柚希が好きなだけなのに
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柚希とのデート、神すぎた。
もうこれからずっと柚希とイチャラブしていたい。
ヒロインは柚希1人だけでいい。最近ヒロイン1人のラブコメが流行ってるじゃないか、ああいうのでいい。
この漫画のタイトルを『可愛すぎる柚希ちゃん』みたいな感じに変更できないだろうか。柚希とイチャラブ以外のことなんてめんどくさい。
しかし、残念ながらこの漫画のヒロインは4人だ。柚希が大勝利をするにしても、やらなければならないことがたくさんある。
学校が終わって帰ろうとした時のことだった。
校門の前に高級車。見たことある。苺が乗ってた車だ。
俺を監視していた執事もいた。苺を迎えに来たのだろう。
それだけならまだいい。しかし車は1台ではない。何台も来ていて、小雀家の使用人たちや栗田家の使用人がゾロゾロ集まり、何やら揉めていた。
まあ、十中八九俺が原因だろう。
苺と婚約破棄し柚希を選んだことを執事に言ったからおそらくみんなに広まったはずだ。
俺のせいで小雀家と栗田家の関係は悪くなった。後悔はしてないが、全く気にしないというわけにもいかない。
俺は校門から少し距離を置いて木の陰に隠れて様子を見ることにした。
「柊斗ー!!!!!! 柊斗はまだか!! もうとっくに学校は終わってるはずだ!! 早く来い柊斗!!」
…………怒号が聞こえる。周りの生徒が怖がって近づかないほどの大きな声。
俺の名前を呼んでいる。知っている声。これは俺の、柊斗の父親の声だ。
「おのれ柊斗……!! 苺ちゃんというものがありながら他の女に手を出すとは!! あのバカ息子、絶対に許さん!!」
俺が柚希を選んだことを知って激怒してるのか。そりゃそうか、俺が政略結婚を台無しにしたんだからな。
「苺ちゃんを傷つけるとは、栗田家の恥晒しめ!! よくもこの私の顔に泥を塗ってくれたな……あのバカは徹底的にとっちめてやらないと気が済まん!
あんなバカは、勘当だ!!」
…………
勘当、ねぇ……
……俺は、柚希が好きなだけなのに。
それだけのことでこんなにも悪者扱いを受ける。
苺が中心の世界というのは、そういうことか。苺を選ばない男に人権なんてないんだ。
いやもちろん俺が悪いのはわかっているが……
柊斗と苺が結ばれる運命だったはずなのに急に別人が転生して急に他の女の子がいいんだ! とか言っても周りの人たちは『知るかボケ!』となるのは当然なんだ。
それはわかっているが……どうしても憤りを感じずにはいられない。
なんで……なんで柚希じゃダメなんだ……!!
…………まあいいか。
俺もともとあんたの息子じゃねぇし。俺はロクに家族に愛されたこともないし、勘当とか言われても全然ピンとこない。
柚希を認めてくれない存在とかこっちから願い下げだし、できれば消えてほしい。
どうせ勘当されるんなら栗田家や小雀家がどうなろうと気にする必要はない。
どうせ苺ルートに行ったってそれはそれで苺の父親と衝突するめんどくせぇイベントをこなさなきゃならねぇから苦労することに変わりはない。
うん、問題ないな。俺はたった今から『栗田』の名前を捨てる!
「柊斗はまだ来ないのか!? 校門から出る生徒を1人たりとも見逃すな!! 必ず柊斗をとっ捕まえてやる!!」
「はいっ!!」
使用人10人くらい連れて、校門で俺を待ち伏せして捕まえようとしているらしいが……
ハッ、バカが。この学校には裏口もあるからそっちを通るだけだ。
バーカバーカ! 一生校門で見張っとけ。
俺は反対方向の裏口へ向かう。
「柊斗」
「……苺……」
裏口には苺が待ち構えていた。
俺の行動を読んで先回りしていたのだろうか。
「……どうしたこんなところで。向こうの校門で執事が迎えに来てるぞ、早く行ってやれよ」
「ちょっとくらい待たせたって問題ないわ。それよりあんた、あたしとの婚約を破棄して武岡さんを狙ってるってことが家の者すべてにバレちゃったわよ」
「ああ知ってる。お前んトコの執事に俺が直接話した」
「田中に?」
あの執事田中っていうのか。ありきたりな名前すぎて覚えられん。
「ていうかそれ以前にお前にもちゃんと言っただろうが。黙っててくれと言った覚えはねぇぞ、なんで誰にも言わなかったんだよ」
「はぁ……!? あんたにフられたなんて恥ずかしくて言えるわけないでしょ!?
なんでこのあたしがあんたなんかに……屈辱よ……! プライドが傷つくわ……!!」
「……ああ、俺がお前を傷つけたのは事実だ。だから俺をぶん殴っても構わない」
「……別にあんたを殴ったって何もスッキリしないわよ……! そういうところもムカつくのよ……!!」
ギロリと睨まれたが、憎しみのような感情は伝わってこない。それが逆に俺に圧力をかけた。
苺に嫌われればそれが一番丸く収まると思っていたが、そうはならなかった。ラブコメの主人公はヒロインに嫌われることはない、そういう仕様なんだ。
ヒロイン全員主人公に惚れてる前提でハーレムやキープをやらずに柚希を選ぶということは、苺に負けヒロインになってもらうということだ。勝つはずだったのに俺のせいで負けるということだ。俺が主人公になった世界で一番損な役回りをさせられるんだ。
それが罪悪感となって重くのしかかって、ボコボコに殴られた方が楽なのに、と考えてしまう。
「……とにかく、お前がちゃんと言わなかったからお前の執事にずっとつきまとわれて大迷惑だったんだよ」
「ストーカーされてたの? あたし、田中にそこまでしろと言った覚えはないんだけど……でも田中は完璧主義だからちょっとやりすぎちゃったのかもね。田中にはあたしの方からちゃんと言っておくから。ごめんなさいね」
やりすぎにしても本当に度が過ぎてたからなあの執事。
小便してる時にまで悪霊みたいにくっついてきやがったからな。
苺と対面してる今だって危険だ。苺が今の状況を連絡したらすぐに校門にいる連中がすっ飛んでくるかもしれない。
俺が不安そうに苺を見ると、察してくれたのか苺はフッと微笑した。
「ああ、安心して。あたしはあんたを捕まえるつもりはないから。あんたが裏口から逃げようとしてることも執事にチクったりしない」
「それを聞いて安心したよ。じゃあ、俺もう行くから」
俺は帰ろうとする。
「いやちょっと待ちなさい」
しかし苺に呼び止められた。
「え? なんだ?」
早く逃げたいんだが。親父たちもさすがに校内には入ってこないとは思うが、念のため一刻も早く学校から逃げたいので焦る。
「あんた、ウチを出ていってからだいぶ経つけど、今どこに住んでるの?」
「……どこでもいいだろ、俺の勝手だ」
未だに家がないなんて言えない。言えるわけがない。
誰にも言えない……柚希にも。特に柚希には知られたくない。
「あんたちょっとやつれてない? 制服もなんかヨレヨレだし。ちゃんとした生活できてるのかしら?」
「……う……」
俺は何も言い返せない。
苺は柊斗と一緒に暮らしてきた。さらに同じクラス。誰よりも柊斗の近くにいた女の子。だから柊斗のわずかな変化も見逃さない。
さすがに柚希とデートの日は徹底的に気合い入れて見た目を整えていたが、それ以外は至極悲惨な状態の俺は、体力的にも精神的にも健康的にも劣化していた。
「ホントにバカじゃないのあんた……あたしの家に住んでればそんなことにならずに済んだものを……」
「ああ、そうだな。でも俺の勝手だ、ほっといてくれ」
「何よ! 別にあんたの心配してるわけじゃないんだからね!? あんたがどんな生活してようが、あんたが今後どんな末路を迎えようが知ったことじゃないんだから!!」
「あー、はいはい。じゃあもういいだろ。じゃあな」
「待ちなさい」
「なんでだよ!? 俺を捕まえるわけでもない、俺を心配してるわけでもない、じゃあお前は何のために俺を呼び止めてるんだ!? 一体何の用だ!?」
「何よ……用がないとあんたと話しちゃいけないって言うの……?」
なんでちょっとデレてるんだ。頼むからデレるな。キレろ。来るなら俺を殺すつもりで来てくれ。
すごく申し訳なくて困る。できる限り苺とはもう会いたくない。でも学校があるし同じクラスだから全く会わないというわけにはいかない。だったらせめて、できる限り関わりを最小限にしたいとずっと思って行動してきた。
でも苺は今でも普通に話しかけてくる。学校に来る度に何度でも、何事もなかったかのように。
「ああ、ダメだね。俺は柚希さんが好きで、もうお前の家には戻らない。それ以上お前と話すことはない」
「あたしだって、あんたのことなんか大嫌いよ……! た、ただ、あんたは仮にも婚約者だったんだから、あんたに何かあったりしたら、心配はしてないんだけどあまり気分がよくないというか、その……」
苺は俺と目を合わせず、俯いたままハッキリしないことを言い続ける。
素直になれないツンデレヒロイン。そんな彼女の可愛さを引き出しながら愛の物語を進めていくのが本来のラブコメ主人公の役割。
しかし俺は空気の読めない逆張り主人公。
申し訳ないがツンデレムーブにいちいち付き合ってられない。このまま苺のペースに合わせてたら関係が終わったのか終わってないのかハッキリしない中途半端な状態がいつまでも続く。この悪循環な流れをぶった切る。




