ダンジョン下層:回復魔法
「ちょっと、怪我してるじゃないの」
言われて気が付いた、うなじの辺りが切れていたようだ。ガーゴイルをくぐった時かな?
「治療くらいさせなさい。それくらいはいいでしょ?」
「ああ、頼む」
メトレが傷口にメイスをかざす。
「メー・レイ・モート・セイ・ヒール!」
見えないが、傷口が暖かい感じがした。回復魔法だ。
メトレが口にした呪文は、魔力が込められた言葉が祈祷スキルによって変換されたものだ。魔族語でもエルフ語でも、どんな言語を使っても同じ音になるのだとか。
たしか、意味は
根源たる御光の<メー> 癒しの<レイ> 奇跡を<モート> ここに<セイ>
で、最後は発動キーの”ヒール”だったはずだ。
祈祷スキルを得て、呪文を覚えて初めて魔法が発動する。さらに、呪文を構成する、光魔法なら<聖句>、四元素魔法なら<魔術言語>、闇魔法なら<真言>と呼ばれる単語にはそれぞれ必要なスキルレベルがあって、例え単語を知っていてもスキルレベルが足りなければ魔法は発動しない。
いわゆる「短絡詠唱」や「無詠唱」はスキルとしては存在しない。だが、剣術が同じ動作を反復して熟練度を上げるように、同じ呪文を何度も何度も使うと、呪文がなくても発動キーだけで発動するようになり、さらに使い続ければ発動キーさえもいらない「無詠唱」に至るそうだ。
つまり、「短絡詠唱」「無詠唱」という「スキルではない技術」は一つの呪文ごとに必要になると言う事だ。
ただ、やっぱり詠唱があった方が効果は高いらしい。
もし、威力の高い攻撃魔術を無詠唱で放とうとすれば、同じ魔術を何度も何度も何度も使う必要がある。ぜひともどこかの荒野でお願いしたい。
「ありがとう、助かった」
首筋に手を当てても血は付かなくなっていた。
「どういたしまして」
と、そう言って”フンッ”と顔をそむけた。
…教会にこの子がいたら通うかもしれない。
やっと到着した29階層は、石のブロックが積みあがった壁に土床のオーソドックスなダンジョンだった。
石のブロックを積みあげるなら、天井はアーチにしないと崩落すると思うが、ダンジョンだからな。
後方からライトの魔道具で照らすのは”南連山の麓”に頼んだ。ミジットの片手が空けば戦力は大きく変わる。純粋な戦闘以外でも、人数が多いってそれだけで強い。荷物を運ぶ量が増えれば稼ぎも増える。合流したのが28階層でなければと思う。だが、今更戦闘スタイルを模索するわけにはいかない。
そんな事を考えながら薄暗闇に目を凝らすが、地面に罠の気配はない。
「デニラ、罠はどうだ?」
「少なくとも、この辺りには見当たらないな、壁は触らない方がいいだろう」
<カササササ>
慎重に足を進めていて、聞こえてきたのはそんな音だった。「ハッ」と天井を見上げると、そこにいたのは天井一面のシャドウスパイダー。
「キャァァァー!」
メトレの悲鳴が響き渡る。ミジットはただ剣を構えた。この違い。
次々と降ってくるシャドウスパイダー。物量で押し込む魔物を2匹、3匹とまとめて切りつけ、ひたすらに剣の結界を維持する。
連撃を得意とする剣士2人に、数が多いだけの軽い敵は相性がいい。鍛錬で素振りをするように剣を振り続ければ、徐々にシャドウスパイダーの数は減っていった。
「俺たちは魔石もドロップアイテムもいっぱいだ。欲しかったら持って行くといい」
「ありがたい」
南連山の麓には資金が必要だ。少し回収を待ってから先に進んだ。
<ギャリリ>
「ローパーが居るぞ!」
サーベルタイガーの牙を盾で受けながら、関節にまとわりつく闇を見つけた。
薄い水の中にいるように、動作に抵抗を感じる。AGI低下の魔法<クイックダウン>か。受けに徹してひたすら耐える。
「ガルルルル」
サーベルタイガーが唸るが、どうしようもない。先にローパーを潰さないと闇魔法のダークヒールで回復されてしまう。
だが、ローパーは闇を纏って見つけ難い上に、上下左右どこにいるかわからない。
<ガンッ>
盾で受け、剣で流すが攻撃に転じる速さが足りない。<クイックダウン>の魔法は実に厄介だ。どんなに剣を振っても、当たらなければどうということもない。
ローパーが使うのは<ダークミスト><ダークヒール><クイックダウン>の三種類だ。闇にまぎれ、鈍くなった獲物を麻痺効果を持つ触手で捕らえる。この触手が、切ってもダークヒールで生えてくる。「再生」じゃないのにズルい。
ふ、と身体が軽くなった。ミジットがローパーを倒したな。
だが、サーベルタイガーに気取られぬようにそのまま受け続ける。
<ギャイン>
その刃のように、ではなく実際に刃の牙を盾の丸みで受け流す。ご丁寧に刃紋まであってよく切れそうだ。
「ギャウンッ」
サーベルタイガーが悲鳴をあげた。見えないがミジットが攻撃を加えたのだろう。今だ!
一転して剣を振い攻撃に転じる。こうなれば挟み撃ちだ。前後から攻撃を加え一息に倒した。
フルプレートメイルのオークナイト
風の魔法を使うムササビっぽいウィンドスクイレル
口から石の弾丸を発射するカエル、ロックキャノントード
厚い皮の上に粘膜を張り物理攻撃を受け流すスラップライノス
サーベルタイガーの牙が鋭い刃物になっているサーベルタイガー
闇の魔法を使うダークローパー
29階層はそんなDランクに分類される魔物たちの饗宴だった。
「フガッ」
後方からロックキャノントードの岩を背中に受けてオークナイトがのけぞった。
狭い通路で後方からの射撃など味方に当たらないはずがない。オークとカエルが仲間かどうかはわからないが。ともかくチャンスだ!
鎧の首の隙間をめがけ、剣を横薙ぎにする。
<ギャリンッ>
<バキッ>
金属のこすれる音をあげ、剣は首の半ばまで切り裂き、ここまで酷使したバスタードソードは嫌な音を立てて折れた。
「頼む!」
「わかった!」
オークナイトはすでに倒れているが、まだミジットが相手をするもう一匹とカエル砲がいる。戦線をまかせて南連山の麓が待機する後方へ退いた。
「剣を!」
「ほらよッ」
金髪にローブの魔術師、ザシルから両手剣を受け取った、と、重いな。
盾を手放し両手で持って戦線に復帰する。オークナイトはすでに片腕だ。ロックキャノントードへ向かい走る。
<キン>
「ハッ」
岩弾を前面に斜に構えた剣身で弾き、そのまま突きに転じて、1mほどもあるカエルを突き刺した。
「助かった。すまないがこの剣、貸しておいてもらえないか?」
戦闘が終わってからエジメイに相談した。
「ウチには今はそれを振れる者はいない。丈夫さ中上昇の逸品だ、遠慮なく使ってくれ」
「ありがたく使わせてもらうよ」
何度か素振りしてみる。単純に比べれば重いが、普段は片手で片手半剣を振っているんだ。両手で持てば振られはしない。
<ヒュン・ヒュイッ>
型を試しても問題なさそうだ。
「盾を使うより両手剣の方がいいんじゃないか?」
「アタッカーだけで考えればそうなんだが」
<ドドッドドッ>
サイが突っ込んでくる。超怖い。
スラップライノスの皮はぬるぬるで打撃をそらしてしまう。斬撃も丸みを帯びた身体でぬるっとそれてしまう。なので、足を狙いたいのだが早く避け過ぎると壁に追い込まれて「プチっ」といってしまう。
そのために突っ込まれてもギリギリまで引き付ける必要がある。闘牛士のように引き付けて…今だ!
<ザンッ>
横に大きく飛んで足に両手剣を振るった。片手半剣より長いので間合いが広い。
前脚を切られたスラップライノスは頭から地面に突っ込んで壁に激突した。交通事故かよ。
「フンッ」
<ドンッ>
フラフラとよろめくサイの首に下から遠心力ののった切り上げを打ち込むと、<ドサッ>っと首が落ちてしまった。両手剣の威力すげえな…
連戦をくぐり抜け、両手剣の扱いがなんとか形になってきた頃ようやくその扉が見えた。
あれが30階層<キジフェイ最下層>への扉か!




