別れと旅立ち
「あ、Cランクのミジットさんじゃないですか」
「えへへへ」
「Cランクのミジットさん、グラス空いてますよ」
「むふふー」
「よっCランク!」
「生還に」「生還に!」
「「かんぱーい」」
買い物を終えた俺たちは酒場で祝勝会をしていた。
しっかりと味のある料理にしたづつみを打ち、普段はそれほどうまいとは思わない美酒に酔う。ミジットはワイン派のようだが。
「なぁ、アジフ」
「そうだな、まったくだ」
「まだ何も言ってない!<バシっ>いいから聞いてくれ」
「ん―」
黙って続きを促した。
「私は今までの冒険で今回ほど剣を振るった事はなかった。むしろいつもは常に剣を振るわないように求められた。なにしろ私は”フレアボム”だからな」
「”フレイムバースト”に改名しなきゃな」
「茶化すな。だが今回は思う存分、いやそれ以上に剣を振るえと要求された。並び立つ二振りの”双連の剣”として」
「双連の剣に」「双連の剣に!」
「「かんぱーい!」」
「酔っ払いめ。剣戟の中に身を浸したあの時間は、今思い出しても至福すら感じるよ。あの瞬間、私たちのコンビは間違いなく最高だった。だが、だからこそ思い知ったんだ。力を合わせる大切さを。アジフ、お前だってわかっているのだろう?私たちはこのままでは――」
少し、居住まいを正した。
「ああ、俺たちは強くなれない」
あんな力押しの作戦が上手くいったのは、下級迷宮という特殊な環境と、すでにある攻略情報によるハメ技みたいなものだ。ある意味、強さとは対極にあったといってもいい。
「人の身で強大な魔物と戦うには多くの力を合わせなくちゃならない。このままではより強力な魔物と出会った時、我ら二振りの剣は折れてしまうだろう。アジフ、お前のバスタードソードのように」
「わかってるさ。ミジットは”冒険”がしたいのだろ?」
”攻略”ではなく”冒険”が。
「そうだ!未知を切り開き、人の干渉を拒絶する魔物に挑む、少女の頃に憧れた”冒険”を!なにしろ私は冒険者なのだからな!」
「冒険と冒険者に」「冒険者に!」
「「かんぱーい!」」
だからこそ、ミジットは高ランクを目指した。生活の為ではなく、冒険の為に冒険者をする、その為に剣を磨いたんだ。
世界の未知は一部の超高ランク冒険者で独占できる程少なくない。伝説級迷宮の深層が世界の謎の全てではないのだ。
「その為には、どうしても新しい力が必要だ。仲間と力を合わせる力が!今のように剣士として突出していてはこの先には進めない。だからこそ」
「ああ、だからこそ”双連の剣”は解散しなくちゃいけない」
もともと、Cランク昇格までの間の仮パーティだったんだ。いずれこの時がくるのはわかりきっていた。
「私も、アジフもこれからは一本の剣としてお互い足りないところを鍛えなくちゃならない」
わかりきっていたんだ、だからさ、
「ほら、泣くなよ、美人が台無しだぞ」
「まったく、お前はいつもそうやって…」
<ズビビビビ>
そんな事をいいながらミジットは豪快に鼻をかんだ。
「人の事が言えるかよ」
「ぷっ」「くっ」
「「アハハハハハ」」
その日は遅くまで飲んだが、翌朝にきっちりとミジットと待ち合わせ朝食を取った。解散といっても王都に戻ってからだ。
準備を終えて宿を出ると、そこで待っていたのは全身を魔法装備で固めたミジットだった。
容赦なく資金をぶち込まれたそれらは、日の光を反射して青銀色に凶悪に煌めき、圧倒的な存在感を放っていた。B、いやAランクと比べてもまったく遜色ないだろう。
よかった。魔法防具買わなくてほんとによかった。
「どこの自由騎士さまかと思ったぞ」
「えへへへ」
「いや、ほめてないから」
ギルドで手続きをすませた後、乗り合い馬車で王都へ向かった。馬は王都に預けているからだ。
行く先々で
「いや~立派な騎士さまだね~」
と話しかけられ 、乗り合わせた少年はキラキラした目でミジットを見つめる。
それはうれしそうにミジットも対応するので、気さくな騎士さまとして馬車で大人気だ。ミジットのご機嫌は最高潮で鼻の穴が限界まで広がっている。護衛の冒険者もうらやましそうだ。お前らもか。
よかった。魔法防具買わなくてほんとによかった。
3泊4日の馬車の旅の間少数あらわれたコボルトも、護衛の冒険者が手早く仕留めたのは幸いだった。
少しでも手こずれば、もう迷宮でないことも忘れミジットが細切れにしていただろう。
血塗られたその姿は、きっと騎士に憧れる少年の心にトラウマを植え付けたことだろうから。
平穏な旅を終え、王都に戻るとまずは道場に挨拶する。
「レイナード師範、ミジット及びアジフ、迷宮キジフェイを踏破して無事に戻ってきました」
「ああ、それはお疲れ様。きっと強くなったのだろ?早速試してあげるよ」
「え、えっと、師範が直接ですか?」
「そうだよ。不服かい?」
「いえ、光栄です」
そりゃあもう2人ともコテンパンのズタボロにしていただきましたとも。はっきりまったく手も足も出なかったのだが、稽古が終わると。
「2人ともずいぶん成長したね。きっといい戦いをしてきたのだろう?見違えたよ」
と言われた。あれで何かわかったのだろうか?達人の言う事はわからん。
久しぶりに訪れた”王都の宿 ポム”は満室で部屋が取れなかった。料理修行をした奥さんが厨房に入って以来、いつもこのざまだ。だからやめとけって言ったのに。
仕方なく別の宿を取り、荷物を置いて通い慣れた王都の冒険者ギルドへ向かった。
到着の報告と”双連の剣”をパーティ解散するためだ。ギルドに到着してもまだミジットは来ていなかったので、待合所で待っていると周囲が”ザワっ”とした。嫌な予感がする。
周囲の視線を集めながら入り口から入って来たのは全身フル装備のミジットだ。よりによって武装率の低い王都のギルドでやりやがった。
「アジフ、待たせたか?」
周囲の視線がこっちに集まる。もはや他人のふり作戦は通用するまい。
「い、いや、そうでもない。さ、さあ、受付に行こうじゃないか」
「口調が変だぞ?」
お前のせいだよ!
受付へと並び、冒険者プレートを提出する。
「”双連の剣”アジフとミジットだ。到着の報告とパーティーの解散を頼む」
「アジフ、”双連の剣”は素晴らしいパーティだった。お前には何度も助けられたし、私自身大きく成長できた。改めて言わせてもらうよ。誰も組んでくれなかった私とパーティを組んでくれてありがとう。この恩はけっして忘れない」
力強く両手で握手し、うっすらと涙すら浮かべるミジットの目を見て言った。
「ああ、こちらこそ感謝してもしきれないくらいだ。でもな、ミジット。こんなところで礼を言われたら受付のお姉さんが困ってるだろ?あと、どうせ明日も道場で会うんだからあんまり言うと恥ずかしいぞ」
「あ、あの、冒険者プレートお返しします」
その後も鎧を注文して出来上がりを待ったり、道場で両手剣の扱いを試したりして日々を過ごした。
新しい鎧はワイバーンの革鎧をベースに要所に希少なメタル・マンティスの外殻を使用した籠手・グリーブのフルセットを作成した。高くついたが、満足のいく逸品だ。
そしてついにこの日がきた。
「たとえ遠くても我らの剣は繋がっている。忘れるなよ」
レイナード師範、
「お前に取られた一本、忘れねえぞ」
ジリド師範代
「この王都まで名を響かせてみせろ」
シメンズ師範代まで見送りに来て
「アジフ、例えパーティを解散しても心に2本の双剣は決して消えはしない。私の剣はお前の中にいる、忘れるなよ」
「もちろんだ。どんなに離れても俺たちの連撃にはお互いの剣がある。ミジット、剣が折れそうな時は必ず思い出してくれ」
あの日のように固い握手をして肩を強く叩き合った。
「ああ、わかったとも、それでは、な。お互いの行く先に良い冒険を」
「「「「良い冒険を」」」」
そう言ってミジットは王都を旅立っていった。




