想いを伝える
3分くらい休憩してたぶん落ち着いた。
「だからですね柚希さん、俺は転生者で……死んだらなぜか栗田柊斗になっていた者なんですよ」
「うん、そこは大丈夫。理解してる」
「本当に理解してますか……? 貴女の好きな人が別人だったんですよ? 不快な思いとかされてないんですか!?」
「ううん、別に……なんとなくわかってたし」
「え!?!?!?」
柚希に衝撃的な真実を告げたつもりだったのに、俺の方が衝撃でひっくり返りそうになった。
わかってた!? 俺の正体、知ってたのか!?
えっ、いや、なんで……どういうことだ!?
「落ち着いて柊斗くん」
「すいません今はどうしても落ち着けないです! 俺のこと、知ってたんですか!? なぜ……」
「いや知ってたっていうか……キミと初めて会ったあの日からなんとなく違和感を感じてて、なんか違うなぁ~、柊斗くんじゃない気がするなぁ、ってずっと思ってたから。
だからキミの話を聞いて、ああそういうことかぁ、って納得できたんだよ」
…………
あの日……俺が転生して初めて、柚希に会いに行った日のことだろう。あの日俺は柚希に会いたくてたまらなくて、急に家に押しかけた。
……あ、そういえば……初めて会ったあの日……
『今日の柊斗くん、なんだかいつもと様子が違うね』
って言われた。
栗田柊斗になりきったつもりで全然なりきれてないのは自分自身がハッキリと自覚していたが、初めて会った日の時点でほぼバレていたということだ。
しかし、最初からバレていたというのなら、やっぱり腑に落ちない。
「柚希さん……俺はわからないですよ。最初から俺が栗田柊斗じゃないとわかっていたのなら、なぜ今まで俺に優しくしてくれたんですか?」
「うーん……最初は困惑の気持ちもあったんだけど、キミと接しているとなんだか心が温かくなったというか、嬉しかったんだ」
俺と接していると嬉しかった……?
そう言われても全然ピンと来ない。柚希と接している俺は下心丸出しでただひたすらキモかっただけで、柚希に認められる要素なんて心当たりがない。
「私は前からずっと柊斗くんのことが好きで、ずっと柊斗くんにアタックしてきたのに、今までの柊斗くんは私のことをほとんど見てくれなかった。
でもキミは……いつだって私のことをまっすぐ見てくれた。いっぱい私に優しくしてくれた。私はキミのおかげでいっぱい救われたんだよ」
「俺が……?」
「そう、キミが。キミにとっては大したことないことかもしれないけど、それが私に大きく響いたこと、いっぱいあったんだよ?
たとえばさ、さりげなく私に上着を着せてくれたりとかしたじゃん。そういう小さなことがすごくドキドキしたんだ」
「……!!」
俺が柚希のためにしたこと、何一つ無駄じゃなかった。
柚希の方こそいつだって俺のことを見ててくれた。それを教えてくれるだけで、俺もどこまでも救われる。
「えっとね、それで……
私バカだから転生? とかよくわかんないし、前の柊斗くんがどうとか今の柊斗くんはどうなのかとか、考えたら頭がこんがらがっちゃうけど……
でも一つだけ、私の頭の中でハッキリしていることがある」
柚希は豊満な胸に手を当てて深呼吸をした。
そして迷いのない目をした。
「……私は、キミのことが好き」
「!!!!!!」
ヘタレな俺と違って、柚希はまっすぐに俺の目を見つめてハッキリ言った。
これは夢か……幻覚か……?
柚希が、ずっと想い続けてきた俺の推しが、柊斗じゃなく俺を好きだと言った。
いくらなんでもありえないだろ……柚希が俺を好きになってくれるなんてこと……
「自分なんかが私に好かれるわけないって考えてるでしょ?」
「な、なぜそれを……」
「キミのこと好きだから、だいたいのことは顔を見ればわかるよ」
「っ……」
顔を見ればわかるって言われて、俺はなんか恥ずかしくて片手で顔を掴むように覆った。
スッ……
「!」
スッ……と音もなくいつの間にか俺の目の前まで来ていた柚希。
近い……近い。すぐにキスできそうな距離。推しとのこの距離感に耐えられず心臓を射抜かれて叩き潰された。
「隠すことないじゃん。せっかくかっこいい顔してるのにもったいないよ?」
「……俺の顔じゃないですよこれは」
「柊斗くんの顔だよ」
「俺は……柊斗じゃないです」
俺は栗田柊斗になると決めて、ずっと自分は栗田柊斗だって暗示をかけ続けてきた。
しかし柚希の透き通るような純粋な瞳の前では俺の暗示など無意味で、化けの皮が剥がされ俺の醜い本性が露呈していく。
これでは、柊斗になるなんてできない。
「ううん、キミは柊斗くんだよ。私の好きな男の子」
「ッ!!!!!!」
それでも柚希は俺のことを柊斗だと言ってくれた。
俺が今まで悩んできたこと、柚希はすべて優しく包み込んでくれる。
「好きだよ、柊斗くん。大好き」
「~~~ッ……!!!!!!」
俺の顔面は熱すぎて沸騰しそうだった。
難聴や勘違いなど絶対に許さないとばかりに徹底的に愛の言葉を畳みかけてくる。美しく輝く瞳でまっすぐ見つめられて、視線を逸らすことなど許されない。心の中の俺が悶絶していても容赦はない。
柚希の愛が甘々すぎて砂糖を吐いて蕩けそうだ。
いや、蕩けている場合じゃない。柚希だけが自分の気持ちを伝えているというのは不公平だ。
俺も言うんだ。好きだって。ハッキリ言え。柚希の愛に応えるんだ。
「っ……お、俺……は……
……ッ」
言えない。この期に及んでまだ言えない。俺は本当にヘタレだな。ここで言わずにいつ言うんだってところなのに。
やっぱりこんな俺じゃ柚希と釣り合わないってまたしてもネガティブ思考が炸裂する。俺は本当にいつまで経っても成長しない……
「……まだ私の気持ちを疑ってるみたいな顔してるね」
「いや、そんなことは……」
「ちょうどよかった。言葉にするだけじゃまだまだ全然足りないって思ってたところなんだ」
足りない!? これで!?
いや十分すぎるんだが。これ以上何かされたら甘すぎて俺の血液がシロップになりそうなんだが―――
スッ
「!!!!!!」
俺の頬を優しく包むように柚希のしなやかな両手が触れる。
俺の顔が熱すぎて火傷するんじゃないかって心配になる。
しかし次の瞬間には、ついさっきまでゴチャゴチャと考えてきた余計なことがすべて真っ白に消え失せた。
―――チュッ
「―――」
柚希はキスをした。頬ではなく、唇に。
唇が重なる。柚希の柔らかい唇の感触が、確かにそこにある。俺の口にハッキリと伝わってくる。
あまりにも甘くて気持ちよくて、俺の脳が認識するのに時間がかかった。
認識したその瞬間にはもう、俺の顔面は沸騰して煮え滾っていた。
「~~~!!!!!!」
ずっと好きだった、ずっと応援し続けていた推し。
その推しと俺はキスをしている。
推しと会うだけで過呼吸になりそうなくらい限界オタクだった俺が、推しと口づけを交わすなんて……
俺は死ぬのか。好きすぎて無理。幸せすぎて無理。俺の心の中にいる俺は全員悶え死にしていた。
ソフトなキスだけど、ぷるんと潤った柔らかい彼女の唇をほんの少し押しつけただけの軽いキスだったけど。
それだけで俺の心は柚希の愛で緊縛されてブルブルと痙攣させられた。何よりも優しいのに何よりも熱く激しいのが柚希の愛だ。
スッ
柚希は唇を離す。ジッとこっちを見つめる。
柔らかそうなほっぺたを真っ赤に染めて、上目遣いで、すごく恥ずかしそうにしているけど視線を逸らさずにまっすぐに見つめてくる。
「ね……どうかな? これで今度こそ私の気持ち、わかってもらえたかな?」
「……ッ……!!!!!!」
俺は本当にダメだな。本当に情けない。
俺は何も言えず何もできず、愛の言葉も行動も柚希から与えてもらってばかりで……
俺の方からキスをしたかった。
俺の方から愛の言葉を投げたかった。
とにかくヘタレで自分から何もできなかった俺は、キスまでしてもらってやっとスイッチが入った。今度こそ二度と消えない火を着火した。
柚希の後頭部にそっと手を添えてゆっくり引き寄せて、今度は俺の方から柚希の唇を奪った。
全然うまくできてないし余裕も一切ない情けないキスだが、さっきよりも深く重ね合わせた。
緊張しすぎて興奮しすぎて全身がガタガタと震えてきた。かっこ悪すぎる……
震えながらも俺は絶対に止まらない。キスを交わしたあと柚希の身体をギュッと抱きしめた。
「俺も、柚希さんのことが好きです」
「……!! 柊斗くん……」
「こんな俺でよければ、結婚を前提に付き合ってください」
「……っ……わ……私で、いいの……? 柊斗くんの周りには私よりも魅力的な女の子がいっぱいいるのに……」
「柚希さんがいいんです。他の女の子と迷ったことなんか一度もないです。俺には柚希さんしか見えません」
「……嬉しい……ありがとう……っ……な、なんでこんなに泣いてるんだろ私……柊斗くんが私を選んでくれるなんて夢にも思わなかったから……」
柚希の美しい瞳から大粒の涙が零れ落ちていく。
なんて美しいんだ。いくらでも涙で俺を濡らしてほしいと願いながら俺は彼女を優しく強く抱きしめ続けた。
お色気要員で、最初から負けることが決まっていた負けヒロイン、それが柚希。
負けるのがわかっていながら健気にアタックを続けて頑張ってきた彼女を俺はちゃんとずっと見てきた。たまらなく愛おしい。
原作では最後まで報われなかった彼女。原作で負けた分も、この世界では俺が愛して幸せにする。




