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お色気要員の負けヒロインを何としても幸せにする話  作者: 湯島二雨
第9章…推しの家に住む

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山で修業する

 『柚希が好き』

『婚約を解消する』

『もう苺の家には戻らない』

ちゃんとこれらを言ったにも関わらず未だに苺ルートは折れていない。

フラグを折るためにはさらにダメ押しするしかなかった。



「なぁ、苺」


「な、何よ……」



「お前、俺のこと好きだろ?」



ごめん、今の苺では絶対に認めないだろうけど素直になってくれるまで待ってる時間はないんだ。

俺は今この場で、無理やり強引に苺をフる。



「―――なっ!?!?!?」



苺は顔を真っ赤にした。人気1位のメインヒロインなだけあってガチの可愛さだが、可愛いからこそ俺の心はズキズキと痛い。

でも仕方ない。『柚希が好き』って伝えたのに、婚約解消したのに、それでも苺ルートは折れなかったから確実に折るためにはこうするしかなかった。

キープは絶対にしないしこれ以上先延ばしにしたくない。苺のためにも今度こそキッチリと決着をつける。



「なっ、何を言ってんのあんたバッカじゃないの!? なんであたしがあんたのことなんか好」

「ごめん。俺は柚希さんが好きだからキミとは付き合えない。本当にごめん。さようなら苺」



苺の言葉を遮り、強引に話を終了させた。

それだけ言って俺は苺に背中を向け、二度と振り返らずにさっさと学校から出ていく。できれば1秒でも早くここから消えてなくなりたい。できることなら瞬間移動したい。

苺の声が聞こえてくるが、耳に入れないようにした。


苺ルートへのフラグを、脳筋の爆速で今度こそ完全にへし折った。




 はぁ……しんどい。

今ならハーレムがいいって言う人の気持ちもわかる。原作で柚希が負けて辛かったことを思い出し、気持ちがズーンと落ち込む。


この世界の神様はたぶん苺推しだったな。怒らせただろうか? ブチギレて雷を落とされて死ぬかもしれないな。

たとえそうなったとしても俺は後悔しない。後悔はしないが、ズキズキと痛む心はしばらく癒えそうにない。


これでいいんだ。仕方ないんだ。

フるしかなかったんだ。そう言い聞かせて俯く。


まさかこの俺が()()()()人間になるとはな……信じられない。

全くモテないどころか女友達も1人もいなかった前世との温度差が激しすぎてなんかこう、慣れない。ムズムズする。混乱が隠せない。

罪悪感と混乱と不安で俺の中身はグチャグチャだ。



こういう時は家でのんびりと身体を休めたい……

……いや、家ねぇんだよ俺。


当たり前だけど家って大事だよな……最近家なしで生きている俺はそれを骨の髄まで痛感する。

いいかげん家をなんとかしなければ。しかしアパートとか借りるにしても親に勘当されてりゃ手続きとかいろいろ厳しいし……

うーん……




 ふん、家がなければ作ればいいだろ。

ちょっと遠くに山があって、そこで草とか小さな木とかで家のようなものを作った。


まるで秘密基地のようだ。ロマンがあってちょっとテンション上がる。

ずっと住むのは厳しいが、少しの間ならなんとかなるだろう。



よし、山に来たのは家を作るためだけではない。

俺、山に籠もって修業をしようと思っている。


転生してから今のところ俺は柚希の前でいいところを見せることはできている。

草野球で活躍したり、勉強の手助けをしたり、ライオンを誘導したり。


()()()()()()うまくいっている。

しかしだからこそ、慢心してはいけないのだ。


これから先もうまくいく保証なんてない。ライオンの件とかマジでたまたまだからな。たまたまライオンが俺のような不快に感じる人間を相手にしない性格だったから助かったけど、ライオンの性格次第では殺されてたかもしれないんだ。


柚希にふさわしい男になるために、ライオンにも勝てる男になりたい。もっと強くなりたい。

いやさすがにライオンに勝つのは無理か。しかしそれくらいの気持ちでいけということだ。


それに親に勘当され実家を完全に敵に回してしまった。俺はお尋ね者になるかもしれない。だから鍛える価値はある。



まず運動したら頭痛がするのを克服したい。

これはそういう仕様でどうしようもないのかもしれないが、やるだけやってみようと思う。


さあ修業を始めるぞ。

ん、なんだ。なんか足元に気配が……



もぞもぞ


ぎゃああああああ毛虫だああああああ。



俺の足元に毛虫が蠢いていて俺の靴に当たりそうになってて俺は飛び跳ねてビビった。

できる限り毛虫から遠ざかったが、今度は目の前に羽虫がぶんぶんと飛び交っていたので断末魔の叫びを上げながら腕で全力で振り払った。


……落ち着け俺、情けない……ここは山だ。森の中だ。普通に考えて虫くらいいるだろう。

俺は前世からずっと虫が苦手だ。転生した今でも背筋がゾッとするくらい苦手だ。


俺、動物には嫌われて避けられているのに、虫は普通に寄ってくるんかい、最悪すぎるだろ。

全自動で虫除け状態になってるかもしれないと思ってたのに、その希望はあっけなく打ち砕かれた。まあそんな都合よくはいかないか。


ついでにこの修業で虫嫌いも克服したいよ。こっちはかなりハードル高いけど。




 それからしばらく山で修業を続けた。学校の時以外はほとんど山に籠もって修業した。

虫嫌いも克服とまではいかなくても、ちょっとだけ慣れた。山で生活してみると日常が虫だったからイヤでも慣れざるを得なかったのだ。虫がメチャクチャ怖くて逃げ出したいと何度も思ったけど強くなりたい一心でなんとか耐えた。


ある日、すごく天気が悪かった。

台風が近づいているようだ。雨と風が強くなっていた。


今日は修業は控えた方がいいかなと思い、秘密基地もとい家に避難しようと思った……が。



「あーーーっ!?!?!?」


草や木を積み上げて頑張って作った家が、強風で無残にも破壊されていた。

悪天候を考慮してなかった。そして傘も持ってない。さすがにバカすぎる。


俺はまたしても家を失った。しかしショックを受けているヒマはなかった。



ブオン!!


「わーっ!?!?!?」



あ、危なかった。まさかの丸太が飛んできて間一髪で避けた。

そこまで風が強いのかよ。いくらなんでも限度ってもんがあるだろ。


さらに土がぬかるんで土砂崩れが起きそうになっていた。

山は危険すぎる。逃げなければ。俺は急いで山から逃げた。


山から逃げればそれはそれで大雨が俺を襲う。山では木がたくさんあってそれが傘代わりになっていたがここはそうはいかない。あっという間にずぶ濡れになっていった。


繁華街に来て、どこかに避難しようと思って走った。



ぐぅ~……


あ、腹が減って力が出ない……

山で修業中ロクなもん食ってなかった。ちょっと気が抜けただけで、俺は倒れ込んでしまった。


立ち上がる気力もなくてうつ伏せで大雨に打たれ続ける。せめて雨宿りできる場所で倒れろよとは思うがどうせ完全にびしょ濡れだしちょっと移動するのもめんどくさい。



『ホントにバカじゃないのあんた……あたしの家に住んでればそんなことにならずに済んだものを……』


苺に言われた言葉を思い出す。本当にその通りだと思う。

一体何やってんだろうなぁ俺は……


いいとこのお坊ちゃんで、なおかつ美少女と同居という超おいしい境遇に転生させてもらって、自分からそのすべてを捨てた。

すべて自分の意志でやった。すべて自己責任。決して不幸じゃない、自業自得なだけ。同情する人なんていない。


さすがに死にはしないだろうが、風邪くらいはひくだろうな……また家もないし本当にこれからどうするかな……



―――……


雨の感触がなくなった。上を見ると、傘が俺の上に差されている。



「柊斗くん……?」


「柚希さん……」



傘を差した柚希が、雨から俺を守ってくれていた。


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