男子高校生って楽しい!
カルロスが藍夕に入学してしばらくが経とうとしていた。
始めは一年生はもれなく、女子がいないなんて!! という絶望の渦にいたが、段々慣れて来ると悪くない気がした。
思えば気楽だ。
着替えに一々気を使わなくていい。男子高校なので、誰がモテる、なんてことはない。スポーツ系の部活のエースでもない。
変な遊びが流行ったり、会話は低能だったりするがそれはそれで楽しい。
女子とそういうことをしたい男子は女に飢えた狼と呼ばれ、そういう人々でコミュニティーを作り、どうにかしているようだ。
たまに低俗過ぎてここは漫画に出て来るヤンキー高校ですか? とツッコミたくなるが気分はそういう気分なのだろう。そういう連中は程好い距離感で付き合えばいい。
時々、課題見せて? と図々しい感じで来るがまあ、仕方なし。甘えさせ過ぎても問題なので程よくスルーする。その辺は透の方が向いていた。
完璧コミュ症、ということでもないらしい。
「やっぱ、背が高いって良いなぁ」
まず、舐められない。
そりゃあ一年も経てばどんな爽やかイケメンでも男らしくなるか。
しかし、どんなに女性の気が無くても例があるにはある。
朝、高校に登校すると、将護が調度、靴を履き替えていた。とても眠そうだ。
「はよっす!!」
「ああ、カルロスか。はよ」
将護はシャツやジャージ、作業着でいることが多いのできっちりと学ランを着ている姿は新鮮である。
そういえば、今日は朝礼だったか。
失礼かもしれないが、染めていない艶やかな赤毛は童顔度が増す。
そんなことを思っていると将護の下駄箱から何かが落ちた。
「……先輩、キャッチ!!」
カルロスはその落ちた何かヒラヒラしたものを両手でキャッチした。どうやら手紙だ。
「おー、流石の反射神経」
よしよし、と撫でられる。飼い主みたいだが悪くないと思えるのがこの人の凄いところだ、とカルロスは思う。
「それは何ですか?」
「……うーん、ファンレター?」
「ファン、レター?」
将護は靴を履き替えてその手紙を簡単に読んでいる。
「多分な。返事はいいです、応援しています。名無し。ラブレターでもないかな」
「いやいや、それはラブレターって言うんですよ!」
「そうか? ま、返事しなくていいのは助かる」
「……先輩、……先輩ってもしかして、モテモテ……」
「と、言う程でもないけど、需要はあるんじゃねぇの?」
「それはモテるんです!!」
カルロスは将護の腕をぽこぽこ殴った。
「あっはっは、お前だって外人、ハーフじゃん」
「……そりゃあ、超頑張って、日本人が好きそうな外人を演じれば無くはないんですけど、結局ボロが出て、カルロス君ってイメージと違うで終了」
「あはははは! その光景が目に浮かぶ!!」
「先輩は良く笑う人ですね。その手、どうしたんですか?」
カルロスは将護の手に巻かれた包帯を見つめる。
「あー、昨日、転んで河に落ちた」
「河に落ちた!?」
「大丈夫、浅瀬だし。んで、ウチ、親父が整形外科で、帰ったら運悪く出くわし、これ」
と、片手をヒラヒラと上げる。ふわりとメンソールの匂いがした。
「何か、手伝えることがあれば言って下さいね」
「……お前はイイコだな」
「犬みたいに褒めないで下さい!」
「じゃあ、微妙に嬉しそうにするなっての」
じゃあ、と将護はそのまま二年の教室に向かった。
「あの人、そんなに悪いのか……」
「うわぁ!! 急に後ろに立つなよ! 甲斐!」
「……朝からうるさい、あの手」
「ああ、見た目ほど悪くないって。先輩って凄いよなぁ」
「……は?」
「だって、親が医者で、スポーツ万能で、しかもモテる」
「モテる?」
「女子から手紙貰ってた」
「……先輩、本当に大したこと無いんだろうな……」
「……うーん。俺、微妙にお前とコミュニケーション出来ない」
透は何やら、ぶつぶつ呟いて行ってしまった。嫌いではない。時々、高圧的で腹は立つが、カルロスをハーフとして扱うことはない。これでもか、という位に。透のそういう部分は嫌いではなかったが。
その日、昼休みに教室で弁当を食べていると久し振りに中学のグループラインから着信が着ていた。何でも、久し振りに皆で集まろう、という概要の会話だ。ぽつぽつ、会話が更新される。
中学か……、とカルロスは少し渋る。中学のクラスメイトとの仲は悪くなかった。いや、むしろ良かったと言っていい。しかし、特定の友人はいなかった。その時、ぽつりと会話が更新される。
『カルロス君は来る?』
名前で思い出した。中学の時、三年間同じクラスで、出席番号が近いので席が隣だった女子だ。あまり目立つタイプでも無かったので会話はほとんどしなかったが交流が無かった訳でもない。
「……どうしよ」
カルロスは焦って、弁当を一気に食べて二年の教室に向かった。その教室には将護がいるはずで、いるにはいたが、既に食事を終えて熟睡していた。
この人、飯食べたらソッコー寝る派の人か!
男子高校生らしいと言えばらしいのだが、男子高校の昼休みはとにかく閑散としている。皆、それぞれ好きなことをしている。グループを作って遊んでいる者、数人で会話している者、一人で何かをしている者、そして寝てしまう者。将護は睡眠派らしい。カルロスは将護の席の近くまで寄って肩を揺すった。
「先輩、先輩!」
「……んー?」
ぼんやりとしている様子だが、目は覚めたようだ。
「カルロス?」
「実はご相談がありまして……」
苔や雑草に満ちた屋上には小さな段差にかろうじて座れるようになっていた。
そういえばまだだったカルロスは昼飯を持ち込みながら将護にメッセの入ったスマホを手渡す。
「ん。……んー? 何だ。ただの同窓会じゃん。行けば」
将護にパックの飲み物を差し出す。一応の相談料という奴だ。将護は気にする様子もなくパックにストローを挿した。
「そりゃあ、そうっすけど。……でも俺、直ぐ転校しちゃったし。そんな奴がひょいひょい行ってもなぁ……」
「じゃあ、蹴れば」
「先輩は極端過ぎです!!」
「……まぁな!」
ニシリと笑顔。カルロスはこの人こういう部分は嫌いではないけれど、きっと多くの人がそうなのだろうと察する。
「開き直った! ……一応、運動部もそんなにいないし行こうかと……」
「別にいいじゃん」
「けど! 俺ここに来てから……ほとんど女子と会話してないです!!」
「……そりゃあ男子高校だしな」
「で、でも……先輩は他校の女子と交流あるっぽいし」
「あるって言っても、中学が同じだっただけ。部活も違うし」
「……でも、この前の練習試合でチラッと見えた美人、先輩を応援してたでしょ?」
ラブレター、と来れば思い出した。おかっぱぐらいの、つり目の物凄い美人だ。下の方でポニーテールにした。あんまり美人だったので覚えてしまったのだ。コートを片付けていたカルロスと目が合った瞬間、何処かに行ってしまったが。
「……んー、多分」
「た、ぶ、ん!?」
「声がでけー!」
ぽん、とカルロスのスマホが返される。
「同じ運動部で、って感じ。向こうは確か女子高校だしな」
「えー、先輩鈍いー! どう考えても……あれですよ!」
「だとしても。向こうから告白なら俺は振るだろうし向こうもそれを分かってる。変にアプローチはして来ないんだ。こっちから火の粉撒く事はない」
パンッと菓子パンの袋を潰して将護は立ち上がる。
そんな姿がカルロスには非常に男前に見えた。
「んで、行くの?」
「……顔、出すぐらいならいいかなぁ」
「よしよし。青春、青春。楽しんで来いよ」
「だからぁ!! 俺は犬じゃねーっす!! ……って! そうだ! 女子の扱い方!」
「扱い方?」
「を……教えて……ほしーな……」
「……あのさ。俺は別に彼女はいないが」
「いないでしょうけど。俺の知る限り一番その辺詳しそう」
カルロスの輝く瞳に将護は困惑する。そして確かに、カルロスがフランス人であり、フランス人っぽさというものが皆無だということも分かった。
「……フランス人に何を教えるんだよ」
「だからぁ、俺は日本人デス!! カタツムリも食べられないフランス風残念日本人です」
「フランス風って……あはっはああ!! 分かった、分かった。お前はその合コンで女子をゲットしたいだとか高い心を持っている訳でも」
「ない! ないない!! 穏便に終われば!」
「ふーん。じゃあ、二次会は蹴るとして、適当にバドミントンヤッテマース! 応援来てネ? で良くない?」
「……なるほど!」
カルロスはメモする。
「後、女子のあの、胸おっきー! そんなことないよ~むしろ肉あげる。えーうそ~! つかよこせー……って会話は程よくスルーしな」
「え、どうやって!?」
「変に突っ込むな、ってこと。胸おっきー、痩せてるー、って言う方はいう方。言われる方は言われる方でそれぞれコンプレックスがあんの」
「こんぷれっくす……」
「コンプレックスをコンプすんなよ」
将護はけたけた笑った。
「じゃあ、何の話をすれば……」
「んー? 程よく相手に会話の主導持たせて適当に頷いておけば」
「雑い!!」
「だって彼女、欲しい訳じゃねぇーんだろ?」
と、将護はくいくいと指を動かす。そして将護はこんな会話をしているのに全然いやらしさを感じないと言うか、ちょっと女紹介しろよ、なんて下心は皆無なのだ。そりゃあ、モテるだろう。相談してもこう誰でも親身になってくれるのだ。
「そりゃ、まぁ」
「ならいいじゃん? 変に突っ込んで痛い目見るよりは」
「そーっすね! 勉強になりました!!」
カルロスは元気に立ち上り礼を言った。
「ふむ。検討を祈る」
とはいえ、緊張はする。
ただのクラスの同窓会だ。
運動部の連中も少ないし、いるにはいるがカルロスの事情を知っているので茶化して来る奴はいるだろうが擁護してくれる人もいる。そう気負わず、サッと顔を出そう。
そう思ったのだ。
ファミレスの長席の一番端。
カルロスは周囲を伺うように端に座った。
「カルロス君?」
知ってる声だ。
誰だったか、必死に思い出す。
「……あー! 眼鏡の委員長!!」
と立ち上がった瞬間カルロスは固まる。
「そう。眼鏡三つ編みの委員長」
くいっと眼鏡を動かす仕草。しかしその顔の上に眼鏡は無く。さらさらの長い髪は色は明るくなり緩くウェーブしている。
「えっと……みや」
「宮舞 楓。コラッ、ちゃんと人の名前は覚えなさい!」
「宮委員長だ!!」
「その様子じゃ全然変わらないのね」
彼女は自然にカルロスの隣に座った。
「変わったのは委員長じゃん。ビビったー」
「ふふ。カルロス君は相変わらず運動?」
「ああ、しばらくこっちにいるから、ちょっと本格的に」
カルロスはくいっとバドミントンの動きをする。
「何、テニス?」
正面に座ったのは中学ではサッカー部の元部長。様子を見るに今もサッカー部だろう。良くカルロスを庇ってくれた友人の一人だ。
カルロスが行っても良いと思ったのはこの二人がいるからだ。この二人、昔からの幼馴染みで良く二人一緒にいた。中学生。当然からかわれる。そこでクッションとしてカルロスが間に入ったのだ。普段は愈といるし、宮舞が苛められれば二人で庇い、カルロスが邪険にされれば二人が庇ってくれた。
「んいや、バドミントン」
「ほえー。カルロスがミントンねぇ。ありゃ、力技じゃどうにもなんねーぞ」
「そんなに難しいの?」
委員長の言葉に友人、牧原愈は首肯く。
「ちょっと助っ人で齧ったけど全然。フツーに筋肉付けただけじゃ邪魔なだけだわ」
「マジで!? マッキーやったことあんの?」
「昔、ちょっとな。スポーツ万能だろーって押し付けられた」
「どうして? 筋肉付けた方が良いんでしょ?」
「この脳筋。重すぎても邪魔なんだよ。ありゃスピードの勝負だ」
「コツ! 何かコツとかない!?」
「な、い、わ!! ……ってお前、目は良いんじゃん。トレーニングの方法は経験者に聞けよ」
「そういや、さっちー先輩に体力は付けて良いけどばかすか筋トレするな言われた……」
「いい先輩じゃん。つまり安易に外筋力付けるな、ってことだな」
「……そと?」
「付けるのはインナーマッスル、それぐらい知ってる先輩だ。トレーニング方法は任せて良さそうだな」
「あ……あー、そういや、そんなこと言ってた。でも、今はずーっと羽使った変な素振りだぜ。体幹がどうとか」
「あ~。いいな。その人詳しいじゃん。何で?」
「家が整形外科だってー」
カルロスはドリンクバーを一杯飲みながら思い出す。確かに佐武将護は色々な方面に色々と詳しかった。
どこを動かせばどこの筋肉が動くのか効果的に知っている。
「んで? カルロスは続けんの?」
「ああ」
「インハイは?」
「出る」
「一年生なのに?」
委員長の言葉に首肯く。
「部員、すくねぇんだ。俺でも出来ることがあるなら、出るよ。補助でも良いんだ。先輩の力になりたい」
「補助……ダブルスか。大丈夫かぁ? お前、戦略なんて考えられねぇだろ?」
脳みそ海綿だもんな、と愈に頭をぽんぽん叩かれる。
「ちょっと!」
「大丈夫だよ!! 俺は決めたんだ! 先輩の壁になる!!」
その言葉に、二人は驚いて動きを止める。
その間にポテトが運ばれた。
「壁って……」
「先輩が動きやすいように動く。それだけ。お前たちの高校と当たっても負けねぇからな!!」
カルロスはビシリとポテトで二人を指した。
二人は同時に顔を見合わせる。
「はぁー、偵察でも、と思ったけど、噂通り藍夕の二年は手強そうだな」
「ほーら、やっぱり。どーせ先輩に頼まれたんだろ?」
愈は首肯く。
「お前の先輩は伊達に全国に行ってないってこった」
「赤毛の先輩が強いんでしょ?」
「そー、佐武将護」
「マッキー、知ってるの!?」
「つか、お前知らねぇの? 佐武将護は昔テニスやってたんだ。まー、強かったぜ。別に体はでかくねーのに、瞬発力が凄いって感じ」
「それは知ってる……あれ、何でテニス……辞めたんだろう?」
「そりゃ本人に聞いた方が良いだろ」
「……それもそうだ」
カルロスは頷いた。
「なになに、カルロス、また運動部かよ~。どーせ途中で止めるだろ? 試合、一度ぐらい見に行ってやろうか?」
この感じは知っている。
茶化されているのだ。
「んで? 何やってんの?」
「……バドミントン」
「……は?」
「バドミントン!! 生憎、俺はもう簡単に辞めない! 辞めろと言われても!!」
「なん……」
カルロスは男を睨む。カルロスの転校が決まった瞬間、カルロスにサッカーを辞めろと言った男だ。辞めろ、とカルロスを殴った男だ。
藍夕の先輩はそんなことしない。そんなこと言わない。
例えカルロスが辞めることになっても。辞めろだなんて絶対に言わない。きっと、君と戦うのも面白そうだ、なんて言うのだろう。
だから、カルロスはバドミントンをやろうと思ったのだ。あの人達と。兄とはまだ呼べないけれどあの人と。




