サッカーの試合をする
今日は体育の授業がある。
俺は体育が大嫌いだ。前世の忌々しい記憶が蘇って吐き気がする。
前世の俺は、とにかく運動神経がカスだった。
小学生の頃からずっと、何をやってもダントツビリだった。跳び箱も全然飛べないし鉄棒の逆上がりも全然できないし、女子に笑われたこともあった。
逆上がりができない奴はダサいみたいな空気があったのがすげぇキツかった。逆上がりできないまま社会人になったけど別に何も問題なかったぞ。何が逆上がりだクソが。
まあいい、この学校には鉄棒はないからこの世界で逆上がりのトラウマを掘り起こされることはない。ざまあみろ鉄棒。
で、今日の体育の授業は何をやるかというと、サッカーをやるようだ。
サッカーか……サッカーもいい思い出一切ねぇな。俺下手くそだから全然パスしてもらえなくて試合中もほとんどポツンと突っ立ってるだけだったわ。完全にハブられてて俺はいないも同然の扱いをされてた。くっ、思い出したら胸糞悪くなってきた。
ちくしょう、柚希がいれば少しは頑張ろうという気にもなれるんだが……残念ながらここにいるわけないし。苺とも気まずい感じだしすげぇ憂鬱だ。ああイヤだイヤだ、学校早く終わんねぇかな……
柚希派の俺は学校イベント気が乗らねぇんだよ。ああ、柚希と一緒にキャンパスライフ送りたい……柚希は女子大だからそれは不可能だけど、不可能だからこそ欲求が強くなってしまう。
俺のクラスの男子はグラウンドに集合した。
体育教師はまだ来てない。来るまで待機ということか。
「おい柊斗、見てみろよ」
「ん? ああ……」
善郎が体育館の中を指さしたので、俺も中を見てみる。
そこでは女子がバレーボールをやっていた。
梨乃もいた。梨乃のクラスの女子たちがバレーボールの授業中のようだ。
梨乃はバレーボールも得意のようで試合で大活躍していた。
「いやー、体操服の女子たちがスポーツしてるよ。目の保養になるなぁ。特に梨乃ちゃんがすげぇ可愛い」
善郎は完全にエロ目当てで見ている。気持ちはよくわかるが。
「おおっ、梨乃ちゃんがジャンプして、梨乃ちゃんの胸が揺れたぞ! 今の見たか柊斗!」
俺は慌てて目を逸らした。
俺は柚希一筋だ。他の女の子を性的な目でジロジロ見たりしたくない。揺れる胸なら柚希のを見たい。
「おい、栗田! 芋山! お前らそこで何してる!」
「ゲッ、先生だ!」
いつの間にか体育教師が来てて怒られてしまった。
「よーし、じゃあサッカーの授業を始めるぞ」
体育教師がそう言って生徒みんな整列した。学園モノでありがちなゴリラみてぇな顔した体育教師だ。顔だけじゃなく体格もゴリラだ。もう純然たるゴリラだ。
原作ではほんの少ししか出番なくてほとんどモブキャラなのにゴリラだからわりと目立ってた。
「まずはリフティングをやってみよう。おい栗田!」
「!? は、はい!?」
え、なんで!? なんでそこで俺が呼ばれるんだ!?
「お前リフティングの手本を見せてやれ」
「!?」
手本を見せる!? 俺が!? 体育が常に1の俺が!? クラスのみんなの前で!?
なんで!? 嫌がらせか!? 俺晒し者にされんのか!? 俺の無様な姿をみんなで笑おうってのか!?
「いや、無理っすよ! 俺リフティングなんて全然できないしすごく運動苦手だし……!」
「はぁ? 何言ってんだ栗田。お前運動得意だろ。クラスで一番だろ」
「はっ……!」
そうだった、今の俺は栗田柊斗だった。前世がトラウマすぎて体育がイヤすぎて前世とごっちゃになってしまった。しっかりしろ俺。
あれ、待てよ……栗田柊斗って運動得意な設定なんてあったっけ?
原作データによると運動オンチって設定もないけど運動得意って設定も特になかったと思うんだが。
原作とは微妙に違う部分も多くなってるけど、運動できる設定追加しやがったのか。それじゃもはや別人なんじゃねぇかって思う。アニメ化で改変されてキャラが別人になるのはよくあることだがこの転生世界でも原作改変が多くてそのうち原作の原型留めなくなるんじゃないか。まあ俺が転生してる時点で今さらか。
先生からボールを受け取る。クラスの男子みんなの注目を浴びる。クラスに注目されるなんて初めての経験で、なんか緊張と恐怖が走る。
前世の俺はリフティングなんて全然できないけど……最高で2回とかだけど。本当に大丈夫なんだろうか。
まあ肉体は栗田柊斗だから大丈夫だとは思うが……でも不安だ。
俺は恐る恐るリフティングを始めた。
ポン、ポン、ポン
あっ、普通にできる。自分でもめっちゃ上手くできてる。
前世の記憶とはあまりにも出来が違くて戸惑う気持ちはあるが、普通にリフティングをこなした。
パチパチパチ
クラスのみんなから拍手された。大勢から拍手されたのは初めてで悪くない気分だ。
男子しかいないのが惜しい。女子も見てくれてたらよかったのにな、なんて欲が出てしまう。
ズキッ
!?
なんだ、いきなり頭痛が……
3秒くらいで痛みはなくなったが、何なんだ今の。なんか怖い。
「どうした栗田? 一瞬だけめっちゃ顔しかめてたぞ」
「いえ、大丈夫です……」
先生に心配されたが今はもうなんともない。ちょっと気になるがまあ忘れよう。
その後、2チームに分かれてサッカーの試合をすることになった。
「栗田と一緒のチームになれて嬉しいぜ、よろしくな!」
「栗田君がいてくれるとすごく心強いよ!」
「え、あ、ああ……」
同じチームの仲間からめっちゃ期待されててプレッシャーがヤバイんだが。
他人に期待されるというのは人生初めての経験で全く慣れない。前世との落差が激しすぎて吐きそうだ。
「負けねぇぞ、柊斗」
「ああ……」
ちなみに善郎は敵チームになった。
クラスの女子が見物客としてゾロゾロ集まってきた。梨乃のクラスの女子も来た。
今女子も授業中のはずなのになんで男子を見に来てるんだ。ご都合主義かよ。いきなり女子にも注目されて緊張感が高まった。
あっ、苺と目が合ってしまった。でもすぐにプイッと逸らされた。
「栗田く~ん、頑張ってくれ~!」
梨乃は手を振って応援してくれている。俺は手を振り返した。
試合開始だ。
まず味方チームがボールを取る。
「栗田!」
わっ、いきなりパスが来た。
ディフェンスが立ちはだかる。前世の時もこんなことあったな。あっさり敵にボール取られて味方からため息つかれた忌々しい記憶が蘇って一瞬物怖じした。
だから今の俺は栗田柊斗なんだって。いちいち前世を思い出すな。とりあえずドリブルして走ってみるか。
ギュインッ!
「!?」
俺は瞬時にディフェンスを抜き去った。ディフェンスはビックリする。俺もビックリする。
相手が反応できない動きに俺自身が一番驚いている。俺はちょっとだけ動いただけのつもりだったのにとんでもない動きができた。
そしてドリブルする。ドリブルもすげぇ上手くて足も超速い。
柊斗ってこんなに足が速かったのかよ。そういえば転生してからまともに走ったのはこれが初めてだ。自分の身体能力の高さに俺の脳がついていけなくて怖い。前世との差がエグすぎて脳がバグる。
「ゴール!!!!!!」
俺はそのままゴールを決めた。ただ俺の脳が制御しきれずにゴールを決めた直後バランスを崩して盛大に転んでしまった。
「すげぇ、さすが栗田!」
無様に転んだけど仲間から祝福される。この俺が、相手を抜いてシュートを決めたのか……生まれて初めての経験に心臓がバクバクだ。
「キャーッ、すごーい!」
女子からも歓声が聞こえてきて、優越感がすごかった。みんなに認められている、みんなに頼られているのが、すごく気分が良い……
ズキッ!
「ん? どうした栗田」
「……いや、なんでもない……」
なんだ……また頭痛が……もしかして運動すると頭痛がするのか? 一体なぜ!?
もしかして、柊斗の身体能力に俺の脳がついていけてないから……?
もともと俺は栗田柊斗じゃない、別人だ。栗田柊斗の肉体に俺の魂がフィットしてなくてエラーを起こしてる可能性もある。
なんかすごく怖くなってきた。体育の授業以外ではあまり身体を動かさない方がいいな、うん。




