ダンジョン中階層:開錠
「迷宮のポーションは劣化しない。予備に持っておきたいし、使い終わった空瓶にポーションを移しても通常より長持ちする。保存の魔法がかかってる魔道具といってもいい」
「ありがとよ、おやすみ」
交代で寝る前にミジットがつぶやくように言った。
気にしてたのか、意外とかわいいやつだ。
明かりの魔道具を消してほの暗い暗闇に目を凝らす。
…やっぱりか、前より見える気がする。
(ステータスオープン)
暗視がLv2になっていた。
暗闇の中で両手でショートソードをくるくる回しながら――ペン回しは短剣を回すに至っていた――今日のボス戦を考える。10階層の階層主は出現した時から剣を抜いて構えていた。あれはたまたまだったのか、それとも5階層の戦闘で迷宮がとった防衛行動だったのか。
もし後者なら、いわゆる”ダンジョンマスター”が存在するんじゃないだろうか?
いずれにせよ、まだ判断材料が少なすぎる。あと何戦かすれば傾向も見えてくるだろう。
「キュ」
<シュッ><トスッ>
「キュイッ」
暗闇の中から現れたリープラビットに短剣を投げつけると、頭に刺さり、肉がドロップした。
おお!?当たった?しかも急所に一撃!なんてクリティカルな。
ステータスを見たが、投擲スキルは得てなかった。たまたまか。
しばらくするとポイズンヴァイパーが音もなく忍び寄ってきた。
<シュッ><カラン>
…外れか
「シャー!」
攻撃され、警戒したポイズンヴァイパーが牙を剥くが、盾で受け頭を落とした。
さて、一人さみしく暗闇の中、どうやって交代の時間を計るのか。それは時間を計る道具があるんだ。
砂時計の粘度のある液体バージョンで、スキル基準で1h=3600sで落ち切る。
ただ、問題もあって、街中で使う分にはいいのだが、旅先で使い始める時に内部の液体が中途半端になっていると、始めの一時間が計れない。
これを5回ひっくり返したら交代だ。2人パーティーは辛い。
時折訪れる魔物を退けて交代まで見張りを続けた。布を張っただけの簡易テントに入り相方を起こす。
「ミジット、交代だ」
<シュバッ>
なんて早さの寝起きだ。
水を差し出すとごくごく飲み干す。
「時々魔物が来ていたな」
気付いてたのか。
「ウサギ、ヘビ、犬だ」
交代すると、すぐ眠りについた。
ん…話声か…?
まぁいいか…
「アジフ、起きろ」
「んぁ~~~あ、」
伸びをして出されたお茶をもらった。
「誰か来てたか?」
「ああ、一組パーティーがな、普通に話してたが、全然起きないからあきれたぞ」
「信頼の証と受け取りたまえ」
「いや、迷宮だぞ?」
1階層から11階層までかかった時間は睡眠を含め1日だった。
だが、2日目も半分が過ぎようという頃になっても、まだ15階層のボス部屋にたどり着けていなかった。
「グギャ」「ガウッ」
「グルルル」「ギャギャ」
通路の前方からゴブリンリーダー率いるゴブリンパーティーが、後方からハイ・コボルト率いるコボルトパーティーが襲い掛かる。
「狼閃!」
ミジットの合図で2人とも前方のゴブリンパーティーへ全速突撃する。くぐり抜けたゴブリンマジシャンの火の玉<ファイアーボール>がコボルトに命中した。
ゴブリンガードを盾ごと蹴飛ばして後ろのレンジャーにぶつける間に、ミジットがソードとアーチャーを切り抜けて裏へ回った。
「ガアァー!」
倒れるレンジャーを切り捨て、ゴブリンリーダーへ剣を向けると牙を剥き威嚇する、その背後からミジットが首を落とした。
<ドカッ>
「ギャギャー!」
その横を通り抜け、振り返れば迫るコボルトシーフにゴブリンヒーラーを蹴りつけ、まとめて串刺しにするが、その間にコボルトのモンクとアーマーを切り捨てたミジットに先行された。
「くそっ」
身を屈めアーチャーの矢をくぐり、低い姿勢のままゴブリンガードの両足を切り払う。倒れたゴブリンガードの向こうに見えたのは側面をこちらに向けたハイ・コボルト。
チャンス!低い姿勢から跳び、横腹に突きを埋め、剣を手放すと後ろのアーチャーをミジットが仕留めたところだった。
<カラン>
ハイ・コボルトが消え、床に落ちた剣を拾って、まだ息のあったゴブリンガードにトドメをさした。
「タイミングが遅れてるぞ」
「ああ、すまん」
連戦に次ぐ連戦、積み重なる疲れが踏み込む一歩に少しの遅れを、剣筋に少しのブレを作り、リズムのずれがだんだんと大きくなってタイミングが遅れて行く。
「これで接敵の少ない最短ルートだって言うんだからな」
迷宮は恐ろしい。
「いや、すまん。実は道に迷った」
「な、なんですってー!?」
「戦闘が続いて戻れないうちにルートを外れてしまった」
「現在位置はわかるのか?」
「さっぱりだ」
「きっぱり言うな」
「とりあえず見覚えのあるところまで戻るぞ」
「わかった」
元来たような気がするルートを戻って行くと、ふ、と分かれ道の向こうの曲がり角に扉が見えた。行きに来たなら、角度的に見逃すだろう位置だ。
「あの扉はなんだ?」
「そんな部屋は地図にはなかったはずだ、宝箱か魔物部屋か罠かといったところかな」
「行くか!」
「当然だな」
我らのパーティには基本ブレーキ役が存在しない。
扉を開け、中を覗くと部屋の一段上がったところに宝箱が置いてあった。宝箱には鍵穴が見える。
「ミジットは扉を開けた状態で扉の裏で待機してくれ」
「わかった、頼んだぞ」
ポーチから鍵開けセットを取り出し、宝箱のカギを回す。
<カチン>と音がした。これで開錠が成功していれば開けてもトラップは発動しない。失敗していれば開けた時にトラップが発動する仕掛けだ。
宝箱の裏に回り、フック付きロープをひっかけ、盾を掲げながら引っ張ると宝箱が開いた。開錠は成功したようだ。
「成功だ」
ミジットに声をかけると、扉からこちらをのぞき込んだ。
「中身はどうなんだ?」
「中身は…おっ宝石と短剣だな」
「やったな!当たりじゃないか!」
短剣と言っても刃渡りは40cm近くあり、刀身は幅広だ。
「武器屋で見てもらってからだけどな」
背負い袋に放り込み、部屋を出ると、どこからか戦闘音が聞こえてきた。
「どっちだ?」
「向こうだと思う」
ミジットが指をさしたのは元来た方向に戻る方角だった。それなら迷う事はない。
顔を合わせてうなずき合い、周囲を警戒しながら進んで行くと、だんだん戦闘音が大きくなってきた。
「こらえろ!あと少しで…」
「そんな事言っても…!」
刃の交わる金属音と共にそんな声が聞こえて来る。
どうでもいいけど、戦闘中にのんきにおしゃべりしすぎじゃないのか?それともよっぽど余裕あるのか
様子を見ながら近づいて行くと、4人、いや2人倒れて6人パーティーか、相手はハイ・コボルトが2匹とその他コボルト2匹にシャドウスパイダーか?
あまりいい状況じゃなさそうだが…
「おーい、助け要るかー?」
一応声をかけてみる。
リーダーらしき槍装備の戦士は”はっ”とした後、周りをキョロキョロ見渡しこちらを見つけた。
敵を前にして目線を切るなんて何考えてんだ?
「ああ!頼む!」
それを聞いてミジットと2人、戦場に飛び込んだ。




