閑話・閉店
牛乳を置いている喫茶店って年々へってきている気がするのです。牛乳が嫌いな子供が多いとか信じられません。母様に連れられてこの前焼き肉に行きましたが、ヘカ姉様はずーっとスマホを見ていて、みんな食事中も仕事ばかりです。ここはブラックですです。
そこは広大に増え続ける宇宙とつながっていると言われている永増書庫。
そこに長く白い髪を揺らしながら、一人の女性がせっせと本を整理している。不思議とそこは本の香りはしない。音もない、香りもない、色もない。
「さて、Web小説の増加具合は至って良好ですねぇ。なんだか長いようで短かったですねぇ」
そこにはこの世の中の全てのWeb小説作家の名前が網羅されている。Web小説作家の極めて多い日本から、その裏側の南米に至るまで、名前で検索しても作品名で検索して見つける事ができる。ちなみにキャラクター名で検索はしない事をお勧めする。とんでもない量の作品数がヒットするからである。
そこは気が付けば存在していた場所。
そこで整理をしながら、その女性を呼ぶ声が聞こえる。それは甲高い、子供の声。少年のようで少女のようなのに妙に貫録を感じさせる。
「セシャト、貴様。ここに来たという事は、どういう事か分かっておるのか?」
セシャトは振り返る事もなく、本の整理を続ける。そして、少しだけ困ったような表情をしてから笑った。
「当然ですよぅ! あとの事は銀色の鍵、兄様にお任せします」
「あやつか……もう一度言うが本当にいいのだな?」
「当然ですよぅ!神様。私は、Web小説が大好きです。そしてそれにかかわってくださった皆さんも大好きです。そのボタンを押せば全てがもとに戻るのであれば、私は喜んでそれを押します」
「わかっておるのか? このボタンを押せば、全てが元に戻る。執念のみで異界の門をくぐり、頂にまで至ったクリスも、クリスの為に自らを損なったダンタリアンも戻ってくるが、そこに貴様はおらん。誰の記憶にも残る事無く、露と消える」
今更何を言っているのかとポカーンとした表情でセシャトは神様を見つめる。神様は全書全読の神、要するに書にかかわる事を除けば無能なる神なのだ。
そんな神様は悔しそうに、そして辛そうに、我が子をこの世界から抹消させる選択をしなければならないという事。
「神様、私は元々。作品を楽しむという事が好きでした。それを共有し少しでも多くの作品に日の目を見ていただき、作者の方、読者の方とそれを育てていければどれだけ楽しいだろうと思いました。私は、私の人生は幸せばかりでした」
神様はズボンをぎゅっと握ると、唸るように声を上げる。
「いかん、逝くな……」
セシャトは神様を最後に抱きしめて、生み出してくれてありがとうございます。
あまり、無駄遣いばかりしないで欲しい。
お菓子ばかり食べないでほしい。
人にたかるのはやめてほしい。
手洗いうがいは……
「ちと注文が多いの」
「ふふふのふ」
セシャトは神様の持つボタンを押した。
そのボタンを押す事で神様の目の前から一人の少女が姿を消した。そして全てが元通りに……はならなかった。
「何故だ……セシャトはWeb小説に干渉する代償を支払い切ったのに、何も変わらない」
神様の目の前には、神様より少し薄い金髪の青年。彼は神様を見て少しばかり嬉しそうにそして懐かしそうに見つめる。
「やぁ、ようやく捕まえたよ。神を名乗る何か」
「私は神様であって、それ以上でもそれ以下でもない」
「知っているか? 自ら神を名乗る者はたいていよくない者なのだよ。君は自分がなんなのか、本当は知らないんじゃないのか?」
「クリス、どういう事をしたのか知らないが、もうやめよ。もう、お前の姉。アリスは帰ってこぬし、奴が残した作品世界に入れば一番傷つくのは貴様自身と知れ」
「長かった。あの小悪魔を次元の狭間から捕まえて、そして君たちの巣窟に干渉をして、捨て駒を募り、ようやくここまできた」
神様はクリスを見つめ、瞳孔が開く。神様の髪が足元まで伸びる。それに伴い身長もクリスと並びそしてつぶやく。
「あまり調子に乗るなよ? 私がその気になれば、貴様と共にこの場所もろもと心中する事とて可能なのだぞ?」
神様のその威嚇に対して、クリスは神様の頭を撫でる。そんな神様を狂気的な瞳で見つめる。神様はクリスの瞳を見て驚いた。
神様が何か言う前にクリスは語り始める。
「Web小説投稿サイト、破竹の勢いで登場し、そして消えていく。蜘蛛の糸をつかむが如しだね。当然、良作もあろう、駄作もあろう、類似作品もある、なんなら炎上を狙った作品だってあるし、そしてひっそりと消えていく。僕は思った。Web小説と媒体として存在する電子書籍や紙媒体のそれとの違い……それは命の違いなんだよ」
「何が言いたいのかの? どんな作品にも命は籠っておろう?」
「ダンタリアンを取り込んだ事で、僕はようやく真理にたどり着いた。Web小説という物に完成形は存在しないのだよ。それはその作者の人間性であったり、趣味嗜好、性癖、正確、心が塗り込まている。下手かどうかは関係ない。Web小説はよりその作者に近いアバターと言えるんだよ」
Web小説というものは、執筆、構想、校閲、修正、変更。その全てが個人で行われている事が大多数である。それらは全てエゴであり、傲慢であり、信仰があり、清らかでいて汚らわしい、人間を体現した物ともいえるかもしれない。
「かつて神は人間に差別を与えたという。意思疎通ができないように、言葉を通じなくし、そして混乱を招いた。人間が神の頂きに上がろうとすればその怒りに触れ、巨大な塔は雷に焼かれ、空高く昇華する者も同じく翼を焼かれ地に落ちた。世界中に存在する神の記述。彼らは何故、自らのステージに人間が立つ事に怒りを覚え、鉄槌を下すのだろうと、僕は幼少期からずっと考えていたんだ。そしてその答えはWeb小説というものにあった」
神様はクリスを可愛そうな子を見る目で見つめ、クリスは少しため息をつくと神様の首をつかむ。
「神という存在、いや実際は知的生命なのかもしれないね。彼らは恐れたんだよ。僕ら人間が自分達と同じ領域に立つ事を、人間は賢い。言葉が通じないのであれば、文化を作り、文字を作り、歴史という壮大な物語を紡いできた。今や、人間の翼は宇宙に羽ばたき、神と呼ばれた者のしっぽをつかみつつある。そして次はこれか……世界中にパンデミックを起こし人類の間引きと選定をはじめた。僕はあえて言おう。人類を守る重工棚田の総帥として、これが神のやることか?」
神話の否定、そしてWeb小説作家への称賛と肯定。クリスは異常なくらいよじ曲がった方法で神様たちと同じくWeb小説を愛していた。
「お前たちは神なんかじゃない。古めかしい、保身ばかりを考えた理不尽な現象。古の者達だ。そして人間という出現して100万年程度しか歴史のないその生命がお前達を取り込み超える瞬間を特等席でご覧にいれよう。もう一人の母であった悪魔と、神を名乗るお前にね」
クリスは首からぶらさげている金色の鍵、そしてなんらかの装置を動かす機械を動作させてつぶやく。
「АпокарипхотониРед」
神様の身長は段々と小さくなっていき、そして苦しそうにクリスの手を掴む。が、クリスはそれをやめない。
「僕はね? 神様、そしてダンタリアン。君たちが話してくれるお話は嫌いじゃなかった。唯一僕と同じ視点で作品を読める君たちがいなくなった事はほんの少し寂しくも思えるよ」
神様はゆっくりと消えていく。そして最期はクリスを憐れむような表情をして、掴んでいた手はクリスの手を優しく撫でて、完全に消え失せた。
「系譜の違う。書物にかかわる神を二柱手に入れた。これでようやく、扉が開く。Web小説世界の中にある心に僕は触れる。そしてそこでようやく僕の魂はかの地へと到達するだろう。人間は門も前で待ち続ける程度では終わらない。僕をもってしてもその門に至るにとどまった。そして門の先の扉を開く事が神ならば、それを越えて行く僕は神を、究極を越えた光になる。不思議なものだ。作者という連中は作品を書いている間は確実に扉を開くまでに至るのに、完成させた途端に門の前で立ち往生をしている。であれば僕は人である事をやめよう。沢城さん、アリアを使い。さらに干渉をかける。生誕祭のはじまりだ。僕はこれから、執筆をはじめる。生命も世界もなんなら神すら創造する作者に僕がなろう」
金の鍵に触れながら、クリスは古びた万年筆を取り出した。そして信じられない速度で文字を起こしていく。ゆっくりと、そしてクリスの前にもやもやとした扉が出現する。それをチラりとみてからクリスは執筆をつづける。
扉の姿がしっかりと見えてくる度にクリスの身体が薄くなる。命を作品に塗り込むという事を言葉通り実現させているクリス。クリスは人柱として自分を選んだ。たった一つの作品の真意を知る為だけにありとあらゆる財を投入し、古今東西における特殊な人間を集め、壊されぬ塔を建て、焼かれえぬ翼をもち、ありとあらゆる言語ルールを理解し、神の頂きを踏み台にその上に上がる。
クリスは神々が後生大事に隠し育てていた物。
生命の起源、概念の真理、そして意識の箱舟。天国と地獄。即ち宇宙をかすめ取った。
クリスの生命は今生まれ変わり、概念というステージすらも超えた。視覚化できる意識の先にある物は自らが無限とも思える文字を使って書ききった扉を見る事ができた。
「ハロー、ハロー。世界よ。僕はついにここまで来た。人の意識をもちながら、人を完全にやめる事をせずに、人が勝手に定めた限界を超えた。メリークリスマス」
クリスはその手に触れることもなく、目の前の大きな扉を開いてみせた。その先に続くものが深淵なのか、まばゆい光なのかクリスにも検討がつかない。何故なら、人という種族代表としてクリスはそこに顕現したのである。本来であれば、ざまあみろ神々と思うのかもしれない。
が、クリスは何も考えていない。その精神は既に白紙のようであらゆる宗教観をもってしてどの境地に達したのか、それを語れる者が同位できない場所にいる。
開かれた扉の中でゆっくりと進む。
そして同時に古書店『ふしぎのくに』の戸はガシャンと鍵が閉まった。
クリスさん、頭のネジがぶっ飛んでしまっているみたいですけど、でもWeb小説の事よく知ってますよね。いずれ、私と雌雄を決する時がくるような気がします。
まふっ!




