91.土地の購入
「トワラルの街よりも活気はあるが、全体的に発展はしていないな」
「そうですね」
今俺達は、王都の中を歩いている。そして王都を歩き回って見た感想が、今のものだ。
前回見たトワラルの街の様子と比較すると、それは明らかだった。
まずは建物の大きさ。トワラルの街の建物は二階建てなども多かったのに、この王都の建物は一階建てが主流だ。建材は石や煉瓦らしいが、それのあちこちにひび割れなどがちらほら見られる。その割合が八割以上の建物に見られることから、どの建物もそれなりの年月を経ていることがわかる。
どうやらほとんどの建物は、長い間建物直し等が行われていないようだ。行われていても、せいぜい簡単な補修程度のものだろう。
木造建ての建物が見られないのは、そういう建築様式が主流なのか、それとも周囲が荒野で木々が育たないせいだろうか?
……まあ、建築様式などは良いか。
次に王都を往来する人々。こちらはトワラルの街の住人達に比べると、随分と元気が良い。いろいろな場所でいろいろな声が上がり、その声に応えるように人々がそれぞれ行き交っている。王都なのに行き交う人々の数がトワラルの時と変わらないのはアレだが、人々の表情が明るいのは良いことだ。
……まあ、行き交う人々が傍目にもわかる程痩せていることが、わりと痛々しくはあるが…。
だがまあ、それは今から俺達が改善していけば良いことだ。
たらふく食べさせて、目指せ標準体型!
「さて、まずは料理革命を起こす基点。料理店を建てる土地を買うか借りるかしないとな。この国では、その辺りの扱いはどうなっているんだ?」
「国内の土地の所有者は国で、この辺りの土地の売買については商業ギルドの方に依託されています。ちなみに、先程通った荒野等は国の預かりとなっていますが、開拓をすれば誰でも開拓した土地を借用という形で所有することが出来ます」
「商業ギルドに開拓、か。予算はドロップアイテムならぬ、ドロップマネーで有り余っているから問題は無い。料理店で消費する食材。それの外から見える安定供給元をつくる為に、開拓の方にも手を出してみるのも良いか?」
「よいのではないですか?少なくとも、何処から来ているのか不明な食材よりは、安心感があると思います」
「そうだな。なら、店用と開拓用の土地を見繕うとしよう」
「はい」
俺達は次の目的地をそう定め、移動を開始した。
「次のお待ちのお客様、どうぞ!」
「行こうか」
「はい」
商業ギルドにたどり着いた俺達は、俺とエレンだけが中に入り、他の面々は外で待っておくことになった。これは売買に人数がいらないことと、購入・決定するのが俺で、助言者はエレンが一人いれば事足りるからだ。
というか、他の面々は土地の売買になんて興味がなかったので、これはある意味当然の人選ではある。
そんな感じで商業ギルドに入った俺達は、受付に列んだ。そして今から商談というわけだ。
「いらっしゃいませ。本日のご用件はなんでしょう?」
「土地を購入したいのですが」
「土地の購入ですね?承りました。土地の購入は書類による手続きなどがございますので、個室で取引を行います。係の者を呼ぶので、その案内に従ってください」
「わかりました」
「どうぞ、こちらの部屋になります」
「ありがとうございます」
それから俺達は、係の人に案内されてある個室に通された。
「ようこそ。本日、貴方方の相手をさせていただく、コルンです」
その個室の中には三十代くらいの男性がおり、俺達にそう挨拶をしてきた。
「俺はアストで、彼女はエレンです。今日はよろしくお願いします」
俺はコルンに挨拶を返し、エレンを連れてコルンの対面にある椅子に腰掛けた。
「早速ですが、本日はどういった土地をお求めでしょうか?」
「購入したいと思っている土地は二カ所です。一つは、王都内で飲食店を経営出来る広さの土地。もう一つは、開拓をしたいのでそれなりの広さの土地が良いです」
「飲食店が開ける土地と、開拓出来る土地ですね?それでしたら、飲食店の土地方はいくつか候補がございます。こちらが候補となりますので、この中からお選びください」
コルンはそう言うと、どこからか茶色い物体を取り出し、俺達の正面にある机の上にそれを置いた。
その茶色い物体はそれなりの厚みのある長方形の形をして、表面には無数の文字が刻まれていた。
その内容を軽く読んでみると、どうやら王都の物件情報が刻まれているようだった。
『これって…?』
『粘土板ですね』
俺が内心でエレンに茶色い物体の正体を確認すると、彼女からはそんな答えが返ってきた。
『粘土板!この世界のこの時代って、羊紙皮でさえない粘土板を使ってるのか!?』
彼女の言葉に、俺はただただ驚いた。
さすがに時代を考えて、俺達の世界のような紙が使われているとは俺も考えていなかった。だから、俺の世界の文化レベルを参考に、羊紙皮なんかが使われているのだろうと、勝手に思っていた。
…いや、あのテレサ達の研究施設には、ちゃんと紙の書類や研究レポートがあった。昔から残っているものや、残っていたものを利用していたにしても、この時代の人類種達も紙の存在を知っているはずだ。
…再現が出来なかったのだろうか?
『いえ、信仰神達がいる国々では羊紙皮が主流です。わずかではありますが、樹木繊維の紙も出回っています』
『ならなんで、ここは粘土板なんだ?』
『材料の問題ですね。この国のある一帯は、先程ご覧になったとおりの荒野です。紙の材料である樹木はほとんどありませんし、羊紙皮の材料である羊を飼う程の余裕もありません。そうなると、情報媒体となるものの材料は、手近で手に入るもの。つまりは、土。そこから採れる粘土を使うことになるわけです』
『なるほど』
粘土板を使っているのは、この国の環境の結果というわけか。たしかにそれなら納得だ。
『ただ、それでも王城では羊紙皮も使われています。やはり粘土板では嵩張りますから』
『この国で作れはずだから、輸入か?』
『はい。隣国から高値で買っています』
『ふむ。それなら、紙を安価で売りさばいてみるのもありだな』
『それはありですね。羊紙皮の定期的な購入で、この国の国庫はかなり圧迫されていますから』
『そうか。それなら後で、試しに商業ギルドに紙を売ってみよう』
『それが良いです』
「どれか良い物件はございましたか?」
「これなんか良いかな?」
「そうですね。王都の端の方ですが、教会や平民街に近いですから」
コルンからの問い掛けに、俺達は内心で会話をしながら選んだ一つの物件を示した。
その物件は王都の中心からは離れているが、近くに教会や平民街がある。
料理革命を起こしてこの国を豊かにすることが目的の俺達にとっては、かなり都合の良い立地だ。
教会への寄付や、平民街での近所付き合い。それらを利用して、この国に俺達の料理や食材を流通させていく。
流通経路が確立すれば、この王都にいる人々の豊かな食生活は約束されたようなものだ。
ただし、他の飲食店や野菜屋等には、ちゃんと配慮しておかなければならない。
信仰神側の人間達なら破産させても構わない。むしろ破産させたいのだが、管理神側の人間達を破産させて路頭に迷わせるわけにはいかない。
そこら辺のさじ加減は、ケースバイケースで調整していこう。




