ダンジョン下層:自撮り棒
「ほら、ミジット、もっとこっちによれよ」
「だ、だが何日も洗濯してないんだ。あんまり近寄ると匂いが」
ミジットが顔を赤らめて身をよじる。
「なんだよそんな事、気にする必要ないぜ?」
「いや、お前が臭いんだが」
長い棒の先端に付けた2つのライトの魔道具がこちらを照らし出す。まぶしい。ライトの周囲は魔物の皮でカバーを作り、集光効果をアップした。見た目はズバリ”自撮り棒”だ。
その照射範囲にミジットと二人身を寄せ合う。
27階層のレイス対策を丸一日かけて試した結果がこれだ。
どうも奴らはライトの魔道具で照らされた範囲は視認できないようだ。しかし、長い棒は両手で持たなければ支えられないので、照明係と攻撃班で手分けする事にしたんだ。
レイスは逃げ回ってからこれで隠れてやり過ごし、いなくなれば片手を剣に持ち替えて参戦する。
<ガチャ、カシャ、ガチャ>
現れるのはプレートメイルを装備したスケルトンナイトと、包帯ぐるぐる巻きのミイラっぽいマミーだ。
<キンッ><ガン>
<ガキンッ>
こいつらが実に手強い。スケルトンナイトは剣と盾を堅実に使い、装備の隙と言えば顔面と、腰鎧とグリーブの間の大腿骨くらいだ。
<キインッ>
<ドカッ><ガシャン>
必勝パターンは上段切り降ろしを剣でパリィして、隙のできた大腿骨を蹴飛ばして折る。上段を誘う展開にするのが大変だ。
マミーはともかくタフだ。体でも頭でもどこを切り裂いても包帯が繋がってれば復活してくる。この包帯が丈夫で剣ではろくに切れない。ただ、コイツらはカラカラに乾いているので燃やすとよく燃える。
ミジットの片手は松明を持っている。油は最後の料理油を使っていた。とても悲しそうに。
だが、おとなしく燃えてくれる訳がないので、動きが止まるまで破壊しなければならない。
接敵を最小限にするため、街の建物から建物へ隠れながら移動する。魔物が通り過ぎるのを待って、次の建物に飛び込んだ所にそれはあった。
「アジフ、宝箱だ」
「よし、開けるか。ミジットは離れて警戒を」
開錠ツールを鍵穴に差し込む。む、手強い。しばらくカチャカチャしていると<カチリ>と音がして鍵が回った。ん~、15階の時と手応えが違う気がする。
「成功したか?」
「いや、たぶん失敗だ。部屋から出てくれ」
ミジットが外に出たのを確認して、宝箱の蓋にフック付きのロープを引っ掛け後ろに回り、ロープを伸ばして部屋の隅まで移動する。更に念の為盾を構え、ロープを引っ張り蓋を開けた。
<カチャン><バシュッ><カン>
連続した音がして、部屋の壁に矢が刺さった。確認してみると、毒矢が3方向に飛び出す仕掛けだったようだ。ガス罠じゃなくて助かった。
今のところ、キジフェイで致死性のガス罠は過去に確認されていないそうだけれども。
「いいぞー」
ミジットに合図をして中身を確認する。あ、あ、これ…
「あちゃぁ~」
思わず天を仰いだ。
「なんだ、どうし…そうか、残念だ」
どう見ても宝箱より大きい、いっぱいに詰まったその中身は、ダークレッドと黒のツートンカラーの全身鎧<フルプレートメイル>だった。
迷宮産の全身鎧はサイズ自動調整機能付きだ。魔法効果が弱くて最低でも金貨100枚――白金貨相当はする。
優れた魔法効果がついていればどこまで値段が上がるか見当もつかない。
だが、大きすぎる。運べないんだ。
もしパーティメンバーがもっと多ければ、さらに言うなら解呪<アンチカース>の使える司祭がいればイチかバチか装着してみてもいい。
お宝を前にして指をくわえて見逃さなきゃならないとは
「何か手はないか?」
「こんな物を背負ったらまともに動けないぞ。欲に目が眩めば命を失う。それが迷宮だ、あきらめろ」
「無念極まる」
アンデッド共、この恨み、覚悟しやがれ。
理不尽な怒りをぶつけられたスケルトンナイトの気持ちはどうだったのか?その空虚な眼窩から察する事は出来なかったが、押し寄せるアンデッドに怒りにまかせ剣を振い、建物に潜み、レイスから隠れ、準備を含め2日をかけた27階層はついに終わりを迎えた。
街の中にある城壁と門、28階層だ!
やっと休める、門へたどりついて感じたのは達成感ではなく安堵だった。ここでへたり込んでしまえばよかったのに。
だが近づいては来ないものの、遠目にウロウロするアンデッドが目障りだったのか、扉を開けて28階層をのぞき込んで見たのは、息も絶え絶えな一人の冒険者だった。
荷物も何ももたず倒れるその冒険者には、まだしっかりと意識があった。
「み、水…水を…」
力なく伸ばす手に声をかける。
「待ってろ、すぐに用意する」
水筒に水をくみ、冒険者に手渡すとゴクゴクと夢中で一飲みにした。
「どうした、何があった」
ようやく一息ついた冒険者が語り出す。
「迷宮の罠だ。魔物部屋に遭ってなんとか撃退したが、仲間が一人やられ、一人が手と足を失い、俺も武器を失った。まだ神殿の中にいるはずなんだ!助けてくれ!」
「落ち着け、それはいつ頃の話だ?」
「2日前だ。前衛2人が戦力を失って、魔物部屋から出られなくなってる。敏捷の高い俺は助けを呼ぶために一人でこの扉まで走ってきたんだ」
「2日か…のんびりはできないな。残るメンバーは何人だ?戦力は?」
「動けるのは司祭が一人、魔術師が一人だ。俺はスカウトだが、弓を失って短剣しか使えない」
「ミジット、どう思う?」
後ろで荷物を降ろすミジットに問いかけた。
「その男の罠の可能性は低いと思うな、冒険者を狩るにはこの階層は効率が悪すぎる」
「そうか、念の為冒険者プレートを見せてくれ」
「わかった、だが信じてくれ!罠なんかじゃない」
それでもミジットの言葉は現実的だ。
「それを判断するのはこちらだよ、なんにしても食事を取らないことには私たちも動けない。君もその様子では案内もできないだろう。食べ物を用意するから落ち着いたらどうだ」
「そ、そうだな、Dランク・デニラだ。パーティは”南連山の麓”。」
「Dランク”双連の剣”アジフとミジットだ。ミジット、知ってるか?」
「いや、聞かないパーティだぞ」
「Cランク昇格の為にロムイガから来たんだ」
コンロ魔道具で肉を焼くと、油が無いのでへばりつく。表面を焼いてから水を入れ、最後の干し野菜を入れた。黒パンも最後だな。
「それで、あんたらの他のパーティーメンバーはどこにいるんだ?」
「俺たちは二人組だ」
デニラと名乗った冒険者はビックリしているようだ。
「察しの通り余裕のあるパーティーじゃない。ギリギリといってもいい。過度な期待はしないでくれ。いいだろ?ミジット」
「どっちにしろ神殿には行くんだ。かまわないさ」
「すまん、頼む」
頭を下げるデニラ。悪いやつではなさそうだ。
食事を終え、出来れば睡眠を取りたかったが、予定変更だ。
「先頭で案内する。できるだけ戦闘は避けるが、28階層は硬いのが多い。戦闘になれば出来るのは奇襲くらいだ」
「接敵したら入れ替わってくれ」
「頼む」
街の建物に潜む。<カシャン、カシャン>と音を鳴らして通り過ぎるのはリビングアーマー。中身空っぽの動く鎧だ。弱点はどこなんだ?
息を殺してひそんでいるのでミジットに聞けもしない。通り過ぎるのを待って次の建物に移動した。っと!建物の中にスケルトンナイトが!
<ガンッ><キイン>
デニラを追い抜き先手を取って切り上げるが、盾で防がれた。まだまだ!かざされた盾を蹴り上げれば、軽く腕が上げる。スケルトン軽いから。剣で切りつけて来たので盾で受ければ体の正面ががら空きだ。
鎧の隙間の首筋を狙い横薙ぎにすると、軽い骸骨の頭が吹き飛んだ。
<ギイィィンッ>
一息つく間もなく背後から音がして振り返れば、そこにいたのはミジットと剣を交える2つの動く鎧<リビングアーマー>だった。
ダンジョン編がなかなか終わらない…




