92.税
「こちらの物件よろしいですか?」
「はい」
俺は一つ頷くと、件の物件のことが刻まれている粘土板をコルンに差し出した。
「こちらの土地になりますと、お値段はこのようになっています。また、このお値段は土地単品の価格です。飲食店を経営したいとのことでしたが、建物はこちらで建てた方がよろしいでしょうか?その場合は、土地に加えて建物の代金も必要になりますが…」
「いえ、建物の方はこちらで用意しますので」
「そうですか。でしたら価格はこちらのままですね。ああ、それとですが、飲食店を経営する場合には、とう商業ギルドへの登録。そして、とう商業ギルドが発行している、営業許可証が必要になります。この営業許可証を所持していない場合、違法経営となりますので、後で商業ギルドへの登録と店の申請。それらの手続きをお願いします。詳しいことは、受付でご確認ください」
「わかりました」
俺は一つ頷くと、部屋の外に分体を出現させた。そして分体の方の俺は、商業ギルドへの登録と店の申請。営業許可証発行の手続き等をしに、受付に向かった。
「次は開拓地ですね。開拓地は有り余っておりますが、どの辺りの土地か具体的なご希望はございますか?それか、土地の条件でもかまいません。どういった土地をお求めでしょう?」
「そうですねぇ?」「なるべく広い土地が良いでしょう。それと複数の条件を加えられるなら、今回購入した土地に近いこと。また、追加で土地を購入した時に、地続きとなる立地の方が好ましいです」
「だ、そうです。この条件で調べてもらえますか?」
「…わかりました」
コルンは少し変な顔をしたが、すぐに机の上の粘土板を片付け、新しい粘土板を机の上に並べていった。
「今の条件ですと、この中からお選びいただけます」
今度の粘土板にある土地は、どれも同じ条件だった。ただ位置が違うだけ。まあ、場所とかをこちらで指定したのだから、これは当然か。
「どれでも同じみたいだな。なら、これでお願いします」
俺は粘土板を一つ選び、コルンに渡した。
「承りました。それではこちらの二つの土地をご購入ということで」
「後者はおいくらですか?」
「開拓地の方は、手続きだけとなります。開拓した土地は、そのまま国からの借用地扱いとなりますので」
「そうですか」
「お支払いは現金一括払いになさいますか?それとも分割になさいますか?分割の場合は、飲食店からの税徴収の時に支払うことも出来ますよ」
「分割の場合は、一括の時よりも料金が増えますか?」
故郷の知識を参考に、この国のその辺りがどうなのか気になって、コルンに聞いてみた。
「増えますね。一括払いの基本料からですと、三割増といったお値段となっております」
「そうですか」
『それなら分割の方が良さそうだな』
『そうですね。そちらの方が、定期的にお金を流せますから』
俺は内心で彼女に相談し、分割で購入することに決めた。
「それで、どちらになさいますか。一括と分割?」
「分割払いでお願いします」
「承りました。では、そのように処理いたします」
コルンは机の上にある粘土板を全てしまった後、別の粘土板を一枚取り出して何かを記載していった。
「ああ、すいません。一つ確認しても良いですか?」
「はい、なんです?」
「俺達はこの国に来たばかりなのですが、この国の税の徴収はどういった手順で行われていますか?」
「ああ、そういうことでしたか。どうりで購入条件が一般的ではないと思っていました」
「やっぱり少し変でしたか?」
俺の言葉に何かを納得したようなので、コルンに少したずねてみる。
「ええ。…さて、税の徴収についてでしたね?」
「はい」
コルンは俺の確認を肯定したが、話しを続けることはなかった。
「この国の税の徴収方法は、店などを所有している人々に関しては一ヶ月に一度、その月の売上の三割を自身が登録している商業ギルドに支払います。そしてその内の三割が商業ギルドに入り、残る七割が国に納められます。また、農耕地を所有している人々は、収穫期に収穫物の一割を国に納めます」
「金銭が三割で、収穫物は一割なんですか?」
なんで一律じゃないんだ?
「そうです。この国周辺の土地は痩せていますから、作物はあまり育ちが良くないのです。その為、現物で納められる税の数も少ないのです。ですのでこの国の税収は、現物よりも金銭の方が多く徴収されるようになっています」
「なるほど」
それなら納得だ。
『そうですね。それなら私達の手で、その税収がひっくり返る程に満たしてあげましょう』
『ああ。たーんと、満たしてやろう』
「それでは、前金としてこれだけいただけますでしょうか?」
「わかりました」
俺は亜空間エリアから革袋を取り出し、それをそのままコルンに渡した。
「これでお願いします」
「承りました。それでは確認いたしますので、失礼いたします」
コルンはそう言うと、革袋を手に取って中身の貨幣の確認を始めた。
ちなみに革袋の中身だが、改造したドロップマネーである。
最初の目的と違ってしまっているので、当然それに合わせて改造内容も変えている。
初期のプランでは増殖する悪意だったが、この国で使用する貨幣については、増殖する加護や幸運となっている。
そしてこれは比喩表現などではなく、正真正銘の加護と幸運だ。
管理神達の加護に、運を管理しているテュケーからの幸運を貨幣に付与している。
なので、この貨幣を所有すればする程、所有者は幸福になっていくというわけだ。
まさに幸せのコイン。ジンクスなどではないのがポイントだ。
「確認いたしました。こちらを受付にお持ちください。これと交換で、土地の権利書をお渡しいたします」
「わかりました」
俺はコルンから小さな粘土板を受け取り、エレンを連れて個室をあとにした。
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「ふむ」
「ギルドマスター」
アスト達が立ち去った後、部屋に残っていたコルンのもとに、受付にいた女性がやってきた。
「先程来られたお客様の土地に関する手続きが終わりました」
「そうか。…ふむ」
「どうかなされましたか?」
自分の報告の後に、何かを考え始めたギルドマスターを受付嬢は訝しそうに見た。
「いや、先程のお客様について少しな」
「先程のお客様達がどうかしたのですか?とくに後ろ暗いところなどがあるようには見えませんでしたが?」
「…見えない。それが問題なのだ」
「と、言いますと?」
「土地の売買だった為、私は彼らがお客様として問題がないかを確認しようとしたのだ。しかし…」
「しかし?」
「私の[鑑定]スキルは発動しなかった」
「鑑定出来なかったではなく、発動しなかったのですか?」
「ああ。他のものには問題無く発動したのに、あの二人にたいしてはカケラも発動しなかった。原因はわからないが、何かしらの理由があるはずだ」
「ギルドマスターの[鑑定]を無効にする何か…」
「悪人には見えなかったが、一応王宮や他のギルドのギルドマスター達には伝えておこう」
「そうですね。何かあるといけませんから」
「そうだ。不測の事態が起こらないにこしたことはないが、備えは必要だ」
「はい。それでは他のギルドに連絡しておきます」
「頼む」
「はい」
受付嬢はそう言うと、ギルドマスターに一礼して個室から出て行った。
「……何事も起こらなければ良いのだが」
しばらくの間コルンの脳内では、様々な事態が展開され続けることとなった。




