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78.運命の権能

「ご覧のとおりだ。我の権能は、先程までのような加速。時の流れの速さを操り、時を早回しに出来るだけではない。その逆、時の流れを辿り、物の時間。状態を逆行させることも可能なのだ。ゆえに、我相手に治癒や復元は意味を成さない。いくらでも、もっともダメージが大きかった時点に戻せるのだからな。だから我は先程汝に言ったのだ。残念だと、な」

「「「「………」」」」

誰もが、圧倒的なダンタリオンの神業の前に絶望を覚えた。


「せっかくだ。もう一つの運命の権能も見せておこう。これ以上、儚く脆い希望を抱かずに済むように」

ダンタリオンの言葉の内容はアレだったが、その声には憐れみと慈悲の感情で溢れていた。

アーク達はもう止めてくれ!と、当然思ったが、ダンタリオンはその点は無慈悲に権能を行使した。


「運命よ、定まれ」

ダンタリオンがそう言うと、今度は糸車と糸巻きがワンセット動きだした。

糸車が廻り、糸巻きから銀の糸がルーチェの光の盾に向かって延びる。


「砕けよ」

銀の糸が光の盾に巻き付き、ダンタリオンがそう口にすると、ルーチェの光の盾は、皆が驚く程あっさりと砕け散った。


「これが我の運命の権能。対象の因果を紡ぎ、それを対象に適用させる能力」

「…つまり?」

「因果律を我の好きに選択し、その結果を確定出来る。どのような有り得ぬ事象も、それは確実に起こり、回避は出来ない。なぜなら、すでに因果という糸は紡がれ、結果という未来は決定されているからだ。結果が出て(未来が決まって)いるいじょう、それまでの過程はただの規定路線でしかない。誰も運命からは逃れられない」

そのダンタリオンの言葉に、大半の者達は覆しようのない絶望を感じた。

むろん、ダンタリオンの言葉を理解出来ない者も少数ながら存在していた。


「喰らえ!」

そしてそういう頭の回らない者達は、当然短絡的な行動に出る。


「待ちなさい、お前達!」

当然まともな人々は止める。しかし、こういった物事は止める時にはすでに遅いものである。


カッ!ボォン!!


頭の回らない連中が、仲間達の制止を振り切って光の魔法を発動させた直後、発動させた光の魔法が暴発した。その結果、魔法を発動させた術者の身体が内側から破裂した。


「「…きゃ、きゃあー!!」」

「「うっ、うわぁぁ!?」」


戦場のあちこちから無数の悲鳴が上がる。それも当然だろう。なんせ、仲間が暴挙に及んだと思った直後、その仲間達が突然爆発して、無数の肉片に変わったのだから。


「ひとの話しを理解していないからそうなる」

「「「「!」」」」


ダンタリオンの言葉を聞いて、残った誰もが仲間達が爆発した原因を理解した。


「…いったい、彼らに何をしたのです?」

「なぁに、先程も言ったが、我は事象の結果を自由に決定することが出来る。だから、汝らが魔法を発動させた後の結果を、失敗による暴発で確定させておいただけのことだ」

「「「!!」」」

「驚いているな。だが、物事には常に成功と失敗。望む結果と望まれぬ結果。そして、予想外の結果が存在している。我の運命の権能なれば、その無数の可能性の一つを選び出すなど、造作もないことだ」

「…つまりそれは…」

ダンタリオンの言葉に、ルーチェは何かに思い到った。


「ああ、理解が早くて助かる。そうだ。それはつまり、汝らの行動の結果が全て汝らの意思を裏切るということだ。何度も繰り返し鍛練してきた体術や剣技が空振り、百の試行で成功するようになった魔法が必ず失敗・暴走する。今まで手足の延長のように扱ってきたスキル達が狂い、今まで汝らを支えてきた神の加護や仲間との絆さえ、汝らをたやすく裏切る。今まで汝らが命を預け、よりどころにしていた全てが、我の武器であり汝らの敵となるのだ」

ダンタリオンのその言葉は、幾多もの絶望をルーチェ達にもたらした。

戦えない絶望に、逃げられない絶望。自身の努力の結晶や、自身の誕生から付き合った力に裏切られるかもしれない絶望。仲間の攻撃で死ぬかもしれない絶望。自身のせいで仲間を窮地に追い込んでしまうかもしれない絶望。

数多の絶望。自身が想像出来る絶望達が、アーク達の心に無数の影を落とした。


「……それでも。それでも私はあなたと戦いましょう」

だがただ一人、ルーチェだけは前を向き、ダンタリオンに光の剣を向けた。


「ほお!ここまで見せたのに、絶望しないのか?」

ダンタリオンは、ここまで自身の力を見せて絶望しないルーチェに、本気で感心した。


「《御使い降臨》を使用した時点で、私の死は確定されています。ゆえに、私は最後の最期まで足掻きましょう。それが勇者様や聖女様。仲間達を救うと信じて」

「…潔いな。そして高潔で、本当に惜しい。汝が敵の陣営で、かつ咎人の系譜に連なっていなければ、是非我らの仲間になってもらいたかったものだ」

ダンタリオンは本当に残念そうにそう言った。


「褒め言葉として受け取っておきましょう。それでは、私の最期の立ち合いの続きといきましょう」

「ああ、そうだな。ここまでの高潔さを見せてもらったのだ。ゆえに、我は汝にチャンスを送ろう」

「チャンス?どういうことです?」

「これより一時、我は運命を確定することをやめる。我が結果を確定させないその一時は、全ての可能性が存在しえる。つまり、汝が守ろうとする者達がここより生き延びる可能性が存在するということだ」

「見逃してくれるのですか!」

ダンタリオンの発言に、ルーチェは一筋の希望を見た。


「いいや。勇者や守護騎士達はともかく、知りし咎人である聖女は確実に仕留めなければならない。ゆえに、提供するのはあくまでも可能性だ。彼らがその可能性をどうしようと、我は関知しない」

「つまり?」

「一番生存率が高い可能性を上げるのなら、ここに現れた時と同様の転位魔法による転移だろうな。汝が我と戦い、時間を稼いでいる間に彼らが転移魔法を展開出来たのなら、大多数の者達は逃げ延びられるだろう。それに実際のところ、我と汝らの接触は偶然の賜物にすぎない。我にしてみれば、聖女は確実に仕留めたいが、それでも汝らをここで確実に倒さなければならないわけではない。我の力が汝らよりも上であるいじょう、その必要性が薄いのだ。ゆえに、我としてはどのような結果になってもわりと構わない」

「……一つ聞いても良いでしょうか?」

「なんだ?」

「今あなたは、私達との接触を偶然の賜物だと言いましたよね?」

「言ったな。それがどうかしたか?」

「私達や御使い様達は、勇者様達への救援。勇者様達は、トワラルの街に迫る襲撃者達への対処。ではあなたは?あなたはなぜここにいたのです?」

「ふむ。我がここにいた理由、か。…まあ、もう教えても構わないか。我がここ、トワラルの街に来た目的は、この街にあるあるものの回収の為だ」

「そのあるものというのは、いったいなんです?」

「それを答える必要性はないな。ただ、我らやこの世界にとって、掛け替えのないものだということだけは教えておこう」

「そのようなものがこの街に?…あなたがまだここにいるということは、あなたはまだそれを回収出来ていないのですか?そしてそれは、あの闇が原因ですか?」

ルーチェは、闇に閉ざされているトワラルの街を指差した。


「前者の答えはイエス。後者の答えは、当たらずも遠からずといったところだな」

「当たらずも遠からず?その何かを回収出来ない直接の原因はあの闇ではないが、まったくの無関係ではないと?」

「しかり。現在あの街では、ある三つ巴の戦いが起きている」

「三つ巴?」

「そうだ。【境界を越えし者】三者による戦いだ。汝らにわかりやすく言うのなら、異世界から来た存在同士の戦いだ」

「「「「えっ!?」」」」


ダンタリオンのその説明に、ルーチェ達から揃って驚きの声が上がった。



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