結局ポロリさせてしまった
―――
あっという間に時間は過ぎ去って、夕日が差し込む海になった。
バイト初日が終わった。死ぬほど疲れた。体力めっちゃある設定の柊斗の身体もさすがに酷使しすぎてフラフラだ。
「お仕事お疲れさま、柊斗」
ぎゅっ
「ありがとう、柚希……」
穏やかな笑顔の柚希に優しく抱きしめられて労ってもらえて、こうしてもらえるならいくらでも働けると本気で思った。
「なぁ、キミたちはこれからどうするんだ?」
抱きしめ合う俺と柚希を見て梨乃がそう言った。夕日に照らされている海、今ここにいるのは俺と柚希と梨乃の3人だけだ。
「俺は泊まり込みでバイトだからこれからホテルに行く。柚希も一緒に泊まってくれる」
「そうか……私は日帰りで来たからもう帰るが……」
梨乃はもう帰るらしいが、真剣な目で俺を見た。
「……帰るんだけどさ、その前に栗田君、ちょっといいか?」
「ん? なんで?」
「頼む、ちょっと話があるから来てくれ」
「おい、ちょっと……」
俺の腕を掴んで梨乃は強引に引っ張った。
「すいません武岡さん、貴女の彼氏をちょっとだけお借りしてもいいですか。本当にちょっとだけですから、すぐにお返ししますから」
「…………うん、いいよ」
ちょっと間が空いたが、柚希はOKした。
いいのか? 俺は柚希一筋だし正妻の余裕みたいな感じか?
砂浜から少し離れて、防風林があるところまで連れてこられた。風が緩やかに吹いていて静かだ。
「龍崎さん、何か用か? 悪いけど俺は早く柚希のところに戻りたいんだ。あまり長く柚希を1人にしたくないし」
「わかってる、すぐ終わるから。
……私は今日、ビーチバレーの大会に出るためにこの海に来たんだが、まさか栗田君に会えるとは思わなかった。少し気まずい気持ちもあるが、会えて嬉しかった」
「……そうか」
「なぁ栗田君、私の水着……どうだったかな……」
「え? 似合ってたんじゃないか?」
「……なんか棒読みだな」
「ごめん、でも俺は柚希しか見えてないから。他の女の子の水着の感想とかあまり言いたくない」
「そんなに武岡さんが好きなのか」
「ああ」
俺はハッキリと言い切った。
「……私のおっぱいじゃ不満か?」
「はぁ?」
「そりゃあ、武岡さんは胸が大きいし、私はそんなに大きくないけど……でもこのくらいの大きさでも受け入れてくれる男の子の方が、私はステキだと思うぞ」
あのさぁ、そういうのもういいかげんうんざりなんだけど。どいつもこいつも柚希をおっぱいとしか認識してないその感じがさぁ。
もちろんおっぱいも好きだけど、武岡柚希という女の子が好きなんだよ俺は。
大人っぽくて頼りがいもあるけど子供っぽいところもあって純粋で、ポンコツなところもあるけどいつも一生懸命で、とても優しくて明るくて、いつだって俺に元気をくれる柚希が大好きなんだよ。
「柚希の胸が最強の神なのは世界の真理だけど、キミの胸が劣るというわけではないから。ていうか結局用って何なの? もう帰っていいか?」
「ああごめんごめん、武岡さんに嫉妬して変なことを言ってしまった。
とにかくキミが武岡さんのことがすごく好きで、武岡さんとラブラブなこともわかっている。私も素直に祝福したいと思っている……
だが、どうしてもこれだけは伝えたいんだ。私の言葉でちゃんと伝えて、ちゃんとケジメをつけたい」
「…………」
まあ確かに、俺は梨乃をちゃんとフったつもりだったけど、梨乃の方からは何も言ってなくて、中途半端な感じで終わらせてしまったからな。
梨乃の性格的にも、しっかりとケリをつけないと気が済まないというところもあるのだろう。
「栗田君、私はキミのことが好きだ」
「ごめん、俺には柚希しかいない」
「…………
うん、これでいいんだ。これでスッキリした。ちゃんとフってくれてありがとう栗田君。話はこれで終わりだ、時間を取らせてすまなかったな。もう二度とキミたちの邪魔はしないから安心してくれ。では私はこれで」
原作と違って、今の梨乃は悲しそうな顔をすることはなかった。言葉通り本当にスッキリしたような爽やかな表情で帰っていった。
これで、梨乃のことも今度こそ完全に決着をつけられた。
……さて、話は終わったから早く柚希のところに戻らなきゃな……
「柊斗」
「わっ!?」
柚希のところに戻ろうと思ったら、いつの間にか柚希が目の前にいてビックリした。
「ふふふっ」
そして柚希はなぜかすごく嬉しそうにしていた。
「……もしかして、龍崎さんとの話聞いてた?」
「うん。2人のあとをこっそりつけてきて、そこの木の後ろに隠れて最初からずっと見てたよ」
全部見てたのかぁ……柚希の胸が最強の神で世界の真理とか言っちゃったのも聞いてたのか。恥ずかしい。
「龍崎さんには悪いけど、龍崎さんの告白を何の迷いもなく断ってくれたの、すごく嬉しかった」
「俺は柚希と付き合ってるんだから当たり前だろ。俺が二股かけるとでも思ってたのか? ていうか俺のことを信じてるから龍崎さんが俺を借りるのを許したんじゃないのか?」
「うん、もちろん柊斗のことは心の底から信じてたけど、それでも好きな人が他の子と話してたりしたら女の子は不安なものなんだよ。わかる?」
まあ、もし逆の立場だったらと思うと俺も死ぬほど不安だったろうからわかるけど。
「万が一でもキミに裏切られたら私、生きていけないなぁって思ってどうしても不安になった。でもキミはそんな私の不安なんて跡形もなく吹き飛ばしてくれた。ありがとう柊斗」
「これからは一瞬たりともキミを不安にさせないようにするよ」
「ううん、これからはじゃなくてこれまでもずっと柊斗は私を幸せにし続けてくれた。
今日だって……周りに水着の女の子がいっぱいいたのにずっと私だけを見ててくれてた。柊斗は何も悪くない、今のままでも十分すぎるくらい好き……私が嫉妬深くてワガママなだけだから、何も気にしなくていいんだよ」
「そう言ってくれるのはすごく嬉しいけど今の俺はまだまだだから。もっともっとキミにふさわしい男になれるように頑張るから」
「……柊斗……っ!」
ぎゅっ
「!!」
柚希が勢いよく抱きついてきた。ビキニの彼女のハグは刺激が強すぎて心臓が止まりそうになる。
「柊斗……これ以上私を好きにさせてどうするの?」
「ッ……!」
柔らかい感触と、素肌が触れ合う熱と、ふわふわないい匂いで、俺の脳髄は溶かされ、俺は血が沸騰するくらい熱くなってふらつく。
「わっ……!」
「きゃっ……!」
そういえば俺、灼熱の海でバイトしててもうフラフラだった。さらに柚希の魅惑的な肉体で心臓を貫かれる。
俺はあまりにも簡単にバランスを崩し、柚希と一緒に倒れ込んでしまった。
「ご、ごめん柊斗……! 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ……柚希の方こそケガはないか?」
「私は大丈夫だよ……私は柊斗の上に乗ってるだけだから。私の下敷きになった柊斗の方が心配だよ」
「全然大丈夫だから気にするな」
ハッ……! 俺の上に柚希が乗ってる……!? 俺は今、柚希に押し倒されているような感じになっている。
俺の方が20センチくらい背が高いから普段は見慣れない、下から見上げた柚希。彼女の完璧に整った顔が夕日に照らされて幻想的な世界を創造し、止まりかけた心臓を強く鳴らした。
「柊斗……顔が真っ赤だよ」
「……柚希の方こそ顔が赤いぞ」
「これは……夕日でそう見えるだけだから……」
「俺だって、夕日のせいだ……」
見つめ合うのが恥ずかしくなって、自分の腕で顔を隠そうとする。
…………ん?
あれ、おかしいな、俺の手にとんでもない幻覚が見える気がする。絶対に男の手に握られてはいけないものが、俺の右手に握られている。
何度瞬きしても、その幻覚は消えることはない。むしろ瞬きするほどハッキリと見える。幻覚じゃない。
「…………」
こんなに暑いのに、俺は凍りつくように固まった。グングンと発熱していた俺の肉体がピタリと熱が止まった。
柚希もそれを見て俺と同じようにピシッと固まった。
俺の右手にあるものは、紐の白ビキニ……柚希が着用していたものと完全に一致する。サイズもでかくて柚希の胸と一致する。
俺、柚希の顔があまりにも可愛すぎて顔しか見てなかったから気づいてなかった。恐る恐るゆっくりと視線を下に向けると……
―――たゆんっ
ぷるんっ
柚希は固まっているのに、そこだけは柔らかそうに、ほんのわずかに揺れていた。
おっぱい星人の俺が見間違えるわけもなく、間違いなく柚希のでかい乳房が露わになっていた。
支えを失い自由に解放され、凄まじいパワーの万有引力が……いや、万乳引力が働き、俺の眼球を惹きつけていた。
さっき倒れた時に、とっさに柚希の水着の紐を掴んで引っ張ってしまったようだ。そしてポロリとたわわな乳が零れ出た。
ポロリは絶対に阻止しようと頑張ってきた俺だったが、俺自らの手で結局ポロリさせてしまった。今は周りに俺と柚希しかいないからまだよかったが……
「―――~~~っ……!!!!!!」
停止していた柚希が正気を取り戻した瞬間、柚希の頬は蒸気が出そうなくらい真っ赤に染まっていき、慌てて両腕をクロスさせて胸を隠した。
手ブラのポーズ、恥ずかしそうに俯く表情……俺の股間から血が噴き出そうなくらい股間に刺さった。
俺の下半身の上に柚希のお尻が乗ってるから、俺のアレが大きくなったら柚希にも直接伝わってしまって、さらに辱めて赤くさせてしまった。
「ご、ごめん! ごめん柚希!! 決してワザとじゃないんだ!!」
「う、ううん……柊斗なら別にいいんだけど……構わないはずなんだけど……でもやっぱり、恥ずかしい……」
柚希は顔を赤くしすぎて涙目になっていた。俺も全身が赤くなりすぎて赤黒くなっていた。もはや人間の色ではなかった。
「―――ぶふっ……!」
「!? 柊斗ーーー!!!!!!」
ビックバンより強い刺激に耐えられるわけがない。
俺は情けないことに鼻血を噴いて失神してしまった。




