80.【盤上の操駒】ライト
「……その様子、別段ロールしているわけではないようだな。となれば、汝は【盤上の演者】ではなく、【盤上の操駒】の方か?」
「盤上の演者?盤上の操駒?」
「…この比喩表現も通じないのなら、確定だな」
「何がどう、確定したのです?」
一人納得しているダンタリオンに、ルーチェはなんとか身体を持ち上げながらそうたずねた。端から見ていると、今の会話のどこに納得する要素のかがまったく不明だ。ダンタリオン以外、誰も今のやり取りを理解出来ていない。それはダンタリオンに聞かれたライトも例外ではない。
「そこにいるライトという少年の記憶のプロテクトがほとんど解けていないこと。それにともない、彼は自身の事情をまったく理解出来ていないこと。彼が能動的に現状を生み出したのではないこと。現状は、彼の上役である【盤外の操主】が差配しただろうということ。だいたいはそんなことだ」
「記憶のプロテクト?自分の事情を知らない?……!あなたは俺が記憶喪失の理由を知っているんですか!?」
ライトはダンタリオンの言葉の意味を理解すると、反射的にダンタリオンにそう問い詰めていた。
「否。汝の記憶が封じられている詳しい理由は知らぬ。転生プレイヤーは、たいていの場合記憶をプロテクトによって封じられている。その理由は個人個人のケースバイケース。我は汝の事情について把握していない」
「それでも何かを知っているんでしょう!」
「…たしかに、我は汝よりは転生プレイヤー達の事情に明るい。されど、我からそれを汝に教えるつもりはない」
「なぜ!」
「汝の上役に睨まれる。それに、敵である汝にわざわざ情報を提供する理由が我にはない」
「それは…。そんなことは関係ない!ようやく見つけた手掛かり!どうやってでも話してもらいます!」
ライトからは、何かの渇望が見え隠れしていた。そのせいかライトの形相は凄まじく、ダンタリオンに食らいついたら離さないだろうイメージを、その場にいた誰もが持った。
「我には今汝とことをかまえる気はないのだがな。(チート能力とかが面倒そうだし)」
「今最後、何か言いました?」
「気にするな。しかし、致し方ないか。こちらも喧嘩を売られたいじょう、それを放置するわけにもいかない。この時期に汝の上役と敵対するのはアレだが、こちらの上役はかなり過保護だからな。彼女への被害を減らしておくにこしたことはないだろう」
「彼女?」
「汝が知る必要はない。知る意味も、駒である汝にはない」
「駒?俺が?それはいったいどういう…」
「現出せよ」
ダンタリオンはライトの疑問には取り合わず、ルーチェに向かって能力を行使した。すると、ルーチェの胸元からくすんだ鈍色の光が出現した。
「これは!」
「逆巻け」
ルーチェが驚くなか、ダンタリオンはその光に追加で能力を行使した。
その直後、鈍色の光のくすみがだんだん取れていき、鈍色が銀色に変化していった。また、光の輝きも増していき、最終的には夜空に映える煌めく銀色の月のような光となった。
「これは!」
「ルーチェさん!」
皆がそれに驚くなか、ルーチェの身体にも変化が起きた。
まずはルーチェが吐血した時に服に付着していた血が、服の上から綺麗に消えた。次に時の秒針で空いた身体中の穴が塞がり、傷痕も完全になくなった。それどころか、服に空いていた穴も消えていった。
「えっ!?」
ルーチェの全ての傷口、欠損がなくなると、今度はルーチェの身体が輝きだした。そして次の瞬間には、ルーチェは《御使い降臨》を発動させる前の状態に戻っていた。ちなみにルーチェと合体していた御使いは、困惑した表情でルーチェの隣に出現していた。
「いったい何が起こって…?」
「汝の時間を回帰させた」
「えっ?」
状況がわからず混乱しているルーチェに、ダンタリオンが声をかけた。
「我が汝の時間を戻し、汝が《御使い降臨》を発動させる前の状態に戻した。これで汝が反動で死ぬことはなくなった」
「なぜ?」
「同情、憐れみ、偽善、手向け。理由としては、そんな感情が理由だ」
「あの、それはどういう…?」
「汝らがその少年に関わってしまったことに対する同情。汝らがキャストとして選ばれてしまったことに対する憐れみ。ある意味同族であるその少年が展開する運命に囚われた汝らの一助になれば良いと思う偽善。これから災厄と悲劇に巻き込まれるであろう、汝らへの僅かな手向け。今の行為の理由は、そんな感情によるものだ」
ダンタリオンは、ゆっくりと自身の感情をそうルーチェに伝えた。
「あの、よくわからない言葉がそれなりに混じっていましたが、まとめるとライトを疫病神と言っていませんか?」
「言っているな。しかも、比喩ではなくその少年は汝らにとっての疫病神としての神格を持っているだろう。いや、少年の上役によっては、さらにアレで酷い何かが実装されている可能性もある」
「ええっと…」
ダンタリオンのそのあまりの言いように、ルーチェ達は何と言っていいのかわからなかった。
「話しはここまでで良いだろう。少年以外は下がっておくと良い。いや、転移魔法を完成させて転移した方が良いだろう。でなければ、我らの戦いの巻き添えをくうことになるだろうからな」
「ええっと…」
ダンタリオンからそう提案されたルーチェ達は、ライトを除いて全員が集まって相談を始めた。
ライトの方は、ダンタリオンの自分を評する言葉の悪さにショックを受けていた。が、それでもダンタリオンに挑んで自身に関する情報を引き出そうと、現在進行系でダンタリオンを注視している。
「それでは始めるとしよう。ああ、一つだけ言っておくことがあった」
「「「?」」」
「もうそろそろあちらの決着がつきそうだ。ゆえに、あちらの決着がつきしだい、我はこの時間稼ぎの為の行動をやめる。我の目的はあくまでも、【境界を越えしもの】達が持っているものの回収だからな。だから汝にとっては、タイムアタックだ。制限時間内に汝が我を捕縛出来なければ、我はここより逃亡する」
「逃げるんですか!」
「もともと我が汝に付き合う義理も義務もない。必要だから相手をするだけのこと。それではスタートだ」
「「「!?」」」
そうダンタリオンが宣言した直後、二人いたダンタリオンの姿が両方同時に消えた。
「時の短針」
そして今度は、ライトを中心とした空間そのものからダンタリオンの声がして、無数の黒い矢がライトを中心に現れた。
「穿て」
そしてダンタリオンの合図で、今回は時間差で矢が放たれた。
そのスピードはルーチェの時よりも格段に遅く、ライト以外の面々は、ダンタリオンが明らかに手抜きをしていることを理解した。
「おりゃあ!」
ライトは剣を縦横無尽に振るい、矢のことごとくを叩き落としていった。しかし、消費された端から次々と矢が補充されていき、延々とライトに向かって放たれていく。結果ライトは、その場にくぎづけとなった。
「くそっ!この攻撃はいつまで続くんだ!?」
「いつまででも。時の管理権を代行している我にとって、一瞬であろうが永遠であろうが、時の流れという観点から見れば等しく同じ。汝の認識以上の差はない。好きなだけ続けると良い。それと、降伏は受け付けるので、諦めるのなら早めにな」
「絶対に諦めません!あなたという手掛かりを逃すものですか!」
「そうか。なら、諦めがつくまで頑張ると良い」
それから一時間近くの間、ライトは矢の対処を続けた。




