推しの家でお風呂タイム②
いや、ちょっと待て。落ち着いてよく考えよう。
俺は入浴していて、俺の後ろで柚希が背中を流してくれて、柚希はバスタオル1枚巻いただけの姿で。
で、柚希の身を包んでいたはずのバスタオルは今、バスルームの床に置かれている。
ということはつまり……
柚希は今、素っ裸……スッポンポン……!?
「柊斗くん……今だけは絶対に、振り向かないでほしい……お願い」
「……!!!!!!」
俺の背後で、柚希の恥ずかしそうな声が……
これ確実にスッポンポンじゃないか。
マジかよ……今、俺の後ろに全裸の推しヒロインがいるのかよ。信じられない。
いや、バスルームで素っ裸になるのは当たり前なんだけど、今は俺がいるのに、なんで……!?
ゴクリと生唾を飲み込む。心臓が口から出そうなくらいドキドキする。
目の前には鏡。鏡は曇っていてよく見えない。もし鏡が曇ってなかったら、裸の柚希が映し出されているのか……?
今この瞬間ほど背中に目があったらよかったのにと思ったことはない。見てないけど見えないけど、神のようにスタイル抜群だ。
そして見てないけど見えないけど、自らの身体に泡立てたボディーソープを塗りたくっている柚希の姿がある。そんな音が聞こえる。
……え……まさか……ウソだろ……さすがにそれはないだろ、冗談だろ。いくらなんでもそこまでは……
―――むにゅっ
「!!!!!!!?!?!?」
柚希は俺の身体を後ろから抱きしめた。見なくてもわかる、見るまでもない、間違いなく裸の感触。
今……俺の背中には豊満で柔らかい二つの乳が押し当てられている。というか押し潰されている。
「おっぱいで洗ってあげる」
「……!!!!!!」
押しつけた乳をゆっくりとした動きで背中に擦りつけていく。
むにゅむにゅと、泡まみれの柔らかい感触が背中を滑る。
ああああああ!!!!!!
俺の魂の叫びが心の中でだけ大きく響く。
これはダメだ。これはえっちすぎる。俺の煩悩火山は大噴火した。俺の心の中ではとんでもない未曾有の大災害が吹き荒れて、とにかくかつてない性的興奮が俺をボコボコグチャグチャに蹂躙する。
こんなん原作のデータにはないぞ、どうなってるんだ。原作じゃ一番過激なシーンでもマイクロビキニで抱きついて押し倒してくるというものだった。素っ裸で抱きつかれて乳を擦りつけられるなんて童貞の俺にとって未知の領域。前世で行った風俗はノーカンだ。
「ねぇ、どうかな? 気持ちいい?」
「~~~ッ!!!!!!」
大きな胸で身体を擦られるのは柔らかくて気持ちよすぎる。気持ちよすぎて気持ちいいって返事できないくらい気持ちいい。幸せすぎて二度目の死がすぐに来るんじゃないかって思うほどだ。
「すごく気持ちよさそうだね、嬉しい……好きだよ、柊斗くん」
「!!!!!」
また『好き』って言われた。しかし今度は裸で抱きつかれて胸を押しつけられながら、耳元で甘く囁くように言われた。
柚希の声可愛すぎるんだよ、反則すぎる。彼女の可愛い声といい匂いで俺はゾクゾクして脳髄から蕩けそうになった。
「柊斗くん……お願い、私を選んでほしい。他の子とくっついちゃやだ」
「……!!」
そうか……柚希は他のヒロインに対抗するために身体を張ってここまで過激なことを……他のヒロインに差をつけられている現状を打破するために……
「私を選んでくれたら毎日こういうことしてあげるよ。柊斗くんのためならなんでもする……エッチなことだっていっぱいしてあげる……私の身体、いくらでも好きにしていいんだよ……? だからお願い、柊斗くん……」
「……ッ……!」
彼女の声は震えてて、切なげだった。今の彼女の姿は見ないようにしているが、泣きそうな瞳で、懇願するような表情をしているのが伝わってくる。
柚希の必死な気持ちを聞いた俺は拳を震わせて握りしめた。俯いて前を見れなくなる。
柚希を選べば毎日こういうことできる……? いくらでも身体を好きにしていい……? 思う存分そのでかい胸を揉んだり吸ったりぱふぱふしたり挟まれたりしてもいいってことか……?
そんなの男はみんな嬉しいと思うよ。だけど……そんなの……それって……
それって絶対負けるやつじゃねぇか……!!
それで勝ったら身も蓋もない。物語にならない。だから絶対負ける。
彼女は健気にすごく頑張っている。しかしお色気要員という設定である以上、こういうことしかできない。どうあがいても負けフラグを乱立して完全敗北する運命。
なんかすげぇ悲しくなってきた。原作でフラれて泣く柚希の姿を思い出して辛い。
嬉しくて幸せなのに切なくて悲しいというよくわからない複雑な気持ちだ。
俺は……俺はどうすればいいんだ。
大好きな女の子が泣きそうになってまで一生懸命頑張ってくれているのに何もできないなんて男じゃねぇ。
原作は……栗田柊斗はいくらお色気で迫られても最後まで彼女の気持ちに応えることはなかった。
俺は……俺はそれじゃイヤだ。
ヘタレでさっきから全然まともなことを話せてない俺だが……ここで何もできないようなら今すぐ死ぬべきだ。
そうだ、覚悟を決めたんだ俺は。お色気要員の柚希を幸せにする覚悟を。
行け、俺! 言葉にできねぇなら動け!!
―――ぎゅっ
「えっ……!? ちょっ、柊斗くん……!?」
「…………」
俺は柚希を抱きしめた。
絶対に振り向くなと言われたけどそれを破ってしまった。柚希の言いつけを守らなかった罪は重いが今だけは許してほしい。
「……柊斗くん、どうしたの……?」
「……すみません……」
伝えたいことはいっぱいあるのに言葉にできない俺はそれしか言えず、ひたすら裸の柚希を強く優しく抱きしめる。
何をやってるんだ俺は……こんなことしていいのか……? 彼女のために俺ができること……これでいいのか……?
これで正しいのかなんて俺には何もわからない。いや、裸の女の子にいきなり抱きついて正しいわけがない。ただのセクハラで性犯罪。
だけど不思議と今は邪な気持ちは湧いてこない。俺はスケベでおっぱい星人だから、柚希とエロいことをしたい気持ちは大いにあるが、今はそれよりも、ただただ彼女が愛おしい。一生大切にしたいって強く思う。
大好きだからこそ大切だからこそ、今は彼女に手を出さない。
ここで手を出したら彼女はエロしかとりえがないって認めてるようなもんだ。それは違うんだ絶対に。
無理して過激なことをしなくても柚希は十分すぎるほど魅力的で可愛い女の子だ。
柚希はお色気要員じゃねぇ、最高のヒロインだ。
「……柊斗くん……恥ずかしいよ……」
柚希の頬や身体が赤く染まっていくのを感じた。そしてこの熱さは風呂のせいだけじゃない。
年上のお姉さんなのに、さっきまであれだけ過激なことをしてたのに、意外とピュアなのが最高に可愛い。めっちゃ積極的に攻めてくるのに自分がちょっと攻められたらよわよわなの可愛すぎる。
柚希は恥ずかしがってはいるが、『離して』とは言わない。俺も嫌がられない限り当分の間は離したくない。
嫌がるどころか抱きしめ返してくれた。本当に少しだけ、そっと手を添える程度だったが、確かに彼女が俺の行動を受け入れてくれた。
俺たちはそのまま裸で抱き合い続けた。
―――
風呂から上がって柚希は酔いから醒めた。俺も正気を取り戻した。
俺たちはあまりにも恥ずかしすぎて小さく丸くなって悶えていた。お互いの顔をまともに見れない。
「……ごめんね柊斗くん……やっぱり迷惑かけちゃった……酔ってもここまで暴走したことなんて今までなかったのに……」
「迷惑なんかじゃないです。俺の方こそすみませんでした」
「柊斗くんは悪くないよ」
「柚希さんも悪くないです」
柚希は酔ってたから仕方ない。酔ってないのに全然感情のコントロールができず暴走した俺の方が悪い。
いや、正確には酔ってないってのは間違いだな。柚希に酔ってたわ。……全然上手いこと言えてねぇな。
「……俺、嬉しかったです」
「えっ……ホント?」
「はい」
柚希の生乳の感触を堪能できて嬉しかった気持ちも大いにあるが、柚希の純粋な気持ちや想いが、肌が重なることでしっかりと伝わってきて嬉しかった。
お色気要員はアホっぽく描写されてることも多々あるが、好きな相手に裸でぶつかることはすごく勇気がいること。彼女の勇気は心から尊敬する。
「……私も……」
「えっ?」
「私も嬉しかったよ」
―――チュッ
「!?!?!?」
柚希は俺の頬に軽くキスを施した。
ほんの一瞬だけ感じた、彼女の柔らかい唇の感触。
裸で抱きつかれるのもすごくよかったが、一瞬のキスもそれに負けないくらいすごくドキドキした。
キスをした後、柚希は満面の天使の笑顔を見せてくれた。
俺はただキスされた頬を手で抑えながらポーッと見惚れることしかできなかった。
―――
長かった雨が止み、俺は苺の家に帰宅した。
家に帰ってきても柚希の感触と温もりは未だに残っていた。
……あれでよかったのだろうか……俺も興奮しすぎて余裕なくて必死だったのであまりよく覚えてない。自分の行動に自信がない。
でも柚希はキスしてくれたし笑ってくれたし、よかっただろう、たぶん。
俺は柚希の愛に応えた。もう後戻りはできない。
抱きしめといて他の女の子を選びます、なんてことは絶対ありえない。そんなんクズ以下だ。
俺は柚希ルートに行く。
「ただいま」
「あら、遅かったわねあんた」
帰ってきてすぐに苺に会った。
「雨降ってたから雨宿りしてた」
世界一、いや宇宙一の雨宿りだったな。ニヤけそうになるのを全力で堪える。
「ふーん……で、醤油は?」
「は?」
「は? じゃないわよ。醤油買ってこいって言ったでしょ。醤油は?」
「…………あ」
そういえば苺にパシられてたんだった。
柚希にドキドキしっぱなしですっかり忘れてた。
「……忘れてた」
「殺す」
苺ブチギレだなぁ。本当に殺しそうな目だなぁ。
「待て待て、今から買ってくる」
「1分以内に買ってこないと殺す」
「いや無理だろ。せめて5分」
近所のスーパーまで全力ダッシュで行けばギリギリ5分でいけるかもしれない……くらいの距離だ。1分は瞬間移動でもしない限り無理。
まあいい、できる限り早く行ってこよう。
「……ん? ちょっと待ちなさい」
「なんだ?」
「あんたほっぺに何かついてるわよ。
……え、それキスマーク……!?」
「!!」
そこには、柚希にキスされた証がまだ残っていた。
慌てて手で隠すがもう遅い。苺にハッキリ見られてしまった。
「……なんとなく不愉快ね。やっぱり今すぐ殺す」
「…………」
俺はダッシュで逃げた。
「待ちなさいバカ柊斗!」
苺も全力で追いかけてくる。死ぬ気で追いかけっこをする。なんか浮気がバレて修羅場みたいな感じになっちまった。別に苺と付き合ってるわけじゃないのに。
付き合ってるわけじゃないが、苺ルートなのがほぼ決まっている現状。
二股とかハーレムをする気がない俺は、柚希ルートに行くのなら苺と破局しなければならない。




