88.悪意を忍ばせる為に
『ゲームプレイヤーについては、この際おいておきましょう』
良いのか?
『ええ。よくよく考えてみなくても、敵ではなく貴方が所有者なのです。貴方が相手なら、私の法則を好き勝手をされる心配はありませんから、取り急ぎ何かをする必要はありません』
まあ、たしかにそうだな。あくまでも俺の能力なんだから、俺達が急いで何かしらの対策をとる必要もないだろうし。
『そういうことです。では、他の話しに移りましょう』
他か?もう急ぐ話題はないと思うぞ。聖女達に付けたモンスター達への命令変更は伝達を終えたし、デメテルの宝玉がこの辺りに来るまで、まだ二週間もある。
あのライトとかいう転生プレイヤーや、エードラムの勇者一行にちょっかいをかける予定もない。
トワラルの街で回収してきた連中は、テレサ達が面倒を見てくれる。
他に何か話すような話題があったか?
『やることが無いですから、待ち時間中に何をするのかを話すのですよ』
ああ、なるほど!そういう話題もあるか。
『それで、この後は何をしますか?』
そうだなぁ?………そうだ!異世界転生の定番の冒険をやってみよう!
しばし考えた後、俺はせっかくの異世界転生というシチュエーションなのだから、テンプレなことをしてみたいと思った。
『冒険、ですか?』
ああ、冒険だ。
『したいんですか、冒険?』
興味はある。
『具体的には?』
そうだなぁ?…とりあえず、異世界ならではの景色を見てみたい。異世界文化を見て回るのも良いな。出来れば、美味しいものも食べ歩いたりしたいな。
『…前者はともかく、後者は冒険ではなくてただの食い道楽では?』
…言われてみると、たしかに食い道楽だな。だが、別に問題は無いだろう?
『ええ、まあ、貴方が食い道楽をしたいのなら、してくれても私はいっこうにかまいません。ただ…』
ただ?
『貴方が美味しいと思うような食べ物。料理は無いと思いますよ?』
……やっぱり、ヒュドラの口にあうような料理を人類種達は作ったりしないからか?
気分とノリで食い道楽などとは言ってみたものの、現在の自分の姿というか種族を思い出し、味覚が人類種達とあうわけがないことに気がついた。
『別段そういう理由ではありませんよ』
違うのか?
『はい。理由はもっと単純なもので、この世界の人類種達の食文化が貧弱だからです。というか、モンスターが闊歩するこの世界で、食事の質を向上させる為に命を懸ける物好きは、非常に稀です』
それほどなのか?
『はい。陸海空、どこにでもモンスターはいますから、この世界の人類種達には基本的に完全に安全な場所なんてものはありません。もちろん、街などの人口密集地等には結界が張られていますから、比較的安全な場所というものは存在しています。しかしそれは、あくまでも街という点に限られています。道という線に結界を敷設することは、コストの問題で基本的に不可能ですので、移動はどうしても命がけなのです』
まあ、そうだろうな。モンスターなんていない世界でも、旅は命がけだったという話しだし。
野生の獣に天候、環境変化による体調不良に、土地勘のない場所での遭難や事故。少し考えるだけでも、これだけいろいろ出てくるからな。
そうなると、たしかに料理の発展も命がけか。わざわざやる奴の気がしれない話しになってくるな。
『そうでしょう。それに付け加えますと、この世界の食品加工・保存・運搬技術は未発達ですので、食材の長期保存も難しいです。ですので、貴方の故郷の世界のような料理文化は、この世界の人類種達に期待するだけ無駄です』
なるほど、理解した。……ふむ。それなら、料理を使って人類種達を弄ってみるか?
『料理を使って人類種達を弄る、ですか?何をするつもりなんです?』
ちょっとした思いつきなんだが、今回手に入れた能力を活用して、人類種達を弄って玩んでみようかと思ってな。
『貴方が人類種達を玩ぶのは良いのですが、具体的には何をするつもりなんですか?』
餌付けをしてみようかなっと、思ってな。
『餌付け、ですか?』
ああ。俺はいくらでも食用のモンスターを生み出せるし、今回ドロップアイテムの設定も可能になった。この二つ。モンスター食材とドロップアイテムの調味料、料理器具を利用して、この世界の人類種達の味覚の革命を演出してみようと思っている。
『味覚の革命ですか?たしかに今の貴方なら出来るとは思いますが、それがどう人類種達を玩ぶことに繋がるんです?』
食べ物の恨みは恐ろしい。上を知ったら、下の味に耐えられない。食べずにはいられない。病み付きになる美味しさ。食べる為になんでもする。
『なんです、それ?』
うちの世界で言われている、食に関するあれこれだ。
『何が言いたいかはわかりすが…』
これらの言葉は、たいていが真理をついている。
『まあ、食事は生物の三大欲求の一つですからね。出来れば美味しいものを食べたいというのが、人心というものでしょう』
そうだ。だからその人類種達の性質を利用して、料理で人類種達を餌付けする。その後、その料理の供給を停止させることで、人類種達に飢餓と絶望を与えてやるんだ。
『人類種達を天から地に。天国から地獄に叩き落とすのですね』
そうだ。それと、これは他のいくつかの計画の布石でもある。
『計画の布石ですか?』
ああ。料理の革命は、ただの遊び心でしかない。本来の目的は、人類種達へ介入する為の表向きのお題目だ。
『…表向き。つまり、裏側が存在するのですね?』
そうだ。表向きは美味しい料理を振る舞い、それを隠れみのに暗躍する。
『どのように暗躍するのです?』
まずは料理で人類種達の目を引き付ける。次に、食材の調達と称して人類種達から食材を購入し、特殊な貨幣をばらまく。
『特殊な貨幣ですか?』
ああ。これは後のお楽しみということで、今は詳細は秘密だ。ともかく、その特殊な貨幣を人類種達の間に浸透させていく。貨幣が浸透しきった時、人類種達の経済は俺達の手に落ちる。
『何をするつもりかはわかりませんが、人類種達の経済を乗っ取るなんて、ずいぶんと気の長い話しですね』
別段、そこまで時間はくわないと思うがな。
『そうなのですか?』
貨幣には感染機能を付けるつもりだからな。一つの貨幣が経済内を回れば、回った先で次々と感染していく。後はネズミ算式に感染を繰り返し、経済を乗っ取るまでにかかる時間は、流通の部分でロスが発生する程度だ。貨幣の発行元。人類種達の王都辺りを起点にすれば、国一つを落とす程の影響を発生させるのに、一年もかからないだろうな。
『たしかにそれなら、そこまで気の長い話しではありませんね』
だろう。もちろん、これ以外の他のパターンもある。貨幣を多く持っているのは、当然貴族や王族なんかだ。その特権階級の人類種達を、俺達の料理の虜にする。そうすれば、俺達が人類種達の政治・経済・軍事に介入する為のツテが生まれる。
『政治・経済・軍事、ですか?』
そうだ。
『経済は先程言われていましたが、政治や軍事にも介入するのですか?』
介入出来る下地を作っておきたいっていうのが正解だな。俺としては、自分が書類に埋もれるような生活は避けたい。あくまでも、人類種達に戦争を誘発させるきっかけなどを確保出来れば良いんだ。
『そんなに上手くいきますか?』
別段料理などのきっかけを挟まなくても、戦争などを誘発させること自体は簡単に出来るぞ。
『そうなのですか?』
ああ。
俺はそれについて、彼女に軽く説明をすることにした。




