ダンジョン低階層:あだ名
水筒に水を出して分け合う。5階まで水分を取る以外の休憩はしていないが、道場の修練に比べればどうという事もない。
「5階の階層主はダークハウンドと、その上位種ハイドハウンドだぞ。ハイドハウンドは集団の中で気配を消してくるからな、下で待ってるから早く来いよ」
「早く来いって言われてもなぁ」
現在、扉の前では2組の順番待ちだ。
周囲には相談しているパーティもいて、かがり火も焚かれちょっとした待合所だ。
「この時期にしては多いな、いや、そうか新人の増える時期か」
依頼の少ない冬が終わり、春になって依頼が増えると迷宮入りを許されるFランクに昇格する者も増える。そんなルーキー達が低階層をくぐり抜けてここまで到達する時期のようだ。
「気長にまってるさ」
「悪いな」
手を振って下へ降りていった。
美人に手を振られるとちょっとした優越感があるな。
順番待ちの列に並んでいると、扉から<ガチン>と音がした。次のパーティーが中に入り、扉を閉めると、再び<ガチン>と音がする。なるほどな。
ちらりと見えた中は30m程の空間になっているようだ。階層よりも明るい。なるほどなるほど。
「なあ、あんた」
後ろに並ぶパーティーから声をかけられた。
「なんだ?」
「あんた順番取りか?それとも1人で挑むのか?」
「一人だ」
「俺たちは5人で挑むんだが、先に行かせてもらえないか?」
「ちょっと!そんなの悪いよ!」
仲間から声も上がっているが、見ると16~18歳くらいの5人パーティーか。まだ装備も整ってはいないようだな。
「いいぞ」
順番を譲ってあげた。
「ありがとよ」「なんか、すいません」
しばらくすると、扉から音がして次の順番になる。パーティーの順番が一つ進み、またしばらくすると前のパーティの順番となる。扉の中に階層主の姿は確認できない。ふーん。
順番を待っていると、20分くらいだろうか、今度はちょっと長いかな?そう思った頃にまた後ろから声をかけられた。
「なんだよ、さすがにもう順番は譲らないぞ」
「あ、いえ。4階層ですごい勢いで魔物を殲滅してた人ですよね?すごいなって見てました。さっきなんで順番をゆずったんです?どう見てもあなたの方が強そうなんですけど」
「ああ、そんな事か。相手が誰であれ簡単に手の内をさらすもんじゃないだろ?それだけだよ」
「なるほど…」
そんな話をしていると、扉から<ガチン>と音がした。
中へ入ると、やはり階層主の姿は見えない。扉を閉めると<ガチン>と鳴った、と同時に前方へ全力でダッシュした。黒い靄の様なものがやや大きめ犬の形を作り、階層主の姿があらわれ、その頃には間合いに入り全力の一撃を放ち真っ二つにした。
周囲に形をとった、上位種と比べればやや小柄なダークハウンド6匹が状況を理解できず、”キョトン”としている間に2匹を切り捨て、
「ガ」
こちらを襲う態勢を取った一匹を上段から叩き切り、残る3匹に振り向くと、3匹同時に跳び掛かってくるところだった。
「ギャウ」
空中で2匹を同時に切り払い、途中で剣の止まった2匹目を剣ごと3匹目にぶつけ、吹き飛ばされたダークハウンドが立ち上がる前に蹴飛ばし、
「ギャウン」
壁に当たって落ちたところをショートソードでトドメを刺した。
10秒以上はかかったかな?
全ての魔物が消えると、宝箱があらわれた。階層主の宝箱には鍵もかかっていないし罠もないそうだが、念の為盾を構え箱の後ろから開けると何事もなく開いた。
正面に回ると、中に入っていたのは金貨1枚と着火の魔道具だった。おお、最初から魔道具とは運がいい!
これで着火の魔道具も自分で魔石が交換できる。最初の宝箱としては上出来だ。
部屋の奥に進んで行くと、入り口と同じ様な扉があった。階層主を倒さないと開かないパターンかな?
扉を開くと、そこには前のパーティが膝をついて休んでいた。邪魔なんだが。
扉を閉じ、ついさっきボス部屋で見たのと同じようなキョトンとした顔をしているパーティに話かける。
「場所を開けてくれ」
「え?あ、いや、俺たち今出て来たばっかりで」
「そうだろうな、俺もだ」
「あ、ああ、悪かった」
道を開けてくれた。やっぱり話せばわかるって事だな。
扉を出た通路を抜けるとミジットが待っていた。
「遅いぞ」
「待たせた、悪かったよ」
「下に降りる前にパーティーの順番は見ていたぞ?気長に待つとは言ったが、5階の階層主に時間がかかるようでは先が思いやられる」
「だから悪かったって」
せっかくの美人さんとの待ち合わせなんだ。「全然!今きたトコだよ!」とか言って欲しい。
6階層は洞窟の様な石の壁に固い地面だった。すごく絵に描いたダンジョンっぽい。
「ギャ、グギャギャ」
そして出て来たのはゴブリン。ダンジョンかよ!
あらわれたゴブリンは地上のモノとイメージが違う。まず、ボロいけども、全身に服を着ている。そして手には粗末だが剣を持っている。
<トスッ>
喉元に剣を突き刺すと魔石を残し消えて行った。
「ソード・ゴブリンだ。迷宮の固有種だぞ」
「普通のゴブリンと違う?」
「剣を持っている。迷宮には他にも地上で見られないゴブリンや魔物がたくさんいるんだ」
複数できたら注意が必要だな。だが、この階層では単独でしか現れないようだ。む、通路が一部妙に平らだな。
「アジフ、それトラップだ。踏むなよ」
「おお、これがあの有名なトラップか」
「どの有名かは知らんが、低階層のトラップはわかりやすい。深くなると見つけるのが難しい。今のうちに目を馴らしておくんだ」
「後続の為に目印とか置いておいたらダメなのか?」
「迷宮で一定時間人の手から離れた物は迷宮に吸収されてしまうんだ。長時間の休憩や仮眠の時は気を付けろよ」
「それはヒドイ」
ミジットの案内で進んで行くと、迷宮の泉にたどり着いた。
「そろそろ食事にしよう」
泉には一組のパーティが先に休憩していて、こちらを見ている。
「じゃまするよ」
ミジットが軽く手を上げてあいさつする。
「よお、フレアボムじゃねえか。また懲りずにきたのか?」
「当然だ、懲りることなどない」
「今度は連れの兄ちゃんに迷惑かけんなよ」
「お前に心配される事ではないさ」
ミジットは相手にせずひらひらと手を振った。
「フレアボムってなんだ?」
「ああ、私のあだ名「なんだ、兄ちゃん知らずにつるんでるのか」」
ミジットの言葉を遮り、冒険者が話に割り込んで来た。
「飛んでいって爆発する。フレアボムの魔法と一緒ってこった!ギャハハハ!」
「なるほど、上手い事言うな」
だいたいそんな感じだからな。
「アジフ!」
「ふん、ミジットお前だって”双連の剣”の意味、忘れてないだろうな?」
「あ、ああ、そうだったな」
それを聞いた冒険者はつまらなさそうに黙った。
ミジットのこだわりのコンロ魔道具で干し野菜と干し肉を煮込んだスープと、黒パンと結構しっかりした食事と休憩を取り、次の階層へと向かう。
「今日中に11階層には着きたい。あそこは肉がドロップする」
ミジットは割と美味しいものが好きだ。食べられればいいと思うんだが、困ったものだ。
仕方ない、パーティメンバーのわがままに付き合うべく、がんばりますか。




