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ダンジョン中階層:男前



 階段を降りていくと、出口は明るくなっていて、下にはミジットが待っていた。


「待たせたか?」


「それほどでもないさ」


お約束はしておいて拳をあわせる。



「それよりミジット」


「なんだ?」


「いままでボス部屋の出口の通路が階段だった事あったか?」


後ろの階段を指差して訪ねる。


「そう…言われてみれば、平坦な通路ばかりだった。前に15階層を通過した時も」


「やっぱりか…」


「どうかしたのか?」


「ああ、5階層と10階層は平坦だったから気になってな」


「めったにないが、迷宮は時折姿を変えることがある。今回はたまたまそれに遭ったのかもな。ギルドに報告しておくか?」


「いや、それは待った方がいいだろう」


「ふぅん?好きにすればいいと思うけど。」


「そうだ、ミジット、これ要るか?」


袋からドライヤー取り出し見せると、ミジットが固まった。


「そ、それは…温風杖じゃないか!!」


「お、知ってたか。欲しいならあげるぞ」


「い、いや!?貴族のご婦人方が欲しがってもなかなか手に入らない逸品で、高く売れるぞ?」


「そうなのか、どれくらいだ?」


「金貨15枚はする」


「なんと!?」


ドライヤーおひとつ150万円だと!?

ミジットの髪は戦闘の邪魔にならないように肩程で切りそろえられている。迷宮では複数枚の鉄板を重ねた鉢金でまとめられていて見えないが、普段は女性らしくサラサラまっすぐでキレイなのでお手入れはしているのだろう。


「使うにしろ売るにしろ、まかせたから存分に悩んでくれ」


「むむむむ…」


眉間のしわがえらい事になってるな。



 16階層は木々が密集し通路を形どる森林エリアになっていた。これまでに比べはっきりと明るい。高い天井は空色の壁で、明かりを放っているようだ。

それでも木々に覆われた通路は薄暗いが。


「この森、焼き払っちゃダメなのか?」


「かつてそれをやった魔術師がいてな、」


森は3日3晩燃え続け、奥の森が燃え尽きる頃には手前の森は再生していたそうな。


「トラップの多い階層だ、気を付けろ」


 通路を形どる木々にはツルが巻き付き、不用意に触れれば捉えようとツタを伸ばしてくる。戦闘中に巻き込まれれば危険極まりない。

足元の罠は地形で判別できるものの、完全同色となり、気を抜けば見逃してしまう。

可憐に咲く花に触れれば幻惑の粉をまき散らし、広葉樹になる実から飛ぶタネは殺気もなく襲いかかる。


「その魔術師の気持ちわかるよ」


 あらわれる魔物は、影に紛れ麻痺粉を振りまく”スパングル・バタフライ”樹上から跳び掛かってくる”シャドウスパイダー”、足元から絡みつく”ブッシュパイソン”、地上には”レッドベアー”に”キラーマンティス”と全方向に注意が必要だ。


 16階層の水場で食事をとって、テントを張る事にした。ボス部屋の次の階層は魔物の出現数が少なくて休みやすい。


ミジットの食事の用意を見ながらレベルアップしたステータスを確認した。



  名前 : アジフ

  種族 : ヒューマン

  年齢 : 24

Lv : 22


  HP : 171/171(+15)

  MP : 63/63(+6)

  STR : 52(+5)

  VIT : 40(+4)

  INT : 24(+1)

  MND : 30(+1)

  AGI : 34(+3)

  DEX : 26(+1)

  LUK : 12(+1)


スキル

  エラルト語Lv4 リバースエイジLv4(+1) 農業Lv3 木工Lv2

  解体Lv4 採取Lv2 盾術Lv6(+1) 革細工Lv2 魔力操作Lv7(+1)

  生活魔法(水/土)剣術Lv8(+1) 暗視Lv2(+1) 開錠Lv2


称号

  大地を歩む者 農民 能力神の祝福 冒険者



「ミジット、まずい」


由々しき事態だ。


「何がだ」


「迷宮では強くなれそうにない」


「何故だ?レベルは上がったのだろう?」


「それがまずい。迷宮では魔物を倒した技術しか残らない。日頃の鍛錬が反映されていない」


 具体的には物理ステータスしか上がってない。ただでさえレベルは上がるほど、上がりにくくなる。このまま魔物の出現頻度の異常に高い迷宮で戦い続ければ、物理で殴るしかできない脳筋になってしまう。


「魔物を倒すステータスは上がるから問題ないと思うぞ」


 あなたは戦い方が脳筋先生ですから。


<ガシッ>

ミジットの肩を掴み正面から見据える。


「予定を変更しよう」


「ど、どうするんだ?」


 もともとの予定では、今回はミジットが踏破済みの20階層まで進み、一度ギルドに戻ってパーティーを探す予定だった。


「このまま迷宮を踏破しよう」


「2人でか?いや、無茶だろ!」


「25階層を2人で突破できれば勝算はある。それならどうだ?」


「本当か?」


「信じてくれ」


まっすぐに目を見た。


「わかった、付き合わせているのはこっちだ。信じるから責任は取れよ」


「全力は尽くす」


 根拠に乏しいのは申し訳ないが、相方の理解は得られた。最短かつ最小限で迷宮を踏破しよう。



  16階層より深くなれば、出現するのはほぼ全てEランクの魔物だ。15階層までのように、囲まれてもお構い無しに突っ込んで、ステータスで蹂躙なんてまねはできない。


 そんな中で唯一のFランクの魔物、5階層にも出て来た足止めの糸を吐くイモムシの魔物ディグキャタピラー。それをミジットは迷いなく踏みつけ、そのまま踏み抜いた。


「ギシャアァァ」


 体液をまき散らし原形を失って黒い靄となっていく。


 なんて男らしい、こちらの男が霞んでしまいそうだ。キラーマンティスの鎌を盾で受け、切りかかるもう片方の腕を肘から切り落としながら、その姿を視界の端に納めていた。

もう片方の鎌を盾で押さえ頭を落とし――


「シャアァァー!」


 きびすを返し、ミジットの背後を狙うヘビの頭を落とす。その頃には、立ち上がれば2m近くあろうかというレッドベアーの頭蓋の下からミジットの剣が貫いたところだった。


「なにか言いたげだな」


ドロップしたレッドベアーの毛皮と魔石をしまいつつ聞いてくる。


「いや、なに、男前が上がってると思ってな」


 迷宮では返り血も剣にまとわりつく油も、魔物が倒れれば靄になってしまうので地上ほど戦闘で汚れない。せいぜいが自分の血と汗と土埃くらいなものだ。

せっかくの迷宮の恩恵にもかかわらず、ミジットはしかめっ面で美人を台無しにさせた。



 

「お、レベルが上がった」


ミジットがそんな事を言ったのは、20階層に入ってしばらくたった頃だった。


「へぇ、いくつになったんだ?」


歳を聞いてるわけではない。セーフだ。


「33だ。Cランクでも胸を張れるな」


歳ではない。


「俺は23になった」


 この階層までにまた一つ上がっていた。1日で1レベル上がるなんて地上ではめったにない。


「へぇ、私の年齢と一緒だな」


歳だった。


 なんとかボス部屋の前までたどり着いたものの、1日でレベルが上がる程の連戦でヘロヘロだ。既に時間の感覚は麻痺してしまっているが、21階層からは睡眠がとり辛いとの情報もあって、睡眠を取る事にした。



 20階層のボス部屋の前は5組ものパーティーがそれぞれにくつろいでいた。


 下級迷宮はCランクへの登竜門なので、Dランクパーティーがとても多い。そして21階層から25階層までは砂漠エリアだそうなので、皆20階層で休憩をとっている。

そして砂漠エリアはキジフェイきってのお宝エリアらしく、稼ぎ狙いの冒険者はここに集まるそうだ。

この中にも階層主に挑むパーティーはいるのだろうか。


 思い思いに休憩するパーティに声をかけにいった。


「やぁ」


 武器に手はかけず、軽く手を上げ挨拶をする。迷宮で無意味に声をかけられてろくな事はない。相手は警戒して返事をした。


「そこで止まれ。見ない顔だな、何か用か?」


 すぐ足を止めて要件を切り出す。


「ロープが足りなくなってしまって困ってるんだ。レッドベアーの毛皮に金貨一枚で交換してくれないか?」


 地上なら銀貨2枚のロープが1本10万円+毛皮!これでどうだ!


相手はしばらく考えて、


「すまんが、迷宮でロープは正に命綱だ。金には換えられん。他を当たってくれ」


「そうか…騒がせたな、悪かった」


ここまで来る冒険者はさすがだな。



その後2組の冒険者と交渉し、金貨をもう一枚追加してロープを手に入れた。



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