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お色気要員の負けヒロインを何としても幸せにする話  作者: 湯島二雨
第8章…推しとデート

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31/79

柚希とデート①




―――




 なんとか執事から逃げ切った。メチャクチャしつこかった。

ズキズキと痛む頭を抱え、もうこれ以上は走れない。体力を使い果たして立っていることすらしんどい。


泊まるところどうするんだ……ネカフェはダメっぽいし。

ああ、宿を考えるのもめんどくせぇ。もう今晩は野宿でいいや。


負け犬人生な前世でも野宿したことはなかったな……それなりに裕福な家出身のお坊ちゃんって設定でメインヒロインの婚約者として同居していた俺が、自分で望んだこととはいえ野宿になるとはな。

執事から逃げすぎていつの間にかとなりの駅まで来ちまってた。その駅の近くでホームレスみたいに寝る。


まあどんな状況でも柚希がいれば辛くなんてない。これでも柚希とのデートが楽しみすぎて幸せなんだ。とてもそうには見えねぇだろ。




―――




 結局デート当日まで野宿で生活した。

野宿なんか一晩だけのつもりだったんだが意外と慣れちゃって泊まれる場所を探すのもめんどくさくて野宿を続けてしまった。怠惰の極み。


そして今日、いよいよ柚希とデートの日だ。天気はどんよりとした曇り空だが、俺の心は快晴そのもの。


おっと、野宿してたけど決して不潔だったり臭かったりはしないぞ。近くのネカフェでシャワーを借りて服屋で服もちゃんと買って身だしなみはしっかりしたぞ。金はそこそこあるんだから家がなくてもどうにでもなる。

好きな女の子とデートなんだからベストを尽くすに決まってるだろ。常識だ常識。




 事前に何度も柚希とスマホでやりとりをして、デートの場所は動物園に決まった。

柚希の家から一番近い駅で待ち合わせをする。



ずっと執事にマークされてた俺だけど、今日はどうなんだろうか……周りを見渡してみるが、一応今のところはそれらしき気配はない。

まあ、お嬢様の婚約者をやってたような男が現在ホームレスみてぇな生活してるなんて夢にも思わないだろうし、今の俺の状況を知ってるとしたら何もしてこないってのは考えにくい。だから今はたぶん大丈夫なんじゃねぇかな。


ていうか監視があったとしてももうどうでもいいな。俺は柚希が好きだし柚希とデートすることも別に隠す気はねぇし、監視したけりゃ勝手にしろ。苺にチクりたきゃ勝手にチクれって感じだな。何があってもデートの邪魔だけは絶対にさせない、それだけだ。



待ち合わせ時間は9時なんだが、俺は8時にはすでに到着していた。

どうせ野宿だしドキドキ緊張してるしであまり寝られなかったし、楽しみすぎて落ち着かないから超早起きしてバッチリ準備して来たのだ。

死んでも遅刻するわけにはいかないからな。1秒たりとも柚希を待たせるわけにはいかないのだ。


でも1時間前はさすがに早すぎだな、どうするか。

9時までは柚希来ないだろうし、わざわざ1時間も待ち時間作る俺バカすぎじゃなかろうか。どっかで暇つぶしする気にもならんし。

まあいい、柚希を待つのはちっとも苦じゃないから問題ないけどな。

9時まであと55分だ、楽しみだなぁ。



「柊斗くんっ」


「わっ! 柚希さん!?」



柚希が来るまでじっくり待とうと思っていたらもうすでに目の前に柚希がいて飛び跳ねてしまった。



「どうしたんですか柚希さん……!? 約束の時間までまだまだありますよ」


「柊斗くんを待たせたくなかったから絶対に遅刻したくなかったの。それですごく早く来ちゃった」


「そ、そうなんですか……」


「柊斗くんの方こそ、すごく早く来てくれたんだね」


「……その……俺も同じこと考えてました」


「そうなんだ、柊斗くんも同じこと考えてたんだ」


「はいそうです」


「私たち同じだね」


「はい、同じです」


「ふふふっ」


「はははっ」



俺たちは2人して1時間も早く来てお互いに笑い合った。

そうだ、これだ。柚希の笑顔。これだけで俺はどんな逆境でも折れずに戦える。クソ親父とか土方のおっさんとか執事とか、速やかに脳内から消去された。

今日だけはめんどくさいことすべて忘れたい。柚希だけに集中する。



「柚希さん……今日はものすごく可愛いですね」


「えっ……?」


「あっ……! 今日()じゃなくていつもものすごく可愛いんですけど! 今日は特に一段とステキです! 似合ってます! 似合いすぎです!」


「あ……ありがとう……今日はデートだし、いつも以上に気合い入れてオシャレしたけど……わかってくれるんだね」



わかるに決まってる。柚希に関することならどんなに小さな変化でも見逃さない。誰よりもキミのことをずっと見てきたんだから。


服装も超可愛いし、メイクも完璧に施されてて可愛い。

潤った艶かしい唇を見てドキッと心臓が強く高鳴る。

完璧に手入れされた艶やかな爪も、細くてしなやかな指も、俺のすべてを煽る。


いい女というのは、どこを見ても股間にグッと来るから困る。



「柊斗くんに褒めてもらいたくてオシャレしたんだけど、期待通り……いや期待以上に柊斗くんは褒めてくれたけど、それはそれでなんかすごく照れちゃうな……」


頬を真っ赤に染める。少し視線を逸らす。

柚希の動作一つ一つが俺の心臓にクリティカルヒットして悶える。


なんでこんな可愛いんだ。

今日のデート、こんなんで大丈夫なんだろうか。すでに心臓が瀕死だぞ。



「と、とにかく、早く行こっ柊斗くん!」


「は、はいっ!」



ぎゅっ


「!!!!!!」



「今日はずっと、手を繋いで歩きたい。ダメかな……?」


「ダメじゃないです! 俺もずっと手を繋いでいたいです!!」


「ありがとう」



柚希の柔らかな手の感触、彼女の笑顔が、俺の心臓にトドメを刺した。




―――




 動物園に到着した。

しかし、まだ開いてなかった。開園時間は9時だ。まだほとんど人は来てなくて静かなものだった。


だから待ち合わせ時間を9時にしたのに、2人揃ってバカだった。



「あはは、開園するまで待つしかないね」


「そうですね」



柚希と一緒なら待つのも全然苦ではなく、あっという間に開園時間がやってきた。



「じゃあ行こっか」


「はい」



開園と同時に、俺たちは動物園の門をくぐった。

開園直後から閉園ギリギリまで、できる限りデートの時間を長くしたい。1秒でも長く柚希とデートを楽しみたい。


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