚希に惚れてるんだから勝負にならないと思うんだが、桃香が何をしでかすかわからなくて怖い。気をつけてくれ柚希。俺も警戒して柚希から目を離さない。



「木虎さん……言ったはずだよ、好きの感情の強さは誰にも負けないって。

柊斗は私のもの。これだけは死んでも譲れない」



柚希が桃香に言った言葉だが、桃香には効かずに俺に効きまくった。

集中して警戒しなければならないのに、心臓が暴れまくって悶えた。ああ、今の言葉絶対に忘れるなよ。脳細胞をフル回転させて自分のメモリーに永久保存しろ。できれば録音もしたかった。



「……はい、ですから私は武岡先輩になりたいんです」


「なれないよ。私はキミみたいに頭良くないし小説も書けないし、私はキミにはなれないけど、キミもまた私にはなれない」


「…………」



ああ、柚希の言う通りだな。

桃香には茶髪の三つ編みというちゃんとしたキャラデザがあったのにそれを捨ててしまった。言い方は悪いがこれじゃ柚希の完全下位互換でしかない。


頼むから元の桃香に戻ってくれ。髪はまた染め直せばいいし、三つ編みでたまにメガネの桃香を復活させてくれ。



「……私、頑張ったのに……武岡先輩の髪型やメイクを再現するのに時間と労力をたくさんかけたのに。これでも私は武岡先輩になれないんですか?」


「うん。私は私、木虎さんは木虎さんだから。お願いだから私の変装するのやめてほしいな。ホラ見て、柊斗は困惑しかしてないでしょ。キミが変装したって柊斗は喜ばない、意味がないんだよ」


柚希の言う通り俺は困惑しかしていない。

柚希本人にバレたし、俺の目はごまかせないし、マジで変装の意味ないからもうやめてくれ桃香。



「……私、悪者みたいな感じですね」


「変装して成り代わろうというのならそれは悪者だと思うよ」


「……わかりました」



桃香はそれだけ言って去っていった。

桃香と話していた時はキリッとした表情をしていた柚希だったが桃香がいなくなったらふにゃりと気が抜けたような表情をした。可愛い。



「ふぅ、緊張したぁ……木虎さんの目怖かったぁ……」


「ああ、わかるよ。お疲れ柚希」



桃香は少し歪んでしまっただけで、悪い子ではないと信じてるぞ。

でも俺もまだバイトしなくてはならないし、桃香も3泊4日って言ってたし、まだまだ何かイベントが起こるかもしれないな。


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