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銀翼の翼  作者: kisaragi
夏の戦
19/22

第一戦 刃と剣持ちし侍

 気が付けばカルロスは真面目にバドミントンに切磋琢磨していた。


 周囲には全員が経験者。更にカルロス他はダブルスが上手い。そして最も実力が不透明なのが兼平だ。


 練習では常におちょくられる。一馬や将護の様な火力のあるタイプでも無ければ透の様な完全防御タイプでも無い。何と言えば良いのか分からないが弱い訳ではないらしい。


「アイツは弱かねぇよ」


 そう言うのは国雪だ。国雪との仲も不透明だ。悪くは無さそうだがそれにしてもこざっぱりし過ぎている。かと思えばやたらとお互いに詳しい。


「え……そうなの?」


 何時も朝にランニングに出る国雪に父シャルルが作った弁当を渡すのがカルロスの仕事になっていた。国雪は群青大付属のジャージで簡単にストレッチしていた。


「高校入るまではアイツとダブルス組んでたこともある」

「マジで!? だってインハイ出てないって……」

「ああ、出て無かったな。去年はそっちに上級生が多かったからじゃねぇの?」

「なんか……多分違うっぽい」

 そこまではカルロスには分からない。けれどどう見てもサボる為に試合に出なかった訳では無さそうだ。微妙な間に国雪が話題を変える。

「そんで。技の開発は進んでいるのか?」

「てたら苦労しないよ」

「……だよな」


 国雪は弁当を受け取り溜め息を吐いた。


「恥覚悟で良いなら来れば」

「……え?」

「ウチで練習試合があるんだ。烏丸高校と」

「国雪、出るの!?」

「アッチからのご指名。そっちの二年生、強打系の選手しかいねぇじゃん。お前も強打しか打てないけど。てんでスマッシュじゃない。そっちの二年生以上に打てないならボコスカ打ってもお荷物だよ」

「うっ……」

「ウチはダブルスはそっちに負けてるんだよ」

「も、もしかして……やっぱりさっちー先輩ってスゴい……」

「もしかしなくても凄い。やったの上級生で卒業しちゃってるけど。あれだけスマッシュの威力を打ち分けられればそりゃあな。普通の火力タイプと違ってすっげぇ賢いし器用じゃん」

「う、うー……型真似ただけじゃてんで違うんだよ……」

「フェイントでも覚えればマシになるんじゃねぇの」


「フェイント……」



 そりゃあ、技が欲しい。

 けれどそんな技術がカルロス自身にあるのか。

 基礎運動能力だけでは到底敵わないのは理解出来る。


 藍夕のバドミントン部は相変わらず権力底辺で朝練はランニングがお決まりになっていた。午後はどこかしらのコートが使えれば運が良し。

「練習試合?」

「が、あるんですって」

 朝、国雪とは違うコースでランニングしながら藍夕に向かうと旧体育館に既に兼平がいた。朝練は基礎運動能力、簡単には各自筋トレになってしまうことが多い。

 兼平も兼平で謎が多い。

「そうなの。国雪がおいでって?」

「言い方は違うけど。まあ、そんな感じっす。烏丸高校……だっけ?」


 その時。透の動きが止まる。


「あらー。また強豪だねぇ。良いんじゃない。参考になると思うよ。国雪がどんな選手か分かるだろうし」

「へ……」

「聞くより、実際に試合は見た方が早いよ。地方戦で早かれ当たる。国雪はシングルだろうけどね」

「ぶちょー、勝てるんすか?」

「どうかなぁ」

「おい、気迫が足りん!」

「あいたっ!」

 兼平は一馬に膝カックンを食らっている。


 透の様子を見て将護が止まった。何だかんだ知識なら副部長である将護の方が遥かに博識だ。


「やっぱり烏丸高校か」

「え……?」

「あそこ、確か結構ダブルスは強かったんだよ」

「先輩、知ってるんすか?」

「名前だけな。当たったか記憶にねぇ」

「うえっ!?」

「そう言ってやるな。一応は去年、全国16位まで勝ち残ってそれだけ試合こなしたんだ。俺も最後負けた試合は鮮明に覚えてるんだけど、高校名で聞かれると記憶は微妙だな」

「そんなことより、お互いに合わないから合わせる方が大変だったぜ」

「それは同意だ」

 と、将護と一馬はお互いを見て疲れきった表情をしている。

「試合は?」

「今日の午後」

「気になるなら行っておいでよ」

 ぽんっと兼平に背中を叩かれた。



 そういう経緯で練習試合を観察することになった。全員で行った所で五人だ。昼にメールで国雪に伝えれば許可はあっさり出た。


 意外にも全員来るとは思わず。


「お前、それでいいのか?」


 そして、昼休み。屋上でそう問いかけたのは意外にも透だった。スマホを持つ手が止まる。


「俺が経験値不足なのは事実じゃん。部内だけだとどうしても同じ事の繰り返しだし……」

「お前にしては珍しく正論だ」

「あのさぁ。お前、さっちー先輩と他で対応違いすぎ」

「五月蝿い。俺は基本的に尊敬する人にしか屈しない。けれど、インハイまでにお前が選手として確立出来るか保証もしない」

「他に言い方……無いの?」

「無い」


 それはそれで見た目通りだが。


「それでも全員来るとは……」

「そりゃあ、興味あるだろう。全国帝王だぞ。お前は近すぎて凄さが分かって無いんだ」

「そーだけど! 国雪はそもそもべらべら喋んないんだよ! 自分の技とかさ」

「そういう人らしいな」

「え……」

「雑誌のインタビュー。随分こざっぱりしていた。そういう人だろう。練習試合、鑑賞に誘われただけ仲は悪くないんじゃないか」

「敵として認識されて無いんだよ……」

「それも事実」

「うっ……」


 しかしこれが透で、何だかんだカルロスは慣れてしまった。実に真実しか言わない男である。愛想というものがほぼゼロ。ただ、カルロス自身は嫌いでは無かった。国雪との微妙な関係を知ってもこれである。今現在信頼性が最もあるのは藍夕の二年生のみ。彼は彼で何ともこざっぱりしている。変に他人と馴れ合わない。今も勝手にベンチに座り昼食らしい焼きそばパンをもぐもぐと食べている。カルロスに気など微塵も使わず。使われても困るので構わないが、そんな同年代は同学年で新鮮だった。


「二年生はそりゃあ強いんだけど、バドミントンは力だけじゃない。見た方が早い。それも事実だ」

「力だけじゃない……」

「多分、大友先輩は若干鷹飛選手に寄ってるんじゃないか。中学同じみたいだし」

「えー。あのおちょくってる感じが?」

「違う。試合運びの方向性が」

「うーん……」

「だから見た方が早いんだ。説明してお前の頭で理解出来るか」

「その言い方! さっちー先輩にチクっちゃうぞ!」

「勝手にしろ。その程度で佐武先輩が怯むか」

「うー!!」

「お前に何度説明したよ。射場先輩だって結構パワータイプの選手だ。補助にしとくのは勿体無い。多分だけどお前、パワータイプの前衛じゃない。センスねぇよ」

「うぅー!! それも何度も聞いたよ」

「寄ってるなら鷹飛選手だろう。何度後衛を教えてもお前の頭では無理だ」

「お前なぁ!!」

「何十とお前の為に時間を費やしたこちらの身にもなって欲しいね」

「うぅー」


 そう言われるとカルロスは風船が萎むように萎むしかない。

 一応、何度か透と特訓はしたのだが後衛の技術はまるで理解が出来なかった。それこそ一馬に任せた方が遥かにマシである。彼は彼で透ほど後衛に特化した選手という訳ではない。確かにカルロスの方向性次第ではもっと活かせる。


「国雪の試合か……」

「俺も見たことはないけど、パワーでガツガツやる人じゃないな。聞いたことがない。もっと技術を積んだタイプらしい。お前も射場先輩もどっちもどっちでこなせればある程度マシなチームだと思うけど」

「言うのは簡単だぜ……」

「どっちか、どっちで括るなよ。将来シングルやる気なら余計だ。そういう意味でその試合は鑑賞する価値はあるだろうな」


 しかし透は相変わらずバドミントンに関して詳しい。そして彼の言うことは大体正しい。


「じゃあ、何でお前は来るの?」

「相手が烏丸だから」


 透はパックの牛乳にストローを挿しながら険しい顔をした。


「へ?」

「全く。本当に何も知らないな。烏丸も群青と同じエスカレーター式な訳。俺、中学烏丸」

「へぇ!?」

「ダブルスまでやるのか知らないけど。きっとアイツはいる。佐武先輩に何かされるのは困るんだよ」

「何かって……」

「気性の荒いヤツだからそもそも練習試合なんかに来るとは思えないけど」

「エスカレーター式なら何でそのまま行かなかったの?」

「……お前、本当に空気読めないな。嫌いだったから」

「は? じゃあ、組まなきゃ良かったじゃん??」

「それが出来たら俺はここにいない」


 透はキッパリと言った。そしてそのまま口を閉ざして去って行った。



「何だ。そこそこ仲良しじゃん」


 そしてそれを見てそう言うのが将護である。そりゃあ、あの程度で怯む訳はない。昼休みに屋上で一人過ごす事が多くなったカルロスに必然的に会いに来ると思われる人が来る。


「そう見える先輩の眼力はどうなってんすか……」

「透の事情ぐらいなら聞かずとも知ってる」

「うえっ??」

「アイツ烏丸中学でダブルスやってたんだよ。そこそこ有名な選手で。要塞の壁って通り名があったぐらいは」

「そういうことか……」

「アイツのトラウマ作ったのが多分相方の選手なんだろうな。また有名だよ」

「え??」

「俺、多分やったことはない。名前だけなら知ってるけど。確かに気性の荒い選手らしい」

「へぇー……」

「後は放課後。見れば分かる」

「じゃあ、先輩が行くのって……」

「お互いの為、かな。別に試合にそこまで興味はないんだけど。一応知っとかなきゃ不味いじゃん? 俺が行くって言えばアイツは来るだろうし」

「先輩と透って上手く行ってるんですね……」

「ま。それなりに」

 確かに。この二人はまだ本格的な公式戦を前にしては仲が良い。更に先輩と後輩という括りにしても。



 こうして群青大付属高校と烏丸高校の練習試合を鑑賞することになったのだ。

 経緯は経緯だがやはりいい気はしない。遥かに整備もコートも整った群青大付属高校の体育館。鑑賞席に二階がある。二年生はさほど普段と変わらない。透は何時も以上に無口だ。さて。やって来た烏丸高校は全員黒いユニフォームでやたらと体格の良い選手が多い。透は何も言わない。様子を見るに彼の気にする選手はいないらしい。


「ねぇ、今日の相手って……」

「多分、全員一軍メンバーじゃない。学年が下だ」

「そりゃあ、また舐めてますねぇ」


 将護の言葉に透は頷いた。


「そういう連中なんです。相手……鷹飛選手に隙は一切無いっすね」

「そーだね。雪ちゃんは変わらないよ」

「あれが……」


 そう。国雪は至って普段通りだった。練習試合だからと変な力は一切入っていない。綺麗にユニフォームを着てウォーミングアップは既に済ませている。ラケットを吟味してシャトルも選んでいた。

 ぶっちゃけ、カルロスはあの日以来になるので少し緊張している。相手は遥かに国雪より体格の良い選手でやたらと筋肉質だ。透に向けて指差す。


「何」

「えっと……相手は……」

「鷹飛選手の一個下だ。佐武先輩と同学年だけど。それぐらいしか知らない」

「へ?」

「完全に偵察の捨て駒だ。本人に自覚があるのか知らないけど」

「なんか、スッゴクイキってる感じに見えるけど……」

「烏丸にはそういう選手が元々多い。見えるんじゃなくてそうだよ」


 試合が始まった。

 烏丸の相手はまた強引にサーブを打つ。アンダーだが中々力がある。これで捨て駒だと言うのだ。カルロスは少し手が固まる。

 国雪はほとんど中央から動かずサーブを返す。相手はまた強引にスマッシュを打つ。やはり威力はある。けれど国雪は相変わらずあまり動かずそのシャトルを緩やかに返す。

 バシュッ、コーンと音が響く。


「……凄い」

「え?」

「確かに相手は二軍だけど。試合に出すんだ。当然プロのコーチは受けてる。それがまるで歯が立って無い」


 その言葉の通りで烏丸の選手はこれでもか、と強打で攻めるが国雪はヒラヒラとシャトルを返すだけだ。それでも点が入る。


「あらー。雪ちゃんには悪手だねぇ。力技で何も考えてないよ。ありゃ」

「へ? ペース配分ぐれぇ考えてるだろ?」

「ペース配分は。コースど直球っすよ」

 一馬の疑問に透が答える。

「ありゃ、当たりたくねぇタイプだ」

 将護が意外にも興味深そうに頷いた。

「へ?」

「最近、コース教えただろ?」

 カルロスは頷く。最近、簡単だが基本的なコースの打ち分けを覚えたのだ。

「でも国雪の打ち方は全然コースじゃない……」

「わざとそう打ってんの。ただ返してる様に見えるけど、違う。相手が打ちにくい場所に打ってる。流石。全国帝王って呼ばれるだけあるな」

「あんな緩やかでも意味があるんすか?」

「緩やかだから意味があるんだろう。強打が壁から返れば強打だ。けど、緩やかに変な軌道の球は……」

「……余計に力がいる」

 将護はカルロスの言葉に頷いた。

「変なモーションは入ってるよ。けど、スマッシュも技も何も使ってないねぇ。相手がど直球過ぎだ。ちょっと考えてずらすだけで点が入る。これじゃあ完全に相手にならないよ。幾らなんでも国雪を舐め過ぎ。高校生と甘く見たね。向こうの監督」

「えっと……つまり国雪は全然本気じゃないんだ……」

 国雪の打ち返すシャトルは全て緩やかだ。しかし、絶妙な方向に転がる。それが全て偶然では無いと言うのだ。

 相手の強引なスマッシュがまた緩やかに返る。コンッと音を立て、ネットにぶつかり緩やかに転がり絶妙な場所に落ちた。


 一気に烏丸の選手達は静まる。


「……凄い」


 国雪に焦りの表情は一つもなく一ゲームが終わった。相手とて必死だ。そんな様子を一馬は苦虫を潰した様な表情で見る。

「なるほど。当たりたくねぇ。同意だ」

「完全におちょくられてますね」

 二ゲーム目。また相手がど直球に強打のサーブを打つ。気持ちは分かるがカルロスでも悪手だと思う。国雪はまたそんなサーブをバックステップで受けてそのまま返した。

 兼平とは違うが。確かに真剣ではあるが必死でも本気でもないのは見て分かる。


「良く見て。あれがバドミントンだから」

「……あれが」

「噂通り。かなりの戦略家っすよ。二ゲーム目はかなり前に出てる。それだけでフェイントに強打を打たなかった。それでも点が入る」

「ま。帝王の貫禄って感じだわな」


 烏丸の選手の強引なスマッシュと共に悔しそうな叫び声が聞こえた。

 話だけではない。国雪は本当に強い。相手の監督は審判兼偵察の様子だがそれでもボードを捲る手が震えているのが遠目で見えた。


 結果は既に分かった。

 元々将護は当たる事がほとんどない選手だ。烏丸からダブルスが出ないのならこれ以上ここに居ても仕方ない。トイレだけ借りてさっさと帰ってしまおう、としていた。


「おい、こそこそ偵察か」


 ガンッと音がした。

 制服は黒のブレザー。烏丸高校の生徒だ。この程度に売られた喧嘩を買うほど暇ではない。

「どうせ当たるかも分かりませんよ」

 と、一応敬語を使っては見たが様子を見るに同学年だ。

 さて。どうしたものかと将護は見上げる。ぼっさりした黒髪の切れ目。

 見覚えがあり内心で舌打ちした。

「それはそっちが負けて?」

 また噂通りの性格だ。


 名前は双六祐志。烏丸の二年生。ダブルスの一人だ。名前は噂とトーナメント表で知ったが噂に違わぬ性格だ。一々相手にする方が馬鹿らしい。しかも場所は他校だ。


「あの。そんな見え透いた喧嘩売る暇があるなら群青とダブルスでもやったら?」

「ぁあ? お嬢ちゃん。美人だからって上手く行くと思うなよ!」


 更に内心で舌打ちする。


「あの。だから、当たるかも分からない相手に」

「うっせぇよ! ダブルス出るなら全員俺にぶっ潰されるんだよ!」


 ガンッと何かが吹っ飛んだ。

 いい加減にしてはくれないか。一応、睨んでも無駄そうではある。


「あのー。帰る。帰ります。失礼しましたぁー」

「……お前、それで舐めてませんと堂々と言う気か?」


 チッ、無駄に観察力だけは良い。伊達にダブルスはやっていない、ということだろう。それならそれで結構だ。


「だったら。一応群青側から許可貰ってるんで。勝手してどうにかなっても知らねぇぜ。大会前に」

「あぁ!?」


 もう一度、ガンッと音が響く。

 しかし衝撃は来なかった。うっすら目を開くと拳が将護の目の前で止まっていた。カタカタと震えている。


「嫌な予感がすればこれだ」

「……お前」


 後ろに立っていたのは透だった。


「おいおい、随分偉くなったじゃん? 上で鑑賞会とは」

「俺にどうこうちょっかい出すのはいい。この人に触るな」

「へぇー。大層なお言葉だ。そんな弱っちいのかよ、このお嬢ちゃん」

「馬鹿。逆だよ。分からないだろう」


 どうでもいいが、将護の真上でガタガタと言い争うのはどう考えても気分が悪い。一応、向こうはただイキっているのでは無く相応の力があると分かっただけ収穫だがそれでも失礼にもほどがある。


「おい……」

「ちょっと、祐志!! その人達は正式に許可貰って来てるんだよ! 変に手を上げないで!!」


 その時、眼鏡の生徒がその腕を掴んだ。


「あぁ? 放せ、メガネ! こんなお嬢ちゃんが……」

「ちょ、マジでごめん、コイツ馬鹿なんだ。その人、佐武将護だよ!」

「……は?」

「別ブロックで当たってないけどウチより上。ベスト16」

「あー? 何、壁が今度は御大層に弾でも持って来たって?」

「黙れ」

「……あの……この人本当に馬鹿なんだ……その」

「……どうでもいいんだけど」


 そして将護は静かに唸った。


『へ?』

「どいつもこいつもガタガタ真上で五月蝿いんだよ!」


 二人は一緒にトイレから吹っ飛んだ。

 透はただぽかんとするだけだ。


「いいぜ、言い触らせ。そのお嬢ちゃんに吹っ飛ばされましたーってな」

「なっ」


 また恐ろしい表情で将護は床に転がる二人を見下ろす。


「行くぞ。こんな連中一々相手にするな。時間の無駄だ」

「は、はい!」


 将護は何事も無かったかのように体育館から出た。途中、鷹飛国雪とすれ違うが表情一つ変えず。


「……ぱい、……先輩!!」

「何」

「あの……」

「一軍の試合は見てない。けど程度は分かった。無駄だ」

「……先輩」

「いいか。お前も一々気にするな」


 それは物凄い迫力で透は無言で頷いた。その様子を見て将護は溜め息を吐いた。


「何でこんなレベルが低いんだ?」

「エースの親父が監督で……」

「なるほど。性格そのまま上がいる訳か」


 透はもう一度頷く。


「最後に言って置く。一緒にするな」

「……はい」

「大友伝に群青に伝えてやるよ。真面目に相手するだけ無駄だってな」


 ピッと将護はスマホのボタンを軽くタッチした。


「……やっぱり、先輩は凄い」

「何が。だから一緒にするなって。向こうのレベルが低いんだ。脱したのはある意味正解だ」


 透はただ驚くしかない。しかし将護が見た目と中身が真逆だと知っているのに。本当にいざという時の迫力は何処から出るのか。


「ありがとう……ございます」

「別に。当たってボッコボコにしてから言えよ」

「……はい」


 それは見習わなければならない強さだ。



 そして将護から珍しく長文のメールが着た。


「相手するだけ無駄、か……」


 その通りかも知れない。

 試合は既に向こうの負けが確定している。それでも国雪にいちゃもんを付けられればそれはただの無駄だ。


「先輩……?」

「二人は帰って良いよ。試合はもう結果を見なくても分かるでしょう?」


 二人は頷く。

 酷い試合だ。

 相手の選手はただの捨て駒で。勝手に烏丸の選手は群青を謳歌している。その為の試合だと。それであのいちゃもん。

 幾らなんでもレベルが低い。

 選手として悪く無くとも人として終わっている。


「何処からどう見てもそっちの負けでしょうが。ダブルスコアで」

「兼平!?」

「こそこそ偵察か」

「勝手に言ってなよ」


 それでもまだ言える文句があるのかと呆れるしかない。兼平はコートまで降りて立った。


「お前、何で……」

「新人研修。その選手二軍だって」

「それぐらい知ってる。けど、ウチで当たって他に怪我人出す訳には行かねぇんだよ」

「じゃあ。もう良いんじゃん? どうせ本気でやったって結果は分かるでしょう。二軍で負けました、って上手く話せば。そっちのエース、出して傷付けるよりはね」

「何……」

「雪ちゃん、分かるでしょう。無駄だよ」

「そりゃあ、そうでも。一応、コーチ通してるなら」

「そっちのコーチの管理不足になるけど」

「……兼平」

「何、何だよ! 突然、邪魔するな!!」

「それ以上、程度の低さ去らすのはただの恥だよ」


 兼平はうっすら瞳を見開く。長年の付き合いで国雪には分かった。完全にブチギレてる。この時の兼平に喧嘩を売るのはただの身を蛇に差し出すのと同じだ。国雪はまだ何か叫んでいる烏丸の選手の肩を掴む。


「何……」

「無駄だ。兼平、柔道黒帯持ってる。普通に喧嘩売っても負けるぞ。その辺のヤクザより強い」

「なっ……」

「今日のごたごたは見過ごすから素直に帰れば」

「何……で……」

「一応、偵察程度だって理解はしてたけど」


 結局、ゴタゴタ何か騒いで烏丸の選手は帰って行った。やれやれ、と国雪は見送る。噂に違わぬ高校だ。保険とは言え、己より強い兼平を呼んで正解だった。


「国雪。また随分、手緩くやったね」

「まさか。一応、仕込み含め八割さ」

「嘘はいけないなぁ。俺が見るに六割でしょ。一応、一軍は居たけど。お陰様でカルロス君の研修会にはなったけどね」


 体育館は人が去り静かだ。兼平から投げられたタオルを受け取る。反省会もない。どう見ても本気で相手にしていない。それで正解なのだけれど。


「アイツに大っぴらに試合見せるの嫌なんだよ」

「何で?」

「俺、自分で自分が強いデスーって言ってるようなもんじゃん?」

「何、そんな気使ってるの?」

「でなきゃ連中と同レベルだよ」

「実際、強いんだから仕方ないじゃん?」

「……お前、俺にアイツらみたいになれって?」

「それまた極端だけど。簡単に負ける訳にも勝つ訳にも行かないんでしょう?」

「……かねひら」

「大丈夫。分かってるから。また何かあったらこっち使いなよ」

「うん……」


 国雪はコンッと兼平の肩に頭を置いた。その頭の上にタオルが被せられる。


「良いよ。弱音言いなよ。キツかったでしょう。最近は」

「……ん」

「急に家族が増えて、辛いのは向こうだけじゃないんだけどね……」

「それ、カルロスに……」

「言わないの?」


 国雪の頭は上下に揺れた。

 言ってしまった方が楽なのに。こう決めてしまったなら国雪は意地でも言わないだろう。兼平はぽんぽん、頭を叩きながら深く息を吐いた。



 友人の大友兼平の情報によればカルロスは地方選に選手としてダブルスで出るそうだ。


 受験勉教、を口実に何度か兼平と会い一応は受験勉強をしていた。

 ごく一般家庭の大友兼平の部屋はまるで本人をそのまま形容したかの風貌で、やたらと電化製品や簡単なトレーニング器具が豊富で兼平らしい小物が無造作に勉教棚の上に鎮座する。


『らしい』とは。

 カルロスはあまり部活内の諸々の事情を話したがらない。

 何でも自分の実力は戦った時に見せる、とか何とか。

 別に国雪も無理してまでカルロスがどう成長しているのか知る気は無かったが、それでも時折見る妙に的確なトレーニングをしている姿には何度か驚かされた。


 珍しく。

 兼平の方から声を掛けて来たので兼平の家で受験勉強をしていた。彼は工業高校なだけあり理数はめっぽう強く他文系は死んでいる。

 一応は受験勉強なだけありお茶に茶菓子はちゃぶ台の上に鎮座する。


 二人で真正面に向き合う。と言えば少し大袈裟だが、お互い勝手知ったる仲であるので妙な緊張感はない。

 久し振りではあるし、お互いに違う制服や教科書を見ると妙ではあるが。

 全くやる気の感じられない兼平の物理のノートを手に国雪は溜め息を吐いた。

 それでも普通科、スポーツ専攻科、情報科までしかない高校の国雪の授業より遥かに進んでいるし内容は難しい。


「そう言えば、カルロス君は家にいないんだ?」


 試験となれば学年は関係ない。成績は大丈夫なのか確かに疑問ではあるが。

「ランニングに出てるよ。最近、雨が続いたから体が鈍ってるって」

「そう言えばそうだね」

「ランニングぐらいメニューに取り込んでねぇの?」

「ないよ~。自由。良くも悪くもウチは少数精鋭で、今フルで試合をこなせるの透君とさっちーのコンビじゃない?」


 今までこんなこと無かったのに。

 妙な沈黙が最近は何故か気不味い。


 高校が違うだけに部活のあり方も大きく違う。


 国雪の通う群青大学付属高校はそれこそ大~幼までバドミントン部は一種の伝統として存在する。

 確かに情報ルーツの面に置いては優れた高校だが進路をスポーツ専攻科にする生徒が多く団体戦やダブルスでは知名度は少ない。関東大会で団体戦に敗北したのは苦い思い出だ。

 更に同じ学年のダブルス個人戦での試合がまるで歯が立たなかった。

 名前も知っている。二年生の佐武将護。我らが群青の先輩をダブルスでボッコボコにしてくれた選手だ。兼平の口振りに今年もダブルスで出るのだろう。


「……五人」

「そうなんだよ~。でも、内三人は経験者でぶっちゃけ強いよ~」

 ノートの上にトーナメント表を掲示する。

 相変わらずの少数精鋭だ。

 内二人が兼平とカルロスになる。

 兼平とカルロスがあんまりベラベラと話してしまうのですっかり覚えてしまった。隠す気は更々無さそうだ。

 一年二人。

 二年二人。

 三年一人。


 これが普通の強豪校ならばまず有り得ない。


 この時期はレギュラー選抜があり選手に選抜されると卒業生のOBが付く。

 国雪は一応は選抜に参加するが負けることも無く。OBが付いた所で色々と面倒なのでほぼ放置だ。

 藍夕は時々カルロスから聞くがどうやら同じ一年が経験者らしく名前も聞き覚えがあった。

 要塞の壁、甲斐透。

 そして弾丸スマッシュの佐武将護。中々嫌な組み合わせだ。

 既に群青では警戒されている。

 むしろ何故そんな選手が無名の藍夕に進学したのだろうか。


「お前、そもそも一年に頼るなよ……」

「それはそうなんだけど。寧ろ出さずに、って方向も無くもないんだけどさぁ。彼もやる気があるみたいだし。カルロス君だってやる気はあるようですよ」

「……ぶっちゃけお前って部長向いてねぇよな」

「ぐはっ、それを……それを言っては……」

「言われるほど気にしてもねぇよな」

「む。そうだけどさ……」


 そう。部長なんて恐れられてなんぼだ。兼平にはむしろそれがない。良い意味では逆に下、二年生がかなりしっかりしているらしいとカルロスから話は聞く。


「ま、そっちの二年生は良いよな」

「そーだねぇ。強いし。しっかりしているし」

「時々ある謎の知識って……」

「まぁ、さっちーですね~。彼は実家が整形外科で多分父親、柔整も持ってるね」

「……マジかよ。ウチは選択だぜ」


 国雪は手を止めて少し驚いた。接骨院になるのには必要な資格が柔整だ。基本的に専門学校や短期大学で資格を取る生徒が多く座学だけでは無く柔道初段も必要になるので必然的に柔道もやらなければならない。選手並みに強くなる必要はないが初段にも試験があるのだ。群青大付属でもその道を見据えて授業を選択すれば難しくはない。

 ただ、医療方面に片足を突っ込むので授業は当然その科が多くなる。

 選手というよりはコーチとしての道を選ぶのと同様だ。

 選手としての道を選ぶなら必要はない。

 しかしそれはつまり己が選手になれるという自信と才能を持ち合わせていると信じることになるのだ。


「雪ちゃんは相変わらずミントン一択だね」

「選んじまったら逃げようがねぇよ。むしろ兼平、お前は……」


 どういうつもりなのか。どうする気なのか。


 それを問いかけるのは少し怖かった。数式を解く手が止まる。

 何故に工業高校に進学したのだろうか。それはずっと心に引っ掛かっていた疑問だ。確かに兼平は元々理数系だった。工業でものらりくらりとやっているらしく成績は上の中。更に元々柔道黒帯は持っているし公式戦の経験もある。これが普通科ならばもっと上を狙える。柔道部でも問題なし。

 彼の実家が工業系な訳はなく。確か普通のサラリーマンだった。片腕を頭に乗せながら数式を解いていると時々兼平は赤ペンを取り出した。


「そこ、違うよ。こっち」

「……あーあ、さっさと夏大始まらねぇかなー」

「こっちはむしろ有り難いですね」

「何だよ、その雑な敬語」

「あのー、……だから、一応は敵選手なんだけど……」

「お前ん所、ダブルス以外無警戒だけど」

「うっ……」

「何だよ。お前最近変だぜ。そもそも、お前は……」

「何、少しは一緒の所。来て欲しかった?」


 兼平の言葉に手を止める。


「だったら」

「ちょっと嬉しいかなー。雪ちゃんの隣は結構キツいんだよ。カルロス君はそりゃあ、悪い子じゃないし頑張って欲しいけどポジション取られる訳にも譲る気もないんだよね」

「……お前、本選で俺とやる気?」

「他に目標なんて無いよ。帝王の国雪君」


 スッと兼平の瞳が細まる。


「何で……」

「何で、だと思う?」


 逆に聞かれても困る。

 兼平と公式で試合をした記憶がない。それはつまりコートを隔てて。ダブルスでならばあるが。そもそも兼平は歴だけならほぼ国雪と同様だ。小学生の頃に出会ってから。自分の父親兼コーチにボッコボコにされている国雪を見て間に入った唯一の友人なのだ。そして唯一国雪とダブルスが組めた選手でもあるから弱いとは言わない。

 むしろ柔の技で揺るやかな時間差を仕掛けてくる、見た目を裏切らない戦法の選手だ。ダブルスでもシングルでもやれるポテンシャルもある。


「……何かしたのか? お前を敵に……するぐらい」

「分かってないなぁ。全く。だからやるんだよ」


 コンッと額にペットボトルが当てられる。そこに敵意は感じられない。から困っているのだが。明らかな嫉妬な訳はない。ならば何だと言われても判断がまるで出来ない。兼平からペットボトルを奪う。

 カルロスに聞いて分かる訳はない。全く困った連中だ。

「お前……ただ一年寝てた訳じゃ無さそうだ」

「当たり前じゃん。さてと。藍夕はコーチをどうするか、だ」

「何、いないのかよ?」

「いや。いるにはいるけど。頼むかは我々のやる気次第なんだ。カルロス君にはいても良いし、あの子の性格なら相性良いんだけどさぁ。経験者とは相性悪そうだなぁ。特にあの二人は二人で完結しちゃってるから」


 兼平は赤ペンをくるくると回しながら言った。相変わらず自由な高校だ。

 こっちは練習メニューは強制だ。コーチも元オリンピック選手がいる。

 そりゃあ、私立と公立なら違うだろうけど。



 もうすぐインターハイが始まる。


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