93.人形役者
「ここがそうか?」
「地図ではそうなっています」
商業ギルドで所定の手続きを終わらせた俺達は、早速購入した土地に来ている。
まず最初に来たのは、開拓予定の荒野の方だ。
現在俺達の目の前に広がっているのは、見渡すかぎりの荒野。後ろにある王都を除くと、正面や隣接する土地には人影どころか建物の姿もなかった。どうやらこの辺りが、この王都を維持できる限界の境界線のようだ。
ここより王都を広げようとすると、人間達には負担が大き過ぎるのだろう。
…あるいは、ただたんに必要が無いからかもしれないが。
なんせこんな土地だ。まとまっていないと、すぐに荒野で干上がって朽ち果ててしまうだろうしな。
そのせいかどうかは知らないが、この街の住人達は他者とよく一緒にいる。
一緒に話していたり、仕事をしていたり、遊んでいたりしている。
一人で行動している人間は、目視でもマップでもめったに見かけない。
そのめったに見かけない人間達にしても、すぐに他の人間達と合流している。
トワラルの街では、他者に無関心な者や、一人でいる者達が多かったのにだ。
さらに付け加えると、奴隷の扱いにもかなりの差があった。
この王都に来てすぐに、トワラルの街での奴隷達の扱いを参考に、この王都での奴隷関係を調べてみた。
結果としては、雲泥の差があった。
あちらの奴隷達は皆生気がなかったのにたいして、この国の奴隷達は皆生き生きとしていた。
少々事情を調べてみた結果、この国での奴隷について把握出来た。
この国の奴隷は、救済措置なのだそうだ。食い詰めた村人などが、自らや子供を奴隷商に売る。その代金を村などに送り、村はその代金で資金難に対処する。一方、奴隷となった者達は奴隷商の方で日に二食の食事が保証される。これで最低限生き延びることが出来る。あとは奴隷達がある程度王都で働き、代金分働いたら奴隷の身分から解放される。解放されたあとは村に帰って終わりだ。
つまりこれは奴隷制度とは名ばかりで、ただの借金制度だ。自分達を担保に金を工面してもらい、それを労働者として返済する。それだけの話しだ。
…なんで奴隷制度なんて名前になっているんだろうな、この制度?普通に救済措置扱いで良いだろうに?
……まあ、今は良いか。ただ、良いことではあるんだが、王都とトワラルの街で奴隷制度がここまで違うのは、なんでなんだろうな?
「余裕というか、心のゆとりの差でしょう」
「そうなのか?」
俺の内心の疑問に、彼女はそう言ってきた。
「人類種達の心の内など私は知りませんが、今まで人類種達を見てきた統計としましては、そういう評価となります」
「そうか」
「そんなことよりも、そろそろ始めましょう」
「わかった」
俺は考えるのを中断し、この荒野に来た当初の目的を果たすことした。
「それじゃあ、最初はアステリア、頼む」
こくり。
今だ封印解放段階が低いアステリアは、喋れないので俺達に一つだけ頷いて一歩前に出た。
ちなみに、内心での会話自体は可能である。しかし、管理神達は事務的にしか話さないので、いつもやるようなシステムメッセージとの会話とたいして変わらない。
『地脈、水脈、霊脈。竜脈諸々にアクセス』
アステリアを中心に光りが広がり、直後マップに川の流れのようなものが幾つも表示された。
『竜脈との接続を確認。ルート変更を開始します』
「わかりました。こちらも地形変更を開始します」
アステリアを補助する為に、エレンも大地への介入を開始した。
マップ上で荒野の向こう側と繋がっていた流れが、次々とアステリアによって捩曲げられていく。
捩曲げられた流れは途中で合流することを繰り返し、やがてそれらは俺達の足元を通過して王都。そこからさらに国中に伸びて拡散していった。
そして、流れが変わったせいで空洞になった部分は、エレンが次々と埋め立てていった。
この時俺は、その埋め立てられた場所に細工をしておくことにした。
埋め立てられた場所をなぞるように、蟻型のアビス達を仕掛けていく。
彼らはやがて地中に巣を構築し、荒野から来る外敵を排除する兵隊となる。
また、たとえそれに使えなくても、信仰神側の人類種達と戦う時の為の戦力にはなる。
仕掛けておいて、俺達が損をすることはない。
『循環系、確立。微調整、完了』
「こちらも終了しました。これでこの辺りの水脈諸々は、信仰神達の手から完全に独立しました」
「ご苦労様」
これで水源などは確保出来た。
「なら次は、ニュクス、頼む」
こくり
アステリアが後ろに下がり、今度はニュクスが前に出た。
『浸透、開始』
ニュクスの足元から闇が広がり、それが大地に染み込んでいく。
そして大地に染み込んでいった闇は、地中でさらに広がって、先程アステリアが引き込んだ水脈から水を汲み出していく。汲み出された水はニュクスの闇を経由し、乾いた荒野の大地を潤していく。
それから30分もすると、乾いたぱさぱさの荒野の大地は、黒い土の大地に変わっていた。
『水の浸透。大地の疲労回復、完了』
「ありがとう、ニュクス」
これで土地の最低限の準備は整った。次は…。
「ダンタリオン、任せる」
「承知」
ニュクスが下がり、今度はダンタリオンが前に出る。
そしてダンタリオンは、ずっと持っていた本のあるページを開いた。
「数は五十。役は農家。顕現せよ、我が人形達」
そしてダンタリオンが、そのページにあるある一文をなぞると、そのページから無数の仮面が外に飛び出してきた。
その仮面はそれぞれ大地に落ち、落ちた場所を起点に土が盛り上がりだした。
土はどんどん高さをましていき、やがて人間大の高さにまでくると上昇が止まった。
上昇が止まった後は、今度は仮面を起点に土が変形を始めた。
仮面のある部分が頭となり、そこから胴、手、足と、土が人形を形成していく。
やがて全ての変化が終わった後には、麦藁帽子をかぶり、農具を携えた五十体もの土人形の姿があった。
これが、[仮面の悪魔]が[ゴーレムファクトリー]を取り込み得た能力。【エキストラ】(人形役者)だ。
[仮面の悪魔]の本来の能力では、所有者があらゆる人間になれるというものだった。それが[ゴーレムファクトリー]を取り込んだことにより、所有者だけではなくて生み出したゴーレムにも、あらゆる人間の役柄を演じられるようになったのだ。
今回の場合だと、農家の百姓の役柄と能力を持ったゴーレム達になる。
ちなみにこの役柄に応じた能力というのは、エレンから一時的に貸与されている感じだ。だから役柄が変わると、前の役柄の能力は全てリセットされる使用になっている。
百姓ゴーレム達はくわを振るい、農耕機並の速さで大地を耕していく。
このままほおっておけば、あっという間に畑の出来上がりだ。
「さて、俺達の方も準備をしておくか」
俺は畑の作成を百姓ゴーレム達に任せ、ノルニルとラケシスの二人に近づいた。
「これに頼む」
『『了承』』
俺は亜空間エリアから野菜や果実、食用モンスターの種を取り出し、それをまずはラケシスに渡した。
渡されたラケシスは種の運命を確定させ、次に種をノルニルに渡した。
今度はノルニルが種の時間を進め、種を発芽させた。
あとはこの種を畑に蒔けば、すぐにでも豊かな実りがこの地にもたらされる。
ノルニルがその種を百姓ゴーレム達に渡した。
これで今俺達がするべきことは全て終わった。
次は飲食店を建てに行くとしよう。
俺達はここを百姓ゴーレム達に任せ、王都の目的の場所に向かった。




