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81.《ハイクイック》

「逃げぬのか?」

「「「えっ!?」」」


ライトが戦い続けている中、今度はルーチェ達の周囲の空間からダンタリオンの声がした。


「ダンタリオン殿!どこにいるのです?」


ルーチェ達は自分達の周囲を捜したが、ダンタリオンの姿は見つからなかった。


「今はそちらの空間にはいない。音だけをそちらとやり取りしている。それで、逃げないのか?」

「ライトをほおって帰るわけにはいきません」

「…そうか。汝らがあの少年をほおって帰っても、笑って汝らのもとに帰って来ると思うがな」

「たしかにライトにはそんなイメージがありますが、ダンタリオン殿がそう思う根拠はなんです?」「あの少年には上役がついているのが、根拠と言えば根拠だな」

「上役?そういえば度々口にされていましたが、ライトの上役というのは誰のことなのです?」

「あの少年の上役の名前は我も知らぬ。しかし、あの少年を汝らのもとに送り込んだ存在であり、あの少年を記憶喪失にしている存在だ」

「「「!」」」

「そして、汝らの敵でもある。もっとも、上役にとっては汝らなど、吹けば飛ぶ塵芥であろうがな」

「塵芥って、随分と傲慢な方のようですね。そのライトの上役という人は」


ルーチェ達は、自分達が侮られていることに不満を持った。


「傲慢?いや、適確な評価だぞ」

「どこがです!私達は塵芥と呼ばれる程弱くはありません!」「それは人間間での話しだろう?上役というのは、先程から我が権能を代行している神々よりも格上の相手だ。つまり、先程我に圧倒された汝らや、汝らの信仰しているエードラムよりも、少なく見積もっても二段階以上は格上の相手だぞ」

「「「えっ!?」」」

ルーチェ達は、そのダンタリオンの言葉が信じられなかった。いや、信じたくはなかった。

自分達や御使い達はダンタリオンに圧倒されたので、ダンタリオンの言う神々の格が高いことは肌で感じていた。

しかし、ライトにも同じように神がついていて、それがダンタリオンに疫病神と評されるような神格。さらにはダンタリオンの仕える古き神々よりも格上。さらにはダンタリオンの言いようでは、自分達がその上役とやらの起こす災厄に巻き込まれる立場。

すすんで信じたいような話しではなかった。


「納得は出来ずとも、それは事実。ゆえに、あの少年はほおっておいて、今のうちに帰還すると良い。そろそろあの少年もしびれをきらせることだろうしな。本当に巻き込まれるぞ」

「ですが!」


ボォン!


「遅かったか」


ルーチェが反論しようとした直前、ライトがいる辺りで爆発が起きた。


「何処だ!何処にいる!」


爆発による土埃が晴れた場所には、血走った目で周囲を見回すライトの姿があった。


「精神的に不安になってきているな。駄目元で封印してみるか」

「なぜ駄目元なんです?」


ルーチェは、ダンタリオンが失敗を前提に口にしていることに違和感を持った。


「あの少年は上役の管理下にある。その為、我の運命の権能も時の権能も通用しない。だから我はあの少年の因果律を直接操作出来ないし、時間を止めることも不可能だ。というか、あの少年はそもそもこの世界の理の中に存在していない。この世界の神々からすれば、軒並み管轄外かつ対象外の存在だ。はっきり言って、この世界にある魔法やスキルでは、あの少年をどうにも出来ない。アンタッチャブル(触れるな危険)(接触禁止)だ」

「ええっと…」


ダンタリオンが駄目元だと言った意味を、ルーチェは理解した。たしかにあれほど強力な力が通用しないのなら、他の力も通用しないだろう、と。


「時の鎖」


ダンタリオンは早速ライトの封印を始めた。まずはライトを中心に黒い鎖を出現させた。


「なんだ!?」


「戒めよ」


次に、鎖を使ってライトの拘束を開始した。無数の鎖がライトに襲い掛かり、そのままライトの身体に巻き付いて幾重にもライトの身体を拘束していく。


「こんなもの!」


けれど、ライトの拘束は上手くいかなかった。ライトが剣を振り回すと、鎖は次々と切断されていき、鎖は斬られた端から消滅していった。


「時間停止で擬似物質化させていた鎖を断ち切るか。本来なら、同じ時間干渉系の能力くらいしか受け付けないのだがな。……致し方ない。ここは発想の逆転でいく」

「「「?」」」


ダンタリオンがどんな発想を逆転させたのか、ルーチェ達は疑問に思いながらダンタリオンがいそうな空間をそれぞれ見た。

そうしてルーチェ達が視線を周囲に散らしていると、唐突にダンタリオンの姿を全員が見つけた。そう、全員が。


ルーチェ達の視界の中に、最低一人はダンタリオンの姿が映っている。

ライトやルーチェ達全員が見ているダンタリオンの姿を合計すると、その人数は数百にも上った。


「「「「時の針よ、時の歯車よ、廻れ」」」」

「「「「彼方の時へ、我らを誘え」」」」

「「「「我らが望む未来へ」」」」


それらのダンタリオンが一斉に唱和を始め、それに合わせてダンタリオンの周囲にある本から数多の魔法陣が展開されだした。

それらはやがて寄り集まり、一つの巨大な球形の魔法陣を構築していった。


「「「《ハイクイック》」」」


そして魔法陣が完成すると、ダンタリオン達は一つの言葉を唱和した。


「なんだ!」

「これは!」


その直後、ライトやルーチェ達の周囲の状況が一変していた。

まずは空の様子が変わっていた。先程まで太陽は自分達の頭上で輝いていたのに、今は沈みかけている状態。つまり、夕暮れとなっていた。

次に大地。ダンタリオンが展開していた影と氷が綺麗さっぱり無くなっていて、青々とした草が生い茂っている。

他には、トワラルの街を覆っていた闇のドームが無くなっている。というか、トワラルの街自体が瓦礫の一つも残さずに消え失せていた。

今トワラルの街があった場所は、完全にまったいらなさら地となっていた。


ライト達がさらに視線を動かしていくと、全員の視線がある一点に集まって止まった。


全員の視線の先では、ダンタリオンが黒い巨大な蟻型の魔物。シュピーゲルの頭上に腰掛け、隣にいる白い巨人。ルストや、その隣にいるメタリックピンクの金属製アルラウネ。アビスクイーンと話し込んでいる姿があった。


「うん?ああ、ようやく相対時間が同期したか」


ダンタリオンはライト達の視線に気がつくと、ルーチェ達の目の前に一瞬のうちに移動した。


「あのぉ、状況の変化についていけないのですが、私達に何をしたんです?」

「ルーチェ殿達には何もしていないぞ。別段、身体に変化とかはないだろう?」

「……たしかに、これといった変化はありませんね」


ルーチェ達はそれぞれ自分の身体を確認したが、ダンタリオンの言うとおり自覚出来るような変化はなかった。


「では、先程のあれはいったい何をしたのです?」

「時間を早送りした」

「早送り?」

「しかり。あの少年には我の時の権能は通用しない。が、我の目的はあくまでも時間稼ぎだ。ならば発想を逆転させ、もう一つの戦いの方に介入すれば良い。あの少年やルーチェ達殿達の時間は無視し、この世界の時間の方を進めた。汝らにとっては一瞬でも、我や他の場所の人類種達にとっては、すでに5時間程経過している。ちなみに、追加の援軍が来ないように、汝らの神や教会本部の時間は早送りしていない」

「「「5時間!?」」」


ルーチェ達は経過している時間に一様に驚いた。


「ああ。おかげで向こうの戦いはすでに終わった。そこにいる二人ともすでに交渉を終えて、我が回収したかったものを引き渡してくれることになっている。時間が少し余ったので、ついでのサービスで荒らされた街の後片付けや、我と汝らの戦いの跡も修繕しておいた。街の住人達の亡きがらについては、一カ所にまとめて置いてある。後で埋葬と供養をすると良いだろう」

「それはありがとうございます。あの、生存者は?」

「いない。最初の方に逃げた者達を除けばの話しだが。少なくとも、我が早送りをした段階で、すでに生存者は誰もいなかった」

「そう、ですか」


ルーチェ達は自分達が間に合わなかったことを理解した。



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