夏草が茂る時
激闘の夏が始まった。
それは少し、今までカルロスが経験してきたどの夏とも違っていた。
インターハイが始まっている。
バトミントンの地方大会は基本的に一日で終わる。カルロスは射場一馬のおかげで何とか地方戦を勝ち進んでいた。
バトミントンは団体、個人、そして男女に分かれて試合が行われる室内競技だ。強豪や強い選手はほとんどシードになる。
最初は驚くことも多かったが、少し卓球に似ているかもしれない大会の数々を経験することは有意義だった。
そんな夏真っ只中のある日。
夜、明日は全国大会となるそんな日々の激戦前のある夜。
その一室は最早カルロスの部屋なのか国雪の部屋なのか分らなくなっていた部屋の中でトーナメント表を広げていた。この部屋は国雪の部屋でもあるので彼は勤勉らしく図鑑が沢山ある。種類は様々で、花、虫、星と図鑑ならば何でもいいらしい。
一方、カルロスの趣味はギターだ。だからギターも幾つかある。
今日は熱帯夜だ。
その夜。
カルロスはベッドの上でトーナメント表を見て気が付いた。
「あ! このままだと、さっちー先輩たちと当たるじゃん!!」
「今更気が付いたのかよ。そうだぜ。お前たちがそこまで勝ち残ればな」
「むー!!」
しかし国雪の言う事は正しい。カルロスはまだ初心者なのだ。たびたび一馬にフォローしてもらっているただのお荷物である。
二人一緒になってしばらくした部屋の中。勉強机に向かい国雪はパタパタうちわをあおいでいた。
「こんな事ってあるんだ……」
「全国強豪あるあるだな」
「個人だと国雪はぶちょーと当たるし……」
「俺はともかく、そのダブルスの二組。かなり話題だし有名だぜ」
「え?」
「最強の矛と盾だって」
「最強……そうかもしれない」
「俺も一度やってみたいけどな」
「国雪シングルじゃん」
「兼平とならダブルス組める」
「……国雪と大友先輩……それはそれでやばそうだなぁ」
「お前はとにかく試合の数をこなせ。話はそれからだ」
「……だって負けるし」
「じゃあ、お前がお前らしいフェイントを習得しろ」
「俺らしい?」
少し開けた窓からぬるい風が吹く。国雪の漆黒の髪が揺れる。短い髪だがカルロスは羨ましかった。真っ直ぐ、癖のない短髪の黒髪。カルロスが憧れるものの一つだ。
そして国雪の言葉に今まで戦って来た相手を思い出す。
透も一馬も将護も兼平も、そして国雪も自分のスタイルがある。
「ま、無くても強い奴は強いけどさ」
国雪は言った。
「む?」
「そう。だって『無』だぜ。型があるよりよっぽど質が悪い」
「ない……か」
「後はダブルスパートナーがどうにかしてくれるだろう」
「いいのかな、そんなに頼って」
「良いに決まってる。それがダブルスさ」
国雪はそれっきりだと言わんばかりに口を閉じる。
最近、カルロスはやっと国雪の人と成りが分かって来た。今更だとは思うがカルロスにも少しはフランス人の血が流れているのだ。つくづく思うが日本人は本心を隠すのが上手過ぎる。何時も思うのだがカルロスが馬鹿なのではなく日本人が賢いのだ。
フローリングのマッドの上にクッションを持って座っていたカルロスはクッションを抱えて悩む。
あの二人、将護と透は共にバドミントンのダブルスの経験が長く全国大会までシードになっていた。
そして国雪もシードなのだ。
何度か一馬に謝られたが、それはむしろカルロスが謝るべきだ。一馬がフォローばかりしてくれて時々意表を突くようにスマッシュを打つ。カルロスも共にそうして来た作戦で今まで勝ち残ってこれたのだ。
「国雪はぶちょーと戦うの?」
「あいつがそこまで勝ち残れたらな」
「俺、バトミントンについて何も知らなかった」
「そんなもんさ。皆、羽根つきと同じだと思っている」
カルロスが初めて経験した公式戦は全く違っていた。緊張した空気感。寡黙な審判に選手たち。
「正直、俺もそう思ってた」
その時国雪はニヤリと笑う。カルロスは純粋にそんな顔もするのかと驚いた。と、同時に国雪にもそんな時があったのかと純粋に思った。あったとしても遥か昔の話だろうけれど。
「そんなお前にヒントだ。それを利用しな」
と、そんなことがあったと思い出したその日。カルロスは高校の屋上で一馬を呼ぼうか迷った。
一応、県大会までは勝ち残れたが全国となると強者ぞろいだ。透と将護もそうだが烏丸と番商のペアもいる。スマホを片手に手が止まる。
呼ぶ前に一馬が来たのだ。
「よ」
「先輩!」
将護もそうだがここの二年生は皆、男前過ぎる。男子高校生らしいと言えばそうだ。
一馬はコンビニ袋を片手にカルロスの隣に腰を下ろす。コンビニ袋の中身がちらりと見えた。冷やし中華とパックのいちご牛乳だ。一馬は意外と甘党だし可愛いものが好きなのだ。
それに拳を使った喧嘩もしたことがないと聞いた時には流石のカルロスも驚いた。
雨季が去ったばかりなので今日も暑い。
どうやって話題を切り出そうかカルロスは悩んだ。
「次、あいつらだ。作戦会議でもするか」
あいつらとは番頭商業高校の例のあの二人だ。
「はい!!」
カルロスは元気に頷いた。
「あいつらもお前がまだ初心者だと思ってるからなぁ」
「え? 俺、初心者でしょ?」
「何試合やったと思ってんだ。お前はもう初心者じゃねぇよ」
頭をわしわしと撫でられる。最近やっと一馬と先輩後輩らしくなった。
「でも……」
「でも、も何もねぇよ。ただ、将護から聞いたけど番商にはビジネス科があってそこに勇義はいるらしい。情報流通だけは凄いから今のままだと多分勝てない」
「そうなんですね……実は……」
カルロスはざっくり国雪に言われたことを一馬に話した。
一馬は冷やし中華を食べながら何度か頷く。
「俺、分かった」
「ふぇ?」
「お前はそのままで良い。俺がサイン出した時に強打を打ちな」
「はい!」
「全国で驚かせてやろうぜ」
「そうですね!」
「しっかし、将護の奴もスゲーよな」
「ここまでシードですしね」
「それもあるけど相方の透も凄いからなぁ」
「それは……」
「俺も何度か言ってるし鷹飛選手にも言われてるんだろ?」
「分かってはいるんですよ、でもやっぱり……」
「ん。しっかし、お前の弁当はいつ見ても凄いな」
もう言う事はない、と言わんばかりに一馬は話題を変えた。
カルロスの弁当は父が作ったものだ。
父シャルルはよほど国雪が可愛いのか毎日必ず弁当を作っている。カルロスはそのついでだ。
「親父が国雪を可愛がってて。俺はそのついでです」
「そんな事ないと思うぜ」
「ある!」
一馬はそう言ってくれるが一馬はその現場を経験していないからそう思うのだ。弁当を綺麗に食べてくれただけで普通はあんなには喜ばない。
「なんでそんなに可愛がってんの?」
「死んだお袋に少し似てるんだって」
「なるほど」
彼は話を聞いて頷いた。
「でもそれだけで再婚相手の息子を可愛がるか?」
「親父は日本クラスタなんだ」
「日本クラスタ?」
「とにかく日本に憧れてて本当は日本食の職人になりたかったんだ」
「へぇ」
「でも、フランス人の日本食職人ってあんまりいないじゃないっすか」
「まあ、聞かないな。日本人ってフランスに憧れてる所あるし」
「だから親父は日本でフランス人のパテェシエになったんすよ」
「そうか……でもついでってことは」
「先輩は現場を見てないからそう言えるんです」
「現場って……」
本当に一馬も将護も中身と見た目が真逆の性格をしている。
切った髪はまた伸ばすことにしたのか肩ぐらいまで伸びて今はそれをくくっている。また負けて切られたら大変だとカルロスはいつも思っていた。そして何故一馬がフォローが上手いのかというと、一年の時組んだ相手が将護で聞いていた通り将護は最初はスマッシュしか打てないので何でも後衛を体で覚えたとか。
「将護も透の奴もいまのままで問題なさそうだけどな」
「そっすね。透のやつ、あんなに先輩嫌だーって言ってたのに」
「仕方ないさ。烏丸は天下り高校だって有名だぜ」
「天下り……」
「その辺は透に聞きな。俺より詳しいだろ」
「そうする!」
カルロスは透に直接聞くことにした。急いで弁当を食べて透の所へ行こうとするカルロスを一馬は優しく見送った。
やみくもに探さずとも透がいる場所なら分かる。
自分のクラスか外の校内広場のベンチかのどちらかだ。
あんなに先輩という存在を嫌がっていたのに今ではすっかり将護の忠犬のようになっている。
その将護がいるのが教室かベンチなのだ。
カルロスと透は同じ機械科だがクラスが違う。クラスAとクラスBがありカルロスはBで透はAなのだ。そのA教室に透はいた。優秀さで分かれていると言ってしまえば話は早い。特別透が賢いという訳ではないが実技がずば抜けて優秀で英語も同時に学年トップの成績なのだ。英語を透から教わると見た目的に逆だろうといつも言われる。何故かと思ったら彼は将来留学を希望しているからなんだとか。
クラスに向かうと既に昼食を終えたのかクラスメイト数人と話している。
やはり透はあまり喋らず頷く程度なのにそこそこ友人がいる。世話焼きな性格の友人が多いのはそうなのだが。だからカルロスを見た透の友人は席を譲ってくれた。
「透!!」
「なんだ。カルロスか」
相変わらず透はカルロスに対しての態度がどん底だ。
「お前……」
「何の用だ。ちゃっちゃとしてくれ」
カルロスは譲られた席に座ってあったことをざっと話す。
「……射場先輩に任せれば」
「それじゃあ、今までと同じじゃん! もっと詳しく教えてくれ!!」
「やだよ。それだとお前と当たった時面倒だ」
「あー!! そういうことか。そういえば国雪も前にそんなこと言ってたな」
「多分全員、お前がここまで勝ち残るとは思ってなかったぜ」
「へへへ」
「褒めてない」
「でも、やっぱり俺……何かしなきゃ」
「じゃあすれば」
「あのさぁ」
「射場先輩は分かってるんだろう。任せろよ」
またこざっぱりとした反応だ。慣れては来たがもう少し何かあってはいいのではいかとカルロスはむくれるがチャイム音が無情にも教室内に響いた。
「ま、それぞれ目標は違うけどチーム藍夕だからさ」
予冷の合間にひょっこり顔を出したのは兼平だ。
「うわ!?」
これにはカルロスも驚いて叫んだ。




