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82.ライト対アビス

「我のここでの用件はこれで一つ終わった。ゆえに、我はこれより一度帰還する」

「「「えっ!」」」

「なぜ驚く?我の目的は時間稼ぎなどだと何度も言っておいただろう。用が終わったいじょう、ここに長居する必要はない」

「…ええ、まあ、そうでしょうね」

「それでも一応はルーチェ殿に帰りの挨拶をしておこうと思ってな。時間が同期するのを待っていたのだ。それではさらばだ」

「え、ええ。さよう「逃がすか!」なら」


ルーチェは急展開でいろいろとついていけていなかったが、とりあえずはダンタリオンに別れの言葉を口にした。しかし、それは途中でライトの叫び声に遮られた。

ライトは鬼気迫る表情でダンタリオンに向かっていく。


「我にはもう汝の相手をするつもりはない。これの相手でもしていろ」


ダンタリオンはライトの攻撃をヒラリとかわし、自分の影に手を突っ込んだ。そして影から何かを掴みだし、ライト目掛けてほおり投げた。


「なっ!?」


ダンタリオンが投げたのは、銀色の触手やらが無数に生えた異形。ルストとシュピーゲルが戦っていた、合体アビスであった。


「なんです、あの化け物!?」

「アビス。【境界を越えしもの】の一種族であり、そちらの勇者達が本来相手にするはずだった相手。つまりは、トワラルの街を襲撃した犯人だ」

「「「!!」」」


アーク達の視線が、一斉に合体アビスの方を向いた。


「もっとも、あれは今ではそのアビスをリサイクルした別物だがな」

「「「リサイクルした別物?」」」

「そうだ。ゾンビやアンデットというわけではないが、我には亡きがらを用いてしもべを作成するスキルがある。向こうの二人に倒されたアビスの亡きがらを我が回収し、しもべとしたのだ」


ダンタリオンはルストとシュピーゲルを指差した。


「さて、あの少年はアビスとどう戦う?」


そしてその後ダンタリオンは、アビスとライトの戦いを観戦する。


「この!」


ライトはダンタリオンの前に立ちはだかるアビスを排除しようと、何度となく剣を振るう。

アビスは無数の触手を伸ばし、ライトの剣を捌こうとする。が、ダンタリオンの攻撃でさえ切断されるのだ。当然アビスの触手も、普通に真っ二つにされていく。

けれど、アビスが劣勢というわけではない。

ライトはアビスの触手群を切断出来ても、アビス本体にはまだダメージを与えられていないからだ。


「この!……うっ!?」


それでもライトは邪魔者を片付けようと、アビスに向かって行く。しかし、何度かの攻防の後、不意にライトが身体をふらつかせた。だが、ライトの方もアビスの攻撃をまだ受けてはいない。だから、ライトは直接的なダメージを受けていない。端から見ると、ライトはまだ無傷だ。


「ライトはどうしたんでしょう?」ダメージを負っていないのにふらついたライトを見て、ルーチェはライトのスタミナが切れたのかと思った。

ライトはアビスの攻撃こそ受けていなかったが、大量の触手を回避する為にかなり走り回っていた。

だからルーチェは、それが原因だろうと思ったのだ。


「生命力の低下が原因だな」

「生命力?」

「そうだ。HP、スタミナ、エナジー、オーラ。言い方は他にもあるが、総じて生命体が生成するエネルギーのことだ。アビスには、その生命エネルギーを吸収する能力がある」

「だからライトは…」

「ああ。アビスの攻撃自体は防いだりかわしたりしていたが、その能力の方は受け続けていたというわけだ」

「なるほど」

「それにしても、さすがは転生プレイヤーといったところか。普通の人間なら、もう干からびてミイラになっていてもおかしくないはずなんだが…」

「ミイラ?」


ルーチェだけではなく、アーク達もダンタリオンが言ったミイラという単語に反応した。


「しかり。生命力が枯渇すると、生物はミイラ化するのだ。少し違うが例をあげると、悪環境に置かれた奴隷のようになる」

「「「奴隷?」」」

「しかり。栄養不足で身体は痩せ衰え、骨と皮だけのよう。未来に希望が見いだせないがゆえに、目は死に、明日を思い描くことも、今日を生きる意味さえも見失った者達。生命力とは生きようとする力そのもの。それの減退や枯渇はつまり、生者から死者の側に向かっているということだ」

「「「………」」」


ルーチェ達は、ダンタリオンの言葉に何も言えなかった。


「ふむ。同じ異世界の力なら通用するかと思ったが、思っていたほどの効果はなかったな。なら、もう終わらせるとしよう。アビス!限界まで生命力を吸収しろ!」


カッ!


ダンタリオンの命令に応じるように、アビスの体表から銀色の光が溢れだした。


「ぐぅっ!?」


その光を浴びたライトは、うめき声を上げながら膝を着いた。自分の中から何かが急激に抜けていく感覚に、ライトは強い虚脱感を覚えた。


「アビス、そのまま無力化しろ。吸収量が限界にきたら、GPに変換してこちらにまわせ」


ダンタリオンの言葉に応えるように、アビスは身体の一部を明滅させた。


「「「ライト!」」」

「時の鎖」

「「「!?」」」


ルーチェ達は苦しむライトを見て、助けに行こうとした。しかし、直後に現れた無数の鎖に巻き付かれ、地面に転がることになった。


「おとなしくしていろ」

「ダンタリオン殿、これを解いてください!」

「駄目だ。あの少年を助けに行かせるわけにはいかない。というか、あの転生プレイヤーの少年だからあの程度の弱体化で済んでいるのだぞ。もし汝らがアビスのあの吸命の波動に触れてしまった場合、一瞬でミイラ化することは確実だ。汝らの仲間を仕留めている我が言うのもなんだが、命は大切にしろ」

「「「!……」」」


これまでの会話からダンタリオンが嘘を言っていないことを理解した面々は、拘束を解く為にもがくことを止めた。


「それと安心しろ。我としては、これ以上あの少年に絡まれなくなれば良いのだ。もうしばし生命力を奪った後、アビスはその時点で退かせる」

「……本当にライトを殺さないのですか?」


ルーチェは半信半疑といった面持ちで、ダンタリオンを見た。


「ああ。転生プレイヤーを殺すことの方が、我らの不利益に繋がるようだからな」

「不利益?どういうことです?」

「第一に、我らに転生プレイヤーを仕留めることに対するメリットが無い。第二に、もし仕留めてしまった場合、その転生プレイヤーの上役に睨まれることになる。これはぜがひでも回避したい。第三に、あの少年を仕留めると、何かの効果が発動するようだからだ」

「何かの効果?」

「詳細は不明だ。しかし、我の鑑定によればあの転生プレイヤーは上役からの加護の中に、自身の死をトリガーにする何らかの力を持っている。ゆえに、下手に仕留めるわけにはいかない」

「予想はつかないのですか?」

「残念ながら、まったく見当もつかない。上役からのプロテクトがきつくてな。死という文字以外は完全に鑑定不能だ」

「…鑑定不能。ダンタリオン殿ほどの方でも無理とは…」


その事実に、ルーチェはあらためて上役という存在の強大さを実感した。



「…どうやら終わったようだな」

「くそう!」

「戻れ」


ダンタリオン達が見守る中、とうとうライトは動けなくなった。

それを見て取ったダンタリオンは、アビスに帰還を命じた。

アビスはそれに頷くと、ダンタリオンのもとに戻り、そのままダンタリオンの影に身を沈めていった。


「それではあらためて、さらばだ。願わくば、汝らの前途に上役の厄災が無いことを祈っている」


ダンタリオンがそう言い終わった直後、ダンタリオン、ルスト、シュピーゲル、アビスクイーンの姿がルーチェ達の視界から消えた。



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