96.堕悪ドワーフ
「あれだな。…しかし、別のもいるな。あれは……ドワーフ、か?」
俺達がニュムパ達のいる辺りまで来てみると、そこでは全長数mの西洋竜風ドラッヘ達と、小柄でがっしりとした樽体型の髭モジャの一団が戦っているところだった。
俺の知識からその一団の該当する種族を捜すと、ドワーフが一番近いと思った。
「堕悪ドワーフですね」
「ダークドワーフ?」
ダークエルフとかならよく聞くが、ダークドワーフとかは聞いたことのない種類のドワーフだな。俺の知らない、この世界の固有種か?
「いえ。闇のドワーフではなく、堕ちた悪のドワーフです」
「ああ、そういう当て字か」
固有種は固有種でも、罪人としての称号か。
「はい。ちなみに他の人類種達も、管理神達を信仰している者達を除き、現在の正式名称では頭に堕悪と付きます。もっとも、救世主の結界のせいで、ステータス画面などには表示されませんけど」
「ああ、そうなんだ。もしステータス画面の種族欄にそんなのが付いていたら、生贄召喚された異世界人達も、怪しくてこの世界の人類種達に騙されることもなかっただろうにな」
「そうですね。あるいは、異世界人達の鑑定能力に救世主の結界を突破出来るだけの性能か、出力があればよかったんですけどね」
「それはいくらなんでも無理だろう。世界一つを救う相手の結界に、ただ召喚されただけの人間の力が太刀打ち出来るわけがない」
「…そう、ですね。…ただ、召喚されただけの人間。本当にそうだったら、良かったんですけどね」
「どういう意味だ?その意味深な言葉?」
召喚された者達には何かがある?
「……生贄召喚で召喚された異世界人達は、召喚された異世界のキーマンであることが多いんです」
「キーマン?鍵人間?いや、鍵となる人間か?」
「はい。物語などで、重要な役割を担う存在です。つまりは、異世界にとって重要な異世界人達をさらっているのです」
「おい、それって…」
異世界で重要な人間。まさか勇者とか、世界を安定させている奴とか、邪神を封印している人間とかをさらったりはしていないよな?
「…残念ながら、それらの条件の異世界人達は、過去に召喚されて結界の燃料にされてしまいました」
「おい、ちょっと待て!そんなことをしたら元の世界は……」
俺の脳内で、嫌な想像がぐるぐると回った。
勇者が不在となった魔王のいる世界。
世界を安定させる者を失った世界。
邪神を封印している者を失った世界。
そんな世界に待ち受けている未来は……。
「残念ながら、ご推察のとおりです」
「!!」
それはつまり……。
「件の異世界達は、魔王や邪神、バランスを失ったことにより、すでに滅亡しています」
「…そうか」
当たってほしくもない想像が当たりか…。
「残念ながら」
「…どれくらい、犠牲になっているんだ?」
「……この二千年の間に、滅亡にまで達していないのを合わせて、すでに三桁にまで到達しています」
「…つまり、最低でも百近い異世界に被害が出てるって、ことか」
「はい」
被害の範囲と規模が、かなり予想を超えていた。
「…というか、よくそれだけの被害を振り撒いておいて、今までよく異世界の神なんかに殴り込みを受けなかったな?」
そして、その酷さゆえに、報復を受けずに今だ彼女(この世界)が存在し続けていることが、純粋に驚きだった。
「それは彼らが、自身の世界を保つことで精一杯だったからです」
「そうなのか?」
「はい。世界の命運を担う存在が、自身の世界から突然欠落したのです。その穴を埋める為の労力は、貴方の想像を絶するものがありますから」
「なるほど。たしかにその労力とやらは、俺には想像もつかないな」
というか逆に、想像出来たら人間基準だと駄目な気もするが……。
「召喚を妨害出来れば良いのにな」
「それはもう、問題ありません」
「うん?妨害出来るのか?今まで出来ていなかったんだろう?」
「はい。ある意味正規のシステムが利用されていましたから。ですが、今回の貴方の進化によって、その問題は解決されました」
「それはいったい…?」
ドォーン!!
どういうことなのかとエレンに聞こうとした直前、ドラッヘ達の方で何かが爆発した。
視線をエレンからドラッヘ達の方に向けてみると、ドラッヘの口元から火の粉が散っているところだった。
堕悪ドワーフの方に視線を移してみると、そこには大きな穴と、消し炭になった何かがちらほらあった。穴から少し離れた場所には、大きな火傷を負っているらしい堕悪ドワーフ達の姿もあった。
どうやら、ドラッヘのファイヤーブレスを喰らったらしい。
「どうやらあっちは、もうそろそろ決着のようだな」
「そうですね。終わったら接触しましょう」
「ああ。アビスクイーンもそれで良いか?あれ?」
エレンに頷いた後に、俺はアビスクイーンにも確認しようと彼女の方を見た。しかし、最初に彼女がいた場所に彼女の姿はなかった。
何処に行ったんだ?
俺は視線を周囲に巡らせた。
「あっ!いた!」
そうして捜していると、アビスクイーンの姿をある場所で発見した。
アビスクイーンがいた場所は、なんとドラッヘからかなり離れた位置に居た、堕悪ドワーフ達のすぐ傍だった。
「なんであんなところに?」
「むう、やはりあれだけの戦力では足りんか」
「どうする?」
ドラッヘと仲間達の戦いを見ていた堕悪ドワーフに、別の堕悪ドワーフがこれからどうするのかを尋ねた。
「切り札を切るしかあるまい」
「アレを使うのか!…しかし、アレはまだ試作段階じゃぞ?」
「わかっておる。しかし、儂らには手段を選んでいる余裕はあるまい?」
「それは!……そう、じゃな」
堕悪ドワーフの片割れが何かを決意すると、懐から何かを取り出した。
「あまり使いたくはないのじゃが…。致し方あるまい」
「ねぇねぇ、おじいちゃん達」
「「「「!?」」」」
堕悪ドワーフが何かをしようとした直前に、アビスクイーンは堕悪ドワーフ達に声をかけた。
堕悪ドワーフ達は、一斉に声のした方に振り向き、そこに居たアビスクイーンの姿にそれぞれが驚きを見せた。
「ヒューマンの娘っ子?なんでこんな荒野のど真ん中に、ヒューマンの娘っ子がおるんじゃ!?」
「ねぇねぇ、おじいちゃん達。おじいちゃん達は、いったい何をしているの?」
「儂らか?儂らはのう…」
「ちょっと待て!」
堕悪ドワーフの一人が、アビスクイーンの質問に答えようとしたのを、別の堕悪ドワーフが止めた。
「!どうしたんじゃ、突然大声を出して?」
「馬鹿!こんな荒野のど真ん中に、普通のヒューマンの娘っ子が一人でおるわけがあるまい!」
「「「「!!」」」」
「?」
はっ、としたように堕悪ドワーフ達の視線がアビスクイーンに注がれた。
しかし、アビスクイーンの方はよくわかっていないらしく、可愛く小首を傾げている。
「……普通の娘っ子に見えるんじゃがのお?」
「……儂もちょっと、自身が無くなってきた。しかし、こんな場所にいるのがおかしいことは確かじゃ」
「それはそうじゃな。娘っ子、お前さんは一人でここに来たのかのう?」
「うんん。お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒!」
「お兄ちゃんにお姉ちゃんか。どうやら、たんなる迷子のようじゃな。この娘っ子の行動範囲なら、保護者はおそらく近くにおるじゃろう」
「嬢ちゃん、そのお兄ちゃんとお姉ちゃんとやらは、どっちの方におる?」
「あっち!」
「あっちか?…おう!たしかに人影がおるのう」
アビスクイーンがこっちを指さし、堕悪ドワーフの一人が俺達を見つけた。
「意外と近くにおったのう。良し、儂が連れて行ってやろう。娘っ子、儂とお兄ちゃん達のところに行こう」
堕悪ドワーフの一人はそう言うと、アビスクイーンに手を差し出した。
「ううん」
アビスクイーンはそれに首を横に振った。
「「「「?……!」」」」
堕悪ドワーフ達はアビスクイーンのその反応を訝しんだが、その直後に堕悪ドワーフ達は、全員が崩れ落ちるように倒れた。




