第一話『祈りの門 著・にしきたなつき』
さぁ、師走が始まった。
終わりが始まった。
金の鍵は失われ、そして銀の鍵が目を覚ます。
十二月一日。
東京神保町、古書店『ふしぎのくに』、ブックカフェ『ふしぎのくに』
「こちらチーム子、制圧完了。店主と思われる女性の絶命を確認、同時刻。チーム牛もブックカフェ爆破、三人の少女……と見まごう少年達の死亡確認」
同時刻、大阪天満橋商店街、古書店『おべりすく』爆破、愛知名古屋千種、古書店『あんくくろす』襲撃。
遺体を運び終わった古書店でこの襲撃任務を受けていた私立武装組織に身を置く十八歳の少女、クロエ・スガワラはミントガムを噛みながら、この古書店の店主が欠かさず残していた日誌を見つめる。
「一月一日、ふしぎな場所に……棚田クリスさんと迷い込んだ。そこは祈りの門を模した妬みの門……祈りの門って何? あと棚田の総帥と? どういう事?」
聞きたくてもこれを書いた人はもう天国か地獄に行ったんだろうけどと思いながら、その作品をアーカイブから探す。
※фотникснобел
「何処ここ? まぁいいや。Web小説なんてよく分からない物に固執している事は構わないけど……人の命を奪う程の事かな? 何々……祈りの門……これって要するに……時空を現しているのかな? そういえば……あの女の人を殺した時、金の鍵を回収する必要があったんだけど……金の鍵は門を開く物だったっけ?」
チリン! チリン! と鐘を鳴らす音。小型の制圧自動小銃を構えながら、音のする方を確認。悪趣味な人物がいる。ローブにすっぽり頭をかぶり、表情は見えない。が……線が細いけれど、恐らくは男。
「誰か? 何か?」
クロエの質問に答える代わりにチリンと鐘を鳴らす。ボゥと青い炎を灯らせるランプ。そのランプに鈴はついているらしい。その人物は頭に突起物があるらしい……
「どのようにしてここに来たかは分かりませんが、強き人よ。私は語り部、話を聞いて行きませんか? 我が王もそれを望んでいます」
チッチッチ、体内時計に尋ねる。どうすべきか? 話を聞くべきか? それとも射殺すべきか……周囲の状況を確認、インカムの反応もない。
「話せ」
「『祈りの門 著・にしきたなつき』本作について、どうぞおかけください」
今までなかったハズの木製のベンチ。そこに腰掛けるとこの人物の話を聞いた。なる程、この作品はホラー、人間ドラマ、そんな物を展開しながらある可能性のお話を続けているわけか……とクロエは理解する。知らない者と会話を長々と続けるのはどうかと思ったが、銃を向けながら語る。
「この作品、展望はないんだね」
「展望? これは異なる事を……」
このローブの人物が何者かは分からないが、クロエは本作について一つの仮説を立てていた。
「この作品は、何処に向かっているのかが、はっきりしない。各種キャラクターがいかにして普通の人生を終えるか、それに尽きると思う。もちろん、作品である以上。不幸におわるバットエンドもあり得るだろうし、幸せに終わるハッピーエンドだってあると思う。だけど、少し特殊な見方をすると、この四人の人物はどうすれば普通に終わるのか……それを模索して繰り返す、壮大な自己満足に思える」
少しローブの人物は黙る。何かを考えているのか、クロエも少し話すぎたと思った。それにしてもこの作品に出てくるキャラクター達には同情してしまう。救いがないとは言い難いが、あまりにも酷な宿命を持ってはその業というべきか?
「強き人よ。彼らの普通とは何でしょう? 何が普通の生き方なんでしょうか?」
クロエはこの語り部なる人物が答えのない問答を仕掛けてきている事にすぐさま察知する。
「語り部さんは、普通という単純な言葉すら容易に考えようとしない。それはこの作品のキャラクター達と同じであると言える。人間は実際のところ、運命も宿命もありはしない。ただ命を与えられて生きているだけ、自然の摂理の中から離れてはいない。そこに文化と感情と意識を与えられ、仕事という義務と虚無を全うし、年老いて死んでいく。その際に事故にあったり病気になって死ぬかもしれないし、嫌なことも良い事もあるけれど、それは意識と感情があるからであり、誰にでもある普通の事」
クロエはこの語り部という者の頭がとびきり硬い事を話していて気づいた。本作は小説である。各種キャラクターに人生とストーリーがあり、それを読ませていく物語ではあるが……
「彼らのあまりにも業の深い人生が普通だと、強き人はいいたいのですか?」
ようやく気づいたかとクロエはため息すら出そうになる。本作を読んだ事がある読者であれば、到底普通の人生とは思いがたい程の運命を持っている彼らのその人生をクロエは普通だと表現した。
それは、誰にでもありうる事だとクロエは言いたいのではない。
「恐ろしい考え方ですね」
「クトゥルフという作品に面白い言葉がある。深淵を覗けば深淵もまたこちらを覗いているという物だな。怪異を恐る人間、怪異もまた人間を恐れている。そして、彼らの救いがあるとすれば、その一つとして妥協する事だよ。うじうじうじうじ、後悔をしたとして、その事実は過去に戻ってやり直したとしても変わらない」
語り部は黙る。流石に言い過ぎたかとクロエは一瞬思ったが、得体のしれないこの人物に対しては良い薬かもしれないと言葉をナイフにして投げつける。
「過去に戻ってやり直したとしても変わらないとは?」
「例えば、青いバラをプレゼントした。水をやるのを忘れていた。そして青いバラは虚しくもその短い一生を終えた。それを過去に戻ってやり直し、水を与え、枯れなかった。としても青いバラが枯れたという事実が消えたわけじゃない。それがもし愛する者の命であれば言わずもがな、それを知っている本人は苦悩する。バラが枯れたという事実は進行形で自分の記憶と、自分が過去に行く際に分岐した進行形の未来では存在してしまっているのだから」
過去改変がもしできたとすれば、それはその時点からの未来分岐が出来ただけであり、立証した現実と未来は変わらない。
「でも、可能であれば過去に戻ってやり直す。それは大いなる自己満足。わかっていたとしても私でも行う。そういうのを受け入れるか否か、そこに気づく事が根本の彼らにとっての治療だと思うけれど、それを性行為や愛という本能的な部分で代価しようとしている彼らは依存症から抜け出せなくなっている。そこから脱却する方法はいたって簡単。死ねば良い。でも彼らにはそれすら許されない。そういう意味ではとても良い設定で物語が組まれている。死は逃げだけど、救いでもあるから」
自殺を肯定するわけではないが、死ぬという事は世界から解脱し、世界との関わりを断絶する事になる。よく、死ぬくらいならと方便を語る人物がいるが、自死を選ぶ者はもうこの世界に何の期待もしていないという事なのだ。
要するに楽になりたいのである。それができない祈りの門の住人たちは、ある種最高の拷問と言っても過言ではないかもしれない。
「死は救いですか?」
「常にとは言わない。当人がそこに救いを見出せばそれは救いになる。だから、この作品のキャラクター達は門というあらゆる比喩を許される場所にいる事で、腐るわけでもなく、ただし進むわけでもない。これは古の神々、ううん古き者だね」
クロエは祈りという物の崇高さと無意味さを知っている。両親は熱心なクリスチャンだった。隣人を愛し、咎人を許し、貧しきに与え、自らを律し、勉学に励む。
ある日、敵対した宗教を学ぶイカれた暴徒にその宗教の経典の一節を読むように強要された。当然ミミズが這ったような文字を読めなかったクロエの両親は神に祈り、そしてその命は天に召された。祈りとは自己満足なのである。独りよがりなのである。
どうせなら、神に聞かせてやればよかった。熱心に励んでいるのだから助けろと、ビジネスの話を神々にすればよかった。
「祈りの門はビジネスだね。獅黒は冷静に見えて、情緒不安定で斬新な主人公だと思う。彼らの一つのゴールはこの祈りの門という謎空間にいる事を割り切れば良いんだよ。生い立ちは違えど、彼らは金色の鍵の向こうに、この祈りの門に至ってしまったんだから」
ベンチに座りながらも自動小銃を下ろさないクロエ、本当に話しすぎた。この作品の行く末まで勝手に語る程にはクロエはハマりつつあった。目の前の語り部が悪しき者か良き者かは分からない。そのどちらでもあり、そのどちらでもないのかもしれないし……
クロエがこの祈りの門に至リ、その場所にいる人物は彼ら四人の内のどれかなのかもしれない。
「実にまとを得ておらず、そして根幹に食い込むお話でした。ですが、貴女は本来その展望と貴女が表現した物の姿を見ることができる。いいえ、見せてくれる人を……殺した」
クロエは自分が殺した人物……それはすぐにあの銀色の長い髪をしてスーツをきた女の子の事と察しがついた。
「あんな女の子一人殺して、十万ドル。ボロいしのぎだったよ。それにあの銀色の髪の女の子は、誰でも彼でも信じてしまう。そんな性でしょ? であれば彼女はここには至れない」
確固たる自信を持ってクロエはそうばっさりと切り捨てた。あってはならない。こんな場所が存在するハズがない。自分はつい先ほど、古書店に押し入り、その店の店長を殺害した。その店長は銃を持ったクロエが来ても優しい笑顔で出迎えてくれた。
「戻りたいですか? 貴女が殺す前に」
「フン。私もプロなの。やり直して自己満足にひたるようだと、この仕事はやってられない。そして私はあの女の子が死んだ事を悔いてもいない」
ギィいいいと嫌な音がする。建て付けが悪いのか? それとも錆びている音なのか……門が開く音が聞こえる。
「ようこそ、祈りの門へ。貴女はようやくここに至る権利を獲得しました」
ローブの男の口が大きく開く。それにクロエは本能的な恐怖から、マシンガンを乱射する。
『祈りの門 著・にしきたなつき』はみんな読んだかな? この作品は何をしたいのか? 何を語っているのか? そこを考えて読むかどうかで情景が変わると思う。
クロエという民間私兵は飲まれた、彼女はここで終わり。続きの話はない。
次回は何を語るのか? 是非に是非にお楽しみに、まふ




