ポロリは絶対阻止する
「聞いたよ栗田君。キミ、クラゲを追い払ったそうじゃないか」
「えっ?」
ここはホテルのロビー。このホテルを経営している店長さんの友人さんに呼び出され、そう言われて俺は驚いた。
「あの……それ誰に聞いたんですか?」
「キミがクラゲと戦っているところを見ていた客が何人かいてね。その中にウチのホテルの常連さんがいたというだけだよ」
「そ、そうだったんですか」
「キミがクラゲを撃退してくれたおかげでこの海の平和は守られた。感謝するよ栗田君」
「あ、ありがとうございます……」
海の監視員として、貢献できてすごくよかった。もし何の役にも立てなかったらどうしようかって不安だったから。
「ご褒美として、1時間くらい遊んできていいよ」
「いえ、もっと働きますよ俺は」
「強がるな少年。そこにいる可愛い彼女ちゃんと遊びたいんだろ?」
「うっ……それは……」
柚希と海で遊びたいかと言われたら、そりゃあ遊びたいに決まっているが……しかし俺は働きに来たのに1時間も遊んでいいのか? 1円でも多く稼ぐために休憩なしで働く覚悟を決めてきたんだが。
「はは、監視員の心配はいらないよ。監視員は他にも何人かいて、交代で休憩しながらやってるんだから。安心して自由時間を過ごしたまえ」
「うーん……」
確かに休憩は重要だが俺はまだまだいけるしな……
ぎゅっ
悩んでいると後ろから柚希に手を握られて、ドキッと心臓が強く脈打つ。
「柊斗、遊ぼう」
「……ッ……」
好きな女の子に無邪気な笑顔で遊ぼう、なんて言われて遊ばない男なんているのだろうか。いやいない。いるわけねぇよ、もしいたらそいつ男じゃねぇよ。
俺は柚希と手を繋ぎながら海に遊びに行く。今は監視員ではなく客として海に到着した。
「柊斗、何して遊ぼっか」
「うーん、そうだな……」
遊ぶ予定なんて1ミリも考えてなかったからな、何をしようかすぐには思いつかないぞ。
周りの人はビーチボールとかで遊んでる人多いな……しかしボールはない……
脳内が超下品な俺はボールなら柚希に二つついてるじゃないか! とか考えてしまった。ギャグとしても全然おもしろくないし最低な自分を殴りたい。
それより何して遊ぶか考えろ。今だけは柚希との海デートだ。俺はちゃんと柚希をリードしたいんだ。こういうところで優柔不断なのはダメだぞ。ちゃんとすぐに決めないと……
「ふふふ、そんなに悩まなくても大丈夫だよ柊斗。お姉さんに任せなさい」
柚希はふふん、と言ってドヤ顔した。可愛い。
俺がリードしたいのに、結局お姉さんの柚希にリードしてもらうことになっちまうな……自分が情けない。
「私は全然泳げないけど、そんな私でも海を満喫できる方法がある……
そう、それは浮き輪だよ。浮き輪はすべてを解決する。というわけでまずは浮き輪を買いに行こう!」
お姉さんに任せなさい、とか言って年上の余裕を見せつけていたのに出てきた発想が浮き輪とか……なんか子供っぽくて可愛すぎかよ。その豊満ボディで子供っぽいところ見せるの反則すぎるんだって。俺吐血して倒れそうだよ。
「じゃあ売店に行こう」
「あ、ああ」
柚希が売店のある方向に歩き出し、俺もついていく。
ついていきながら柚希の後ろ姿に見惚れる。後ろ姿もなんて可愛いんだ。
……ん……? ん!? ちょっと待て!! 大変だ!!
柚希の背中の、ビキニの紐が、ほどけかけている!!
蝶結びになっている紐がゆるゆるで今にも外れそうだ。このままじゃ柚希の水着が取れてポロリしてしまう。たわわな乳が零れ出してしまう。
そうか、この世界はラブコメ世界。柚希はお色気要員の役割を与えられている。ラブコメで、お色気要員で、さらに水着回となると、ポロリ展開はお約束。原作でも案の定ポロリさせられていた。
海に来て水着を着た時点で、柚希はポロリしてしまう運命にあるということか。ラブコメ世界の神様のイタズラだ。
……正直に言うと、柚希のポロリを見たくないと言えばウソになる。
しかし、柚希に恥をかかせたくない。俺は女の子がかわいそうな目に遭うのは嫌いなんだよ。柚希がとても楽しそうに笑顔になってくれてるのにそれを台無しにしてたまるか。
それにこんなところでポロリしたら周りの人に見られるだろうが! そんなのダメだダメだ!! 他の人に見られるなんてイヤだ! ポロリするなら俺しかいないところでポロリしろ!
とにかくこの海でポロリだけは絶対阻止だ。
ヒロインのポロリ展開を潰すなんてラブコメ主人公としては最悪の所業だと思うが、ダメなものはダメだ。空気読めない糞主人公だけど、そんなの知るか。そんなことより俺は柚希の笑顔を守りたい。
ポロリする前に気づけてよかった。柚希は長い髪をサイドテールにしてるから背中が見えやすかったんだ。勝因は髪型。柚希の髪型は超可愛くて似合ってるし有能だ。
で、どうするか。ポロリしそうになってることを柚希に知らせない方がいいだろうか。そういうの異性に指摘されたら恥ずかしいだろうし。できれば柚希に知られることなくサッと紐を結び直してあげたい。
……いや待てよ。黙って勝手に人の水着に触れるのは最低なんじゃないだろうか。
柚希に気づかれずに紐を直せる自信がない。いくら彼氏とはいっても水着の紐を弄ってるのを気づかれたりしたら……考えるだけでも恐ろしい。
―――ああっ!!
グダグダ迷ってたら紐がさらに緩くなってる! これはマズイ、これ以上迷ってるヒマはない。正直に柚希に事情を話すことにした。
「柚希、ちょっとストップ……!」
「ん? なーに?」
「浮き輪買う前に、ちょっといいか?」
柚希を連れてできるだけ人がいない場所に移動する。岩の陰になって、万が一ポロリしてしまっても誰にも見られないようにする。
「ど……どうしたの? 柊斗」
しまった。人気のない場所にビキニの彼女を連れ込んだりしたら、これからいかがわしいことをしようとしてるみたいじゃないか。
ドキドキとうるさい心臓を強引に黙らせ、柚希を守るための重要な任務を遂行する。
「その……すごく言いづらいけど、柚希の背中の紐がほどけそうになってるんだ」
「えっ……ホントに!? ちゃんと結んだはずなんだけどな……
えっと、じゃあ……ごめんね柊斗、紐……直してもらってもいいかな……」
柚希はそう言って俺に背を向けた。
後ろ姿でもすごく恥ずかしそうにしてるのがわかる。サイドテールの髪を手で持って俯いている仕草がたまらなく可愛い。
早く紐を結び直してあげないと……
柚希の白い背中……傷も痣も一つもない美しく艶かしく丸みを帯びた彼女の背中は、俺の情欲をいくらでも煽ってくる。
落ち着け……俺の理性、頼むから耐えろ。
暑さと色気で溶けそうになりながらも、緊張しまくって震える手で紐をしっかり結び直した。
「……む、結び終わったぞ」
「うん、ありがとう柊斗」
結んだ。ちゃんと結べたぞ。ポロリの危機を回避して柚希を守れた。
爆速で脈打つ心臓を落ち着かせながら、俺たちは売店で浮き輪を買った。
「よし、浮き輪も買ったしいっぱい遊ぶぞ!」
浮き輪をしてウキウキの柚希が反則すぎる可愛すぎる。
微笑ましい気持ちで海の少し深い場所まで移動する柚希の後ろ姿を眺める。
……ってあれぇ!?!?!?
ついさっき結び直したはずのビキニの紐がまたほどけかけてる!?
そんなバカな、確かにちゃんと結んだはずだぞ。まさかあれは幻だった……?
いやそんなはずはない、あの時一瞬だけ触れた柚希の素肌の感触、質感、あれは間違いなく幻なんかじゃない。俺は確かにビキニの紐をしっかり直した。
確かに結んだはずのビキニの紐が不自然に謎の力でまたほどけようとしている。
やはりこの世界の神様の仕業……神様は激おこのようだ。何としても柚希をポロリさせようとしている。
俺が苺じゃなく柚希を選んだのがそんなに気に入らないのか。『正ヒロインは苺だ! 柚希はただのエロ要員でしかない! 脱ぐためだけに存在してるキャラなんだ!』という神の意志が、ビキニの紐に集中している。
ふざけんな、柚希はもうお色気要員じゃない、俺の彼女だ。俺の大切な彼女に何するんだよボケ神様が、許さないぞ。
「ごめん柚希、また背中の紐がほどけそうになってる」
「え、また?」
ああそうだな、本当にまた? だよな。こんなに都合よく何度もほどけそうになるわけがない、これは絶対偶然じゃない、絶対に神様にイジメられている。俺もう絶対死んでもここの神を崇めないからな。
「じゃあまた結び直してもらえるかな……」
「ああ、もちろんだ」
何度紐を緩めようが、俺が何度でも結び直してやる。柚希のためなら何度でも神に逆らってやる。
ちょっと結び方を変えた。より強く、ほどけにくいようにしっかりと結んだ。これ着替える時に俺が解いてやらないと解けないと思う、というくらい強く結んだ。
「よし、今度こそ大丈夫」
「何度もごめんね、ありがとう柊斗」
柚希が謝ることじゃないな。神が全部悪い。海デートの時間を邪魔しやがって。マジで許さねぇ……
しかし存在自体が曖昧なものに怒りを向けてもなんかモヤモヤする。人間の仕業だったらぶっ飛ばせるのに……ちくしょう……
「あー……海気持ちいい~……」
浮き輪でプカプカ浮きながら海を満喫する柚希をそばで眺める。
ああ可愛い、可愛すぎる。柚希が可愛すぎて神への怒りとかモヤモヤとかそんなもんどこかへ吹っ飛んでしまった。キレイなお姉さんで可愛い彼女な柚希はすべてを解決する。
プカプカ
「ん……?」
何かが海の流れに乗ってどこかからプカプカと流れてきた。
なんだこれは? よく見てみる。
「!?!?!?」
流れてきたものは、水着だった。




