ダンジョン中階層:灰色熊
「20階層の階層主はマーダーグリズリーね。でかい、速い、強い」
「具体的な説明ありがとう」
「咆哮は”硬直”の状態異常を引き起こすぞ。レベルが低ければ”恐怖”もあり得るが、アジフならそこまでは無いだろう。気合で対抗すればいい」
脳筋理論いただきました!
「耳栓は効果ある?」
「あっ!…その手もあったな。準備するか?」
「もちろんだ」
手ぬぐいを水でよく洗い、小さく2つ切り取った。ポーションの予備をもらい、準備完了だ。
「25階層は共に戦える。無事に降りてこい」
「必ず追いつくって言ったはずだ」
さぁ、行ってみようか!
扉を開けると、中は森の広場の様になっていた。木の向こうはすぐ壁だったので雰囲気だけだが。
<バタン>
<ガチン>
耳栓を付け扉を閉めると、広場の中央に黒い靄が集まり、巨大なケモノを形作る。…って、でっけえ!4mくらいありそう!
「ガ・・・・----!」
どうやら吠えたようだ。よく聞こえないが、空気が振動しているのがわかる
離れた距離でじっと目を見る。誰かがクマから目をそらしちゃいかんって言ってた。
じわり、近づいていく。まだ動かないか。じっと目を見つめたまま。
さらにじわり、じわりと…
まだ動かない!?もう10mくらいしか無いのだが。
8m…7m…さすがにこの距離なら!
「グァ--・・!」
ピクリ、と動くと、口を開け跳び掛かってきたが、助走も無しでは遅い!目を狙い横に剣を振るうと、足を止め腕を振るってきた。
一歩下がり、腕をかわすと、当たってもいないのに吹き飛ばされた。
え!?風圧か!?
転がって、片ひざで立ち耳栓を外す。聴覚がないと空気がわからない!
「ガア゛ア゛ア゛ー!」
<バキィン>
それが一瞬の隙になった。追撃の前脚が振り払われ、かろうじて盾をかざすと<ドン>衝撃が来て再び吹き飛ばされる。
「ぐぅっ」
2回転はしただろうか?視界がグルグル回る、左手に痛みが走った。折れたか
揺れる視界で、それでも片膝で立ち剣を構えマーダーグリズリーを見据える。力の入らない手から盾がずり落ちた。
5m以上は飛ばされたはずだ、なのにその間合いを詰めるのにマーダーグリズリーが必要としたのはたった3歩
すぐさま覆いかぶさるようにのしかかってきた!
<ヒュン>
片膝から後ろに飛び退きつつ切り下げるっ
当たらなかったが、牽制になり距離を取れた。
「ヴヴヴヴ…」
間合いを取りつつお互いが円を描くが、それにしてもデカイ。
左手を力なくぶら下げるこちらを見て牙を剥く、その目は獲物を見定めるようだ。
だがこちらもステータスの恩恵を積み重ねた身。狩るのはこちらだ!
じっと目を見たままゆっくりと剣を上段に持ち上げる。
「ガウッ」
一歩前に噛みついてくるが、一歩退がるっ…と、さらに振りかかってきた腕を上段からの切り降ろしが切り裂いた。
「グワッ」
やっぱりな!クマは逃げると襲ってくるってだれかが言ってたからな!
マーダーグリズリーの前脚からは血が流れている、が、脚を落とした訳ではないし、かなり怒っている。こっちだって痛いんだ!そんなに睨んだってお互い様だっての!
「グワッガウッ」
さっきまでより早いテンポで噛みついてくるが、さっきと同じ上段に構え、常に傷つけた脚の方に回り込む。
腕を負傷しているのはお互い様でも、こちらは2足歩行、歩くに支障はない。4足歩行でその脚を支えにすれば痛いだろうし、噛みつけば頭を剣で狙われる。クマがそこまえ考えてるか知らないが――
「ガヴァーーー!」
焦れたマーダーグリズリーが後ろ脚で巨体を持ち上げ立ち上がった。
おお、立ち上がるとさらにデカイ
って、そんなでっけぇ隙逃すはずないだろ!
<ザンッ>
足元に低く飛び込み短い後ろ脚に渾身の一撃を叩き込んだ!
剣は骨で止まってしまったが、脚の半ばまで切り込み、こっちに倒れてきた
「おわわわー!」
<<ズウウンン>>
あわてて避けると、土煙が上がり視界が一瞬煙るが、倒れた辺りに狙いもつけず力任せの一撃を叩き込んだ。
「ギギャヴア゛ア゛ーー!!」
マーダーグリズリーの絶叫が響きわたり、土煙が晴れると、剣は股の急所に突き刺さっていた。
…いや、なんかすまん、ほんとすまん。
「グガ&%$#-!!」
痛みと怒りでもはや正気を失ったマーダーグリズリーは多量の血を流しながら転げ回る。
ひたすら距離を取り逃げると、後脚の片方はちぎれかけ、股は裂けろくに動かない下半身にも関わらず、前脚だけで殺意だけは滾らせて這う…いや、むしろバタフライで泳ぐように迫ってくる。こえぇぇぇー!
もはやトドメを刺してやるのが慈悲…なのだが、容易に近づけない。
左手を押さえつつ後ろから横に回って、前脚の肩の付け根に大上段から切りつける。
「だらあぁぁー!」
すると、ついに這う事もできなくなった。
「フガッ!フガウッ!」
なおも衰えない殺意は敬意に値するよ
もう隙しかないその首を切り落とすのには、全力の3撃を必要とした。
「ふへぇぇ~~」
へたり込み、仰向けにぶっ倒れた横に宝箱が出現した。
「ぐあっ…いつつつ…」
左手をできるだけまっすぐにしてポーションをふりかけ、残りを飲む。痛いが、そのまま飲むよりこの方が痛くない。
腕をさすりながら感触を確かめ、宝箱の後ろに回りふたを開けた。
中をのぞき込むと、おお!大金貨だ!2枚もある!さらに!
入っていたのは靴だった。明らかに魔法の品だ。効果がわかるまで履かないが、大当たりと思われる。
この世界で履物は革靴が主流だ。それも結構な頻度で消耗する。魔法の靴の効果はまだわからないが、少なくとも迷宮産魔道具であるなら、サイズ自動フィットのうえに、定期的に魔道具店で魔力的メンテナンスをすれば耐久を回復できる。
その圧倒的利便さに対し需要は果てしないが、供給は絶望的に少ない。売れば間違いなく高値で売れるが、買おうと思って買える物ではないのでできれば自分で使いたい。
ホクホクだ、背負い袋にしまい込み立ち上がり盾を拾う。
ホクホクだが、それも迷宮から無事に帰れればの話だ。宝物と一緒に迷宮に埋もれては意味がない。
まずは生きて帰る。それからだ、とボス部屋を後にした。
「来たな」
「来たさ」
ボス部屋から階段を降りてミジットと合流した。
21階層は聞いていた通りの砂漠エリアだが、明らかな違和感がある。
「壁は無いのか」
見渡しても砂漠が広がっているだけだ。砂丘もあって全てが見通せる訳ではないけど、障害物は見当たらない。空も見える。雲一つないが、太陽もない。それほど暑くはないんだな。
「見えないだけで壁も天井もある。広さは今までの階層と変わらない。階段を降りて下に降りるのもおんなじだぞ」
「えっ!?壁あるの?」
砂漠に向かって手を伸ばし、足を進めると<ガシッ>と反対の手を掴まれた。
「壁があるのは外周だけ。不用意に進めば流砂に飲まれるぞ」
そう言うと空のポーション瓶をぽいッと砂漠に投げた。それ薬屋で銅貨5枚で売れるのに…
ポーション瓶はじわじわと砂に飲まれ見えなくなってしまった。よく見れば、砂の動くエリアと動かないエリアで境目が見える。
「砂丘の上には流砂はないけど、下までずり落ちればより危険だ」
「空を飛べたらいいのに」
「できないものはしょうがないさ。魔物のほとんどは砂に潜んでいる。油断するなよ」
足元の砂が埋まり足を取られる。これはキツイ階層になりそうだ。




