美女による宴
あれから、透君は少し変わった。
何時もどうでもいい。そんな感じだったのに。
何かあるのかは聞いていないけれど、まさかマネージャーを頼まれるとは思っても見なかった。
何がそんなに透君を動かしたのか。
私の名前は甲斐奏。甲斐家の次女です。一応女子高校生で二年生。姉と弟に挟まれて気楽と言えば気楽だけれど姉と弟に売り回されているとも言える。
家は一応、長年続く鉄工所なので家も外観は古い。
高校はまあ、ちょっと洒落た感じの女子高で普通科の高校。セーラー服の高校が良かったし、将来は家で事務の仕事でもしようかと思っていたのでこの高校にしたのだ。
友達はそこそこいる。けれど彼氏はいない。理由はいちいち言うのは面倒だ。
友人は半分は私の趣味に理解があり半分はない。あんまり言いたくないけれどちょっと女子高生を気取っているんじゃないかと思う。そんな高校生のお昼は一種の情報交換の場だ。4~5人で机を囲ってお弁当を広げながら何となく話は進む。
「いやー、もうすぐ大会だよね」
夏本番は運動部にとっては大会の日々になる。当然ながら私は美術部なのであまり詳しくは分からない。
けれど私は思い出した。
「ねぇ、確か涼ちゃんってラクロス部でしょう? マネージャーって何するの?」
「そう言われても……私選手だし」
「あ、そうか」
「何、奏もマネージャーやるの? ウチで?」
「えー! 卓球部もマネージャー募集中だよ!」
「あ、ごめんごめん。やるの決まってるんだ。弟の高校の部活で」
私はちょっと頭を下げた。
意外にもマネージャーって需要があるらしい。数人の運動部が残念そうな顔をしている。
「何だ。マネージャーって需要があるんだ」
「需要というか、まあ人手はあって困らないんだよね。けど、奏の家は良いなぁ」
「え? 何が?」
「いや、弟がいるんでしょ?」
「いるけど」
「確か男子高校生だよね?」
と、卓球部の友達にも尋ねられる。
「まあ、一応そうなるか」
「一応って何、ちょー良いじゃん!!」
突然、ラクロス部の友達が叫ぶので私は肯定するしかない。
「だってさ、運動……いや、青春する青年たちを見放題!!」
「そうだよね!!」
透もインターハイは真っ只中。
偶然にもシードを得られたのでそれまでを訓練、特訓、そして将護と親睦を深める為の勉強会をしていた。勉強会はいつも将護の家で行われていた。
そんなまたある日。
事件は起きる。
そう。
あの姉二人と将護が出会ってしまったのだ。
簡単に経緯を説明するとその勉強会のある日。
透は将護の家ばかりでは悪いと思い透は思い切って自分の家に将護を招待する事を決意する。
何故、そんな大げさに言うのかといえば透の家は鉄工所だ。家の敷地内に鉄工所がありドンドンという音がいつも鳴るし、オイルの匂いで満ちている。透は産まれた時からこの環境で育っているので何とも思わないが普通の人間はそうは行かない。
招待した事はないがカルロスの反応なんて想像は取るに容易い。
将護ならばそんな反応もしないだろうと透は思ったのだ。二年に上がると選択で実技が増えるしそもそもそんなあからさまな反応を将護がするはずもない。
将護はそういう時には大抵ぴっしりとした服で来てくれる。
言っては失礼だが、そうなると童顔度が増すだけだ。
将護はきっちりお辞儀をして革靴を脱いだ。革靴はピカピカだし靴下は真っ白で本当に隙一つ無い。
「へぇ。お前の家って何作ってんの?」
「え、あ、加工っす」
「何の?」
「多分車の部品です」
「多分って……お前知らないのかよ?」
「興味なかったんですよ。産まれた時からここです。どうぞ」
「なるほどね。頂きます」
透は事前に準備してあった麦茶と茶菓子のせんべいをリビングというには古めかしい居間の机の上に置いた。
途中までは朗らかな勉強会だった。将護はとにかく頭が良く二年生なのに全国模試で七位に君臨するほどだ。
だから基本は全て将護から習うことになる。
なぜ家の人がいないのかというと姉二人が同人誌の販売イベントに参加してその隙に父と母は旅行に行く。透は選ぼうとすればどちらにも加われるが今回はどちらもパスしたのだ。
「お前の家は面白いな。外観と中は古いのにあるもんはハイテクじゃん」
休憩時間には透の部屋でマンガを読んだりして過ごした。
「俺の部屋にあるのは全部姉のお下がりっすよ」
「へぇ。いい趣味してるじゃん」
将護は透の部屋の中の本棚を見て言う。
ほぼマンガだが姉たちはその辺を一切妥協しない。
「俺には良く分からないっす」
「俺だって詳しくねぇけど。ぱっと見たことがある、聞いて『良い作品』だな」
透はそんな事より驚きを隠せなかった。家についての質問が一切無いのだ。匂いが変だ、とかこの音は何だという質問は一切と無く勉強会が始まってしまった。そうだろうとは信じていたがここまでバッサリと切り捨てられると逆に気になってしまう。
透は気が付いたら自ら尋ねていた。
「先輩は気にならないんですか?」
「いや、音とか……匂い」
「そういや……あ、お前の匂いでいっぱいだな」
「そ、……そうですか」
透は再び驚いた。そんな表現の方されたことは一度もない。
「お前に包まれてるみたいだ」
「ちょ、その言い方は……」
「わざとだ」
「ですよね」
と、時々彼はそう言う。そういう風に、と言った方がいいのか。洒落にならない冗談を時々言う。
そんな感じだった勉強会。ふと思い出したように将護は言った。
「そういや、なんでお前の家には誰もいねぇの?」
「姉たちはコミケ……同人販売で父と母はその隙に旅行に行くんです」
「なるほどな。お前は行かねぇの?」
「どっちにも行くことは出来ますけどね。今回は行くのを辞めました」
「なんで?」
「先輩とこうしていたかったから?」
こうして時々透がやりかえすと将護はカラカラと笑った。そう。このまま終われば良かったし、終わるだろうと透は思っていた。
場所が己の部屋ではなくリビングだったのがまずかったのか。男物の革靴が二つある時点でもう駄目だったのかは分からない。
ドタバタと音がして透は驚きペンをノートの上に落とす。将護はきょとんとした顔をしていた。
「何だ?」
「その、姉です……」
バン!! と扉が開いた。
「やったー!!」
「午前中完売だぜー!!」
姉二人が同時に帰って来た。透はノートの上に頭を落とす。将護はひたすらぽかんとしていた。
そして、姉二人は将護を見て持ち物がどさどさと落ちる。将護はその落ちた荷物に目線が行った。姉たちは透と将護を二度見つめる。一応、二人はシラフだとそこそこ頭の良いインテリ系女子なのだが中身はこれだ。
「あ、そっか。俺は透……君の先輩の佐竹将護です」
その中で将護一人マイペースに自己紹介をしていた。姉たちの考えることなんて言わなくても分かるし、するであろう事も想像するに容易い。
「きゃー!! 何、めっちゃ美人!!」
長女が叫ぶ。
「マジで、赤毛の美人!!」
次女の奏も叫ぶ。
『可愛い!!』
同時に叫んで将護の左右にくっついた。将護はただひたすたに地蔵のように固まっている。
「一応……言うけど、その人性格真逆」
「分かってるわよ!!」
「何度も聞いたしね。この人が透君が嫌いだった先輩?」
「違う! 別の方の先輩!!」
やつれた表情をしている将護は二人の姉に挟まれている。
「で、これどうすればいいの?」
「どうしましょう?」
透と将護はそんな姉たちを無視して会話を続ける。
「もー珍しく来ないと思ったらこんなかわいい子隠してたの?」
「ねー」
長女の言葉に次女も同意する。
「だから……その人は」
「分かってるわよ。あんたどんだけ大切なのよ。まるで別人じゃない」
「そうよ。見た目と性格が違うって話だけでも、もう数万回聞いたわよ」
だから会話が全く噛み合わない。何だか透は眩暈がしそうになった。
「俺の言った通りなの!! この人は中身は違うって!!」
「じゃあ何。可愛いって言っちゃ駄目なの?」
二人の姉に将護は見つめられる。慣れてるとはいえここまでストレートな反応も久々だ。
「そうですね。いやっす」
正直に答える。制服のままだと中身は別に可愛くない、と伝えることは中々難しい。そして将護も肯定すべきか否定すべきか悩む所だ。自分で可愛いと認め叫ぶ性格ではないし、否定し過ぎれば逆にまた面倒なのは長年の経験で分かっていた。
「でも可愛いもんは可愛いしなぁ」
長女は唸る。うんうん、と次女も頷いていた。そんな二人を見て将護は何かが閃いたように手を打った。
「わかった。じゃあこうしよう。そんなに俺が気に入ってくれたのなら明日のインターハイの手伝いをして下さいよ」
「え」
「それ、私たちに言ってるの?」
長女は驚いているが、次女の奏は少し動揺しただけで頷く。
「そうだよ、姉さん。透君に頼まれたでしょ?」
「まだ遥姉さんには言ってなくて……二人揃うとこうなるって分かっていたから」
透の言葉に将護は頷いた。
「じゃあ、お願いします」
「もちろん。良いわよ」
流石、無駄の無い提案だと透も頷いた。出会ってしまったのならもう困ることもない。ならば手伝いを増やしてしまえばいい。
しかし透は気になって将護に尋ねる。
「嫌じゃないんですか?」
「嫌だけど言われ慣れてるから」
そんなこと言われ慣れても仕方ないけどな、と将護は呟いた。将護は華麗に姉二人をスル―して話を進める。
「に、しても初戦が烏丸高校とはな……」
将護が言うと透は嫌そうな顔をした。よほど前のパートナーが嫌いだったらしい。
「そうですね……」
冷静そうに見えるが実際は違うのだろう。理由は詳しくは聞いていないが何がそんなに嫌なのか将護あの一件で何となく分かる気がした。
「安心しな。その試合で全部蹴りを付けてやるよ」
「……え?」
ポカンとする透と違い姉二人は別の意味で驚いた。話だけ聞くのではなく実際に体験するとそれはまた違うものだ。
「……ねぇ、こういうのってなんて言うんだっけ?」
「男前? いぶし銀?」
「そう、それ! ギャップ萌えってやつ!!」
「そうそう!!」
きゃっきゃと喜ぶ姉妹を見て将護はもう慣れきった様子で茶を一服していた。
「俺だってそりゃあ筋肉ムキムキになりたかったさ」
「いいの!! そのままで!!」
長女が叫ぶ。
「そうだよ!」
次女も同意した。
そんな反応も今までに経験している将護は溜め息しか吐かない。怒る様子の無い将護を見て透は一先ず安心する。
「お前が自分の家に人をあんま誘わない理由はこれか」
「う……そうです」
やはり将護は気が付いていた。
そんな二人のやり取りを無視して姉たちは騒ぐ。
「いいじゃない、マネージャーってやつ!!」
「しかも男子高校の、だよ。姉さん!」
そして透は本当に頼むべきだったのかと若干後悔している。そんな様子の透を見て将護は囁く。
「大丈夫、大丈夫。この反応でだいたい人種は分かった」
「え、知ってるんですか?」
「知ってる、って言うか経験はしたことあるぜ」
将護は疲れ切った表情で言った。
「なんだか……すみません」
「もう地雷は踏み抜かれたからなぁ。自分から言っても別にナルシストでもこの顔が気に入ってる訳でもないから言いようが無くてさ。困るんだよな、毎回」
「そう……ですよね」
「透だってイケメンじゃん」
「え? そんなことは……」
何かを言いかけた透を遮り長女は叫ぶ。
「大丈夫! その辺は分かってるんで!」
「そうそう!!」
次女も同意する。
『だから楽しいんです!!』
その言葉に二人はさすがに脱力した。
しかしシード枠にしても中々凄い。このまま勝ち進めれば最後にはカルロスと一馬のペアと当たるのだ。
幾ら同じ高校でも仲間だと言ってもコートを隔てれば敵になる。
高校関係なく全員が敵になる―。
合戦が始まるのだ。




