修業の成果は出ているが
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柚希と付き合い始めたこと、桃香にもちゃんと伝えた方がいいよな。めんどくさいヤンデレの雰囲気があったし、ハッキリと理解させておきたい。
あくまでも小説を読む関係として、ちょっと報告するだけ。深い意味はない。
梨乃が知ってたんだし桃香ももうすでに知ってる可能性もあるが、会ったら一応言うべきだ。
そう思って怖くても勇気を出して図書室に行ってみたが、桃香と会うことはなかった。
桃香がいる教室にもちょっと行ってみたが、会えなかった。
まあいい、焦ることはない。同じ学校なんだしいつかは会うだろう。
で、放課後だが。この時間が俺にとって一番危険。
俺は栗田家や小雀家を敵に回し、お尋ね者状態になっている。
俺の父親も激おこで、下校時に学校にやってきて俺を捕まえようとしている。俺はそれから逃げるためにこっそり裏口から帰ることにしている。
裏口へ行くために途中の中庭を通った時のことだった。
「っ……ぐすっ……」
女の子が泣いている声が聞こえる。この声を俺は知っている。
苺の声だ。近くで苺が泣いている。泣いている理由はたぶん……いや、まちがいなく俺だ。
声が聞こえるだけで姿は見えていない。できる限り早くこの場を離れよう……
そう思っていたが、苺の姿を見つけてしまった。
中庭の木の陰で泣いている。ズキッと心が痛んだ。
失恋して涙する苺……原作には存在しない姿、俺が作り出してしまった。
だがどうにもならない。何もできないししてはいけない。中途半端に苺に手を差しのべたりしてみろ、ぶっ殺されるぞ。
みんな幸せというわけにはいかない。誰かを幸せにしたら誰かが不幸になることもある。俺にできることは迷わない、それしかない。
裏口から出る。よし、今日も見つからずに済んだ……
「会いたかったですよ、栗田柊斗様」
「……!」
死角から突然苺の執事が現れ俺の前に立ちはだかった。
「俺はもう、栗田じゃないですよ」
「……そうだな、今の貴様はただの裏切り者。何としても捕まえろと命令が出ている。抵抗するならば手足をへし折っても良いと言われている」
「誰だそんなこと言ってたのは、俺の親父か?」
「答える義務はない」
「……フン、まあいいや」
死んでも捕まるわけにはいかない。帰ったら柚希が待ってるんだ。今行くぞ柚希。
脳内に柚希の姿を思い浮かべ、俺は何百倍ものパワーをもらって全速力で逃げる。
「逃がすか! 前回は取り逃がしたが今度こそ捕まえてみせるぞ!!」
執事も追いかけてくる。さらに2~3人の執事の仲間がいて、そいつらも追いかけてくる。ちょうどいい、俺は山で修業してたんだ。修業の成果を今見せてやる。
「くっ……バカな、全然追いつけん!」
「こいつ……以前はここまで速くなかったはずだ! なんだこの速さ……!?」
バカが、前の俺と同じと思うな。主人公は成長するものなのだ。
以前よりも速力を上げて、さらに頭痛も軽減させるように修業した。
全然痛くないというわけではないが、かなりマシになった。これで走る時間を延ばせる。
今回の追いかけっこは俺の無双ということで、前回よりもかなり早く逃げ切ることに成功した。
しかしやはりなんか空しい……自分以外のほとんどが敵という状況で精神的にかなりダメージが来た。
学校うんざりだな……学校行きたくねぇな、ずっと柚希のそばにいたいなぁ、なんて都合の良い願望が俺を誘惑する。
ダメだ、イヤなことから逃げるような男に柚希を幸せにできるものか。
自分で蒔いた種だ、自ら望んでこうなったんだ。責任持って受け入れて乗り越えろ。
そう言い聞かせても、家と友人を失くしたショックでフラフラした。
すっかり日が暮れた頃、家に帰ってきた。柚希の家だ。
入って、ただいま、と言う。柚希の家でただいまなんて言うの初めてで感情が強く揺れた。
「おかえりなさい、柊斗」
柚希が先に帰ってたらしく、笑顔で出迎えてくれた。柚希におかえりなさいって言ってもらえたのも初めてでさらに俺の何かが強く揺さぶられた。
柚希の笑顔が可愛すぎて癒される……
これが見たかった。これを見るためならどんなに辛くても耐えられる。
どんなにイヤなことがあっても俺は間違ってないって確信できる。
しかし、だ。俺の姿を見た柚希は少し表情を曇らせてしまった。
「柊斗……学校で何かあったの? ちょっと疲れてそうな顔してる」
「えっ!? い、いや、なんでもないよ! 俺は元気いっぱいだ!」
「柊斗のことなら見ればだいたいわかるって言ったでしょ?」
「う……」
俺ウソつくの下手すぎだな。誰でもわかるくらい無理してるってバレバレだ。
「何か辛いことやイヤなことがあったなら、お姉さんに話してごらん」
「んー……それは……」
イヤなことと言っても、想定内のことが起きただけだからな。うん、周りの人たちみんな苺を推しててそれなのに苺をフったからこうなるのはわかりきってたわけで。
これが俺の日常だ。いつものことだ。別に話す必要はないだろう。
「当ててあげよっか。小雀さんのことじゃないの?」
「んんっ……!」
「あ、図星だ」
柚希は普段はアホキャラ設定にされてるけど、他のヒロインのことになるとすごく鋭い感じだ。
ヒロインレースの最下位を走らされていたからこそ、他のヒロインとの関係を敏感に察知できるのかな。
「小雀さんと婚約してて……柊斗の方から解消したって言ってたよね」
「あ、ああ」
「小雀さんすごく可愛くて人気があって権力も持ってるから、いろんな人から恨まれたりとかしてるんじゃないの?」
「…………ああ、まあ……」
すごいな、説明する必要が全然ない。言わなくても柚希は全部わかってくれてる。
柚希に迷惑かけたくないから、巻き込みたくないから、俺の周りがほとんど敵だということは言わないでおこうと思ったけどそこまでわかってくれてるなら否定のしようがない。
「……もしかしてそれって、私のせい……?」
「はぁ?」
柚希の言うことならなんでも全肯定したいところなんだが、今の発言だけははぁ? って返答しかできない。
「小雀さんじゃなくて私を選んでくれたのはすごく嬉しいんだけど……それで柊斗が大変な目に遭ってるんなら、私のせいなんじゃないかって……私より小雀さんと結ばれた方が柊斗は幸せなんじゃないかって思ったの」
「なんでだよ! 柚希、それは断じて違うぞ。いくら柚希が言うことでもそれだけは全否定してやる。
俺には柚希しかいないって言っただろうが。たとえ今すぐ死んだとしても、柚希を好きになってよかったって胸を張って言えるぞ!」
「……例えでも死ぬなんて言わないでよ……柊斗が死んだら私生きていけないよ」
「ごめん、でもそれくらいキミを愛しているってことだ。他の女とかありえねぇからマジで。
世界中の人間を敵に回したとしても、柚希がそばにいてくれれば俺は世界一幸せだから。
というわけで柚希は何も気にしなくていいんだぞ。柚希は俺を好きになってくれただけなんだから柚希のせいなわけねぇだろ」
「……うん……ありがとう柊斗。じゃあお疲れの柊斗のために私にできることをしないとね。おいで、柊斗」
「!」
柚希は両腕を広げて俺を受け入れるポーズをした。
これって……
柚希の胸の中に飛び込んでいいということか……!?




