好きな人は一人占めしたい
桃香は豹変してヤンデレ化した。俺は恐怖した。柚希の前なのでできる限り平静を装ったがそれでもビビりまくっていた。
一方、柚希は桃香の話を聞いてものすごく真剣な表情をしていた。
「……なるほど……木虎さんは好きな人を一人占めしたい、他の女の子に取られるくらいなら殺してしまいたい、そのくらい好きの感情が強いってことだね」
「はい!」
普段は弱々しい話し方をする桃香が、今この瞬間は力強く返事した。
「うん、好きな男の子を一人占めしたいというのは私も激しく同意する。
私も好きな男の子は私だけのものじゃなきゃイヤ。こんなにも好きなのに他の女の子に取られたらすごくムカつくという気持ちも痛いくらいよくわかる」
柚希の愛の強さに俺は一撃でノックアウトされた。
心臓の鼓動が激しすぎてしばらくは鎮めることができない。
「でも、何があろうと好きな人には幸せになってほしいな、私は。
絶対に私が一番彼を愛してるって信じてるけど、それでも彼は他の女の子を選んだとする……
そしたら私自身の気持ちとしては絶対に受け入れられないし祝福なんて絶対できないけど、それでも私は彼の幸せを心から願うよ」
柚希……
俺は柚希を今ここで抱きしめたい衝動に駆られた。
俺は死んでも柚希を選ぶぞ……他の女なんて選ばないぞ。
柚希の幸せが俺の幸せだ。柚希が幸せじゃないとイヤだ。柚希の幸せなくして俺の幸せなんてありえない。柚希が幸せじゃない世界なんて価値ないし意味ない。
いや落ち着け。俺はいつもこう、柚希のことになると脳内大暴走する。もっと冷静にならないと柚希にふさわしい男になれんぞ。
「木虎さん、キミの気持ちもすごいと思う。だけど私だって、好きの感情の強さなら誰にも負けない」
「……武岡さん……」
「あ、ごめん。つい熱くなっちゃった。小説おもしろかったよ、読ませてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ……読んでいただいてありがとうございます」
柚希は桃香に小説を返し、桃香はペコリと頭を下げて去っていった。
俺と柚希の2人っきりに戻った。
「ごめんね柊斗くん。ちゃんと勉強再開するから」
「…………」
「柊斗くん……?」
好きの感情の強さ、か……
俺だって柚希を好きな気持ちは誰にも負けない。こんな何のとりえもない俺でも推しへの愛は誰にも負けない。
俺だって柚希を一人占めしたい。誰にも渡すものか。俺は柚希にすべてを捧げる。だから柚希のすべてが俺のものだ。
「柚希さんっ!」
「は、はいっ!?」
「あとちょっとです! テストの後に絶対笑うためにも、もうちょっとだけ勉強頑張りましょう!!」
「う、うん……すごく気合い入れてくれてるのは嬉しいけど、ちょっと声が大きいよ柊斗くん……」
「ハッ……!」
そういえばここ図書館だった。
周りの人たちにちょっと睨まれて俺は縮こまった。静かにしろ静かに……
柚希への熱い想いは今だけは心の中にしまっておいて、静かに落ち着いて勉強指導に励んだ。
―――
そして柚希のテストが終わった。
柚希の単位はどうなっただろうか。気になりすぎて自分の授業に集中できない。
柚希から連絡が来たので待ち合わせた。
待ち合わせ場所は柚希の家の近所の公園。今は誰もいなくて2人っきりの貸切状態だ。
「柚希さんっ!」
「柊斗くんっ!」
俺たちは会った。
テストの結果はどうなったのか、緊張して心臓がバクバクしている。
「柚希さん……テストはどうでしたか……!?」
「うん……実はね……」
「…………」
「…………」
おい、めっちゃ引っ張るじゃん。なんだこの間。
焦らされまくって膝がガクガクして震えてきたぞ。
「じゃーん! 見て!!」
「!」
柚希は1枚の紙を見せてきた。それは成績表。
「テストギリギリ合格! 単位も無事に取れました!」
「うおおお、やりましたね柚希さん! おめでとうございます!!」
俺は柚希とハイタッチした。
パァン! といういい音が鳴り響く。
「柊斗くんのおかげだよ! 本当にありがとう!!」
「いえ、柚希さんが頑張ったからですよ!」
「ううん、柊斗くんがわかりやすく教えてくれたおかげ! これが一番の勝因!!」
「いえ、一番の勝因は柚希さんの努力ですよ!」
「柊斗くんがいてくれたから頑張れたの! 柊斗くんがいなかったら単位取れなかった!」
「……俺……少しでも貢献できたんでしょうか……」
「だから柊斗くんのおかげだって言ってるじゃん! 少しどころかいっぱいいっぱい貢献したよ!」
そうか……この成績表……俺が貢献できた証明なんだ……
柚希はいっぱいいっぱい貢献したって言ってくれた。俺の脳内なんてほとんどおっぱいおっぱいなのに。こんな下劣で醜い俺でも確かに役に立てた。
柚希に必要とされて、俺は初めて報われた気がする。
「柊斗くんっ……!」
むぎゅっ
「ッ!!!!!!」
飛びつくように、柚希が俺に抱きつく。
柔らかい感触といい匂いが俺の細胞と神経を狂わせて麻痺させた。
チュッ
「~~~ッ!!!!!!」
そして俺の頬に柔らかい唇の感触が。
畳みかけるように柚希は俺が狂喜することをしてくる。
「ゆ、柚希さんっ……!?」
「柊斗くんのおかげで単位取れたんだよ? このくらい当然だよ」
「ッ……! 俺……さ、最高です……!!」
「そう? よかった」
お礼にご褒美をくれたのか。柚希はこのくらい当然と言うが、俺は神がいるなら今すぐ平伏したいくらい感激している。
「さて、柊斗くんにちゃんとお礼をしないとね」
「えっ!? 今のがお礼じゃないんですか!?」
「ほっぺにチューくらいじゃ足りないでしょ。もっとちゃんとしたお礼をしなきゃ」
ほっぺにチューくらいだと……!?
いくら柚希でもそれは聞き捨てならないな。
女の子にキスしてもらえるなんて、前世じゃいくら手を伸ばしても届かない、夢のまた夢、はるか雲の上の神聖な行為なんだぞ。俺にとってほっぺにチューはエベレストよりハードルが高いんだぞ!!
「何を言いますか! 十分すぎますよ!! 身に有り余る至福ですよ!!」
「ダメダメ、これじゃ私の気が済まないから。お礼、何がいい? 遠慮せずになんでも言ってごらん」
「な……なんでも……!?」
「そう、なんでも」
なんでも……なんでも……
柚希が……どんな願いも叶えてくれるのか……!? そんなに幸せでいいのか……いくらラブコメ主人公でも恵まれすぎだろう。幸せの供給過多すぎてバチが当たるんじゃないかって思うほどだ。
なんでもしてくれるって言われて、俺の脳内は一気にピンクになる。
柚希にやってもらいたいこと、あまりにも多すぎて脳がパンクして処理できない。
IQが激減して揉みたいとか挟まれたいとか、そんなことばかり思い浮かぶ。
いや、ダメだダメだ。この漫画はエロ漫画じゃねぇ。柚希はエロだけの女じゃねぇ!!
エロはまだなしだなし!! あくまでもまだだけどな。
エロ死ぬほどやりたいけどまだ早すぎる。エロをやるのは柚希が俺に惚れてからだ。
今はド健全な青春ラブコメをやりたい!!
「……それではお言葉に甘えて、俺……柚希さんとデートがしたいです!」
「デート? そんなことでいいの?」
そんなこととはなんだ! キスといいデートといい、自分の価値を過小評価しすぎだろう柚希!
デートで『そんなこと』とか言うなら何だったら大したことあるお礼になるんだ? これ以上は健全じゃなくなるぞ。
「柚希さん! 男にとってデートは人生をかける価値がある大切なものですよ!」
「あ、いや、デートが大したことないとかそういう意味じゃなくて、私なんかがデートの相手でいいの?」
今度は私なんかとか言ってるよ。だから自己評価低すぎだっての。好きの感情の強さは誰にも負けないって言ってたのになんでだよ。
でも、このラブコメ世界でお色気要員としての役割しか与えられてないから、自己評価低いのも仕方ないのか。
ここは俺の出番だな。俺の推しは宇宙一だってことをわからせてやる。褒めまくって持ち上げまくって、イヤでも自己評価を上げてやる。
二度と私なんかなんて言わせない。
「いいに決まってるじゃないですか! 俺は柚希さんとデートしたいんです!!」
「わかった、じゃあ次の休日ってことで。細かいことはあとで連絡するね。柊斗くんとのデート、楽しみだなぁ!」
柚希とデートの約束をすることに成功した。
前世を合わせても人生で最も楽しみな大イベントがやってくる。




