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銀翼の翼  作者: kisaragi
先端に刃がついた武器持つは将
18/22

桑弧蓬矢

 

 その日はぼろ敗けで怪我だらけで。確かに散々だったけれどそれよりもっと重大な問題がある。


 このままでは誰にも勝てない。


 初心者で。初心者だから。許されていた瞬間の数々。思い出すだけで部屋の中から見る旭は目に染みる。

 気が付けば朝練を積極的にするようになった。

 今までこんなことはあっただろうか。

 カルロスは運動神経は悪くない。だから努力をしてこなかったという話ではないが。

 悔しくて。悔しくて。


 やはり技が必要だとカルロスは思った。


「うぉ、まぶし」


 むっくりと起き上がったのは国雪だ。相変わらず綺麗な黒髪なのに寝癖でぴょこぴょこと短い髪が跳ねている。この部屋に来て数日。今ではすっかり馴染んで……いるような。いないような。そんな存在だ。それはカルロスも同じだが。


「お前、初心者のくせに負ける度に落ち込んでどうするよ」


 事情は聞かなくても。その傷だらけで包帯だらけの顔を見れば察する、というか懐かしい。始めたばかりの頃は良く国雪もこういうボコボコにされたものだ。


「でも……悔しいもんは悔しい!!」

「つか、別に負けた訳じゃないって兼平に聞いたけど」

「国雪……ぶちょーと話、したの?」

「アホか。会話ぐらい普通にするよ。ダチだぜ」

「……そう。負けた訳じゃない。でも負けなかったのはセンパイだ! 俺じゃない」

「それも聞いた。噂通り。そっちの二年はスゲーのな」

「ぐぬぬ」

「で?」

「俺も技が欲しい! そうだ! 国雪、何か教えて!」

「パス」


 それは驚くほど素っ気ない言葉だった。


「えぇえ~!」

「バーカ。ただでさえスパイと思われないようにしてんのに。誰が教えるか」


 国雪は欠伸をしながらベッドから出てキッチンまで行ってからペットボトルの水と弁当を持って戻って来た。その頃には寝癖が戻っているので不思議だ。

 夏直前。

 どうやら喉が渇いたのか豪快に水を飲んでいる。弁当はシャルルが毎朝、作っているらしいと聞いてからちゃんと台所まで行って確認していた。


「ん」


 と、渡されたのはきっとカルロスの弁当だ。


「ありがとうございます!」


 と、つい。口調が後輩のようになってしまうのは仕方ない。時々あるのだ。国雪が先輩に見えてしまう時が。


「それはいいけど。技の前に自分のスタイル確立すれば?」

「スタイル……?」

「そう。後衛か前衛か。簡単にはそんな感じ」


 一応は知識を教えてくれるらしい。


「前衛だと……思う。多分」

「多分、ね」

「だって、言うほど攻撃出来ねーもん」

「攻撃だけが前衛じゃねぇし」

「そうなの!?」

「チッ、兼平の奴、何してんだ」

「ぶちょーは……」

「ん?」

「何か、思う所があるみたい。試合、も指導もあまり出来なくてごめんね、って一度謝られた事がある」

「兼平に?」


 カルロスは頷く。ちょっと前になるが、そんなことがあったのだ。国雪は驚いた表情でカルロスを見つめていた。


「……はぁ。あのさ。だからお前の所の二年生。ダブルス上手いだろ」


 カルロスはもう一度、頷く。一馬か将護か。どちらかは分からないが確かにどちらも上手い。そういえば元々あの二人はコンビだったのだ。今ではすっかり。将護と透が馴染んでいるので中々思い浮かばないが。あの二人も予想以上に強敵だ。超攻撃特化と超守備力特化が非常に上手く噛み合ったコンビだとカルロスは思った。


「ダブルスで良かったー。シングルだったらマジでスパイ活動だぜ」

「それ、どういう……」

「俺がお前にごちゃごちゃ言っても問題にならないってこと」


 スパッと国雪は言った。


「う……」

「ちょっとは気にするさ。大会前だし。三年は特に」

「ごめん……そんなつもりじゃ……」

「いいけど。その二年生に聞けば?」


 国雪はジャージにさっさと着替えてポーン、ポーンとラケットでシャトルを飛ばしながらベッドまで戻って来た。


「出来ればそうするんだけど……射場先輩はあまり言う人じゃなくて……こう、見守ってくれる人だし。さっちー先輩も言わない人だし、忙しいみたいだし……」

「あ、同じ一年は?」

「それは嫌です!!」


 カルロスの即答に国雪は笑った。


「ちょっと!!」

「いやいや。中々、いい感じにライバル心が育ってますねぇ~」

「むー!!」

「冗談抜きに結果が全てさ。技の有無は関係ねぇよ。えーと、その二年生だって元々……技なんてスマッシュしかないらしいじゃん?」

「それは……そう、だけど……戦ってみれば国雪だって分かるよ!!」

「いや、だから俺がダブルスやる機会がねーよ。威力も技も抜きに、スマッシュ一つしか無かったらしいって兼平に聞いた。それをお前が見てすごいと思うぐらい昇華させた結果だよ」

「……昇華」

「さらっとやってる様に見えたならそりゃ人間辞めてんだろ。試合なら一回見たことある。見た目の割りに中々、骨のある奴じゃん。見たときはめっちゃ美人だった気がしたけど」

「気ではない。えーと、さっちー先輩なら確かに美人だよ。性格逆だけど」

「あ、そーなの……」

「そうだよ! 見た目通りと思って話しかけたら事故るよ」

「あー、そっち部員あんまりいないもんな。ウチの二年は悪くはないけど必死さが足りないな。人数の差が大きいな」


 国雪はもう出るのか簡単な柔軟をしていた。

 何でも群青大付属には個人ロッカーもシャワーもあるそうだ。ジャージでロードワークしても学校で制服に着替えることが出来る。流石私立。


 カルロスは何だかムカムカして国雪よりそのまま飛び出した。


 藍夕までの道を無我夢中で走る。

 藍夕周辺には意外と民家もあれば凸凹した道も山道も川もあり、トレーニングには適した場所だ。

 東京と比べればチェーン飲食店と高層ビルが少ないぐらいでカルロスは何だかんだこの土地が気に入っている。


 夏前はトレーニングに適しているのか、同じようにランニングしている者、通学中の高校生。ロードバイクで走る者。犬の散歩。様々な人がいた。


 町にはシンボルとも言える大きな川と橋がある。

 その橋はちゃんと車道と歩行者で道が分かれていてトレーニングに適した場所だが風も強い。

 土手沿いの道は歩行者がメインとなる。


 カルロスは旭を見ながら土手沿いを走っていた。

 今まで、こんな風に何かに必死に打ち込んだことはあっただろうか。スポーツは元々万能で球技もある程度出来た。


 こんなに悔しくて、自分が無力だと感じたのは初めてだった。


「カルロスじゃん」


 旭を眺めていると後ろから声をかけられ、カルロスは振り向く。


 そこにいたのはまたシャツにウィンドブレーカーという随分ラフな格好をした将護だった。


 噂をすればなんとやら。


「先輩、体調はもう……」

「平気、平気。お前こそ怪我は?」

「掠り傷です」


 この人の平気は平気じゃないからなぁ、とカルロスはぼんやり思った。


「一応、一度ウチの病院来いよ。骨折が無いか検査と電気のやつサービスしてやる」

「電気?」

「ほら、腰や首に超微量な電気流すやつ」


 しばらくしてカルロスは思い出した。吸盤のようなやつだ。


「ああ! あれって効果あるんですか?」

「どうだろな。みーんなやってるからあるんじゃね。そういうのは大学でやるからいいや」

「え、先輩進路決まってるの?」


 将護は頷く。


「神奈川のスポーツ系の名門。親父の母校」

「うげぇー! そこ偏差値めっちゃ高いじゃないっすか!」

「前の模試で全国7位だったし、ミントンもガツガツやりたいらしいし、ヘマしなきゃ大丈夫」

「……は? ぜ、全国、7位?? 国雪は全国100位以内って言ってたけど……7位??」

「センター優勝で100位以内なら優秀だろ。ってかお前、鷹飛国雪とどういう関係?」

「……一応、義理の兄」

「マジ?」


 カルロスの言葉に将護は瞳を見開く。綺麗な真紅の瞳だ。


「……親が再婚して。兄弟になって一年未満。バドミントンと同じっすね!」

「無理に笑うな。……そっか」


 わしわしとカルロスは将護に頭を撫でられた。


「俺……勝ちたい」

「誰だってそうだろ」

「でも……俺、バドミントンで勝ったことない」

「あれ、そうだっけ?」


 カルロスは頷く。

 一度も。公式と呼べる試合すら片手で数える程度でしかしていない。それでも。


「射場先輩に迷惑ばっかり……」

「そうでもないさ」

「え……」

「お前らが来てさ。俺も一馬も変わったよ」

「……そうなの?」

「そりゃもちろん。俺だって今まで後輩だったけど先輩になったんだぜ。俺はお前らが後輩で良かったと思ってるよ」

「それって……」

「透も、お前も」


 と、カルロスは将護にガシガシと頭を撫でられた。


「……あ、先輩って甲斐のこと名前で呼んでたんすね」


 そんなカルロスの言葉に将護の手がピタリと止まった。


「……あ」

「……え?」


 そしてその手はそのまま顔に向かう。旭の光で分からないが、これは……もしや。


「先輩、照れてるの?」

「うっせ! 俺は180cm以上の年下嫌いなんだよ!!」

「ナニソレ理不尽ーーーー!! 俺はまだ成長期っすよ!! もーっと伸びるかも!」

「はっ、どーだか。冗談はさて置き。良いじゃん。倒すべき敵。ライバルがさ。沢山いるってことだろ。お前は挑むんだ。挑戦者。負け犬以前の話だ」


 将護はビシリとカルロスを指差す。


「……あ」


 カルロスは瞳を見開く。

 勝手に思っていた。自分は負け犬だ、惨めだと。そんな根性で勝てる訳がない。何だって、始めたばかりのことは失敗もするし、敗北もするのだ。


「……俺も、先輩みんなが好きです。大友先輩も、射場先輩もさっちー先輩も先輩が先輩で良かった」

「そりゃ、一馬に言えよ」

「勝ったら言うって決めてるんです!! それに……俺、」

「あ?」

「射場先輩は、パートナーです。でもさっちー先輩は目標って決めてるんです」

「……目標?」

「精神的目標。憧れ……とはちょっと違うけど」


 今度はくるりと後ろを向いた。どうやら将護は照れ屋らしい。それは新しい発見だ。


「俺かよ」

「だって、俺も何か一つをとことん極めたい」

「そっか。ま、一馬もあれで変わったよ。だからもっと色々聞いて、言って、言って貰え。ダブルスは慣れるしかない。足し算じゃ駄目だ。かけ算がダブルスさ」

「……かけ算」

「俺が言ってやれるのはそれぐらいだ。じゃーな!」


 と、また将護はあっさり、さっさとカルロスを置いてランニングに戻ってしまった。

 彼は同じ部員だけれど。憧れもあるけれど。関わりがあまりない。気は合うと思うのだがバドミントンについてはあまり言わないし言ってくれない。

 それでも動きを見るだけで学ぶべきことは山ほどあるのだからすごい人だと思う。


「佐武先輩だけじゃない……射場先輩のことも、大友先輩のことももっと知りたい。知って力になりたい……甲斐も」


 カルロスはそう思った。




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